愛のない結婚も二年目に入りました。いまだ旦那さまのお顔を見ておりません。
「アリア! この結婚は白いものとする! 許可なく私に近づくことは断じて許さぬ!」
結婚初夜の寝室で、夫になったばかりのユベール・ダルデンヌ様にそう宣告されてから、はや一年。
わたくしはいまだ、自分の夫の顔を見ておりません。
というよりも全身だって、ほぼ皆無。同じ屋敷に住んでいるはずですが、気配を感じたことはあれど、おそばでしかと見たことはないのです。
初夜の晩ですら、隣室から声を掛けられました。
なにしろ結婚式も旦那様は不在だったのですから。
「私がいない間に、まさかそんなことになっているとは」
一年半ぶりに会う幼馴染のジェシーがため息をつきました。
ダルデンヌ公爵領の、公爵邸。広い応接室にはわたくしたちふたりきり。家族以外のお客様を迎えるのは初めてで、しかもそれがジェシーなので、わたくし今日はとても幸せなのです。
ジェシーとは母親同士が仲が良く、生まれ落ちたときからの親友といって過言ではない間柄。ですがジェシーは現在は隣国に留学中で、わたくしの結婚式も欠席でした。
淋しかったけれど仕方ありません。留学はジェシーが長年望み続け、ようやく叶った夢なのですから。
「ダルデンヌ公爵は挙式にも現れなかったんだって?」
そうなのです。旦那さまはご自分の結婚式だというのに、欠席でした。
『前代未聞のこと』と教会も私の両親、招待客も驚いておりました。ですが、どうしても緊急で対処しなければならないことが起きたとのことでしたので、主役不在の挙式を受け入れたのです。
旦那さまは式のわずか半年前に爵位をついだばかりで、とてもお忙しいようでした。結婚の申し込みから式当日までも会う機会はなく、ですから疑問も持たなかったのです。
だけれど、緊急案件というのは嘘だったのでしょう。その後ようやく現れた旦那様は、寝室の別室から、あの言葉をわたくしに投げかけたのですから。
「いくらアリアの実家の借金を肩代わりしてくれたからって、酷すぎだ」と、ジェシーが顔をしかめます。
「わたくしは、酷いとは思ってはいませんわ。がっかりはしましたけど」
「ほら、酷い」とジェシーは拳でテーブルを叩きました。
「おやめになって。美しい手を怪我してしまいます」
「そんなに軟弱ではないぞ」と、ようやくジェシーに笑顔が戻り、わたくしは安堵しました。
大切な幼馴染には、穏やかな気持ちでいてほしいですものね。
それに酷いと感じていないのは、事実です。
我がエラン男爵領は、二年ほど前に豪雨被害と魔獣襲撃を受けて大変な状況に陥ってしまいました。
それらの対処と復興のためにエラン家は全財産を使い果たし、匿名の方からいただいた寄付でも賄えず、国からの補助金をもってしても足りなくて、莫大な借金を背負ってしまったのです。
これはいよいよ、私が身売りをするしかないと思いつめていたときに現れたのが、爵位を継いだばかりというユベール・ダルデンヌ公爵様のお遣いでした。
『借金の肩代わりと財政支援をするから、ご令嬢を妻に迎えたい』との要望に、両親も私も、これはなにかの詐欺だろうと疑いました。当然ですわよね?
うまい話には裏がある、と言いますもの。
不審がる私たちにお遣いの方が説明したのが――
「『長年片思いをしていたから、妻に迎えたい』というのが公爵の言い分だったのだろう?」
と、またしかめ面に戻ってしまったジェシーが不満げな声を出しました。
「……そうですわ」
正直に申せば、その言葉にわたくしは舞い上がりました。だって、とても素敵だと思ったのですもの。
もともと裕福でない家柄で、爵位も男爵。貴族とのつながりはジェシーのアンリ子爵家くらい。ですが領地の人々は、お貴族様だからと恭しい態度で接してきます。
ですからわたくしは、恋愛にも政略結婚にも無縁でした。
それが突如、『長年していた片思い』というときめく言葉での求婚。
相手がどんな方か知らずとも、心躍ってしまいますわよね?
「期待させて釣り上げて、あとは顔も見せずに放置って、どういうことだ」とジェシーがまたテーブルを叩きます。「公爵ならばそんな嘘も許されるとでも? 横暴なことをしても問題ないと? 可愛いアリアが一年も悲しい思いをしているのだぞ? 許せるものか!」
「ジェシー、わたくしのために怒ってくださって、ありがとう。でもここの方たちは皆さん親切だし、とてもよくしていただいているのよ」
旦那さまにお会いしたことはないけれど、その淋しさを補って余りあるほどの穏やかで充実した暮らしを送らせていただいています。
「この結婚にどのような目的があるのだとしても、わたくしはとても満足していますわ」
「だとしても許せぬ! だから」とジェシーは口の端をあげてにやりと笑いました。
「今日は公爵に決闘を申し込みに来た」
「まあ、やめてくださいな!」
わたくしは手を伸ばして、ジェシーの何度もテーブルを叩いていた拳に重ねました。
「あなたにそんな危険なことは、させられませんわ!」
「なにを言う。私の大事な大事なアリアがバカにされているのだぞ。たとえ命を賭してでも、抗議をせねばならないことだ」
「ダメです! そんなことをしたら、ジェシーを嫌いになってしまいますわよ」
「それは困る」と、ジェシーが情けない顔になります。
「わたくしだって、あなたが大事で大事で大事なのですよ? お忘れになったの? いなくなってしまったら、後を追いますからね」
「もっと困るな」とジェシー。「わかったよ。決闘は諦める。せっかく剣を持って来たのに」
「物騒ですわ!」
「当然だろう」
そんな話をしていると、開け放したままの扉の向こうで、なにやら気配がしました。
はっきりとしないそれは、屋敷内で頻繁に感じる気配です。正体はおそらく、旦那さま。
最初は亡霊でもいるのかと不安に感じていましたが、いまでは執事たちの反応で、旦那さまだろうと推測しております。
きっと私たちの声がうるさくて、様子を見にいらしたのでしょう。
少し静かにしなければなりませんね。
◇◇
メイドにさがってもらいベッドの中で習慣である就寝前の読書をしていると、扉が薄く開き、例の気配がいたしました。
そして、
「……昼間の客は誰だ」と、問いかけられました。
うるわしきこのお声を、耳にするのはいつぶりかしらと考えながら、
「幼馴染のアンリ子爵家のジェシーですわ」と答えます。
「この屋敷内で自由に過ごしていいとは伝えたが、男を引き込んでいいとは言っていない」
「男……?」
「まさか幼馴染だから男枠には入らないとか、言い出すのではないだろうな!」
なぜだか旦那さまは不機嫌なご様子です。
「わたくし執事には伝えましたわ」
「私は聞いていない!」
「旦那さま、ジェシーは女性です。いわゆる男装の麗人というものですわね」
「えっ……? ――あ!!」
旦那さまが驚いてぶつかったのか、扉が動き、全開になりました。
そこに立っていたのは――
「あら?」
五歳くらいの可愛らしい男の子でした。夜の暗がりの中でもわかる、美しいお顔立ちに黒い髪。ランプの明かりを受けてキラキラと輝くエメラルドのような瞳。
お話に聞いていた旦那さまの特徴と一致します。
「まあ。旦那さまにお子様がいらしたのですね」
「違うっ!!」
「ですが」私はベッドから降りて彼の元へ。
けれどお子様は脱兎のごとく逃げ出しました。しかし、すぐに足をもつれさせて転んでしまいました。
「大丈夫ですか!」
駆け寄りお子様を抱き起こします。急いでいたせいかお子様の横顔が、わたくしの胸にふにゃんとぶつかり、お子様は真っ赤になってしまいました。
「は、離れろ!」
「あら、旦那さまのお声ですわね?」
彼から聞こえるのは、幼児らしくない大人の男性の声。
いったいどういうことなのでしょう。
「なぜなら、その方がユベール・ダルデンヌ公爵なのです」
どこからか現れた執事が、慇懃に頭を下げました。
「呪いでこのお姿に。声だけは魔法薬を使うと、一時的に戻るのでございます」
「おまえっ! なぜバラす!」
お子様、いえ旦那さまらしき方がわたくしの腕の中で、じたばたと暴れます。
……。
……。
か☆わ☆い☆い☆!!
涙目になって必死に抗議をし、短くてふよふよした腕をふりまわすさまは、きゅん以外のなにものでもございませんわ!
「では、この方が旦那さまで、ずっとわたくしにこの事実を隠していらっしゃったのですね」
「左様でございます」
「わたくし、一年間とても淋しい思いをしておりましたの!」
「うっ!」
旦那さまがぴたりと動きを止めました。
「そのぶんを取り返させていただきますわね!」
旦那さまをぎゅうと抱きしめます。
「ああ、可愛らしい! もみじのようなおてて、ぷにぷにのほっぺ、やわらかい御髪! 幼児特有のミルクの香り!」
「待て! 私は赤子ではないぞ! ミルクの匂いなどしない!」
「します!」
髪に顔をうずめて、胸いっぱい息を吸う。
「ほら、しますわ!」
「やめてくれ、私は赤子でも幼児でもない! 成人の男なんだ……!」
そう叫んだ旦那さまは、情けなさそうなお顔を私の肩にうずめました。
「君にかっこいいところを見せたかったのに。初見がこんな姿だなんて……」
ぐずぐずと鼻をすする音がします。どうやら旦那さまは泣いてしまわれたようです。
わたくしは、ちょっとばかり興奮しすぎてしまったのですわね。
「ごめんなさい。旦那さま、とても素敵ですわよ?」
「幼児としてだろ? いい、わかっている。本物の私はとてもいい男なのだが、今はただの子供だ」
……ええと?
旦那さまは相当にこのお姿が嫌なのね。
「姿をずっと見せてくださらなかったのは、このせいなのですわね?」
「そうだ。君にこんな情けない私は見てもらいたくなかった」
「どう考えても、姿を見せてくれないほうが悪手だと思いますけれど」
わたくしの言葉に執事が大きくうなずきます。
なるほど、わかりましたわ!
執事はわざとジェシーが女性であることを、旦那さまにお伝えしなかったのですね。ジェシーは誰が見ても、世界で一番麗しい青年に見えますもの。
それで旦那さまが憤慨して、このようにボロを出すことを、執事は目論んでいたのでしょう。
見事作戦は成功しましたわね!
わたくしは執事にむけて、おおきくうなずき返しました。
そうして旦那さまを抱っこして、立ち上がります。
「ま、待て! 降ろせ!」
「旦那さま、わたくしはあなたの妻ですもの。呪われたいきさつを知りたいですし、片思いというのが嘘か真かも教えてほしいですわ」
「真だ!」と叫んでから、しゅん……となさる旦那さま。「かっこよく告白したかったのに……」
「でも、しょんぼりしているお顔、申し訳ありませんが、あまりの可愛さにきゅんきゅんしてしまいますわ!」
「ようございましたねえ」と執事がハンカチで涙を押さえております。
「ええ、本当に。嫌われているのではないとわかって、とても嬉しいですわ!」
「……すまない」
旦那さまはますますしょんぼりとして、目の端に涙をためています。
なんて愛らしいお姿なのでしょう。
たくさん、頭を撫でて慰めてあげませんとね。
◇◇
旦那さまが、わたくしの寝室に入るのをものすごく嫌がったので(イヤイヤしているお姿も素敵でしたわ!)、応接室に場所を移しました。
旦那さまと向かい合わせにすわり、執事が用意してくれた飲み物をいただきます。
わたくしは、温めた葡萄酒。旦那さまは温めたミルク。執事は澄ました顔で
「いつもどおり、蜂蜜入りです」と言ってお渡ししていました。
そのときの旦那さまのお顔といったら!
真っ赤になって、懸命に
「体が子供だから、子供の飲み物しか飲めないのだ!」と涙目で説明しておりました。
「とてもお似合いですわ」とお答えしたら、ますます泣きそうになってしまいましたけど。
とにかくも、それから旦那さまは呪われた経緯について、打ち明けてくださいました。
当時は都に住んでいた旦那さま。いよいよ明日、求婚のためにエラン男爵領に向けて出発するという日。
ご親友の王太子殿下に誘われて、放置されて朽ちた屋敷に肝試しに行ったのだそうです。
「私は行きたくないと、何度もお伝えしたんだ」と旦那さま。「だが、王太子をひとりでそんな所に行かせるわけにはいかないだろう?」
しぶしぶ肝試しにお付き合いした旦那さまでしたが、童心を忘れない王太子さまは好き放題に振る舞うばかり。
やがて王太子さまは旦那さまが止めるのも聞かずに、いかにも怪しげで『封印!!! 呪いの壺!!!』と書かれた壺のフタを開けてしまったのだそうです。
そして壺の口からは黒いモヤが立ちのぼり、勇敢な旦那さまは王太子をかばってそのモヤに取り囲まれてしまったといいます。
「そして気がついたら、この姿だった」と涙目の旦那さま。「呪いであることは確かなのだが、解き方がわからない。とりあえず、君との結婚の話を進め、姿が戻るのはあとでもいいと思ったのだが……」
「戻らなかったのですね」
「国中の魔導師を集めても、ダメだった。今でも解呪の方法を調べ続けてくれているが、成果はこのとおりだ」
「ひとつ疑問がございますわ」
「なんだ?」
「幼児のお姿になって一年。成長はしていらっしゃいますの? それともずっと変わらず?」
「1ミリたりとも変わらないままでございます」と執事が旦那さまの代わりに答えてくれました。
「まあ。ではずっとぷにぷに……!」
「本来の私のほうを楽しみにしてくれ、お願いだから!」
旦那さまがまたしょんぼりとしてしまいました。
「申し訳ありませんでしたわ。あまりの愛くるしさに、つい興奮してしまいましたの」
席を立つと、旦那さまのとなりに座る。
旦那さまの手をきゅっと握りしめ、そのエメラルドのような瞳をのぞき込む。
「わたくしは結婚式をすっぽかされましたことも、一年もお姿を見せてくださらなかったことも、すべて水に流しますわ!」
「うう……悪かった。そうだな、おあいこでどうだろうか」
「いいですわ。では次は片思いについて、お聞かせ願いたいですわね。わたくしは旦那さまにお会いした覚えがありませんのよ」
「それは――」
また、王太子殿下が関わるお話だという。
とてもアクティブな殿下は、五年ほど前に突如『王になる者は民を知らねばならぬ』と言い出して、お忍びで国内行脚に出たそうです。お供は旦那さまと侍従二人。一応遠巻きに護衛騎士がついていたものの、見た目は若者四人のお気楽旅行だったそうです。
そして各地を周りながら、時には民に混じって働いたりしていたとか。
「エラン男爵領に入ったのは晩夏だった」と旦那さま。「ちょうど葡萄の収穫時期で、あちこちで臨時の助っ人を募集していた」
わたくしはテーブルに置いたグラスに目を向けました。
エラン領は小さいですが、他では育ちにくい特別な品種の葡萄がよく育ちます。それで作った葡萄酒は格別に美味しく、外国から買い付けが訪れるほど。
「葡萄酒の美味しさに感動した王太子は、収穫のバイトをすると言い出してね。それで雇われた先に、たまたまエラン男爵家の人々がいた」
我が家も葡萄畑を持っておりますし、収穫時期はお手伝いに行きます。自分の畑にも、人手が足りない他の畑にも。
「君は」と旦那さまが優し気に微笑みました。「そんなに淑やかで令嬢然としているのに、貴族の子女とは思えないほど、先頭を切って働いていたね。どこの馬の骨ともわからない臨時雇い人たちにも親切だったし、重労働が少しでも楽しくなるようにと、いつも明るく振る舞っていた。私が殿下をかばって野良犬に噛まれたときは、真っ先に飛んできてくれて、治療と浄化をしてくれた」
旦那さまがフフッと笑いました。
「浄化の魔法が使える人間は稀だ。都に出ればきっと丁重にもてなされて、良い暮らしができるだろう。――そう教えた殿下に君は『わたくしは良い暮らしよりも、葡萄の収穫のほうが楽しいですわ』と答えた。なんて変わった令嬢なのだろうと思って――気づいたら君のことしか考えられなくなっていた」
旦那さまがもみじのような手でわたくしの手を取り、ぷにりとキスをしました。
「あの時から、ずっと好きなんだ。反対する両親を三年以上かけて説得して。ようやく許可をもらえたと思ったら、ふたりとも病に倒れてしまってね」
バタバタとしている間に、エラン領は天災により窮地に陥ってしまっていたそうです。あげくにおふたりは相次いで身罷られてしまわれ、忙しさに拍車がかかってしまったとか。
「本当は求婚だって、かっこよく決めるつもりだったんだ。だけど体は子供になってしまうし、急なことだったから、私の代わりに結婚話を取りまとめてくれるひともいないしで、思いついたのが融資との交換条件だった。これならきっと、エラン家に断られることはないと思って」
「案外姑息なのですね」
旦那さまがうめき声を出して、胸を手で押さえます。
「そのとおりだ。君に断られたらと考えると恐ろしくて、ついつい卑怯な手段を用いてしまった。そのせいで、呪われたのかもしれない」
「そこは関係ないのではありませんかしら」
しょんぼりと肩を落とす、可愛らしい旦那さま。
可哀想になって、抱き上げるとわたくしの膝の上にすわらせて、頭をよしよししてあげました。
「っ!? アリア!?」
「姑息ではありますが、我が家が助かったのは事実ですわ。感謝の念しかありません。それに、わたくし自身を好いてもらえて、今、とても感動しているのですわよ?」
「本当に!?」
旦那さまが可愛らしい目を大きく見開き、わたくしを振り仰ぎました。
「可愛らしさに悶死しそうですわ!」
「……もう喜んでいいのか、悲しんでいいのかわからなくなってきた」と旦那さま。「私は成人男性なのだ。君を好きで好きで、ようやく結婚できたのに体は幼児。拷問でしかない」
「そうでございますね」と執事がおもむろに声をかけてきました。「奥様。旦那さまは『よしよし』よりもキスがほしいお年頃でございます」
「っ!?」
旦那さまがまたも真っ赤になっております。
わたくしは少しだけ考えてから、額に軽く口づけました。
そのとたん、不思議なことが起こったのです。
わたくしの膝にすわっていた可愛らしい幼児が、美しい青年にと変わったのです。
黒い艶やかな御髪に、輝くエメラルドのような瞳。
服が破れてしまったので、目のやり場に困りましたが、執事が慌てて上着をかけてくださいました。
「旦那さま、ですか?」
そう尋ねると、自分の手を凝視していた旦那さまは、
「戻った! 愛しているアリア! 私と結婚してほしい!」とお叫びになりました。
「もう結婚はしていますけど、お引き受けいたしますわ」
膝の上の旦那さまは強引にわたくしを引き寄せると、キスをしました。
この一年、とても淋しかったけれど、それも終わり。わたくしは幸せになれそうです。
◇◇
「なぜだっ」
幼児に戻った旦那さまが、地団駄を踏んでいます。
大人の姿でいられたのは、わずか三十分ほどの間だったのです。
旦那さまの寝室で初夜のやり直しをしようというところで、変化してしまいました。
「一時的なものだったのですね」
はだけた夜着のボタンを止めながらそう言うと、旦那さまに恨めしげな目で見られました。
「わたくしは、どちらのお姿も好きですよ?」
「そんなの嫌だっ!」
ベッドに倒れこみ、ドンドンと拳で叩く旦那さま。あまりに辛そうなので、柔らかな髪を堪能しつつ、よしよしをしてさしあげました。
◇◇
その後、様々な検証を経て、旦那さまはわたくしのキス一回につき三十分、お姿が元に戻ることがわかりました。
おかげでわたくしは、とても苦労していますの。
とても面倒ですから、昼間は来客時以外は幼児の姿でいてもらっています。
……幼児のお姿が好きという、わたくしの邪念が入っていることは内緒です。
都では王太子殿下主導で、解呪方法を調査中とのことですが。
このままがいいのか、呪いがとけるほうがいいのか、わたくしにとっては迷いどころですのよね。
《おしまい》
☆おねがい☆
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