第0話 社会人
「おまえはクビだぁ!」
上司から大声で怒鳴られた。
私は入社してから半年を過ぎた位の新卒の社会人だ。
社長室から出て上司と二人でやらかした報告書を作り終えた後、
私に向かって上司が怒鳴り散らかす。
(鏡の前に映っている目には光がない)
そんな上司の姿を見ながら
この会社に入ってから今までの事を思い出していった。
新人はやる事が沢山あるらしい。
ちなみに今年度の新人は私だけだ。
会社には30分前には着かなければいけない暗黙のルールがあった。
ネットを見て知った事だが、朝のサービス残業は大体どこの会社でも
30分前に来て仕事の準備やらをやってたりするらしい。
そうする事で先輩方に目を掛けられて重宝されていく、と。
私も、最初は仕事を覚えようとして朝は就業時間中に作成する書類などを
予め作る為に30分よりさらに早い時間に来てこなしていた。
早く一人前になって皆と一緒に仕事をしていきたいと思っていたからだ。
皆から認められたいと思っていた。
(顔から血の気が引いている)
そうして社員通用口から自分の部署に来て、その部屋の雨戸とブラインドを開けて
書類を準備していたら、後から来た先輩方に
新人さんはコレもしなければいけないよと声を掛けられた。
先輩女性A「新人さんは誰よりも早く来て、会社の玄関ドアを開けとかないと」
先輩女性B「自分だけの部署以外も雨戸の開閉やブラインドの開閉もして下さいね」
先輩女性C「20部屋位あるけど、全部屋の照明ONにしといてね」
営業「PCは全部で50台あるけど電源をON、メールソフトを起動お願いね」
社長「床の掃除、机の掃除、新聞や雑誌を新しいのに入れ替えといてね」
皆が皆、新人さんは暗黙のルールを知らないようだからと教えてくれる。
ここ半年で増えていった新人の就業前の仕事だ。
それらは資料作成を含めると1時間前位では終わらない為
もっと早い時間帯に来なければならなくなった。
(そして先ほどまで駅のトイレにいた、電話を握りしめて)
終業前のサービス残業と言えばもちろん、終業後のサービス残業もある。
二か月後、ようやく給料日になり給料明細を見た時だった。
(月末支払いの為、4月に働いた給料は5月末に振り込まれる)
残業代が0時間、0円と書かれていたのだ。
しかし、終業時間後も上司が帰っていいと言わない限り帰れない為
終業時間後も、大体3~4時間残業している事になる。
ネットでも見たが残業はしっかり申請しないとお金にならないと
書いてあったので上司に聞いてみた。
(そして今何故か電車にガタンゴトンと揺られている)
「基本新人は残業を皆申請していない。仕事を覚える前のはただの教育だ。
だから新人がいくら残ってもそれは仕事をしている内には入らない訳だ。
こちらも残業中にも関わらず仕事を教えてあげるのだから基本は有難いと思いなさい」
そう言われたのでそれが当たり前だと思い込む事にした。
(でも、一向に家の最寄り駅には着かない、通り過ぎた、反対側のホームに乗る)
朝5時30起床
早朝7時30分に出社。9時までサビ残。
9時から18時まで就業時間。内1時間休憩。休憩中仕事は何故か無い。
22時位までサビ残。
23時頃帰宅、
0時頃就寝が基本私の月~金のサイクルだ。
業務中も常に気が抜けなく、上司から初めて仕事を教わる際に言われた言葉は
「1回しか言わないからな、メモを取らないという事はちゃんと覚えていられるって事だよな?」
そう言われたからメモを取る。
1日上司といる時間は10時間以上だ。2時間で1ページは埋まる。
それが半年以上続けば、メモ帳は一杯だ。
メモ帳は、いつしか本みたいになり、沢山のタブが貼られている。
もはや業務マニュアルになっている。
だけど、大体メモ帳通りにやっても
~~の発注手順
・~~の場合は確認する
「何度も質問してくるな、自分で考えろ」
・~~の場合は確認しないで問題ない
「いつもこの時は必ず確認しろって言ってるだろ」
と、矛盾した事をたまに言われる。
もちろん、私もミスをする事は沢山ある。
でも大抵は上司のミスだった。
(「あなた何て生まなきゃ良かった!」と誰かに言われてから、頭がボーっとして無意識になっている)
最近になってようやく慣れてきたと思われたのか
上司に既存の営業先と取引を任されていた。
2Fフロアには営業は50人程いるが、事務職は私を含めて5人程度だ。
どこもかしこも忙しそうにしている。
電話はひっきりなしになっている。
ある日、メモ帳通りに注文を掛けていたら数字がいつもよりおかしい所が
あったので上司に確認をした。
上司は手を止めて画面を見つめて「問題ない」と仰られた。
だから、業者に発注をかけた。
(反対ホームに乗る、何故か通り過ぎてしまう)
その日の数か月後に事件は起こった。
いつも通り出勤して、いつも通り勤務していた時の事だった。
営業達が大慌てで上司に何かを怒鳴っている。
その上司がパソコンを大慌てで見ている。
他人毎のように見ていたら、
お互いに怒鳴り合いが始まった。
飛び火が来ないように素知らぬ顔で自分の仕事をしていたら
その甲斐空しく上司がこちらに向かってきた。
(仕方ないので最寄り駅の一個前で降りた、そこから歩いた)
上司は私のパソコンを操作して指を挿す。
「ここミスってんぞ! お前、お前、お前、
型番を間違ってんぞ!!! どうしてくれるんだ!!!!
すぐに業者に連絡しろ!!!!」
メモを見てみると、型番と発注数が違っていた。
私は大慌てで受話器を掴みボタンを押して、相手の業者に電話を掛けた。
数秒後に受付から担当に切り替わり
こちらの発注ミスに至った経緯を説明し、ご迷惑をお掛けした事を
お詫びして、誤発注の為、キャンセル可能か確認する。
しかし、発注業者からは
「もう、いくつかの工数くぐってキャンセルできない段階まで踏んでいるんでストップは無理です。
また、お宅の営業さんからもこれで問題ないですと言われたので」
と言われた。
保留にして、そのままの言葉を上司に伝える。
上司は顔を上下に小刻みに揺らして唾を飛ばしながら、一言ずつ区切りながら大声で叫ぶ。
「無理だ!? お前!!! どう!!! 責任取るんだ! そこに!!! 菓子折り持って!!!土下座してこい!」
と言われた。その後は、上司が電話を代わり色々と担当と話していたが
上司の顔が物凄い事になっていたので、恐らく無理だったのだろう。
(帰っている途中、何かのイベント帰りなのか、私は雑踏に埋もれた)
その日の内に、上司と社長室に呼ばれた。
社長室は意外と質素で会議室より小さい。椅子も硬いオフィス椅子だ。
そこに背筋よく座っていた社長がこちらに向かって問いた。
「上司君と新人さんでどうしてこうなったか説明して欲しい」
汗をかきながら、上司は報告する。
「新人が型番号を間違えたようで…」
次に社長はこちらに向かって問いた。
「君は、上司に確認しなかったのかな?」
私は答えた。
「いえ、私は上司に確認しました、メモ帳にもこの時は確認するように
言われているので、確認しているはずです」
上司もそれを聞いて答えた。
「いえ、確認はありませんでした。そもそも確認に来たのなら
この型番号でこの桁の発注はないと、誰でも分かる事です」
(また無意識のまま、歩いていく、皆と一緒に歩いていく)
二人の意見を聞いた社長は
「僕はね、新人さんを信じないわけではないけれど、
実際に新人さんが入力しているから、
たぶんながら新人さんのミスだと思うわけよ」
「でもね、新人さんのミスも結局は上司が責任を取らなきゃいけないので
上司が最終チェックしなければならなかったんではないかな?
そこらへんどうなのかな?」
上司は震えながら社長に答える
「申し訳ありません、仰る通りです」
(ふと気づくと、一緒に歩いていた皆が隣にいなかった)
社長は自分達を見ながら伝える。
「ちなみに、5000万円の赤字ね。一個5000円を×1万個分」
「本来の品物だったら、50円を1万個分で50万の所を
使わない品物を発注し、単価5000円を1万個頼んだわけよ」
「5000万円って分かる? 大金だよ」
「今派遣さんにグループや子会社含めて5億円使っているから、
その10分の1の金額って聞くと大した金額ではないのかもしれないけどね」
「うちの年間利益分かる? 大体5000万円~6000万円」
「つまり1年分の利益が飛んでいったわけ、幸いにして
会社はお金を持っているから、5000万円程度飛んだところで
皆を路頭に迷わせたりはないから安心して欲しい」
「新人さんに言ってるんだけどね、気を背負わないで欲しいんだ」
(後ろから誰かが騒いでいる)
「でも、それとは別に、やはり会社の処遇としていきなりの5000万円の
赤字はかなり厳しい。僕自身も今すぐには決められないけれど
今から役員会議を開いて、色々と決めなければいけないようだ」
「1時間後に役員会議を開くので、上司君はそれまでに報告書を作成する事」
「また、報告書が終わったら、業務が遅れない程度にて、皆で再発防止策を話合う事」
(ふと真っ暗な暗闇を照らす左を見……)
その後、社内メールにて全社員に通達があった。
上司の給料とボーナスを大幅減額処分。
また、役員含む全社員の給料(手当)・ボーナスを削減。
夏休と冬休のカット。
派遣社員カット。
経費削減。
交通費削減。
福利厚生廃止。
(空を飛んだ夢を見た気がする)
会社の言う通りにしたのに
上司の言う通りにしたのに
皆が白い目で見てくる
使えない社員だと
そして報告書を作った後に
皆の前で上司から大声で怒鳴られた。
しかし、それでも一日は終わる。
誰かに色々と愚痴をこぼしたかった。
でも私には頼れる友達はおろか
知り合いすらいない。
それでも私は助けを求めて、普段は電話しない
一番上に登録されている番号を押した。
会社から駅までは記憶があったのに
駅から電話を掛けてから何故か記憶がない。
記憶も定かではないが、いつの間にか
駅、電車、歩いて、飛んでいる。
(熱くなって……寒くなった)