決着
張り詰めた空気が漂う。もう何日も繰り返されて来たその立ち合いは、そろそろ終わりの時が近づいてきていた。
シスターがフッと笑う、俺もそれにつられて笑みがこぼれた。
―――――勝負は一瞬で決まる。
そう確信した俺は、脚力を強化し一気に走り始めた。
だが、走るのはシスターに向かってではなく、その周りだ。
シスターを中心にぐるぐると回る。
ぶっちゃけ酔いそうだが、気合でこらえる。
一年にも及ぶ修行で俺が導き出した結論はこれだった。
千里眼を持つシスターに死角という概念はなく、いくら裏をかこうが意味がない。
故に、見えていても躱せない攻撃をする必要があった。そのとっかかりがこれだ。
円の中のシスターはまるで動揺した様子はない。
想定内だが、もう少し焦ってほしかったな。
――――――そろそろ俺の強化も限界だ、行くぜ!
弾けるように、シスターに向かって飛び込む。
しかし、一年をかけて編み出し、三半規管も犠牲にした一撃はあっさりと躱された。
シスターの姿が消える。
いつものパターンならここで投げられて終わりだ。
――――――だが、躱されることも想定内だ!
繰り出した右拳を引き戻し、俺の右側面にいるであろうシスターに左拳を叩き込む。
案の定、俺の右側面に回り込んでいたシスターは、あからさまに驚いた顔をしている。
シスターにはある癖があった。
それは俺の最初の一撃を躱す時は、かなりの確率で右側面に回り込むというものだ。
そこを狙い打った俺の一撃は、――――シスターに反応された。
シスターは驚きながらも、足はすでにステップの予備動作に入っている。
俺の攻撃はあと一歩届かなかった。
……流石ですシスター。やっぱりあなたは凄い人だ。―――――だから
俺は放っていた左ストレートを途中で止める。力を入れることすらしていない拳は、なんの抵抗もなく止まった。
――――――躱してくると思ってた!
そして、目を強化してシスターのステップの着地地点を予測。
そこに向かって、飛び込んだ。
今度こそ避けられない。
咄嗟にガードしようと手を上げようとしているが、―――遅い!
俺がこの修行で学んだのはシスターの癖だけじゃない。
むしろこっちが本命だ。
拳を構えながら足や腰を強化する。
今までパンチを打つときは腕、ダッシュするときは足という風に、強化の部位が偏っていた。
でもそれじゃあだめだ。パンチは腕だけでするものじゃないし、ダッシュも足だけでするものではない。
強力なパンチを放つには、土台となる足腰の力が大切だし、素早くダッシュしようと思ったら、腕の力は必須である。
――――――足を強化して土台を作り、腰を強化して捻りをつけ、腕を強化して破壊力を上げる!
これが俺が編み出した最強の拳。
「――――『堕撃』」
正真正銘、最後の一撃がシスターに迫った――――!
銀色の綺麗な髪の毛が、風圧に押されてフワッと凪いだ。
俺の拳はシスターの顔の目の前で止まっていた。
「……何故止めたのですか」
全力の拳を無理やり止めたせいで、俺の体は悲鳴を上げていた。
こうなることは分かっていた。でも、どうしてもできなかった。
「…………言ったじゃないですか………シスターを殴るなんて出来ないって」
「……ここが戦場なら貴方は死んでいますよ。その甘さのせいで」
「そうですね………」
シスターは呆れたようにため息を付くと、俺の体を抱きかかえた。
左手を足の下に通し、右手を背中に当てて、横に抱く。その抱え方は俗にいうお姫様抱っこというものだった。
「……あ、あの、シスター?」
「何ですか?」
「……恥ずかしいんですけど」
「黙って担がれてなさい。歩けないのでしょう?」
「…………はい」
俺が怪我人であることは確かだが、それはそれとしてシスターのような女性に担がれるのは男としては気恥ずかしいものがある。
しばらく、担がれて歩いているとシスターが喋りだした。
「……貴方のその優しさは、今後貴方を苦しめるでしょう」
「……」
「百人を救うために一人を犠牲にしないといけないこともあります。そして、誰を犠牲にするかを決めるのは力ある者たちです」
「大陸最強の異能者になるとはそういうことです。―――――貴方にその決断が下せますか?」
そういうシスターの言葉は厳しい。でもそれは、俺のことを思っての厳しさだということは分かっている。
どうしても心の中の甘さが捨てきれない。非情になり切れない。俺は異能者には向いて「ですが」………え?
「貴方のその弱さは、突き詰めればだれにも負けない強さになります。」
それって………。
「変わる必要はありません。貴方は貴方のまま夢を目指しなさい。――――どうせなら突き抜けちゃえばいいんです」
そう言って子供のように、無邪気に笑うシスター。
「……忘れないで下さいね。その胸の内にある気持ちを、いつまでも」
「…………はい!」
そう言って返事をした俺の心にもう迷いはなかった。