始まり
「うわーい! はやーい! たのしー!」
「喋ると舌かむぞ!」
ガルド大陸に存在する王国『フィオナ』の片田舎にある孤児院の近くで、少女をおんぶしながら少年が走っていた。赤い髪をたなびかせながら、原っぱを走る姿は躍動感にあふれており、顔に浮かべている笑顔も相まってとても楽しそうだった。
原っぱの決められたコースを一周してきた少年はそこで背中の少女を降ろし、一息つく。
「ジンー! 次はオレのっけてー! はやくー!」
「ちょっと! 次は私の番よ! あんたさっきのせてもらってたじゃない!」
戻ってきた少年に我先にと子供たちが群がってくる。
「まだやってないやつが優先だぞ! 全員乗せてやるから、喧嘩すんなー!」
ジンと呼ばれた少年は子供たちに押されながらも楽しそうな表情を浮かべ、そう声をあげた。ジンはこの孤児院の年長組であり、元気一杯の子供たちを相手にするのは慣れたものだった。
そんなジンの視界の端に子供たちの集団から少し離れた所で、こちらを見ている少女の姿が写った。その寂しそうな姿を見たジンは、子供たちに少し待つように言うと少女の下に声をかけながら近づいた。
「どうした? ユエも乗ってみたいのか?」
ユエと呼ばれた少女は声をかけられたことに驚いた様子で、目をパチパチと動かしている。ジンは目線を合わせるためにかがみこむと、綺麗な緑色の髪をしたユエの頭にそっと手を乗せながら言った。
「遠慮しなくていいんだぞ? 一緒に遊ぼうぜ」
その言葉を聞いたユエは少しのあいだ戸惑っていたが、やがて嬉しそうにゆっくりと頷いた。ユエの笑顔を見たジンは、やっぱり子供には笑顔が一番似合うなとジジくさいことを思いながら、おぶさりやすいように背中を向けた。
日が沈んできたころ、孤児院からカランコロンとベルの音が聞こえた。子供たちは「ご飯だー!」という声を上げながらベルの音のした方へ駆け出して行く。
一日中子供たちの相手をしていたジンは、流石に疲れたのかその場に座り込んだ。
「元気ありすぎだろ……」
どことなく嬉しそうにそう言ったジンは、まだこの場を離れていない子供がいることに気が付いた。
「行かないのか? ユエ」
ユエは表情を変えず静かに言った。
「……ジン兄と一緒にいる」
普段あまり喋らないユエから返事が返ってきたことに驚きつつ、自分のせいでユエにひもじい思いをさせるわけにはいかないと考えたジンは、立ち上がりながら声を掛けた。
「じゃあ一緒に行くか」
「……うん」
ジンがすっと手を差し出すと、ユエはおずおずと伸ばされた手を取った。ユエの頬は辺り一面を包む夕暮れのように赤く染まっていった。
俺、ジン・クロイセルには血のつながった両親はいない。幼い頃に孤児院の前に捨てられていた俺は、その時からここで暮らしている。
ここでの生活に不満は何一つない。ご飯も食べられるし、学校にも通える。家族だって沢山いる。俺は恵まれている。
これ以上を望むのは欲張りだ。何より大切な孤児院のみんなに迷惑はかけたくない。
「ジン、やることが終わってからでいいので、私の部屋まで来てもらえますか?」
夕食が終わり日課のトレーニングに行こうと席を立った俺は、そう言われて振り返った。
「え?」
「少しお話があります」
シスターが俺を部屋に呼び出すなんて珍しい。いったい何の用だろう。などと考えているとすぐそばからシスターとは別の声が聞こえた。
「あー! ジンが呼び出されてる! シスターのブラ盗んだのがバレたんだー!」
「盗んでねーよ!? いい加減なこというんじゃねぇ!」
あらぬ疑いをかけられた俺は、咄嗟にそう返し、声のした方に体を向ける。
短く切った紺色の髪と、こちらをからかうような表情が特徴的な少女で、名前はエマという。
ユエと同い年なのだが、おとなしいユエと対照的に元気で孤児院でも目立った存在だ。
「じゃあ私のブラ盗んだの!?」
「何でそうなんだよ!? そもそもお前ブラジャーしてねーだろ!」
「ひどーい! ジンにセクハラされたー! えっちな本かくしてるクセにー!」
「何で知ってんだ!?……あ」
口が滑っちまった……。
「……ジン? 後で詳しく聞かせてくださいね?」
「……はい」
コツコツためてたのに……俺の秘蔵本……。