砂の海で、僕と彼女は
「私ね、海見てみたいんだ」
唐突に、彼女は言った。
誰かに語りかける風といったわけでもなく、独り言のように。
「……海と言ったって、こんな惑星に、まだ海があると?」
少し文法がおかしい喋り方で、僕は答える。
そう。
だって、この惑星にはもう海なんてない。
あるのは、海に見えなくもないかもしれない、大きな砂丘。
「……あるよ。」
少し不機嫌そうに、彼女は答える。
「……もしかして、砂丘のこと言ってる」
ふと気づいて、僕は問う。
―――当たりだ。
彼女は、頬を赤らめてうつむいた。
「あのねえ」
僕は、呆れたように彼女の頭に手を置き、説得を始める。
「あれは、砂丘。海なんかじゃない。あんなとこ行っても、目に砂が入って終わりだよ」
「でも!」
僕の言葉を遮って、彼女は叫ぶ。
「でも……砂の、海だわ」
**
「こんな所きて楽しいんですかー」
結局、僕と彼女は砂丘に来ていた。
砂が舞って、目がしぱしぱする。
僕は目を何度もこすりながら、彼女に歌うように問いかけた。
それでも、返ってくる答えは常に一緒。
「―――楽しいわ」
はあ、と僕は大きくため息をついて、問いかけるのをやめる。
仕方ない。
彼女にとっては、こんな砂まみれの場所でも楽しいと思うのは当たり前なのかもしれない。
小さいころからの病院暮らし。
外に出たのは、18年生きてきて、たった数えるほどの回数だろう。
そんな彼女にとっては、廃れた灰色の街に居るより、まだ少なからず鮮やかな砂色の砂丘、どちらがいいのか---
言うまでもない。
見飽きた風景より、いつもと違う風景をもとめたくなるのは自然の摂理だ。
「……砂の海、か」
僕は、果てしなく広大に広がる砂丘を見つめ、小さく呟く。
―――きっと、彼女はもうすぐ死んでしまうんだ。
ふと思う。
どこにそんな根拠があるのかは分からないけれど、そうとしか思えなかった。
そして、都会のザラザラとしたあのコンクリートが砕けてできた砂で埋められるのだ。
冷たい、コンクリートの下へ。
そしておそらく僕も。
未来永劫、彼女を筆頭として、僕ら次に死んでいく人たちはきっと。
―――嫌だなあ。
そんなことを考えていたら、目には涙が浮かんでいた。
「どうしたの?」
彼女が、僕の涙に気づいたかのように顔を覗き込んだ。
「いや……どうも、しない」
僕は恥ずかしくなって、ふと顔を背けた。
「さあ、そろそろ帰ろうよ」
目をこすりながら、僕はそう言って振り向く。
どうせ、またいつものように首を横へ振るんだろうな、と思って。
「……うん」
―――予想外の言葉を返した彼女は、そこにいなかった。
「―――僕は死ぬんですね」
荒い息とともに、そんな言葉が口からもれた。
「……助かっても、重い障害が残るだろうな」
隊長は、死ぬ、とは言わなかった。
「助からないです、彼女が……うん、とやっと言ってくれたから」
あれは、夢だったのだ。
彼女と最後の別れをした日、初めて見た夢。
僕は、その夢を毎日見るようになっていたのだ。
しかし、最後の問いには彼女はいつも首を振る。
何故だろう、と抱えていた理由。
それが今はっきりと僕には分かった。
彼女は、僕の死に際を知っていたのだ。
そして、迎えに来てくれた。
なんて憎たらしい演出だろう。
僕は、虚ろな双眸で空を見つめ、小さく笑った―――