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30話 唯一の理解者

 ヒューデント王国の第二王子として生を受けた私は、七歳で世の中の不条理を経験した。


 それまでは周りにはいつも笑顔の臣下がいて、敬意を払われ、両親からも愛情を注がれていた。


「まあ、アルテミオ様は天才ですわ! このお年で中級魔法も使えますのね!」

「剣技もキレがあって、このまま鍛錬なされば国一番の騎士になるでしょう」

「アルテミオ様こそが次代の王となられるのです」


 みんながそう言うから、苦手な勉強も必死に頑張った。身体を動かすのは好きだったから剣と魔法は苦にならなかったけど、誰にも負けないように手は抜かなかった。


 それがすべて変わったのは、存在だけは知っていた兄が隔離塔から戻ってきた日だ。いつものように稽古をつけてもらおうと、騎士団へ向かう途中の通路で貴族たちが集まり興奮した様子で話をしていた。


「本当にフィルレス様が十の歳を迎えたのだな!?」

「それならこの国の将来は安泰だ! フィルレス様の治政でますます栄えていくだろう!」

「貴殿はご挨拶を済まされたか?」

「いや、国王陛下の許可がでず、まだな——」

「……フィルレスって、兄上のこと?」


 私の声でその場が静まり返る。


 いつもならすぐに機嫌を取るような言葉が続いたが、この日からは周りの態度が手のひらを返したように冷たくなった。


「ええ、アルテミオ様にはもう関係のないことです」

「部屋に戻られた方がよろしいですよ。それより——」


 今まで私を褒め称え、認めていた臣下たちはまったく見向きしなくなり、侍従や教育係たちからも以前のような熱意は感じられない。父上と母上にも会えなくなり、寂しさと混乱ばかりで毎夜ベッドの上で泣いていた。


 そして、その理由はすぐにわかった。隔離塔から戻ってきた兄は十六歳になったら立太子すると発表されたからだ。その時、私はもう必要なくなったのだと理解した。


 それでも自分を認めてほしくて、努力を続けた。言葉遣いも丁寧に、一人称も「私」に変えて少しでも兄より優れているのだと示したかった。


 毎日毎日、朝から夜まで勉強も剣の鍛錬も頑張ったけど、聞こえてくるのは兄への賛辞ばかりだ。


 これだけ努力しても誰も見てくれない。どんなに頑張っても、兄がいる限り私は日の目を見ることがない。


 私がなにをしたのだろうか? ふたり目の子として生を受けたのが悪かったのか?

 ああ、そうか。私は兄の代わりだったんだ。本物が戻ってきたから、偽物はいらないんだ。


 兄が……あいつが、戻ってきたから全部取られたんだ!!


 そうやって兄のせいにすることで、自分の心を守っていた。




 それから三カ月ほど経った頃だ。どうしても上級魔法がうまくできなくて、日が暮れても魔法練習場に残っていた。


「アルテミオ……?」


 名前を呼ばれて振り返ると、自分と同じ黒髪で青い瞳の少年が立っている。少し年上のようで、どことなく見覚えのあるような顔立ちに、これが“兄”なんだと気が付いた。


「……気安く名前を呼ぶな!」


 あいつが元凶なんだ! あいつさえいなければ、私はみんなに……父上と母上に愛されていたんだ!


 そんな気持ちが渦巻いて、私はその場を足早に去った。


 次の日は予定を変えて早朝に剣の練習をして、部屋に戻る途中でまた兄を見かけた。図書室の窓から見える兄は、なにかを熱心に読んでいる。その左横には四冊の本が積まれていた。


 ……あいつもこんな時間から勉強してるんだ。昨日だって魔法練習場に遅い時間に来たのに。


 それから兄を見かけるたびに様子を見ていたが、私と同じように朝から晩まで勉強しているようだった。


 本物なのにあんなに勉強するのか? だって、もう全部自分のものになったのに……?


 その疑問はどんどん大きくなり、私は思い切って前に遭遇した魔法練習場へ行ってみることにした。その日の勉強を終えて、静かに私室を抜け出す。今はもう護衛もついていないから、魔法練習場まで簡単に来ることができた。


 そっと物陰に隠れて魔法練習場を除くと、予想通り兄がひとりで魔法の練習をしていた。


 私がどんなに練習してもできなかった上級魔法を鮮やかに操り、幻想的な光景を生み出している。あまりの美しさに「すごい……」と声が出てしまった。


「誰?」


 ハッとして我に返ったけど、もう兄にはバレてしまった。私は気まずい気持ちのまま、姿を見せる。


「あ……君か。どうしたの?」

「……なんでこんなに練習してるんだ?」


 見つかったことでどうでいい気持ちになり、ずっと疑問だった言葉を投げつける。


「必要だから」

「必要……? だって、お前は全部手に入れただろ!? なにもかも持っているじゃないか……!」

「それは違う。今まで放置されてたし、なにも持ってない。大切な人たちを守るために必死なだけだ」


 その言葉に心が揺さぶられる。


 そうだ、兄は十歳まで隔離塔にいて会ったことすらなかった。まるで今の私のように、誰からも相手にされず存在さえ忘れ去られていた。


「大切な……人たちって、誰?」

「隔離塔で僕の世話をしてくれた親子だ。あのクソ国王が排除しようとしたから、暴れてやったらおとなしくなったけど」


 兄の言ったことに私は驚いた。『クソ国王』もそうだし『暴れてやった』とは、どういうことだろう?


「え、お前は父上が嫌いなのか? それに暴れたって、なにをしたの?」

「僕に両親はいないよ。生物学上の親なら確かにいるけど。暴れたっていうのは、少し魔力を解放しただけだ」


 ひどく冷めた瞳で両親はいないと兄は言い切った。


 隔離塔での十年間を兄はどうやって過ごしてきたのか。もしかして今の私と同じように、誰にも相手にされず、孤独だったのではないかと思い至った。そんな環境なら、世話をしてくれた親子が大切だというのもわかる。


「……全部、取られたと思った」


 ポロリと本音がこぼれ落ちた。


「うーん、そうだね。君から見たらそう感じるだろうね。でも君が努力したことは、絶対に無駄にならないよ」

「え……? なんで知ってるの?」

「だって、いつも朝早くから剣の稽古をして、夜遅くまで魔法の練習をしていたでしょう? 君を見かけるたびにそうだったから、すごく頑張り屋なんだと思ってた」


 私が自分を守るために兄のせいにしていたのを、否定もせず受け止めてくれた。そしてなにより、私の努力を見てくれた。それは無駄にならないと、認めてくれた。


 ポロポロと涙がこぼれ落ちて、練習場の床を濡らしていく。


「ゔゔ……! でも、誰も見てくれ、なくて! 父上も……母上も、会ってくれなくて、ボクはもういらない子なんだと……思った……!」


 言葉につかえながら、ずっと胸に溜まっていた澱んだ想いを吐き出した。


「少なくとも、僕は君がいてくれてよかったと思うよ。あんなクソみたいな親の血が流れていても、まともでいられるんだと思える」

「うう、ゔゔゔ……っ!」

「君はよく頑張っているよ」


 そう言いながら頭を撫でてくれた兄の手が温かくて、優しくて。私はしばらく泣いていた。やっと涙が止まって、そういえば兄に名前を呼ばれていないと気が付く。


「……アルテミオだよ。兄上」

「だって気安く呼ぶなって言っただろ?」

「っ! もう、いいから! 兄上だから特別なの!」

「ははっ、わかったよ、アルテミオ」


 この時から兄は私の家族になった。

 相変わらず父と母は私に興味すら持つことがなく、三年経つ頃には両親は幻だったのだと思えるようになっていた。




 兄が十六歳で立太子した翌年のことだ。


 頭角を表しはじめた兄が自由に振る舞うようになると、王妃は都合よく使える駒がほしくなったのか私に手を伸ばしてきた。


「ああ、アルテミオ! こんなに立派になって……フィルレスに振り回されて、貴方まで手が回らなかったの。ごめんなさいね。でも、これからは貴方を頼りにするわ」


 反吐が出そうなのをなんとかこらえて、母だった女に笑顔を向ける。


「はい、母上。私でよければ、お役に立ちたいと思います」


 すべては敬愛する兄上のために。その言葉を飲み込んで、私は笑みを深めた。


 それからは逐一兄上へ情報を流し、最後に王妃を祖国へ返すことができた。婚約者のラティシア様も、兄上を大切に想ってくれているようだ。それに兄上はあんなにデレデレするのかと正直驚いている。


 あのふたりに負けないくらい、私も愛しい婚約者を大切にしたいと思った。




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