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28話 永遠を誓う

 あっという間に時間は過ぎて、麗らかな春の日にフィル様の戴冠式と私たちの結婚式の当日となった。


 王都は三日前から前夜祭が始まり、大勢の民が押し寄せ賑わっている。いろんな出店が並び、私とフィル様の瞳の色の雑貨が飛ぶように売れているらしい。商売上手な商人たちがいれば、この先も王都を盛り上げてくれるだろう。


 そんな中、ひとりだけ浮かない顔の人物がいた。


「はあ、戴冠式って面倒だよね」


 戴冠式用のロイヤルブルーの正装に身を包んだフィル様が、執務机で頬杖をついてつまらなさそうに呟く。いつもより煌びやかな装いのフィル様が憂いに染まる姿は、芸術的な絵画のように様になっていた。


「フィル様。気持ちはわかりますが、避けて通れません」

「うーん、そうだな。ラティが協力してくれたら、やる気が出るかも」

「協力ですか? どんなことでしょう?」


 私がなにかしてフィル様のやる気が出るなら、喜んで協力しよう。


 最近はさまざま準備のために遅くまで政務をこなしていて、フィル様とあまり接点を持てなかったのだ。さすがのフィル様も結婚式と戴冠式の準備を同時進行するのは厳しかったらしい。


 そう思って声をかけたら、腹黒な夫はどんでもないことを言い出した。


「戴冠式が始まるまでラティを好きにしたい」

「却下します」


 私は即答した。なにを言っているのだ、この変態腹黒国王は。


「ええ、それじゃあ、僕のやる気が出ないんだけど……」

「ではお聞きしますが、好きにしたいってどういうことですか?」


 確かに触れ合う時間もなかなか取れなかったから、恋しい気持ちが募るのはわかる。私だって同じようにフィル様を求める気持ちはあるのだ。念のため、どの程度を求めているのか聞いてみることにした。


「まずは僕の膝の上に乗せて、思う存分キスをして、僕にしか見せないラティを堪能して、きっと止まらなくなるからその先も——」

「却下! 却下一択でしょ! これから重要な式典なのに、なに考えてんの!?」


 やっぱりとんでもないことだったので、思いっ切り素で返してしまった。


「ふははっ! そのラティの怒り方、懐かしいな」

「ごまかさないでください! もう、絶対にフィル様の好きにさせません!」

「ふふ、ごめんね。じゃあさ、ラティの好きにしていいよ」

「え?」

「ラティは僕をどうしたいの?」


 フィル様の提案にドキッとする。


 私はフィル様とどうしたいのか? ここ二カ月くらいは本当にお互い忙しくて、食事の時間もすれ違っていた。それまでは毎夜、意識がなくなるまで愛されて満たされていたのだ。寂しくないと言ったら嘘になる。


「私は……」

「うん、ラティの正直な気持ちを聞かせて?」

「私も……フィル様と触れ合いたい、です」


 フィル様の青い瞳が細められ、ニヤリと口角を上げる。真っ黒なオーラを全開にして私の願望を明らかにしようと、フィル様は追い討ちをかけてきた。


「触れ合うって? どんな風に?」

「あの、まずは……抱きしめてほしいです」

「ふうん。じゃあ、ラティがこっちに来て」


 フィル様に言われるがまま、執務机の向こうへと私は移動した。ゆったりと椅子にかけるフィル様の前に立つと、手を引かれてバランスを崩しフィル様の膝の上に座ってしまう。


 爽やかな石鹸の香りに包まれて、フィル様に抱きしめられているのだと遅れて理解した。


「次は? どうしてほしい?」


 耳元で囁くフィル様の声に敏感に反応してしまい、わずかに身体が震える。散々刻みつけられたフィル様の愛は、確実に私の身体に変化をもたらしていた。


「……フィル様っ」

「そんなにほしそうな顔したら、我慢できなくなる」

「でも、ダメです。この後は、戴冠式があるか——」


 私の声は噛みつくような口づけに飲み込まれ、フィル様の激しい愛に絡め取られる。


 止まらないのか、止められないのか、夫から注がれる媚薬みたいなキスが続いた。渇望していたものを与えられ、私の頼りない理性はあっけなく溶けていく。


「僕の印が消えてるね」


 それは赤い花びらのような所有の証だと理解したと同時に、首筋にチリッとした痛みが走った。一カ所だけでは済まなくて、鎖骨にも、肩にも、胸元にも、容赦なくフィル様は愛した跡を残していく。


「これでも足りないな」


 そう言ってフィル様の右手がドレスのクルミボタンに伸びる。すっかり流された私は拒絶することなんてできなくて、されるがままになっていたのだが。


 ——コンコンコンコンコン。


「フィルレス様、戴冠式のお時間です。ラティシア様もご一緒にお願いいたします」


 ノックの音とアイザック様の声で、一気に現実に引き戻される。


「ああ、わかった」


 フィル様は私見つめたまま返事をする。ご満悦の様子で私の首筋から胸元へ視線を落としていった。


「今はここまでにしておこうか」

「……っ!! あああ! これでは戴冠式に出席できません!!」

「僕はこのままのラティでいいと思うけど」

「それは絶対に無理です!!」


 アイザック様に一分だけ待ってもらい、フィル様の執務室に常備している回復薬を飲んで、無事ことなきを得た。

 こうして戴冠式を済ませた後、私たちの結婚式をおこなう大聖堂へと向かった。




 ヒューデント王国で最も由緒ある大聖堂の鐘が鳴り響く。


 私は鐘の音に合わせて、バージンロードを一歩ずつ進んでいる。父親代わりにエスコートしてくれているのは専属治癒士となったエリアスだ。緊張した面持ちで正面を見据えている。


 純白のウエディングドレスは首元まで複雑なレースで飾られ、ソフトマーメイドのラインが上品さと清白さを漂わせていた。ロングベールはウエディングドレスの長い裾と重なり、格式高い結婚式を印象付ける。


 イヤリングとティアラにはフィル様の瞳の色であるブルーダイヤモンドが贅沢にあしらわれ、私が誰の妻になったのか参加者たちに見せつけていた。


 太陽の創世神を祀る聖堂は色鮮やかなステンドグラスが美しく、幻想的な光景を来場者に披露している。そこから差し込む光が大理石の床を淡く照らしていた。


 そんな大聖堂の美景すら霞むほど、フィル様が神々しい。鍛えられた躯体でシルバーのフロックコートをすっきりと着こなし、艶のある黒髪と空色の瞳を引き立たせていた。


 私へ真っ直ぐに向ける視線は優しくて甘くて、でもその瞳の奥に激情が渦巻いている。弧を描く口元は満足げで、私がフィル様のもとへ辿り着くのを待ち望んでいるようだ。


 私の年齢と同じ二十四度目の鐘の音で、愛しい夫のもとへ辿り着く。エリアスからフィル様へエスコートが変わり、太陽の創世神の前まで足を進めた。


 ここで私たちは宣誓する。


「フィルレス・ディア・ヒューレットは最愛の妻ラティシアを生涯愛し、互いに支え合い、なにものからも守り抜くことをここに誓います」

「ラティシア・ディア・ヒューレットは唯一の夫フィルレスにすべてを捧げ、いかなる時も信頼し、生涯愛することをここに誓います」


 今度は私とフィル様が向かい合うように立って最後の言葉を口にした。


「「太陽の創世神よ。月の女神よ。大地の神よ。神々の御前にて、我らは永遠(とわ)の愛を誓います」」


 そっと目を閉じると、石鹸の爽やかな香りとともにフィル様の柔らかな口づけが降ってくる。誓いのキスを終えて、離れていく温もりに寂しさを感じてしまった。


 目を開ければ、フィル様の青い瞳に惹き込まれる。


「ラティ。愛してる。誰よりもなによりも、君だけを愛してる」

「私もフィル様を愛してます。生涯をかけて愛を注ぎます」


 ふたりで微笑んで、バージンロードへ一歩踏みだす。これから先の未来をフィル様と歩いていくように。ともに助け合い、時には意見して、一緒に笑って泣いて驚いて、いろんな感情を分け合っていく。


 フラワーシャワーを浴びながら、フィル様と歩くバージンロードは希望に満ち溢れていた。


 エリアスは涙ぐんで、奥様にハンカチを渡されている。アイザック様とアルテミオ様は「やっとだな」「やっとですね」と会話しながら祝ってくれた。


 イライザ様とジルベルト様は、お揃いの衣装で祝福の花びらをたくさん振りまいている。エルビーナ様とグラントリー様も晴れやかな笑顔で「おめでとう!」と声をかけてくれたし、ジャンヌ様も隣で幸せそうに笑っていた。


 アリステル公爵や、コートデール公爵、ルノルマン公爵もみんな潤んだ瞳で、笑顔が眩しい。


 そして参加者の間にチラッと王家の影たちの姿が見えた。フィル様がすぐに気付いてひと睨みすると姿を消したけど、彼らの気持ちは確かに受け取った。


 きっとフィル様とふたりなら、どんなことでも乗り越えられる。


 大聖堂を出ると、私たちが歩く未来を祝福するように青く澄み切った空が広がっていた。




第二部の本編はここで完結となります。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます(*´꒳`*)

少しでも楽しんでいただけましたでしょうか?

この後、番外編もありますので、もう少しだけお付き合いいただけると嬉しいです。

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