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26話 夫の愛が容赦ない

「後日改めて新体制について議論の場を設ける。それまでは今まで通り運用せよ。それでは今日の国議は以上で終了とする」


 フィル様のこの宣言で、まさかの国王交代劇が繰り広げられた国議はようやく終わり、断罪された貴族たちや国王は近衛騎士によって退場していった。


 会議室では貴族たちがいくつかのグループを作り、今日の国議や情報交換、これからのことについて話を続けている。フィル様は幻獣たちに姿を消すように言うと、私のもとへ駆け寄った。


「ラティ。驚かせてごめんね」

「はい、本当に、本当〜〜〜〜に驚きました」

「ははっ、またこの顔が見られて嬉しいな。この後は明日まで予定を入れてないんだ。ラティも妃教育は休みにしてあるから、ゆっくり話そうか」

「ええ、ぜひお願いします!」




 フィル様とともに私の私室まで戻ってきた。


 国議ではずっと神経を張り詰めていたので、こわばっていた身体から力が抜けていく。メイドにお茶を入れてもらって、フィル様と並んでソファーに腰を下ろした。


「それで、な——」


 私が話をしようとしたけど、それはフィル様の熱い口づけに塞がれて言葉を続けることができなかった。


「待っ……フィルッ……!」


 何度も角度を変えて落とされる深い口づけから逃げようとしても、すでにフィル様の(たくま)しい腕が私の後頭部と背中に回されて身動きひとつできない。


 そのうちフィル様の熱が私にも伝染して、反抗する気力も力もなくなった。

 やっと離してもらえたと思った頃には、頭の中までとろけきってまともな思考ができない。


「待たない。ていうか、もう待てない。キスだけじゃ足りない」


 フィル様の空色の瞳に浮かぶ劣情が、私の本能をくすぐった。全身で私を求めるフィル様に応えたいと、身体の奥から湧き上がる衝動に身を任せてしまいたくなる。


 かろうじて残っていた理性が寸前で待ったをかけた。


「でも、結婚式はまだ……」

「ラティはもう僕の妻でしょう?」


 そう言われたら確かにそうなのだが、なにせ先ほどの流れに逆らえなくて妻になったばかりだ。決して嫌ではないけれど、突然のことで覚悟がまったくできていない。


 なんとかフィル様の気を逸らそうと、疑問をぶつけた。


「そうですけど……どうしてフィル様はサイン済みの婚姻宣誓書を持っていたのですか?」

「ああ、あれはね、タイミングを見てラティのサインをもらおうと思っていたからだよ」

「タイミング?」

「うん、一日も早く僕だけのラティにしたかった」


 甘く情熱的に、もう逃さないと言わんばかりのフィル様の獰猛な視線に囚われる。


 愛してる人からこんな風に求められて、それでも拒絶できるほど私の意思は固くない。キスより先のことは妃教育で学んでいる。


 明日までふたりとも予定がないから。

 もう正真正銘フィル様の妻になったから。

 身も心も捧げるのが王族に嫁ぐ者の義務だから。


 そんな言い訳じみた思考が頭の中を駆け巡る。結局のところ、フィル様に求められて断ることなんてできないのだ。


 だってこのまま身を委ねようとしている一番の理由は、フィル様に求められて嬉しいから。


「ラティ、焦がれるほど君が欲しい。僕は君だけを愛してる」


 背中を押すような愛の言葉を囁かれて、私は陥落した。


「……私も、フィル様が……欲し——」


 最後まで言い終える前に噛みつように口づけされて、今度こそ反抗せずにすべてを受け入れる。遠慮のないフィル様の愛情表現は、窒息しそうなほど激しくて深い。


 孤独を抱え、愛を求め、たくさん傷ついてきた、私の愛しい人。そんな傷ごと全部受け止めたいと心から思った。


「あー、ここじゃダメだね。寝室へ行こう」

「……はい」


 言葉にされて羞恥心が込み上げる。耳まで熱を持ったように熱いから、きっと真っ赤になっているに違いない。

 でもフィル様のキスで散々溶かされて、足に力が入らない。私がモタモタしていると、フィル様に抱え上げられた。


「ひゃっ! フィル様……!?」


 突然のお姫様抱っこに驚き、フィル様の首に腕を回した。そんな私にフィル様が嬉しそうな笑みを向ける。


「ふふ、ごめんね。僕が止められなくて、ラティが立てなくなったみたいだから」

「そっ……!」

「大丈夫、これでも鍛えているから安心して」


 それは心配してないけど、フィル様のキスでこんな風になった自分を晒したのが恥ずかしいのだ。それなのにフィル様は上機嫌で言葉を続ける。


「僕のキスでこんな風になったラティもかわいい」

「…………っ!」


 恥ずかしくて閉じた扉を無理やりこじ開けえられた上に、スポットライトを浴びたようないたたまれなさに悶えた。


 耐えきれなくてフィル様の肩に顔を埋めたけど、石鹸の香りがさらに愛しい人の存在を意識させる。

 もうなにをやっても、恥ずかしさも胸の疼きも止まらない。


 フィル様は私を抱きかかえたまま、ふたりの寝室へ足を進める。器用に扉を開き、優しくベッドの上へ下ろしてくれた。


 いつも私が眠るひとり用のベッドは、すぐ横に衝立があるはずなんだけれど——


「え? なんですか、このベッド……!?」


 今朝までは確かにシングルベッドだったのに、フィル様のベッドもくっつけたようなキングサイズの天蓋付きベッドに変わっていて、衝立の影も形も見当たらない。


 ご丁寧なことにベッドの上には真っ赤な薔薇の花びらが散らされて、高貴な香りに包まれている。

 おかげでさっきまでの熱に浮かされたようなフィル様への劣情も、一気に吹っ飛んだ。


 フィル様は笑みを深めてフカフカのベッドに片足を乗せ、獲物が逃げないように指を絡ませながら私の両手をベッドに縫いつける。


「もちろんラティと甘くて熱い時間を過ごすために用意させたものだよ」

「いえ、そうではなくて! 今朝まで使っていた私のベッドは……!?」

「それは僕の執務室の隣にある仮眠室へ運ばせた。これでいつでもラティの匂いを堪能できる」

「へ……変態腹黒!?」


 心の叫びが言葉になって、思わず口から飛び出した。私の匂いがするベッドを仮眠室へ運んで、いったいなにをするつもりなのだろうか。聞きたいけど、怖くて聞けない。


 正気に戻ってしまったら、この状況から逃げ出したくてたまらなくなった。


「はははっ、ラティにそんな風に言われるのも久しぶりだね。で、その変態にこれからどんなことをされるかわかってる?」

「わ、わかりたくないので、一旦白紙に戻してください!」


 フィル様は私の焦りがにじむ叫びなどまるっと無視して、その麗しく艶々な唇を額へ、頬へ、顎先へと落としていく。最後に耳へチュッとリップ音を立てて、そのまま甘いとろける声で囁いた。


「それは却下だ。ラティも僕が欲しいと言ったでしょう?」

「あ、あれは、その……」


 たったそれだけで、じわりじわりと身体の奥から熱がぶり返す。こんなにもフィル様に翻弄される自分が恨めしい。


「僕にすべてを捧げて。これは王命だよ」

「そんな……!」


 職権濫用どころか、権力を盾に王国最強の命令をされてしまった。


 こんなことに王命って……!! でも、王命なら仕方ない——?


 それは私がこの状況に流される言い訳として十分すぎた。もしかしたらフィル様はそんな私の気持ちも見透かして命令したのかもしれない。


 もしそうだとしたら、もうこの先どんな時もフィル様を拒めない。




 それからどれくらいの時間が経ったのか、すっかり日が落ちて室内灯の明かりがフィル様の肩越しに灯っていた。


「はあ、これでやっとラティの全部が僕のものになった」


 フィル様の声でぼんやりと意識が戻った。何度も何度も重すぎる愛を注がれ、フィル様に与えられる喜びに満たされている。


 胸元にはキスの跡が赤い花びらのようにつ散らされて、まるでベッドの上の薔薇の花びらみたいだ。指先すら動かせない私を、フィル様は宝物を扱うように優しく抱きしめる。


 そして独り言を私の耳元で囁いた。


「でもヤバいな。ラティがかわいすぎて全然やめられない」

「ふ、あ……!?」


 終わりが見えないフィル様の愛に抗う術はなく、限界を超えた意識は闇の中へ落ちていく。

 結局、翌日の昼過ぎまで貪るようなフィル様の愛を享受した。




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