25話 腹黒王太子の提案
神竜と神獣たちを従えたフィル様は、会議室の貴族たちへ視線を向ける。その姿は凛々しく、美しく神々しい。誰も彼も視線を逸らすことができなかった。
「今回の出来事はこのヒューデント王国にとって、非常に残念な結果をもたらした。国家のトップである国王陛下が卑怯な手段を使い、僕が愛してやまない婚約者を排除しようとした。僕はこれを決して許すことができない」
一身に注目を浴びるフィル様が私を見つめる。その瞳はあまりに真っ直ぐで、愛に満ちていて、私の心を鷲掴みにした。
「ラティ、君は許せる?」
フィル様の問いかけに言葉が詰まる。
許せるのか?
毒を盛られたことを。私を排除するために冤罪をかけられそうになったことを。婚約者にふさわしくないと糾弾されたことを。
フィル様から引き離されそうになったことを——
私はいつも自分より他者を優先してきた。それを後悔していないし、それで喜んでくれる人がたくさんいたから励みにもなっていた。
でもフィル様と出会って私は変わった。淑女としてふさわしくないとわかっていても激しい嫉妬を抑えられなかったし、どんなことをしてもフィル様の隣にいたいと思った。
自分のために怒ったことなんてなかった。
だけどフィル様がすごく私を大切にしてくれて、私も自分を大切にしていいのだと思えた。
私は絶対に手離したくないものを守りたい。
これからもフィル様と私を守るために、大切な人たちを守るために。
そのためにも、決して許してはいけないことがある。
「……許せません。私は心から愛する婚約者と……フィル様と引き離そうとした人たちを許せません! 誰がなんと言おうとも、私の居場所はフィル様の隣だけです! 絶対にその場所を譲りません!!」
心からの叫びだった。
いつもあきらめてきた私の、心の奥底にある剥き出し想いを叫んだ。
「うん、わかった。これでラティを害する奴らを遠慮なく処罰できるよ」
フィル様はまるで太陽の創世神のような温かい笑みを浮かべた。私と絡んでいた視線を外し、フィル様は冷酷な為政者の顔で言葉を続ける。
「この場で提案するのは、現国王の退位および王太子フィルレス・ディア・ヒューレットの国王即位。また国王即位に伴い婚約者であるラティシア・カールセンとの婚姻も同時に進める。異議があるものはこの場で挙手せよ」
最初に自分の耳を疑った。
フィル様の即位は納得できるが、なぜ私たちの婚姻まで同時に盛り込まれているのか。
異議があるものは挙手せよというけれど、誰も手を挙げないし、なんなら貴族たちはホクホクの笑顔を浮かべている。
グラントリー様はニヤニヤしているし、アルテミオ様は事前に把握していたのか涼しい顔をしていた。良心の要であるアイザック様にも視線を向けたけど、うんうんと大きく頷いていて賛成のようだ。
ちょっと待ってほしい。私は王太子妃の教育しか受けていないのだ。いくらなんでも無理すぎる!!
王太子妃と王妃では責任の重さが違う。こなす政務も、立ち居振る舞いも、諸外国との交流も、なにもかもヒューデント王国の淑女代表として見られるのだ。
今までの妃教育でなにができるのか考えてみるけど、あまりの展開に頭がついていかない。
私の思考が空回りしているうちにフィル様がどんどん話を進めていく。
「それでは全会一致によりこの瞬間から僕が国王に就任する。ラティシアとの婚姻についてはこの場で婚姻宣誓書へサインし、結婚式については予定通り執りおこなう。僕の戴冠式も同日に済ませ近隣諸国へ周知することとする」
会議室は拍手喝采に包まれた。
いつかの光景とダブって見えるのは気のせいではないはずだ。あの時もフィル様の手のひらの上で、コロコロと転がされたと記憶している。
「えっ、ちょっと、フィル様!?」
ハッと我に返り声をあげるが、割れんばかりの歓声でフィル様に声が届かない。
いや、私を見てニコニコと笑っているから、きっと届いているのに聞こえないふりをしている。
いつもよりご機嫌な笑みを浮かべたフィル様が右手を挙げると、歓声が止んで会議室は落ち着きを取り戻した。
「続いて罪人たちに処罰を言い渡す」
フィル様の凜として覇気のこもった声が私の耳朶を震わせた。私とフィル様の結婚については後で抗議することにして、フィル様が下す処罰を見届けることにする。
「ヘルメルト・オズバーン。王太子の婚約者について悪意を持って意見書を提出し、混乱を招いたことは内乱罪に値する。よってオズバーン侯爵については子爵へ降爵し、領地の半分を国へ返還せよ。また爵位を後継者へ譲渡し、首謀者ヘルメルトは領地から出ることを禁ずる」
オズバーン侯爵への刑罰が下されたが、ブリジット様は認定試験の結果を聞いてから俯いたままで耳に入っていない様子だ。
「また治癒室にて不当な言いがかりをつけた貴族たちについては事実無根の訴えで治癒室の業務妨害、およびカールセン伯爵への名誉毀損の罪にあたる。当主を変更のうえ降爵し、慰謝料の支払いを命じる。詳細は追って通達するゆえ、それまでは謹慎せよ」
貴族たちはそれぞれ絶望に染まった表情で、自分の処罰を嘆いていた。こうして事実が明らかになったことで、私の治癒士としての腕は確かだと周知される。
私の治癒士の誇りを守ってくれたフィル様に、温かい気持ちが込み上げた。
「次にブリジット・オズバーン。前国王と共謀し僕の婚約者であるラティシア・カールセンに対しての殺人未遂、および幻獣ユニコーンを私利私欲のために利用したことは大地の神への冒涜となる。よって貴族籍から除籍し最北の修道院にて、生涯をかけて贖罪せよ」
最北の修道院は罪を犯した貴族女性が収監される場所で、厳しい戒律によって更生を目指す施設だ。ただ更生して戻ってきた貴族は少数で、ほとんどが戒律を破り厳しい折檻を受けて命を落とすと聞く。
しかしブリジット様がどんなに更生しても、二度と戻ってくることはない。生涯をかけてとは、そういうことだ。
「最後に前国王について。僕の最愛を身勝手な理由で排除しようとし、臣下を巻き込み治世を乱したことでヒューデント王国に大きな混乱を招いた。いくら国王であったとしても、これには内乱罪が適用される。よって隔離塔へ生涯幽閉とし、他者との接触を一切禁ずる。孤独に蝕まれながら、自らの罪を悔い改めよ」
隔離塔はフィル様がずっと閉じ込められていた場所だ。
そこで誰も訪れることがなく、たったひとりで過ごすのは想像を絶する孤独との戦いだろう。
でもこれで、フィル様の心が少しでも救われたのだろうか。『両親の愛を知らない』と言った時の、闇を抱えた寂しそうな瞳が脳裏をよぎる。私はそれだけが気がかりで仕方ない。
そんなしんみりした気持ちでいたが、フィル様が満面の笑みを浮かべて私のもとへやってきた。
「ラティ、お待たせ。じゃあ、この婚姻宣誓書にサインしてくれる?」
そう言って、いつの間に用意していたのか胸元から出した書類を広げた。【婚姻宣誓書】と書かれた厚手の紙には、フィル様の伸びやかなサインがすでに書き記されている。
「あの、フィル様。やはりこんな勢いで結婚するのはよくないかと思うのですが」
「いや、全会一致だからなにも問題ないよ。むしろここでサインしないと僕とラティの不仲を疑われて、側室の話が出てくる可能性があるね」
「……っ! わ、わかりました……サインします……」
側室なんて受け入れられるわけがない。
この独占欲が王妃としてダメなものだとわかっている。でも、フィル様を誰かと共有するなんて、どう考えても無理な話だ。
これから私にやってくる未来を想像して手が震えたけれど、なんとか婚姻宣誓書へサインした。
「これで本当に僕のラティになったね」
「うう……王太子妃をすっ飛ばして王妃だなんて聞いてないです!」
「それはごめんね。でも、僕はラティ以外愛せないし、あきらめて」
そんな殺し文句を言われて嬉しいと思ってしまった自分は、これからもフィル様の手のひらで転がされるのだと思った。






