24話 神獣ユニコーン
「ひとつ質問ですが、聖女である条件は大地の神に認められるということで間違いないでしょうか?」
フィル様はそう質問しながら、公爵と審判たちが並ぶ証言台の前へ移動していく。
「そうだ、大地の神が認めて幻獣ユニコーンを従える。それが聖女だ」
「では幻獣が創世神の末裔と契約を結ぶと、神獣になるのはご存知ですね? バハムート。フェンリル。姿を見せろ」
フィル様の呼びかけでミニマムサイズのバハムートが肩に乗り、フェンリルが足元でフィル様を守るように立った。
「ちなみに契約をした神獣は瞳の色が契約者と同じ色になります。僕の場合は青……そう言えば国王陛下も青でしたね」
「なにを言いたいのだ?」
「契約した幻獣は主人の命令には絶対服従しますが、ユニコーンは誰の命令に従うと思いますか?」
グラントリー様に無理やり連れていかれそうになった時、フィル様は去ろうとした私を神竜ごと引き戻した。
そして主人に命令された神竜バハムートと神獣フェンリルが、フィル様に頭を垂れて従うのを一部の貴族たちは目にいている。
「……っ! まさか、お前……いや、だがあの時わしがユニコーンと契約したはずだ……! 確かにわしの目の前でユニコーンに翼が生えたのを見たのだ……!!」
国王陛下は勢いよく立ち上がり、バンッと机を叩いた。ユニコーンと契約を結んでいたという発言に私は驚くが、フィル様は余裕げな笑みを浮かべたままだ。
「なにか誤解しているようですが、幻獣と契約すると金色の光に包まれて進化し、神獣や神竜になるのですよ。僕はいずれも金色の光を見ましたが、国王陛下はいかがでしたか?」
私はフィル様がフェンリルと契約した時のことを思い出した。
あの瞬間、確かにフェンリルは金色の光に包まれて、光が収まったと同時に青い瞳に変化して、魔力もなにもかもレベルアップしたのをはっきりと覚えている。
「……まさか、まさか! ユニコーン! 姿を見せろ! ユニコーンッ!!」
国王陛下が何度ユニコーンへ呼びかけても、なにも反応は返ってこない。叫ぶような声が会議室で虚しく響くだけだった。
つまりそれはユニコーンの主人が、国王陛下ではないことを証明する。
「ユニコーン。姿を見せてもいいよ」
フィル様の言葉でなにもない空間が揺らめき、銀色の毛並みが美しい有翼のユニコーンが姿を現した。
寄り添うように鼻先を擦りつけ、フィル様に甘えているような仕草を見せる。
治癒室で見た時にはなかった翼を広げ、それがフィル様と契約して神獣になった証だと物語っている。
バハムートやフェンリルと同じく、ユニコーンにもフィル様の空色の瞳が煌めいていた。
やっぱりフィル様だわ……ユニコーンとも契約していたなんて、全然気が付かなかった……!
どこまでいっても腹黒な婚約者に、最近では安心感さえ覚え始めている。『だって、僕がラティを手離すわけがないでしょう?』と言った、フィル様の言葉が蘇った。
あの時すでに、フィル様はこの国議の行方を描いていたのだ。すべて思うがままに、望む結果へ転がっていくように。
「おおお! まさか、ユニコーンまで契約されたのか!?」
「フィルレス殿下は、まさしく王になられるお方だ!」
「なんて美しい……! これが神獣ユニコーンか!」
貴族たちもユニコーンを目にして、感嘆の声があちこちからあがる。だけど国王陛下だけが、怨嗟のこもった視線をフィル様へ向けていた。
「いつ……いったい、いつからだ!? いつからわしを騙しておったのだ!?」
国王陛下の絶叫で会議室は再びしんと静まり返った。フィル様は誰もがうっとりするような微笑みを浮かべて、国王陛下の問いに答える。
「そうだね。ちょうど二カ月前くらいかな。ラティシアがいる治癒室へ聖女がやってきた頃だよ。僕が許可するまで聖女の言う通りにしろと命じてたから、気が付かなかったと思うけど」
「二カ月だと……!? それではあの時、ユニコーンと契約したと思ったのはなんだったのだ!?」
愕然とした国王陛下は、机に手をつき項垂れた。
そういえばブリジット様が治癒室へ来た後、フィル様へユニコーンの話をしたのだった。あの時からフィル様はユニコーンと契約することを考えていたのだろう。
でも今のユニコーンには大きな翼がある。これをどうやって誤魔化していたのか気になったが、その疑問はすぐにフィル様によって解消された。
「それも僕の命令だね。もし国王陛下がユニコーンと契約する素振りを見せたら、結界をうまく使って翼が生えたように演出しろと命じておいたんだ。その証拠にユニコーンは金色の光に包まれなかったと思うけど?」
「そ……んな……では、わしは、わしはなんの後ろ盾もなく……このような……」
どうやら国王陛下は、フィル様にうまいこと操られていたらしい。
私もここで初めて聞いたこともあって、フィル様がいつからどんな計画をしていたのかさっぱりわからない。
よほどショックだったのか、国王陛下は血の気の引いた顔で俯き「嘘だ。こんなはずでは……」と繰り返し呟いている。
「それからユニコーン。大地の神が認めた乙女だけど、本当にあんな女でいいの?」
《今回、聖女の頼みとはいえ、月の女神の末裔に毒を盛ることになった。それがどれほど自分の誇りを傷つけることだったか……あんな屈辱はもう二度と味わいたくない。そこで大地の神へ直談判した》
「へえ。それで?」
《ブリジット・オズバーンは聖女の任を解き、新たな乙女を聖女へ任命する》
ユニコーンの宣言でこの瞬間、ブリジット様が聖女ではなくなってしまった。でも認定試験の結果発表から茫然自失の状態で、正しく理解できているか微妙なところだ。
《大地の神が認める新たな乙女は——エルビーナ・ラ・アトランカ。正真正銘、大地の神の血を引く心清き乙女だ》
エルビーナ様が聖女に指名された……!
帝国に振り回されたエルビーナ様にとって、どんな展開が待っているのだろうか? 聖女に選ばれたことは納得できるが、帝国で大切に扱われ尊重されるのだろうか?
今ではすっかり妹のようにかわいがっているエルビーナ様が、心穏やかに過ごせるようにと祈るばかりだ。
「最初からそうすればよかったのに」
《それは魔力が少なすぎるという理由で、大地の神が渋ったのだ。だが大地の神が選んだ乙女があんな性悪だったし、今後は自分が補助するという条件で許可をもぎ取ってきたのだ》
「そう、わかった。ユニコーンはエルビーナ皇女の補佐をメインにして動いていいよ。なにかあったらすぐに呼び戻すから」
《うむ、主人の心遣いに感謝する》
「おい! さらっとオレの妹を聖女に任命するんじゃねえ!」
フィル様とユニコーンの会話にグラントリー様が口を挟んだ。気持ちが乱れて言葉使いが崩れている。
「むしろエルビーナ皇女が聖女になれば、帝国の政治も安定するし、皇帝陛下たちも下手な扱いをしないと思うけど。それでもダメなの? そもそもすでに任命されているから拒否なんてないけどね」
「うぐっ! だけど、それはそれで、またうまいこと使われそうなんだよな……」
グラントリー様はああ見えて妹を大切にしているから、これから訪れる変化でエルビーナが苦労しないか心配しているのだ。
《それには心配及ばぬ。自分がついている限り、エルビーナを不当に扱うような真似はさせない。昨夜のうちに本人とも約束した》
「なんだよ、もう話は済んでるのか!? はああ……本人が納得してるならどうしようもないな」
グラントリー様も納得したので、予想外なことがたくさんあったけど国議はそろそろ終わるのだろう。
そう思っていたら、フィル様が会議室へ響き渡った。
「さて、最後に僕からの提案だ」






