23話 聖女の判定結果
グラントリー様は証言台の後ろへ下がり、三大公爵たちとブリジット様の判定試験を担当した審判たちが会議室の中央へ出てきた。
審判の後ろへ公爵たちが並び、準備が整うと国王陛下が声をかける。
「うむ、では試験を実施した順に結果を発表せよ」
「かしこまりました。それではルノルマン公爵家嫡男ロイス・ルノルマンからご報告申し上げます」
ロイス様は手にしていた書類をめくり、報告書を読み上げた。
「この度、ルノルマン家の認定試験は公平を期すため、同じ内容の試験を準備いたしました。ブリジット嬢は王都を視察し、いかに素晴らしい治世であるかレポートを提出されました。また孤児院においても善良的な貴族としてご対応いただきました。最後にお茶会の場では、聖女という立場を踏まえて高貴な振る舞いをされております」
そこまで聞いて、私がこなした認定試験と内容は同じだけど、着眼点がかなり違うようだと感じた。
私の場合は大きな騒ぎを起こしてしまったけれど、本当だったらブリジット様のような答えを求められていたのかもしれない。
「しかし、今回はラティシア様と比較して、ブリジット嬢が優れていなければ合格と判定できません。なぜならすでにルノルマン公爵家はラティシア様こそ未来の王妃にふさわしいと判定をしているからです」
「そこで、私メイガン・ルノルマンからもラティシア様の判定結果の詳細をお伝えします」
なんとルノルマン公爵本人から、私の合格について講評をもらえるようだ。詳しく聞いていなかったので、少し緊張してしまう。
「ラティシア様は王都の視察では治安を悪化させていた犯罪者を見事捕まえ、孤児院においてはシスターの不正を明らかにして虐待されていた孤児たちを救い出しました。その際に当然のように治癒魔法で子供たちの傷も癒していただきました。またお茶会では、フィルレス殿下への侮辱に対し毅然と対応し、ご自身の問題も見事解決されました。さらに、王都の治安改善のための提案をフィルレス殿下のお名前で提出されるなど、謙虚な姿勢も見られました」
そんな風に受け止めていたのかと、褒められて嬉しさと恥ずかしさが込み上げる。一瞬だけルノルマン公爵と視線が合い、優しげで柔らかな笑みを浮かべてくれた。
「以上の点を踏まえまして、私ロイス・ルノルマンの判定は——不合格といたします!」
「どうして!? 今の結果でなぜ不合格になるのよ!!」
短くため息をついたロイス様が、面倒そうに口を開く。
「なぜかわからないですか? そもそも王都の治安について真剣にご検討いただきましたか? 孤児院では不正や虐待が横行していませんでしたか? お茶会で、フィルレス殿下の名誉を守る発言をされましたか? ブリジット嬢はなにひとつラティシア様を上回る結果を出しておりません」
「そ……そんな、こと……聞いてない」
ブリジット様は悔しそうに唇を噛んで、震えていた。
「確かにラティシアがどうやって試験をこなしたのか、僕にはなにも聞かなかったよね。それでどうやって認定試験に合格するつもりなのかと思っていたよ」
フィル様の無情な言葉にブリジット様が噛みついた。
「それなら教えてくれればよかったではありませんか! どうしてなにも言わなかったのですか!?」
「なぜ僕が教える必要があるの? 僕はラティしか妻にしたくないんだよ。それでも勝ちたいならもっと頭を使わないといけないでしょう? それすらもできないなら、あきらめるしかないよね」
口は動いているのに言葉が続かないのか、ブリジット様からの反論はなかった。わなわなと震えて、フィル様を睨みつけている。
「もう結果は出ているけど、せっかくだからアリステル公爵とコートデール公爵からも結果を聞こうか。続けてくれる?」
フィル様はブリジット様を無視して、アリステル公爵の審判であるローズ様を促した。
「では僭越ながら、わたくしローズ・アリステルがご報告いたします」
ローズ様は見事なカーテシーを披露して、一輪の百合のように佇む。先日も会ったばかりだけど、変わらず優雅な仕草に目を奪われた。
「わたくしは皆様がご存じの通り、後妻でございます。恥ずかしながら、義娘イライザとの関係に悩んでおりまして、ブリジット様へご相談したのです」
私はその言葉に固まった。まさかそれが判定試験の内容だと思っていなくてイライザ様との橋渡しをしたのだが、これは判定試験に影響があるのだろうか?
ちょうど王妃様から与えれられた仕事を手伝ってもらっている時だったので、軽い気持ちで引き受けたのだけどマズいかもしれない。
「ブリジット様からは『お茶でも飲みながら会話をしたらいい』とアドバイスをいただいたのですが、あまり会話が弾まず……結局なんの進展もしませんでした。その頃、イライザがフィルレス殿下の事務官としてラティシア様のお仕事もお手伝いしていると聞き、王城へ出向いたのです」
ああ、ダメだわ。これは完全にアウトなやつだ。思いっ切り認定試験に関与しちゃってるわ!
心の中では嵐が吹き荒れるようにめちゃくちゃだけど、澄ました笑顔でローザ様の話を聞いている。妃教育の賜物だと心底思った。
「そこでイライザにわたくしの気持ちを伝えていただき、今では一緒に買い物をするくらい打ち解けることができたのですわ! これもすべてラティシア様のおかげでございます!」
「実の父親である私もラティシア様の認定試験の際に、イライザとの関係を取り持っていただきました。私たち親子が笑って過ごせるのはラティシア様のおかげです」
アリステル公爵本人からも強力な援護射撃をしてもらえた。確かにイライザ様の恋が実るように協力したけれど、まさかここで効果を発揮するとは思わなかった。
「ラティはまた信者を作ったのか……ライバルばっかり増えるね」
「いえ、あの……申し訳ございません……」
「まあ、いつでも僕を最優先してくれるなら構わないよ」
「はい、肝に銘じます……!」
アリステル公爵が私を褒めまくっている間、こっそりフィル様とこんなやり取りをした。やっとアリステル公爵が口を閉じると、今度はローザ様が凛とした声で宣言する。
「此度の認定試験において、わたくしはブリジット様を不合格といたします」
「そうなるよね。では最後にコートデール公爵家も報告をしてくれる?」
ブリジット様が反論する暇を与えず、フィル様が最後の報告を促した。両手を後ろに組んで凛と立つオリバー様はハキハキとした声で話しはじめる。
「最後にコートデール公爵家の審判を務めました、私オリバーがご報告申し上げます」
オリバー様と一緒に回ったコートデール領が脳裏を掠める。
領民たちへ治癒魔法をかけながら街から街へ移動した。そこでフェンリルと出会って、フィル様に助けてもらって、勇気をもらった場所だった。
「コートデール領におきましては魔物の討伐を試験内容といたしました。今回は迷彩の森で繁殖したワイルドボアの討伐でした。この魔物は畑を荒らすため領民の被害が甚大で、早急に解決が必要な問題でした」
「そうよ! わたしすぐに魔物を討伐しようと思って、一気に火炎魔法で倒したのよ!」
ブリジット様が勢いを取り戻し、声高らかに叫んだ。しかしオリバー様の顔色は暗いままだ。それだけでは終わらないなにかがあったのだろうか?
「はい、確かに広範囲に火炎魔法を放っていただき魔物は討伐されました。しかし、その後山火事へ発展し、私たちが出立する前日まで消火活動に追われていたのです。また森が焼き払われたことによって、棲家を失った魔物が街まで降りてきて復興がままならない状態です」
それでは、せっかく魔物を討伐してもデメリットも無視できない状態だ。治癒魔法で笑顔になった領民たちがつらい思いをしているのは、私も胸が痛む。
ここでコートデール公爵が言葉を続けた。
「我らは森で魔物の討伐をする際は、火炎魔法の使用を制限しております。もちろん完璧にコントロールできるお方であればなにも言いますまい。だが未熟な魔法によって領民が被害を受けるのは、領主として看過できませぬ。それでも今回は認定試験ゆえ、ここでお伝えするだけに留めました」
「待ってよ! 火炎魔法が制限されているなんて、聞いてないわ!」
ブリジット様は立ち上がって自身の潔白を訴えた。そんなブリジット様に対し、オリバー様は悲しげな視線を向ける。
「ブリジット様、私はこちらの討伐の資料や口頭でもお伝えしておりました。討伐に参加される方にお渡しする書面にも、同様のことが書かれております。こちらはすべて読まれたとサインもいただきましたが……本当に残念でなりません」
オリバー様のギュッと握った拳が震えていた。どれほど悲しかったのか、どれほど悔しかったのか、防げたかもしれない被害に胸を痛めている。
「私は審判として、ブリジット・オズバーンは不合格であると宣言いたします!」
この結果を聞いて、国王陛下は眉間に皺をよせ怒りに満ちた表情を浮かべていた。
ブリジット様は呆然と立ちすくみ、現実を受け入れられない様子だ。力なく椅子へ座る音がやけに大きく聞こえた。
静まり返った会議室にフィル様の冷酷な声が響く。
「ではすべて不合格なので、ブリジット・オズバーンが僕の婚約者になるのは無理ですね。国王陛下、それでよろしいですか?」
「だが……! ブリジットは聖女なのだ! ユニコーンを従える、特別な存在なのだ!」
「まだ納得できないのですか。わかりました。それでは、ここですべてを終わらせましょう」
フィル様の言葉を不穏に感じた。
私が婚約者にふさわしくないという意見書への反論も済んだ。ブリジット様の認定試験の結果も発表された。これで私はフィル様の婚約者としていられるはずなのに、『すべて終わらせる』とはいったいどういうことなのか。
氷のように冷めた視線を国王陛下へ向けるフィル様へ、声をかけることができなかった。






