22話 腹黒王太子の反撃
オズバーン侯爵は真っ青になって項垂れ、国王陛下も口を一文字に結んで沈黙を続けている。
痺れを切らして口を開いたのはフィル様だった。
「まあ、言い訳しようもないですからね。その次はラティシア・カールセンが月の女神の末裔ではないと発言していたましたね。こちらについても証拠と証人を用意しています」
フィル様から視線で促された事務官が合図を送り、新たな人物が会議室へ姿を現した。ピンクブロンドの艶髪を揺らし、翡翠の瞳は鋭く前を見据えている。
アトランカ帝国の皇太子グラントリー様だ。彼が証人ということに合点がいった。以前イライザ様を訪問した際に、私の魔法の痕跡と見た目から、初見で月の女神の末裔だとグラントリー様は見抜いたのだ。
グラントリー様がアイザック様の隣までやってきて宣誓する。
「私はグラントリー・ラ・アトランカ。これから発言することは、嘘偽りのない真実であると大地の神に誓います」
「ではグラントリー皇太子。ラティシア・カールセンが月の女神の末裔である根拠の提示をお願いいたします」
この国議の主導権はすでにフィル様が握っており、淡々と事実確認を進めていく。
「まず、この世界には太陽の創世神、月の女神、大地の神がおられることは皆様もご存じでしょう。その末裔には神々の血が受け継がれ、身体的特徴が発現するのです。太陽の創世神は黒髪に空のような碧眼。大地の神は桃色の髪に翡翠の瞳。そして月の女神は月光のような白金の髪に、紫の瞳。まさしくラティシア嬢の外見的特徴と一致します」
会議室の貴族たちが「まさか……」「事実だったのか」と驚きざわめいた。だが、ここで黙っていてはまずいと思ったのか、オズバーン侯爵が反対意見を述べる。
「ですか我が国にあるのは信憑性の薄い古びた文献のみで、確固たる証拠などありません。グラントリー殿下はそちらもご提示できるとおっしゃるのですか?」
「もちろんです。アトランカ帝国の皇族のみが閲覧できる文献を、特別に許可を取り帝国から取り寄せました。こちらが正式な書類であるという皇帝陛下のサインと国璽です」
文献と一緒に提出された書類には、アトランカ帝国の皇帝陛下のサインが記され国璽も押されている。少なくとも、この文献をアトランカ帝国が認めている証だ。
「これもコートデール公爵のご息女ジャンヌ嬢と婚約を結ぶことができたからです。ヒューデント王国との繋がりを大切したいという、皇帝陛下のお気持ちにより実現しました」
「さようでございますか……」
ここまでアトランカ帝国とヒューデント王国の繋がりを強調されたら、グラントリー様が提示する資料に対して意見できなくなる。
「こちらが皇族に伝わる創世記です。月の女神の末裔は先ほど述べた身体的特徴と、万病を癒し、失われた手足すら再生する特殊な治癒魔法を操ります」
もし意見したなら——
「そんなバカな! いくらなんでも失った手足まで再生できるわけがな……」
「オズバーン侯爵。私の発言及びこの文献が虚偽だと言いたいのか?」
「ですが、治癒魔法でそのようなことができるなど、聞いたことがありません!」
「それはつまり、ヒューデント王国はアトランカ帝国が信用に値しないと言うのだな?」
——両国の信頼関係を疑うのかと、外交問題に発展してしまう。
慌てた国王陛下がオズバーン侯爵を止めた。
「オズバーン、其方は許可があるまで口を開くな!」
国王陛下は帝国との外交を優先するしかない。もしここでオズバーン侯爵の肩を持てば、アトランカ帝国との関係が悪化する。さまざまな取引がある帝国と事を構えるのは得策ではない。
だが、オズバーン侯爵にとっては切り捨てられたと感じただろう。オズバーン侯爵はなにも言えなくなり、ギリギリと奥歯を噛みしめた。
カールセン伯爵となり、妃教育を受けてきた今の私だからそう理解できる。
「グラントリー皇太子、続きをお願いします」
「ラティシア・カールセン嬢はかつてコートデール領地において、手足を欠損した領民の治癒にあたっています。認定試験の一環で、困窮した地域を周り領地の復興に貢献したと記録がありました。このことから彼女が月の女神の末裔であることは間違いないと断言できます」
「補足として、僕が毒物を摂取して危篤状態になった際もその治癒魔法で命を助けられている。また、イライザ・アリステル嬢の婚約者ジルベルト・モーガンが、バハムートのブレスを受け瀕死の重傷を負った際も、月の女神の治癒魔法を使い一瞬で完治させた。これは目撃者も多数いる」
フィル様と出会った時と、イライザ様の恋路を応援した時のことだ。なんだか懐かしく感じる。
あの時は婚約解消したくて頑張っていた。でも今は、フィル様の婚約者でいたい。これからもずっと、フィル様と一緒にいたい。
「後は……ああ、不貞の嫌疑がかけられていたね? まったくもって馬鹿馬鹿しいな」
そうだ、この異性と不適切な関係というのはいったいなんのことだろう?
まったく心当たりがないので、異性とは誰のことを指しているのかすらわからない。
「オズバーン侯爵が言いたかったのは、アルテミオとのことか? それともグラントリー皇太子のことか? ああ、両方だったか」
「は? なぜそこで私が出てくるのだ?」
「いや、兄上。わかっていると思うけれど、義姉上とはなにもありません」
グラントリー様もアルテミオ様もギョッとした様子で即座に否定する。フィル様が仄暗い闇が広がる瞳で、オズバーン侯爵へ視線を向けていた。
「フィルレス様、私もまったく心当たりがございません。そもそも接点がほぼない状態ですが、どこからそのような話が出てきたのでしょう?」
「アルテミオの件は王妃の部屋から僕の執務室まで付き添った際のことを言っていて、グラントリー皇太子との件は一度お茶会に参加した時のことを言っているんだ」
ため息まじりのフィル様の説明に私はポカンとしてしまった。
「あの、アルテミオ様は王妃様のご命令で付き添っていただいただけですし、お茶会にはグラントリー様以外にもエルビーナ様とイライザ様が参加されておりました」
「だから映像ではなくて、画像として証拠を提出しているんだよ。君、オズバーン侯爵の証拠を掲示してくれる?」
フィル様が事務官に声をかけると、先ほどオズバーン侯爵が持ってきた箱の中から映像のワンシーンを切り取った画像を転写した紙が取り出された。
私とアルテミオ様がふたりで歩いているシーンと、グラントリー様とふたりでお茶を飲んでいるように見える角度で切り抜かれたシーンだ。
これは嘘ではないが、基本的な情報が抜け落ちている。しかも悪意を持って切り取っているのが明確だ。
「アルテミオが撮影していた王妃から命令された映像水晶と、グラントリー皇太子とのお茶会に参加していたエルビーナ皇女とイライザ嬢の証言記録を証拠として提出する」
貴族たちが予想外の展開に狼狽え、「信じられない」「ここまでするのか」「フィルレス殿下は優秀な王太子だぞ」と口々に囁いている。
「オズバーン侯爵の意見書に対しての反論は以上だ。これでもオズバーン侯爵の意見書が正しいと思うものは挙手を」
会議室を見渡すけれど、貴族たちは誰ひとりとして手を挙げない。
血縁関係者すら俯いたままでオズバーン侯爵の味方をする者はいなかった。
「国王陛下」
フィル様の言葉で国王陛下はビクッと身体を揺らした。しかし、まだどこか余裕があるようで、すぐに姿勢を整えフィル様に反論する。
「フィルレス、お前の婚約者についてはわしとて十分吟味しておる。家格はオズバーン侯爵の方が上であるから、令嬢の資質によっては聖女であるブリジットの方が適しておるのだ」
「そんな理由でラティシアを排除しようとしたのですか? 聖女の方が王太子妃の資質があると?」
「そうだ! 大地の神が認めた聖なる乙女なのだ! 侯爵家であれば王族とも釣り合いが取れている。はっきりと目に見える形で幻獣ユニコーンも確認できたから、わしはそう判断したのだ!」
「そうですか、では聖女が本当に僕の婚約者になる資格があるのか、認定試験の結果を発表してもらいましょう」
そう言って微笑んだフィル様は、清々しいほどの黒いオーラを放っていた。






