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14話 追い込まれた聖女

 フィルレス様の執務室を後にしたわたしは、沸々と湧き上がる怒りに任せて国王陛下と王妃様へ謁見を願い出た。


 聖女であるわたしを不当に扱うフィルレス様も、のうのうと婚約者を気取るカールセンの女も許せなかった。


 フィルレス様の態度が徐々に軟化して、わたしへ気持ちが傾いていると思っていたのにそれは嘘だったのだ。あんな屈辱的な言葉を吐かれたのは初めてで、思い出すたび怒りに震えた。


 あくまでもあの女を婚約者として大事にするなら、私にだって考えがある。


 聖女とユニコーンの存在があれば、この国の民衆たちはわたしの味方になるだろう。それに国王陛下と王妃様も後ろ盾になってくれる。


 いくら幻獣を従えたところで、その上に立つ人間には敵わないのだ。大地の神から認められたわたしを蔑ろにしたことを後悔させてやる。


 私室でイライラしながら待っていると、侍従がやってきて国王陛下の執務室まで案内された。重厚な扉が開かれ室内へ足を踏み入れる。国王陛下と王妃様が座る応接用のソファーに案内され、ゆっくりと腰を下ろした。


 侍従がお茶を用意すると、国王陛下が人払いをして執務室には三人だけになった。


「ブリジット、急ぎの謁見とはなにか不測の事態でもあったか?」

「なんでも言ってちょうだいね。わたくしは貴女こそ王太子妃にふさわしいと思っているのよ」


 続いて王妃様も優しい声でわたしを労るように気遣ってくれた。


僭越(せんえつ)ながら申し上げます。フィルレス様は王太子にふさわしいとは言えず、すぐにでも排除すべき存在だと思われます」

「うむ、それはわかっておるがあちらにも神竜と神獣がついておるからな。無茶はできぬ」

「ブリジット、フィルレスのどこがダメだというの?」


 国王陛下は慎重な態度を崩さないが、王妃様はわたしの言葉に不快感をあらわにした。ふたりの間でも意見が一致していないのかと、頭の片隅で考える。


「実は先日、フィルレス様の執務室で認定試験の打ち合わせをしておりましたが、ラティシア様がやってきて悋気を起こされたのです。しかしフィルレス様はそれを喜ばれ、わたしに冷たい言葉をかけられました」

「なんですって!? あの女……どこまでも忌々しいわね!」

「しかし、まだ準備が万全ではないのだ。今フィルレスを排除できるものなのか……」


 国王陛下はいまだに及び腰だし、王妃様はラティシアを排除することしか興味がない。こんな両親だからフィルレス様が好き勝手にしているのだ。煮え切らない国王と視野の狭い王妃に、苛立ちが限界に達した。


「このままではわたし、聖女のお役目を果たせませんわ! 目的達成のためにいくらでも協力いたしますが、こんなひどい扱いなど受け入れられません。このままの状態なら、わたしはアトランカ帝国へ行きますわ!」


 文句ばかり言ってないで頭を使って邪魔者を排除してほしい。


 わたしが本気を出せば、ユニコーンを使って味方の貴族たちにだけ結界を張ることだってできる。それに前回はフィルレス様に結界を破られたが、もっと強化した結界だって張れるのだ。


 聖女であるわたしが、こんな待遇で満足できるものですか……!


「わかった、そこまで言うならこちらも本格的に動こう。ブリジット嬢はフィルレスに勘付かれる前に、同胞の領地に結界を張ってくれ。安全を担保に貴族たちを動かすぞ」

「でもフィルレスはあれだけ優秀なのに、もったいないわ」

「手に負えない化け物など、なんの役にも立たんのだ! フィルレスを片付けたらアルテミオを立太子し、それからブリジットを婚約させればよいではないか。聖女が婚約者であればお前も納得するだろう?」

「わかったわよ。まあ、聖女が婚約者になるなら、それで我慢するわ」


 王妃様が反論したけれど、国王陛下の一括に渋々納得したようだ。


「それでは国王陛下が王命でフィルレス様と廃太子し、ラティシアとの婚約も解消してくださるのですか?」

「いや、ラティシアはすでに三大公爵の認定試験を合格しているから、そんなに簡単ではない。自ら婚約者を辞退させるように仕向けた方が早いな」

「それならわたくしにいい考えがあるわ。辞退もいいけれど、せっかくだからカールセン伯爵家ごと潰してしまいましょう」


 王妃様はニヤリと口角を上げて、優雅な仕草でお茶を口に運んだ。




     * * *




 ラティが僕に初めてやきもちを焼いてくれた夜、私室でアイザックからいくつかの報告を受けていた。


「グレイの調べによりますと、国王陛下と王妃様、聖女様で密談がおこなわれ、いよいよ本格的に動き出すようです。国王陛下は反対派の貴族たちへ親書を送り、王妃様は専属治癒士を私室へ呼び出しました。聖女様については、認定試験の日程を変更して五日間の休暇を申請され、反対派貴族の領地へ向けて出立されました」

「ふうん、なるほど」

「どのように処理なさいますか?」


 敵の処理方法をどうするのか、僕は思考を巡らせる。


 処分するだけなら簡単だけど、それではラティにされた仕打ちをやり返したとは言えない。簡単に死なせるようなことはしたくない。

 もっと屈辱を味わって苦しみ、後悔にまみれて堕ちていかないと、僕が満足できないだろう。


「そうだね……まずはラティの安全を守るために王妃から仕留めようか」

「では例のお方を使われますか?」

「うん、そろそろいいだろう。彼には『満期だ』と伝えて」

「承知いたしました」


 ひとりずつじわじわと追い込んでいこう。僕のラティに害意を向けたことを、一生後悔させてやる。


「それで、他の証拠はどうなっている?」

「はい、こちらも順調に集まっております。シアンが調べた帝国の資料に、このような記載がありました。これはグラントリー皇太子より提出いただいたものですので、国王陛下でも無下にすることはできないでしょう」

「へえ、正式な書類だと明示するため国璽(こくじ)までもらっているのか。いい仕事をしてくれるね」

「ジャンヌ様と顔つなぎしたラティシア様に恩義があるのでしょう。婚約者の友人にも当たるので、かなり融通を利かせてくれたようです」


 そういえば、前にラティが嬉しそうに話していた。


 コートデール公爵の判定試験の後、三女ジャンヌと親交が深まり新しい友人ができたと喜んでいた。皇太子もすっかりおとなしくなって、伴侶を探していたから皇女あたりから頼まれたのだろう。


「まあ、予想以上に役に立ったから、ラティに手を出したのは許してもいいかな」


 でもあの皇女、今度は僕のラティを『お姉様』と呼んで馴れ馴れしいから、なんとかしたいところだ。いっそ結婚相手を見繕って、そっちに集中させたほうがいいかもしれない。


「アイザック。皇女を妻にする気はな——」

「丁重にお断りいたします」


 かなり食い気味に断られてしまった。


「うーん、やっぱりダメか」

「なぜそこで俺を選ぶのか、まったくもって意味がわかりません」

「アイザックが婚約者になれば、僕がラティといる時に皇女が来てもアイザックに向かうでしょう?」

「俺を弾除けにしないでください」

「ははっ、悪かったよ」


 でもアイザックには幸せになってもらいたいから、近々縁談を組むのもいいかもしれない。そんな僕の思考を読んだのか、アイザックが釘を刺してきた。


「フィルレス様。言っておきますが、まだ結婚するつもりはありませんよ」

「わかっているよ。まあ、そのうちね」


 アイザックと交わす他愛のない会話を終わらせて、僕は仕事を終えラティの待つ寝室へ向かう。




 護衛騎士しかいない廊下は、しんと静まり返っていた。


 まずはひとり。ラティに害をなす敵を排除しよう。

 ——絶望と屈辱にまみれて地獄へ堕ちればいい。




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