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13話 初めての嫉妬

 あれから一週間が過ぎた。

 どこからか報告を受けたのか、王妃様の妃教育は無茶振りと呼べるようになってきた。


「今日からはこの書類を片付けてもらうわ。未来の王妃としてこれくらいこなせないようでは認められないの。わかるわね?」

「はい、承知しました。処理をするのに時間がかかると思うので、私室で作業してもよろしいでしょうか?」

「そうねえ、ここで貴女の顔を見ていても気分が悪くなるし、好きにしていいわ」

「ありがとうございます」


 目の前に積み上げられた書類は、木箱三つ分になる。侍女や騎士たちに手伝ってもらうのを許されなかったので、三往復して部屋の外まで運び出した。


「王妃様、それでは失礼いたします」


 そう言ってカーテシーをして、すぐにバハムートを呼び出して運ぶのを手伝ってもらう。木箱を風魔法で運んでもらっているが、バハムートが難しい顔をしている。


《ラティシア。また意地悪をされておるのか》

「うーん、妃教育だと聞いているのだけど」

《難儀だな……》

「まあ、これくらいなら治癒室よりマシだから大丈夫よ」


 私が治癒室で勤務していた時は、命の危機にさらされてミスが許されない状況や、急患が何人もやってきて休憩すら取れないことなどよくあった。食事だって食べられる時に食べておかないと、退勤するまで飲み物だけで過ごす場合もある。


 さらに怪我は治っているのに何度もやってくる患者や、料金が高すぎるとごねる患者もいて、精神的にも過酷な職場であった。だからこそ治癒士たちの結束は固く、協力しあってきたのだ。


 それに今の私には心強い友人も、大切にしてくれる婚約者もいる。

 木箱を私の私室へ運び込み、ほどなくして客人がやってきた。


「ラティシア様、遅くなりましたわ。まあ、こちらが例のものですわね」

「お久しぶりです、ラティシア様。コートデール公爵家を代表して私、ジャンヌがまいりました」

「イライザ様、ジャンヌ様、ありがとうございます」




 実は前夜、寝室でフィル様からこんな提案をされていた。


『ラティ、王妃が妃教育という名目で、無茶な仕事を押しつけてくると情報が入っている』

『どんな仕事かわかりますか?』

『王妃が処理すべき案件をラティに振るつもりのようだ。でもね、これを引き受けてほしい』

『引き受けるのは構いませんが、それでは政務に支障をきたすのではありませんか?』


 王妃様が処理する案件など私の判断で決裁していいはずがない。国家機密に関わることだってあるだろう。


『本当にマズいものは僕が処理するように手配したから大丈夫だよ。それに強力な応援も頼んでおいた』

『応援といいますと、文官をつけていただけるのですか?』

『うん、文官でもあり特別ゲストでもあるかな』


 ニヤリと笑ったフィル様は安定の黒い笑みを浮かべていた。




 そこでやってきたのがこのふたりだ。


 しばらくの間、社会勉強の一環としてフィル様付きの文官として雇用契約を結んでいるそうで、こうした書類の処理も問題ないという。イライザ様もジャンヌ様も公爵家できっちりと教育を受けているので、この程度の仕事ならサクサクとこなせるらしい。


「私が一番役立たずかもしれません……」

「そんなことございませんわ。それぞれ得意分野が違いますもの。わたくしは治癒院関係の案件はお手上げですのよ」

「そうですよ。私は軍事関係や地方の案件なら判断できますが、他のことには疎いのでお役に立てません」


 イライザ様もジャンヌ様も優しく励ましてくれる。ジャンヌ様は以前から面識はあったけど、コートデール領の認定試験後から私にとてもよくしてくれていた。


「ありがとうございます。それでは、よろしくお願いします」


 こうして私たちは王妃様から渡された書類を次々と捌いていった。完璧に仕上がった書類を王妃様に提出すると、ブルブルと震え始めた。


「嘘よ……そんなわけないわ……! まさか、これも!? そんな、できるはずないのに……!」


 どうやら私が失敗するのを見込んで仕事を任せたようだが、思惑が外れてしまったらしい。


「ありえないわ! どんな卑怯な手を使ったのよ!? 正直に言いなさい!!」

「卑怯な手は使っておりません。正当な方法で処理いたしました」


 正確には正当に雇われた文官に頼って処理したけれど、嘘ではない。フィル様からも文官のことは伏せておくように言われている。


 よほど悔しかったのか王妃様が地団駄を踏んで喚き始めたので、そっと部屋を後にした。




 それからも王妃様に命じられ書類の処理はもちろん、日課の如くフィル様の執務室へ書類配達にきている。


「失礼します。フィル様、本日も書類をお持ちしまし……」


 アイザック様は不在のようでノックの後の返事を待って扉を開くと、ブリジット様がフィル様の肩に触れていた。


「ラティ! 今日も来てくれたね。……ラティ?」


 なんとなく書類配達に関しての王妃様の魂胆は察していた。

 きっとフィル様がブリジット様といるところを私に見せて、あきらめさせるか精神的にダメージを与えようとしているのだと思う。


 その作戦は見事成功したようだ。毎日毎日、寄り添うようなフィル様とブリジット様を見て私の心は渦巻く嫉妬が今にも暴れそうになっている。


 フィル様が私を大切にしてくれているのはわかっているし、たくさん愛情表現してくれた時は気持ちが軽くなるのは違いない。


 でも今日は違っていた。ブリジット様の手が、フィル様の肩に乗せられていたのだ。


「ラティ、どうしたの?」


 フィル様が焦った様子で私の顔を覗き込むけど、私はいつもみたいに笑えない。


 毎日なにをそんなに打ち合わせすることがあるのか、どうしてそんなに距離が近いのか。私が王太子の婚約者でなければ、とっくに爆発していたに違いない。


「フィル様……」

「うん」

「フィル様は私の婚約者です……他の女性と、あまり近づき過ぎないでください」


 醜い嫉妬心がついに私の口から飛び出してしまった。こんなことで(りん)()を起こすなんて、淑女としてみっともないことだとわかっている。


 でも、私だけが許されていたのに。他の女性にそれを許してほしくなかった。


「フィル様の身体に触れていいのは私だけです……!」

「……っ!」


 言ってしまった。全部吐き出してしまった。


 淑女として失格だけど、もう我慢できない。専属治癒士で婚約者の私以外に、フィル様の身体にわずかでも触れてほしくないのだ。こんな嫉妬深い女だと嫌われるかもしれないけど、それでも言わずにはいられなかった。


 案の定、フィル様は私に呆れてなにも言えないようだ。沈黙に耐えかねて踵を返した次の瞬間、背後からきつく抱きしめられた。


「えっ!?」

「……はー、ねえ。ラティ、今のもう一回言って」

「え? え?」

「ねえ、お願い。『触れていいのは私だけ』ってもう一回言って」


 そこ!? そこをもう一度言うの!?

 あんな嫉妬心がむき出しの幼稚な言葉をもう一度!?


「ラティの嫉妬なんて今後ないと思うから、お願い」

「私が嫉妬しては淑女として失格なのですが……」

「なにを言っているの。それだけ僕への深い愛があるってことでしょう? それを喜ばない男なんていないよ」


 私が学んだ淑女教育では感情を表に出すのは品がないと、バッサリ切り捨てられたのだけど。フィル様はそれを嬉しいと喜んでくれる。


 胸の中に渦巻いていた黒い感情はすっかり落ち着いたけれど、これ以上人前で醜態を晒したくない。


「で、では人払いをお願いします!」

「と言うわけだから、ブリジット嬢は下がってくれる?」


 フィル様の氷のような声が、執務机の横に立っていたブリジット様に向けられた。ブリジット様はハッと我に返り、私を睨みつけながらズカズカと足音を立てて扉へ向かう。


 ドアノブに手をかけたところで、フィル様が言葉を続けた。


「ああ、ラティの嫉妬心を煽ってくれてありがとう。君への嫌悪感を我慢した甲斐があった」


 ブリジット様は振り返ることなく、バンッと大きな音を立てて扉を閉めて去っていった。


「ふふ、ラティ。準備は整ったよ」

「フィル様……もしかして途中から狙ってました?」

「なにを?」

「私が嫉妬すると狙ってブリジット様と距離を縮めていたんですか!?」


 やりかねない。この腹黒王太子なら、これくらいのことやりかねない。だとしたら私はいつものようにフィル様の策にハマったことになる。


「うーん。狙ってはいなかったけど、ブリジット嬢の腹の中を探る副産物ではあったよね」

「くっ……またうまく転がされてた……!」

「もういいかな? ほら、さっきのもう一度言って」


 珍しくフィル様がわくわくした様子で私を促してきた。嫉妬されるのがそんなに嬉しいのかと考えて、自分もそうかとため息を吐く。


「フィル様、もう他の女性を触れさせないでください。私だけの特権なんです」

「……やばい、めちゃくちゃ嬉しいな」


 大喜びのフィル様が離してくれず、王妃様の執務室に戻るのが遅れていやみ口撃がすごかったけれど、すっかり気持ちの安定した私は右から左にさらっと聞き流した。




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