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12話 見境のない愛情表現

「まったく専属治癒士だからといって、王妃であるわたくしの命令を無視するなんて、どういうことなの!?」

「申し訳ございません」


 王命が下ったので王妃様の執務室へ朝一番で来たが執務机の前に立たされ、もうかれこれ一時間はこうして叱責されている。


 喉が渇いたのか王妃様はひと口お茶を飲んで、大きくため息を吐いた。


「次にやったら婚約者として不適格だと国議にかけてもらいますからね!」

「はい、大変申し訳ございませんでした」


 ようやく叱責が終わり、いよいよ妃教育が始まる。例えフィル様へ親としての愛情を与えていなくとも、この国の王妃様には変わりない。私は教えてもらったことを聞き逃すまいと身構えた。


「では、ちょうどいい時間だから、この書類をフィルレスに届けてちょうだい」

「はい、承知いたしました」

「必ずここへ戻ってきて報告するのよ!」

「かしこまりました」


 王妃様に念押しされて私はフィル様の執務室へ向かう。今日もアルテミオ様が付き添うようで、私はアルテミオ様に話しかけた。


「アルテミオ様はフィル様といつもどんな話をされるのですか?」

「そんなことお前に関係ない」

「申し訳ございません、フィル様がアルテミオ様を悪く言ったことがないので、仲がよろしいのかと思いました」


 アルテミオ様はチラリと私に視線を向ける。


「ふーん、兄上は私を悪く言わないのか」

「はい、アルテミオ様のことを心配しておられるようでした」


 あまり接点はないようだけど、たまにアイザック様にアルテミオ様の様子を聞いたりしてから、弟として心配しているのではないかと思っていた。


「お前は……いや、なんでもない」

「……?」


 そこでフィル様の執務室へ到着し、先日と同じようにアルテミオ様が扉をノックする。


「兄上、ラティシア嬢をお連れしました」

「どうぞお入りください」


 今日はアイザック様がいるようで最初に対応してくれた。少しだけ疲れが溜まっているようだけど、その動きに無駄はない。


「本日はどのようなご用件でしょうか?」

「こちらの書類をフィル様へ届けるよう、王妃様から指示されました」

「……それだけですか?」

「はい」


 訝しげなアイザック様と視線が合う。すると、またあの甲高い声が聞こえてきた。


「まあ、また書類のお届けですの? このような雑用ばかりで大へ——」

「ラティ! さっき別れたばかりだけど、また会えて嬉しいよ」


 ブリジット様の言葉を遮り、フィル様が満面の笑みで出迎えてくれる。書類を受け取りその場で目を通してくれた。


「これを届けろと、それだけ?」

「はい、この後戻ってから報告しなければいけません」

「ふうん……まあ、僕はラティに会えるからいいけどね」


 そう言って、私の頬に口付けを落とす。瞬間的に顔が火照り、真っ赤になっているのが自分でもわかった。


 それに今日もブリジット様とアルテミオ様の息を呑む様子が伝わってくる。ふたりとも目を見開き固まっていた。フィル様はニコニコと胡散臭い笑みを浮かべているから、わかった上でこんな行動を取っているようだ。


「それではよろしくお願いします。では妃教育に戻ります」

「うん、頑張って。また昼食の時に」


 名残惜しそうに私の髪にもキスを落として、フィル様は見送ってくれる。王妃様の執務室へ戻る廊下でアルテミオ様が珍しく声をかけてきた。


「兄上はいつもあのような態度なのか?」

「フィル様ですか? そうですね。ですが少々見境がないので、もう少し考慮してもらうようお伝えします」


 再び羞恥心が込み上げてきたので、誤魔化すように言葉を続けた。頬とはいえ人前で口付けを落とすなんて、そういうのは結婚式だけで十分だと思う。恥ずかしすぎるので、もう判定試験に合格した時のような真似はしたくない。


「……兄上がお前の頼みを聞くのか?」

「はい、しっかりとお願いすれば、大体のことは聞いてもらえます」

「嘘だろ……」


 確かにフィル様の手のひらで転がされていることの方が多いけれど、私が嫌だと言えば決して無理強いはしない。それに悔しいけれど、フィル様に求められて嬉しいと思ってしまう私の気持ちも見透かされている気がする。


 アルテミオ様は「信じられない……」と呟き、もう私に話しかけてくることはなかった。王妃様の執務室へ到着して、無事に届けてきたことを報告する。王妃様と会話する際は、フィル様を愛称呼びにしないよう気をつけながら口を開いた。


「王妃様、フィルレス様へ書類を届けてまいりました」

「そう。それにしては随分ゆっくりだったのね。それで、どんな状況だったの?」

「はい、私が届けた際はアイザック様とブリジット様がいらっしゃいました」

「アイザック? ああ、あの使用人のことね。それより、ブリジットのことを聞かせてちょうだい」


 王妃様は私を通して聖女としてのブリジット様の情報を知りたいのだと、私はようやく理解した。それならと思い出そうとするが、あいにくフィル様やアイザック様と会話したしたことと、頬に口付けされたことしか思い出せない。


 嘘をつくわけにもいかないので、仕方ないので正直に話すことにした。


「ブリジット様はフィルレス様と認定試験の打ち合わせがあったようで、私にお声がけくださいました」

「そう! さすがブリジットね。どんな者にも平等に接することができるのだわ」


 治癒室でブリジット様に呼び出されたことを思い返したが、他の人たちには分け隔てなく接しているのかもしれない。だから私はありままを伝えることに専念する。


「ですが、フィルレス様にすぐに声をかけられ、それ以上お話しすることは叶いませんでした。その、書類を渡した際にフィルレス様が私に愛情表現をされまして、いたたまれなくなり部屋を後にしたのです」

「どういうこと? はっきりとおっしゃい」

「はい、フィルレス様が私の頬へ口付けをされまして、場の空気が固まりましたのでおいとましてきました」

「なんですって!? どうしてそうなるのよ!!」


 そう言われても、あの時はまさかそうくると思っていなくて、フィル様を止められなかったのだ。


「貴女もどうして止めなかったの!? そうやってフィルレスの気を引いたのね、まるで売女だわ!! これだから爵位の低い家門はダメなのよ!」

「申し訳ございません」


 王妃様の叱責を正面から受けて散々王太子妃にふさわしくないと罵倒されたが、治癒室で培ったスルースキルを最大限に発揮してやり過ごす。その後も王妃様の執務の手伝いで雑務を命じられ、あっという間に一日が終わった。




 それから二週間が過ぎ、毎日同じようにフィル様の執務室へ書類を届けるように命じられている。


 この頃にはひとりで書類を持っていくようになっていたが、私が行くといつもブリジット様が一緒にいてフィル様と打ち合わせをしていた。


 フィル様には王妃様のことを話し、過度なスキンシップは控えてもらっているので幸い売女関連の罵倒はされていない。ブリジット様の様子を報告しないといけないので注意深く観察するようにしているが、その行為が私の心に波紋を広げていく。


「フィル様、失礼致します。こちらは王妃様からの書類です」

「ああ、ラティ。いつもありがとう」


 そう言ってフィル様はすぐに私に駆け寄ってくれる。でも、いつもフィル様とブリジット様の距離は近く、時折寄り添っているように見える時がある。ブリジット様は順調に認定試験が進んでいるようで余裕げに微笑んでいた。


 黒いモヤが胸に広がり私はブリジット様から視線を逸らす。そんな変化を敏感に察したフィル様は、私の額に軽く口付けを落とした。


「僕はラティしか見ていないから安心して」


 そう言われたけれど私はぎこちなく微笑むことしかできず、フィル様の執務室から逃げるように立ち去った。

 その日の昼食後、フィル様は毒物チェックの前にとても不穏な言葉を口にした。


「もっと僕の愛をわからせないとダメかな?」

「え? どういうことでしょうか?」

「いや、書類を持ってきた時のラティの様子がおかしかったから」


 黒い笑顔のフィル様にいとも簡単にソファーに押し倒され、両腕はフィル様の左手で押さえつけられてしまった。


「フィル様!? なにを——」

「ラティには言葉や態度で愛を伝えているつもりだけど、足りないから不安になるんだよね?」

「そ、そんなことは……」

「だから、そんな気が起きないくらい愛情を示せば問題ないよね?」


 そんな言葉とともに毒物チェックのために、私の口内をフィル様の熱い舌が縦横無尽に暴れている。その熱量に頭がくらくらして、抵抗しようとしても力が入らない。


「ふふ。ラティ、かわいい。今日はもう少しだけ先に進もうか」


 すっかりとろけきった私は、フィル様の言葉の意味がよくわからない。先に進むとはいったいどこへいくということなのか。


 そんなことを考えていると、フィル様は私の首筋へ舌を這わせてきた。


「ひゃっ! フ、フィル様!?」

「ラティはどこもかしこも美味しいね」


 壮絶な色気を振り撒きながらフィル様の唇が私の首筋から顎へ、顎から頬へ、頬から耳へリップ音を立てながら進んでいく。

 最後には耳まで食べられ、十分すぎるほどフィル様の愛を受け止めた。


 だけど、王妃様の妃教育はさらに私の身を削るものになっていった。




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