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2話 消えない反発

 フィル様に私の想いを伝え、三大公爵から合格判定をもぎ取ってから早くも半年が過ぎた。


 本格的に王太子妃教育が始まり、今はもうずっとフィル様のそばについていられない。そのため食事はフィル様と過ごす貴重な時間となっていた。


「ラティ、今日の予定は?」

「はい、今日は諸外国の国勢とヒューデントの関係性や、王太子妃としてのマナーのテストです。昼食は……」

「うん、もしタイミングがあったら一緒に食べよう」

「ありがとうございます。一緒に食事ができるように頑張りますね」


 柔らかな朝の光が差し込む食堂で、私の予定をフィル様に伝えるのが日課になっている。


 艶々の黒髪はフィル様の腹黒さと落ち着きを体現し、澄んだ空のように青い瞳は惹き込まれそうになる。滑らかな肌に落ちるまつ毛の影すら絵になっていた。相変わらず神々しいフィル様に時折食事の手が止まってしまう。


「ラティ」

「は——んぐっ」


 返事をしようと口を開いたところに、朝摘みの新鮮なカット苺を放り込まれる。ある時から私にこうやって食べさせるのがフィル様の趣味になったらしい。


「ふふ、また僕に見惚れていたの?」

「……いえ、そんなことありません」

「そう? 潤んだ瞳で見つめられていたから、てっきり僕に食べさせてほしいのかと思ったよ」


 フィル様のスカイブルーの瞳が獲物を狙うように、私を見つめる。これは、このままなにも考えずに答えたら、とんでもないことになると直感した。


「待ってください、フィル様。食事は自分で食べられます。まだ途中ですし、先にこちらをいただきたいです」

「大丈夫、そっちも僕が食べさせてあげるから」

「いえ、結構です」

「遠慮しなくてもいいんだよ?」

「遠慮なんてしてませんし、それ以上言うなら食後の儀式はなしにします」


 食後の儀式とは、以前フィル様が私の様子を見にくるせいで、政務の皺寄せがアイザック様にいったことがあった。


 それを解消しようとしたら食後に私からフィル様へ口付けすることになってしまったのだ。こんな恥ずかしい儀式を終わらせたくて、妃教育を一刻も早く終わらせようと必死になっている。そのおかげで、この半年で王太子妃教育はかなり進んだ。


「うーん、仕方ないね。ここは我慢するよ」


 そんなに私からキスさせたいのかと半分呆れながら、そのまま朝食を平らげていく。ほんのり苦味のあるサラダがクセになるおいしさだ。


「……儀式を追加するか」

「なにか言いました?」

「いや、なんでもないよ」


 そうして極々平和的な朝食は終わり、私はフィル様へ儀式となった口付けをして、それぞれの役目を果たすべく別れた。


 妃教育を受けるため歩いていると、やたら喉が渇く。水分もしっかり取ったはずなのにと思っていると、吐き気が襲ってきた。


 思わず立ち止まったけれど、吐き気は強くなり足がガクガクと震えてその場にうずくまる。手も震え始めそれが痙攣(けいれん)だと気が付いた。視界にはチカチカとした光が舞い、目の前に角のついた銀色の馬が一瞬だけ現れて消える。


 口渇、強い吐き気、手足の痙攣、幻覚——これは、毒症状だ。


 私の意識はそこでプツリと途絶えた。




     * * *




 僕はラティと別れてから、政務をこなそうと王太子の執務室へと向かった。


 ラティの想いが通じてから、日々暴走しそうな激情を抑えている。前にラティの様子を見にいって、政務に影響が出ているとバレて危うく楽しみが減るところだった。


 でもラティからキスするようにうまく約束できたので、これ幸いと食後の日課として幸せな時間を過ごしていた。


 僕は狂気にも似たラティへの愛を持て余している。

 結婚式を指折り数えて、すべてを僕のものにできる日を待っていた。


 今懸念すべきはラティが僕の婚約者にふさわしくないと、反対意見が出ていることだった。


「フィルレス様、おはようございます」

「おはよう、アイザック。うわ、また盛りだくさんだね」

「はい、先ほどオズバーン侯爵が意見書をまとめて持ってきたところです」


 オズバーン侯爵は、王都の北に領地を構え造鉄業を営んでいる。そこで作られた鉄鋼は武器や鎧、調理器具にまで加工され流通している。

 そのオズバーン侯爵が持ってきたのは、ラティが王太子妃に不適格だという意見書だ。財力があり、発言力もそこそこ強かったが、最近は一段と目立つ行動を取りはじめた。


「ふうん、オズバーン侯爵ね……ちょうどいいや、これから国議だから()()()()観察してくるよ」

「承知しました」


 他に緊急の案件を捌いてアイザックへ指示を出し、僕は国議が開かれる会議室へ向かった。

 今日の国議は国王とルノルマン公爵、それと王城に務める国政に関わる貴族たちが出席している。国王の声かけによって会議は始まった。


 部門ごとに提起された問題を議論して、処理を決定していく。財政部門から始まり、国土部門、執政部門と進んでいった。最後に国王が他にないかと声をかけるのが通例だ。


「では、これ以外になにかあるか?」

「国王陛下、恐れながら私からひとつお話がございます」

「オズバーン侯爵か。申してみよ」


 国王の許可を得たオズバーン侯爵は意気揚々と口を開く。


「はい、実はフィルレス殿下の婚約者、ラティシア様についてでございます」

「ふむ。確かわしのもとに意見書が来ておったな」

「その意見書の通り、伯爵家の当主とはいえ使えるのが治癒魔法のみとなりますと、いささか将来的に不安が残ります。なにせヒューデント王家は太陽の神の末裔です。攻撃魔法が使えてこその王家に、そのような血が混ざること自体承認し難いことでございます」


 僕はやれやれと短くため息をついた。

 三大公爵家に認めてもらった上で、ラティは正式な婚約者になった。それに文句をつけるということは、ヒューデント王国の伝統にケチをつけるということだ。チラリとルノルマン公爵へ視線を向けると、いつもと変わらぬ表情で反論しはじめた。


「オズバーン侯爵。それは我ら三大公爵の審判(ジャッジ)が命をかけて下した判定に不服があるということか?」

「いいえ、違います。確かにラティシア様は王太子妃としての器がおありなのでしょう。そうではなく、攻撃魔法に特化したヒューデント王家の血筋に問題が起きるのではないかと申しているのです」

「ううむ。確かに今まで治癒魔法しか使えない者が妃になった例はないな……」


 ラティを王太子妃から引きずり落とそうとしたら、責めるところはそこしかないから必死だな。

 そう思いながら、僕は他の貴族たちの様子を観察していた。数人の反対派の貴族は頷きながら聞いている。国王は今のところ中立を装っているが、腹の中はどうだかわからない。


 国王は前回もあれだけ脅したのにラティのフォローをしないし、僕の様子を窺う素振りもない。ということは反対派を抑え込む気がないようだ。

 なにか、切り札を手に入れたのか……?


 そう考えていると、オズバーン侯爵が驚くべき内容を口にした。


「実は、私の娘ブリジットが先日、大地の神より聖なる浄化の乙女として選ばれました。魔力も膨大で攻撃魔法も使えます。ブリジットこそがフィルレス様の伴侶にふさわしいかと存じます」


 なるほど、聖女か。それは気が大きくなるわけだ。

 この世界の穢れを祓う特別な存在。大地の神に認められた聖女は膨大な魔力を持ち、大地を清めることでこの世界は闇に包まれることがない。太陽の神は破邪を、月の女神は癒しを、大地の神は浄化を司ると古い文献に書かれていた。


「へえ、それは素晴らしいことだね。ブリジット嬢が聖女としてこの世の穢れを祓ってくれることを期待しよう」

「では——」

「だけど、僕の婚約者はラティだ。それを変えるつもりはない。それにカールセン家が治癒魔法しか使えないのは、月の女神の末裔だからだよ」


 僕の言葉に議会がざわめきたつ。今までは公表していなかったけれど、ラティの治癒魔法は特別なんてものじゃない。あらゆる怪我や病を目の前で一瞬にして回復させる魔法はまさしく神技だ。


「しかし……簡単には信じられません。ラティシア様は本当に月の女神の末裔なのでしょうか?」

「月の女神と同じ白金色の髪に夜空を思わせる神秘的なアメジストの瞳。それに常人では成し得ない治癒魔法。これだけ条件が揃っていて信じられないというのか?」

「……月の女神の末裔については文献が少なすぎて、判断できるほどではございません」


 それでもオズバーン侯爵は食い下がる。なんとしてもブリジットを僕の婚約者にしたいのだ。


「そう、わかったよ。ならば月の女神の末裔だと証明できたら問題ないね」

「はい、確たる証拠を出していただければ信じましょう」


 言質は取った。

 ラティをここまで疑ったことを心の底から後悔させてやろう。

 それからラティを引きずり落とそうとする奴らは——僕の敵として全部排除する。




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