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28話 僕の婚約者


 ヒューレット王国の王太子である僕には婚約者がいる。


 彼女は努力家で、逆境にもめげず、自分よりも他者を優先してしまうような優しい女性だ。しかもただ、優しいだけではなく、敵とみなしたら立ち向かう勇ましい部分もある。


 それに加えて、銀糸の髪は月の光のように儚く輝き、澄んだアメジストのような瞳にはいつだって見惚れてしまう。


 僕は彼女に会って、初めて世界がこんなにも色づいていると知った。僕がみっともないほど嫉妬深いと知った。

 彼女の笑顔が見られるなら、どんなことだってすると思う。


 僕はラティを愛している。

 ラティじゃないと、意味がない。


 こんな激情を僕が抱くとは思ってもみなかった。

 でもそれが嫌じゃない。むしろ他の人と同じように生きているのだと実感できる。

 だから、もしも僕からラティを奪おうとするのなら、相手が誰であろうと容赦しない。


「フィルレス様。ただいま戻りました」

「シアンか。いったいアイツらはなにが目的だ?」


 エルビーナ皇女が戻ると情報が来て、すぐにシアンとグレイを帝国へ送りずっと調査をしてきた。一度は婚約破棄して戻ったのに、皇帝が命令してまで皇女を嫁がせたい理由があるはずだ。

 場合によっては戦争も辞さないが、民のことを考えると無闇なことはできない。


「奴らの目的は”血”でした。話は三代前の皇帝に遡ります。その頃から皇族でありながら、平民や魔力の低い貴族から正妻を娶り、代を重ねるごとに皇族の魔力が低くなっています」


 確かにここ何代か、礼儀作法のなっていない皇后ばかりだったと聞く。

 以前、王妃が愚痴っていたのを耳にしたことがあった。高位貴族たちの妻も至らない者が多く、本当に貴族なのかと憤慨していた。きっと高位貴族でも同様のことが起きているのだろう。

 シアンに先を続けろと視線で促す。


「皇太子グラントリー殿下や皇女エルビーナ殿下も然りです。そのため臣下の反発を抑える抑止力が足りず、内部崩壊寸前という状況です。打開策として魔力の多い者と婚姻して保身を図るつもりです」

「つまり隔離されるほど魔力のある僕との子が欲しいということか」

「はい、グラントリー殿下も妃候補を物色するため、来訪しているようでございます。高位貴族のご令嬢もすでに何人か声をかけられてます」

「なるほど……王族は僕と弟のアルテミオしかいないからな」


 妻の祖国がクーデターなど起こそうものなら、援軍として駆り出されていたに違いない。妻としてきっちり役目を果たしてくれるなら、手を貸すのは惜しくない。だが、あの女が王太子妃になったところで、足を引っ張られるだけだ。

 それでも帝国との取引でメリットがあったから、前は受けたけれど。


「さて、それではどうやって帰ってもらおうか。戦争した方が早いけれど、そうなるとラティが嫌がるんだよね」

「確かにラティシア様は心優しいお方ですから、平和的解決を望むでしょうね」

「うーん、仕方ない。この国が危ないと思わせて、送り返そうか」


 魔力量だけで選んだのなら、他に大きな問題を作り上げて他国の方がマシと思わせればいい。ただでさえ帝国は傍若無人な振る舞いが多く、敬遠している国も少なくない。周辺国には事前に根回ししておけば、皇女の婚約破棄の件もあるし理解を示してもらえるだろう。


「どのように進めますか?」

「バハムートとフェンリルの出番かな。魔物が頻繁に暴れる国だと思わせればいい」

「承知しました。ですが、神竜様と神獣様は納得されるでしょうか?」

「ああ、躾はちゃんとできているから問題ないよ。それよりも貴族たちの口止めが先だね。手紙を用意するから秘密裏に届けてくれ」

「御意」


 翌朝、陛下にも話を通すため国王の執務室へ向かった。ラティはイライザにお礼をしたいと言っていたので、午前中は自由にしていいと伝えてある。

 せっかくラティが皇女に相応しいソファを用意したのに、あれから皇女は執務室に来なかった。帝国に帰る際は土産として持たせようと思っている。


「陛下、フィルレスです。失礼いたします」

「おお、フィルレス! して、今日はどういった用件だ?」


 陛下がにこやかな笑顔を浮かべて問いかけてきた。

 でもそれは上面だけで、心の中では今でも僕に怯えていることは知っている。僕はあの日に、両親を失ったのだ。


「エルビーナ皇女の件でお話があります」

「それは奇遇だな! わしも其方に皇女の話をしたかったのだ」

「……どういった内容ですか?」


 ニヤニヤと笑い、僕の様子を窺いながら話を切り出した。


「実は、ここ数日でグラントリー皇太子殿下と話をしていて、かなりいい条件を引き出したのだ」

「どのような条件ですか?」


 確かにグラントリー皇太子と陛下は外交の話で話し合いを重ねていた。だからこそ邪魔にならないようにエルビーナ皇女を引き受けていたのだ。だが、外交の話をわざわざ僕にする意図がわからない。

 心当たりがないわけではないけれど、まさかと思う。


「まずな、優先的に我が国の産物を輸入してくれると言ってな。その際の関税も他国より優遇されるし、帝国相手の商売なら規模が違う。これからの発展も十分見込める。なにより、いざという時に帝国軍が助けてくれるのだ!」

「で、見返りはなんですか?」

「う、うむ……それはな、フィルレスとエルビーナ皇女の婚約だ」

「…………」


 本当に変わらない。

 僕が産声を上げた時から、陛下にとって僕は駒でしかない。別になんの期待もしていなかったが、ラティを婚約者にすると言った時の僕の言葉は、なにも届いていなかったのだ。

 あの時、確かに僕が妻にするのはラティ以外にありえないと、そう伝えたはずなのに。


 短いため息をついて、この部屋に外界との遮断結界を張ってから一気に魔力を解放する。

 部屋の中に渦巻く風の刃によって執務机は切断され、飛び散った紙は細切れになっていく。陛下や側近の宰相の衣服や護衛の近衛騎士の鎧さえもたやすく切り裂き、血がにじんでいた。


「……誰と誰の婚約ですか?」

「いや、だから、其方と……エル——」


 陛下の言葉は、風の刃が頬から耳にかけて走り途切れてしまった。

 これでも理解できないのか必死に言い訳を並べ始める。


「うっ! し、しかしだな! 帝国からはグラントリー皇太子が来ているし、この条件を呑まなければ戦を仕掛けるというのだ! こうなったら、ラティシアと其方の婚約を解消して……ヒィィィッ!!」


 僕は魔力の放出を抑えて、左手で陛下の首を掴み持ち上げた。

 これまで重ねてきた鍛錬のおかげで難なく、陛下の足が宙に浮く。顔を赤くしてハクハクして、足をばたつかせている。


「大人しくしてください。下手に動くと首の骨を折りますよ」


 その言葉で陛下の足は力なく垂れ下がる。宰相は腰を抜かしているし、近衛騎士は剣に手をかけているものの、カタカタと震えて動けないようだ。

 これでようやく話ができると、僕は言葉を続けた。


「ねえ、誰と誰の婚約を解消するだって?」

「ぐっ……ゔゔゔ……!」


 ギリッと左手に力を込めれば、陛下の苦しそうな呻き声が上がる。


「僕の婚約者は僕が決めると言っているんだよ」


 気を失ったら会話にならないので、手を放すとどさりとその場に崩れ落ちた。陛下は赤黒い顔で涙目になり、咳き込んで話ができない様子だ。

 まあ、僕の言うことが理解できれば問題ない。


「余計な真似したら、この国ごと潰すよ?」


 僕からラティを奪うなら、こんな国くらい一瞬で消してやる。そう暗に伝えると、陛下は大きく首を上下に振った。

 やっとまともな話ができたのでいつもの僕に戻り、これからのことを説明した。僕がいれば戦争に負けることもない。ラティが婚約者でいることで、帝国よりも大きな利益をもたらすと教えてやった。


 最後の方には虚ろな目になっていたけど、宰相もしっかり聞いていたし大丈夫だろう。ラティの自由時間も終わるので、結界を解いて陛下の執務室を後にした。




     * * *




 わたくしは帝国の第一皇女エルビーナとしてこの世に生を受けた。

 この美貌の前には誰も彼も(ひざまず)き、なんでも思い通りにしてきた。


 世界中の男たちはわたくしのために貢いで尽くして、すべてを差し出すはずなのに。


「なんなのこの国は……! 無礼者ばかりじゃない!!」


 突然目の前で始まった痴態を見せつけられて、完全に思考が停止した。

 わたくしが隣にいるのに、フィルレス様は専属治癒士の女を膝に乗せて「ラティにしか癒せない」などとのたまった。


 そもそもあんなに健康そうなのに、なにを癒すというの!? わたくしの美貌を眺めていれば、それこそ癒しになるじゃない!!

 それに問題はあの専属治癒士よっ!

 あの女が業務に差し支えると言って、わたくしをフィルレス様から遠ざけて……! ただの治癒士の分際で、おこがましいにも程があるわ!

 フィルレス様もすっかりゆるんだ顔をして、本当に腹が立つのよ!!


「こんなに侮辱されたのは、初めてだわ……!」


 もうこうなったら、お兄様にあの女を誘惑してもらえばいいのだわ。そうなればフィルレス様との結婚もなくなるわよね?

 その後でお兄様があの女を妾かなにかにしたいと、国王に要求すればいいのよ。いくら王太子だといっても、国王から命令させれば従うしかないわ。


わたくしがフィルレス様の婚約者にならないといけないのよ!


「このような扱いをしたこと、絶対に後悔させてやるから……!」


 わたくしは怒りに身を震わせながら、お兄様と密談したのだった。


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