24話 裏切り者の末路③
ルノルマン公爵家で茶会が開かれるずっと前から、僕は王太子として使えるものをすべて使って準備をしてきた。
ラティを妻にすると決めた時に仕込んだ罠が、獲物を捕らえてもう仕上げを待つだけだ。
「カールセン伯爵である私の処分とは、どういうことですか!?」
「フィル様。私もわかりません、どういうことですか?」
マクシスが意味がわからないと憤慨している。本当に愚かな男だ。宝石を捨て、道端の石を拾ったことにまだ気が付いていない。その石はもう絶望の表情を浮かべている。さすがに逃げ場がないとわかっているようだ。
それにしても、ラティが僕に翻弄されている様子が愛しくてたまらない。今はラティの頭の中が僕でいっぱいなのかと考えると、自然と笑みが浮かぶ。
「どうもこうも、調査結果の裏付けがほしかったから、ルノルマン公爵たちに僕が頼んだのだけど」
「調査というのは、ラティシアのことでは……?」
ラティと違ってこの愚か者には、なかなか話が通じない。僕の説明が悪いのか、理解する能力が足りないのか、どちらにしても面倒だ。
それに僕のラティをいつまでも自分のもののように話されて、いい加減ブチ切れそうだ。
「そこの女が治癒魔法を使えるかと、お前たちの素行調査だ。お前たちの所業はすべて調べがついてる。それにいつまでも僕の婚約者を呼び捨てにするな。お前はもうラティには関係のない人間だ」
ハッと気付いたように、マクシスが口元に手を当てるが今更だ。僕の殺気を感じ取ったのか、青ざめた顔で謝罪の言葉を吐き出した。しかし反省の色はまったく見られない。
「うぐっ、それは、大変申し訳ございません……ですが、私たちはやましいことなどしておりません!」
「はあ、すべて調べがついていると言っただろう。いい加減あきらめろ」
こいつの頭に詰まっているのは綿かゴミ屑か?
ここまで話の通じない相手は——ああ、帝国の皇女以来だな。
嫌な記憶を思い出させる目の前の男に苛立つばかりだ。
「なぜですか!? 罪など犯しておりません!!」
「僕のラティを一方的に婚約破棄して、義妹を後継者として書類を偽造して婚姻し、未成年のラティを伯爵家から追放したな? 不貞行為、公文書偽造、保護責任遺棄……他にもあるが、これが罪でなければなんだ?」
「……っ!!」
まったく理解できない男のために、これでもかと親切丁寧に説明をしてやった。ようやく言葉を無くして黙り込んだので、話を次へ進める。
ここからが、本日のメインイベントだ。
「お前たちの処分は国王陛下より任されている」
僕の冷め切った声に、顔色を失くしたマクシスは立っているのもやっとのようだ。ビオレッタはヘナヘナと力が抜けて座り込んだ。
この程度でなにを放心しているのか。本格的な処罰はこれからだというのに。もう少し根性を見せてもらわないとつまらないなと思い、ネタバラシをすることにした。
「ああ、ちなみに。マクシスが投資した新薬の開発は、国として支援が決まった。今後の研究資金を保証すると言ったら喜んで利権を渡してくれたよ」
「は……? そんな、私が出資した分はどうなるのだ!?」
「出資? 彼は誰からも出資してもらってないよ。ああ、寄付はしてもらったと言っていたかな。アイザック」
アイザックに声をかけると、白衣を着た青年を連れてくる。ボサボサの灰茶色の髪に黄緑色の瞳、痩せた身体はなんとも頼りなくおどおどしながら、フィルレス殿下のもとへやってきた。
「こちらが研究者のジョアン・クロスリーだ」
「違う……違うぞ! この男は誰だ!? 私が書類を交わしたのは、青い髪の男だ!」
マクシスが悲鳴を上げるように訴えた。出資した一億ゴルドの行方が心配なのだ。
「あ、それは私は研究しかできなくて、その……交渉とか無理なので、代理人を立てたのです。シアンさんという青い髪の方です」
「そうだ! そのシアンという男と、確かに契約書を交わしたのだ! 二カ月後には出資額が十倍になるというから、私は金を用意したのだ!!」
研究者のジョアンは人前が苦手ということで、研究自体をあきらめようとしていた。そこへ僕の影を接触させたのだ。ジョアンの研究は今後の民の生活を豊かにするものだったので、そのまま王家が後ろ盾になると話を持ちかけた。
ジョアンの名前はいっさい伏せて、代理人のシアンの名前を公にした。
「……シアン」
「お呼びですか、フィルレス様」
僕の呼びかけに応え、青い髪の青年が影の中から姿を現した。いきなり出現したシアンを見て、マクシスは驚いていたが、すぐに一億ゴルドの契約について問いただした。
「お前っ! 私の一億ゴルドはどうしたのだ!?」
「ああ、カールセン伯爵様。その節は借金だらけの有望な研究者へ寄付していただき、誠にありがとうございます」
「なっ、寄付などしていない!! あの金を返せっ!!」
「そうおっしゃいましても、こちらにしっかりとサインをいただきましたが?」
シアンが胸元から取り出した用紙の文言は、確かに一億ゴルドを研究資金として寄付すると書かれており、下部にはマクシスのサインがある。
「こんな書類にサインした覚えはない! それに、私はシアンが研究者だと聞いていた! これほど事実と齟齬があるなら、この書類は無効だ!!」
「いえ、こちら別紙に詳細を記しているとありまして、この別紙の上から十二行目に私が代理人だと記載しております」
「嘘だ……!! そんな書類は見たことがないぞ!!」
「あの時、確かにカールセン伯爵様に書類をお渡ししましたが、本当にすべてご覧になりましたか?」
「…………っ!!」
シアンの問いかけに、マクシスの顔色が青から白に変わっていく。シアンから聞いた話では、当日のマクシスは浮かれていて、書類にはさらっと目を通しただけだったと聞いていた。
ラティを嵌めたように書類に細工もしていたが、必要なかったと思ったくらいだ。
ああそうだ、もうひとつ話しておかなければいけないことがある。
「それからビオレッタ。グレイは役目を果たしたから、もう引き上げさせるよ」
「えっ……!?!?」
僕の言葉でビオレッタの影から現れた傾国の美青年グレイは、恭しくお辞儀をしてビオレッタには目もくれず僕のもとへ戻ってきた。
「もう終わりですか。ではラティシア様にご挨拶してもよろしいですか?」
「ダメだ。グレイは近づくことも許さない」
「えええ……! 頑張って強欲女の相手してきたのに……報奨はないのですか!?」
「一週間の休暇で我慢しろ」
「そんな……! 女神が目の前にいるのに、声もかけられないなんて……!」
この様子を見ていたビオレッタが口をパクパクさせている。
「嘘……なんで? グレイが……? まさか、最初から……?」
さて、そろそろいだろうか。いい加減、馬鹿たちと話すのも疲れてきた。
「カールセン伯爵夫妻は、爵位剥奪。平民となり、マクシスは去勢のうえ第九街区へ追放、ビオレッタは第十三街区の娼館へ追放する」
第九街区は詐欺師が横行する区域で、まともな商人や民は立ち入ることがない。王都に住む民すら避けて通る区域だ。
第十三街区は娼館が立ち並ぶ区域だが、その中でもガラの悪い男たちが訪れる店に話は通してある。股の緩いビオレッタなら才能を活かせる職場だ。
「僕には慈悲の心もあるから、君たちがなるべく辛い思いをしないように手配したよ。そこでラティが見てきた地獄を存分に味わえ」
ふたりは呆然としながら、僕の処罰を聞いていた。
ラティには詳しく話す気はないけれど、回収した資金はあのふたりが無能ゆえ溶かした資産や、散財してきた分の穴埋めに使う。ラティの心情分を上乗せできなくて歯痒いが、ない袖は振れない。
仕方がないのでラティが受けた仕打ちを同じように返し、報いを受けさせることにした。
マクシスは顔面蒼白になり、ビオレッタは目の前に現れたグレイが、僕の手のものだと理解してショックを受けていた。まだまだ物足りないけれど、今はこんなものかとラティに視線を移す。
僕の月の女神は、大きく目を見開いて訳がわからないようだった。そんなラティも愛おしくて、僕だけ見てほしくて、お茶会をお開きにした。
あのお茶会から一週間が経ち、ルノルマン公爵の判定結果を待つだけとなっていた。
入浴などを済ませるために、ラティと別行動になったタイミングでアイザックが書類の束を差し出してきた。今渡すということはラティには聞かれたくない内容ということか。
「フィルレス様、こちらがあのふたりの報告書になります。思ったよりも持ちませんでした」
「え? もう? だってまだ一週間くらいでしょ?」
あのふたりとは、カールセン元夫妻のことだ。僕はその後の経過を報告するように指示していた。こんなに早いとは思わなかったけれど。
「そうなんですが、追放されたその日からいろいろとやらかしたみたいです」
「へえ、少しは反省したかと思ったけど、ダメだったんだ。まあ、それはどうでもいいよ。結果だけ読ませてもらう」
その後、領地にいたマクシスの愛人には手切金を渡して追い出し、マクシスは無一文で詐欺師が横行する第九街区へ送られ、一週間で奴隷商人に売り飛ばされた。
奴隷の取引は違法なものだから、なんの保証もない。去勢された奴隷など、労働者かサンドバッグの役目の需要で取引されたと考えられる。
どちらにしても劣悪な環境で命すらも搾取されるのだ。ラティを傷つけた男は、もうこの国にはいない。
ビオレッタは娼館に売られ、そこそこ客がついた。しかし、その客のひとりと逃亡を図りあえなく捕まり、私刑を受け行方不明になったそうだ。
こちらは生存の可能性は限りなく低いだろう。生きていたとしてもまともな生活が送れるとは思えない。
こうして僕のラティを騙して裏切ったふたりは、この国から姿を消した。