23話 裏切り者の末路②
「正当な後継者、か——それについては私にも話を聞かせてくれ」
声の主は、カールセン伯爵夫人であるわたしの前までやってきて、真っ直ぐに見つめてきた。
三大公爵のひとつルノルマン家の当主は、三十代半ばの女性だ。後継者とは言っても名前だけのわたしとは違い、公爵家の運営もこなし、政治的にも、また社交界でも大きな発言力がある。
……相手が悪すぎるわ。ルノルマン公爵じゃ、なにも言い返せないし、わたしの話術だけで言いくるめるのも難しいじゃない!
「それでは、カールセン伯爵夫妻とラティシア嬢はこちらへ」
男性のような言葉遣いで、わたしたちを誘導する。案内されたのは、アリステル公爵夫妻とコートデール公爵夫人、それから高位貴族の婦人が二名席に着いていた。
「ルノルマン公爵様、本日はお招きいただきありがとうございます。皆様もお元気そうでなによりでございます。お会いできて嬉しく思います」
そう言ってお義姉様は、またカーテシーをする。先ほどと寸分違わない所作をわたしに見せつけているようで、内心イラついた。
「うむ、本日は存分に話を聞かせてもらおう。ではこちらにかけてくれ」
「はい、よろしくお願いいたします」
お義姉様が席に着くと、今度は貴婦人たちの視線がわたしとマクシス様へ集中する。マクシス様の腕が揺れて、挨拶をするのだと気が付いた。添えていた手を放してカーテシーをする。
「本日はお招きいただきありがとうございます。カールセン伯爵家の当主マクシスと申します。こちらは妻のビオレッタでございます」
「お初にお目にかかります。ビオレッタでございます。皆様どうぞよろしくお願いいたします」
マクシス様が優雅な仕草で礼をしたので、わたしもカーテシーをする。いつもはこれで、主催者や相手から声がかかり体勢を戻して会話を始めるのだが……なかなか声がかからない。
カーテシーで深く腰を下げている状態をキープしているのはつらかった。
「ふむ……では、こちらへかけてくれ」
限界寸前でルノルマン公爵から声がかかり、やっと席に座ることができた。
いくら三大公爵だとはいえ、初対面でこの仕打ちはどうなのかと憤慨したけれど、そんなことを口にできるはずもなく呑み込んだ。
「さて、それでは事前に手紙でも知らせたが、本日は調査のために集まってもらったのだ。調査といっても形式はお茶会なので、ゆるりと過ごしてほしい」
「かしこまりました。では、その調査内容をお聞きしても?」
ラティシアはなにも聞かされていないようで、ルノルマン公爵に質問する。これからわたしたちが地獄に叩き落とすというのに呑気なものだと鼻で笑った。
「まずは、カールセン伯爵家からだ」
どうやらわたしたちが最初らしい。すぐにやってきたチャンスに、思わずに笑いそうになった。得意満面のマクシス様が、お義姉様の低能ぶりを話しはじめる。
「はい、実はラティシアは義妹であるビオレッタを、散々虐げておりました。私は以前よりそのことを相談され、ビオレッタも後継者であることから、カールセン伯爵家を守るために正義を貫き通したのです。しかし、どうやったのかフィルレス殿下に取り入り、婚約者になってしまうとは……非常に驚いております。また国の今後を考えても、決してよい状況ではないでしょう」
「わたしも証言いたします。お義姉様にはつらく当たられ、さまざまな用事を言いつけられ苦労していました。ですがマクシス様に救っていただき、やっと幸せになったのです。ですが、そんなお義姉様が王太子妃になるとは……わたしはこれから先は不安で仕方ありません」
わたしとマクシス様は息を合わせたように、お義姉様を貶めていく。
「私が聞きたいのはそんなことではない。まず、カールセン伯爵領の収益が減っているにもかかわらず、以前よりも暮らしぶりが派手になっているようだが、それはなぜだ?」
「は……? いえ、決してそのようなことは……」
ところが予想に反して、ルノルマン公爵は厳しく追求してきた。マクシス様がしどろもどろになって、苛立ちが募る。
「納める税収が減っているから、収益も減少しているのは確かだ。しかしカールセン伯爵夫人は、宝石やドレスを以前よりも頻繁に購入しているし、ある青年によく出資しているな。民の税金をそのように無計画に使う理由を教えてほしい」
わたしはギュッと心臓が掴まれたようになり、なにも言えなくなった。
なぜ、そんなことまでルノルマン公爵は知っているのか。ここまで情報を掴まれているなら、その青年がわたしのお気に入りの愛人であるということもわかっているのか?
わたしの様子を見て事実を察したマクシス様は一瞬、ゴミを見るような視線を向けたけど、すぐにルノルマン公爵へ反論する。
「なっ、それは本日の調査とは関係ないことではないのですか!?」
「質問に答えてくれ。ああ、カールセン伯爵からでもいいぞ。君は領地でいったいなにをやっているのだ? 収益が落ちているのに、なにも手を打っていないのか? そもそも収益が落ちた原因を理解しているか?」
「収益が落ちた原因は、魔物の討伐数や鉱山での魔石の採掘量が落ちたからです」
「だから、なぜその討伐数や採掘量が落ちたのだ?」
「それは……」
マクシス様は黙り込んでしまった。こんなところで沈黙してもなんの解決にもならないのに、まったく頼りにならない。普段は偉そうにしているのだから、こういう時くらい役に立ってほしい。
「ラティシアはわかるか?」
「おそらくですが、カールセン伯爵家の治癒魔法の使い手がいなくなり、冒険者たちや鉱夫たちが安全を最優先したため、討伐数と採掘量の減少につながったのでしょう。それと本当に申し訳ないのですが、以前は山にバハムートが住み着いていて魔物を牽制してました。それが私についてきて山から離れたため、魔物の活動が活発になったのも原因だと思われます」
「なるほど、幻獣バハムート——今は神竜となったが、この存在も大きいだろう。ましてやカールセン家の治癒魔法は特別だからな」
なんですって? あのドラゴンが幻獣!? じゃあ、あの時みんなが話していたのは事実だったの!? しかも治癒魔法が特別ってどういうこと!? わたしは聞いてないわ!!
お義姉様がある時、ドラゴンを連れて帰ってきたのは覚えている。わたしは怖くてたまらなくて、早く森に戻してきてと頼んだ。
でも義父も義母も義兄たちも『あれは幻獣だから、怖くないよ』と言っていたけど、そんなの嘘だと思っていた。
それに、カールセン家の治癒魔法は他となにか違うのか?
「まあ、よほど神竜バハムート様と絆が深いのね」
「本当にラティシア様の治癒魔法は見事ですわ! 夫の古傷も一瞬で治してくださったの」
「知っているわ! コートデール公爵の領地でも大活躍されたらしいわね」
「そこで神獣様までご友人にしたと聞いたわ。きっとそのお人柄が伝わったのねえ」
夫人達が口々にお義姉様を褒めている。いつの間に手を回したのか、わたしはどんどん肩身が狭くなっていった。
「そうだわ、カールセン家の正当な後継者ならば、あの特別な治癒魔法が使えるはずよね?」
「そうだな、カールセン家は特別な治癒魔法を血で受け継ぐと聞いている。正当な後継者なら、治癒魔法が使えるということだ」
「ねえ、カールセン伯爵夫人、ぜひその治癒魔法を見せていただけないかしら?」
ルノルマン公爵が追い打ちをかけ、アリステル公爵夫人がアルカイックスマイルを浮かべて迫ってくる。
「わ、私は治癒魔法の適性がないのです! でも攻撃魔法なら使えます! 魔力量も多いので、上級魔法も使えます!!」
治癒魔法が使えないわたしは、そう言うしかなかった。
「おかしいわね? カールセン伯爵は代々専属治癒士を務めるほどの家系なのに、貴女は使えないの?」
「ということは、カールセン家の血は引いておりませんの?」
「それなのになぜカールセン伯爵夫妻を名乗っているのかしら?」
「「…………」」
わたしたちは、もうなにも言えなくなった。弁明したとしても、正当な後継者として証明できるものがないのだ。
だって、この地位はわたしとマクシス様が、お義姉様から不当に奪い取ったものだから。
なにを言っても、反論され聞き入れてもらえない。周りは敵ばかりで、唯一の味方である夫も頼りにならない。もう、どうしていいのかわからなかった。
その時、門の方からひとりの客がやってきた。
「ラティ、遅くなってごめん。会いたくて急いで来たよ」
「フィル様!?」
お義姉様の婚約者であるフィルレス殿下だ。
これは、この状況を変えるチャンスじゃない? ここで空気を変えないと、もう後がない。フィルレス殿下だって男なんだから、マクシス様の時のように横取りすればいいんだわ!
そう思ったわたしはフィルレス殿下を籠絡すべく、その逞しい胸に飛び込んだ。
「お義兄様!」
こうすれば、ほとんどの男はか弱く見えるわたしを受け止めてくれるはず——だった。
ひらりと身を翻したフィルレス殿下に受け止めてもらえず、勢い余って生垣に突っ込んでしまう。
「お、お義兄様……!? ひどいわっ!!」
「え? まさか、専属治癒士でもないのに僕の身体に触れようとしたのか?」
「もしそんなことになっていたら、即刻牢屋行きだな」
「それにお前に義兄と呼ぶことは許可していないけれど」
フィルレス殿下の氷よりも冷たい視線を、正面から受け止めてしまって、もう動くことすらできなかった。
生垣に突っ込み両手と顔は傷だらけだけど、痛みも気にならない。ただ、これ以上動いたらとんでもなく危険だということは理解できた。
お義姉様はフィルレス殿下に宝物のように抱き寄せられ、甘い微笑みを向けられている。
「それでルノルマン公爵、聞き取りはいかがでしたか?」
「やはり治癒魔法は使えないとのことです。これは血筋に問題がございます」
「調査をありがとう。ではこれではっきりしたので、君たちの処分を言い渡す」
処分? 君たちって誰のこと?
今日はお義姉様の調査ではなかったの?
——違う、これは違う。誰がお義姉様が王太子妃に相応しいかどうかの調査だと言った?
手紙には判定に関する調査としか書かれていなかった。
わたしたちは大きな勘違いをしていたのだと、やっと気が付いた。