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22話 裏切り者の末路①


「マクシス様、本当にそんな大金が入ってくるのですか?」


 カールセンの領地にある屋敷で、私はこれから入ってくる大金を期待してワクワクとした気持ちで浮かれていた。

 今日は天気もよく、すこぶる気分がいいのでジャニスに付き合い庭に散歩に出ている。


「間違いない。確実な投資話なんだ。ちゃんと裏も取ったし、カールセン家は当面安泰だ」

「本当!? 嬉しい! そうしたら、ずっと一緒にいられますか?」


 愛人のジャニスはビオレッタと違って、私の心をくすぐることを言う。投資で得た金が入れば、それを元手にさらに投資をして資産を増やしていける。今後のことも考えて、王都に移っておいた方がいいかもしれない。


「ああ、もちろんだ。その時は離れを建てるから王都へ移ろう。王都の方が仕事がしやすいし、こちらはお前の父親に管理させればいい」

「それなら新しいドレスを仕立てないと! 王都へ行くのなら最新のドレスを着たいわ」

「なにを着てもジャニスなら似合うさ。好きなドレスを買うといい」


 ところがそんな穏やかな時間に「マクシス様!」と呼ぶ声が水を差した。やってきたのはジャニスの父だ。バタバタとこちらに駆けてきて、息を切らしながら一通の手紙を差し出す。


「こちらの手紙がっ、今届きまして……! 刻印が、こ、国王陛下のものでっ……!」

「国王陛下から? いったいなんだというのだ?」


 受け取った手紙をすぐに開封してみると、そこにはある茶会への参加命令だった。その茶会では先日発表したフィルレス王太子の婚約者、ラティシアが妃に相応しいか判定すると書かれている。判定に関する調査のためカールセン伯爵夫妻での参加を求められていた。


 お茶会で調査というのに違和感を感じるが、王太子妃の判定とは特殊なものなのだろうと納得した。


「これは……ラティシアの素性調査のようなものか? カールセンは実家になるから私たちに声がかかったのだな。そうか、これは参加して本格的にラティシアを排除できるかもしれん」


 ここで私たちがうまく証言して、フィルレス殿下の婚約者に相応しくないとなれば、行き場をなくすだろう。そうしたら、私の愛人にしてやってもいいな。そうすれば、あの極上の女が私の手に入る——


 ごくりと唾を飲み込み、私は王都へ向かって馬を走らせた。




 お茶会の予定日の三日前に、王都のタウンハウスへ到着した。

 研究者に投資してから、そろそろ二カ月が経とうとしている。配当金を受け取りたいのもあった。もうカールセン伯爵家の財政は切羽詰まったところまできている。


 タウンハウスの執務室で研究者へ手紙を書いていると、遠慮のかけらもないビオレッタがズカズカと入ってきた。


「ちょっといつまで領地に篭ってるのよ!! 使者を出したのだから、早く戻ってくるか返事くらい寄越してよ!」

「うるさいな、領地でだって仕事があるんだ。すぐと言われても対応できないこともあるんだ!!」


 そういえば、何度か使者まで寄越してきていたな。どうせ贅沢する金の無心だろうと放っておいたが。お茶会への参加については、事前に手紙を送っていたので話は通っているはずだ。


「それより三日後にラティシアが王太子妃に相応しいか、判定するための調査が行われる。準備はできているか?」

「ええ、もちろんよ。本当に面倒くさいけれど、王命じゃ断れないじゃない」

「いいか、そこでラティシアが不利になるよう証言するんだ。そうすればラティシアは婚約破棄され、ここに戻ってくるしかなくなるだろう」

「……そうね。その後はカールセン家のために尽くさせれば……」


 私の言いたいことに察しがついたのか、ビオレッタは急に機嫌がよくなり自室へと戻っていった。こういう時だけはビオレッタの強欲さがうまく働く。金も名誉も女も、私はすべてを手に入れるのだ。




 三日後、私はお茶会の会場へ向かう馬車の中で、湧き上がる不安を抑えていた。

 王都に住んでいるはずの研究者と、連絡が取れなくなっていたのだ。手紙の返事が一向にこないので、昨日は研究施設まで行ってみたがもぬけの殻だった。


 もしかしたら、研究がうまくいって施設を移したのかもしれない。この茶会が終わったら本格的に調べなければと思っていた。


 お茶会はルノルマン公爵家の庭園で行われる。王太子妃の判定は三大公爵が担当していて、今はルノルマン公爵が審判(ジャッジ)らしい。

 馬車が屋敷の前で静かに止まり、ビオレッタをエスコートして会場へと足を進める。お茶会に参加している間は、ビオレッタを愛する夫を演じなければならない。


 通された庭園はそれはもう見事に花が咲き乱れ、会場を華やかに彩っている。用意されたテーブルにはすでに招待客が着いていた。

 夫婦での参加者は私を入れて三組で後はご婦人ばかりだが、いずれも発言力のある高位貴族ばかりだ。アリステル公爵夫妻とコートデール公爵夫人の姿も見える。


 だけど、参加者のひとりに目が釘づけになった。

 ラティシアだ。


 庭園の花たちが霞むほど美しく輝くプラチナの髪に、心の奥まで見透かされそうな紫の瞳。澄んだ空色のドレスには細やかな金糸の刺繍が施され、落ち着いた中にも高貴さがにじみ出ていた。

 婚約発表で見た時よりも、確実に美しくなっている。こんなにも私の心をかき乱す女を、自分のものにしたい。


「なぜ、お前がここにいるのだ? 心の卑しい者が来る場所ではないぞ」

「……お久しぶりでございます、カールセン伯爵夫妻」


 ラティシアはそう言って、完璧なカーテシーを披露する。指先まで優雅で美しい所作に思わず見惚れてしまった。


「お義姉様、お久しぶりね。でも、どうしてここにいらっしゃるの? そのフィルレス殿下の婚約者というのも、わたし信じられなくて……」


 ビオレッタはラティシアに怯えるふりをしながらも、攻撃している。なにも知らない人間が見たら、ビオレッタが攻撃されているように見えるだろう。


「今日はお前がフィルレス殿下の婚約者に相応しいか、調査のためにやってきたのだ。悪運もここまでだと思え」

「そうよ、お義姉様の性格では難しいのではないかしら? 無理はなさらず辞退した方がいいと思うの」


 私とビオレッタでラティシアは不適格だと糾弾するも、なんの反応もない。周りの招待客もなにも言わずに見守ってくれていた。


「まったく、国を傾ける前に戻ってこい。勘当処分は解くから領地のために尽くすんだ。それと、男を誘う素振りはするなよ。最悪、私の妾にしてやるからありがたく思え」

「どうしてもお義姉様が難しいのでしたら、わたしが代わりますわ。その方がフィルレス殿下も心安らぐと思うの」

「お前では王太子妃は務まらん。フィルレス殿下も見る目のないお方だ。なぜこんな性悪女を選んだのか——」


 そこでうっすらと微笑みを浮かべていたラティシアが、口を開いた。


「いい加減にしてくれませんか?」

「な、なに!?」

「はあ!?」


 今までこんな口答えなどしたことがなかったので、私もビオレッタも驚いた。昔から私の話もビオレッタのわがままも、すべて聞いてきたというのに。まるでゴミでも見るように蔑んだラティシアの視線が、私たちに向けられている。


「私は今、カールセン伯爵の婚約者でもなんでもありません。フィルレス殿下の婚約者なので、他の異性に色目を使うということもありません。逆にお聞きしますが、私がカールセン伯爵の目にそんな風に映っていたのですか?」

「そんなわけっ……!」

「しかも妾にする? 勘弁してほしいです。自分を裏切り欺いた相手を受け入れられると? 馬鹿なんですか?」

「馬鹿だとぉ!?」


 カッと顔が赤くなる。まるで私が、今でもラティシアに執着しているような言い方ではないか。確かに美しいからそばに置きたいとは思ったが、それだけだ。決してラティシアに心を奪われたわけではない。


「なによりフィルレス殿下への暴言は聞き捨てなりません。訂正してください!」

「ぐっ……!」


 静かに、だが毅然と私に正面切って意見してくる。ラティシアはこんな女だっただろうか?

 その気迫に押されて、一歩後ろに下がった。


「ちょっと、お義姉様! いくらなんでもひどいわ!」

「……ひどい? 誰のこと? 義姉の婚約者を寝とった義妹のこと?」

「でも正当な後継者はわたしなのよ!!」


 ビオレッタが負けじとラティシアに噛みついた。

 だがその時パチンッと硬質な音が鳴り、小さな音にもかかわらず会場の空気が変わる。


「正当な後継者、か——それについては私にも話を聞かせてくれ」


 そこへ現れたのは、孔雀の羽があしらわれた扇を手にしたルノルマン公爵だった。


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