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20話 僕から逃げられると思ってる?


 今回も僕の計算通りに、ラティはコートデール公爵家からも合格判定を受けた。


 事前に判定試験の知らせを送る時に、魔物の被害に困窮していたコートデール公爵に口添えをした。

 ラティは以前領地の魔物討伐で後方支援をしていたことがあり、治癒室で六年間勤務していた。僕の専属治癒士だが非常に優秀だと。


 完璧に治癒できる能力があれば、いかに戦闘が楽になるか、どれほど勝算が上がるか彼ならすぐに計算できるだろう。最後に、婚約者のためならどんな協力も惜しまないと付け加えた。


 その絶望に染まる表情さえ愛おしい、と言ったらラティは間違いなく怒るだろう。そう思いながら元気づけるための提案をする。


「ラティ。今日は疲れているだろうから、帰るのは明日にしない?」

「ええ、そうですね。さすがに一日中気を張っていたので、そうしてもらえると嬉しいです」

「少し休んで身体が大丈夫なら、後で散歩に行かない?」

「散歩ですか?」

「うん、実はコートデール公爵領ならではの絶景ポイントがあるんだ。バハムートならすぐだから」

「それは行ってみたいです!」

「ふふ、ではまた後で」


 少女のように瞳をキラキラさせるラティが、たまらなくかわいい。このまま妻にして、すべてを僕のものにしたい。

でも今はまだ、ラティの心が手に入っていない。それではダメだ。この笑顔のまま僕のものにしたいのだから。


「さて、ラティがひと休みしているうちに、ほかの雑務を片付けるか」


 僕はバハムートのもとへ向かった。




 僕に用意してもらった客室のバルコニーへ出ると、手すりの上でバハムートが地平線に沈む太陽を見ていた。そっと隣に立つと、視線はそのままでバハムートが声をかけてくる。


《主人殿、申し訳ない。ラティシアを守りきれなかった》


 珍しく落ち込んだ様子のバハムートが、ドラゴンの特徴であるなで肩をさらに落とした。僕が到着した時はちょうどバハムートが空で翼を撃ち抜かれたタイミングだった。それまでのやり取りはわからないけれど、相手も悪かったし善戦したのではないかと思う。


「そうだな、まあ、いいよ。なにがあっても最終的には僕がラティを守るから。それより、この後ラティを空中散歩に連れていきたいから、頼めるかな?」

《当然だ! 我に任せろ!》

「それと、これは頑張ったご褒美だよ」


 そう言って、イライザに用意してもらった魔石を、目の前に転がした。途端にバハムートの青い瞳が輝き出す。


《なんと! 失敗した我にこのような餌をくれるのか!?》

「今回はね。でも、わかっていると思うけど、もし本当にラティになにかあったら君ごと世界を吹き飛ばすからね?」

《う、うむ、承知した》


 バハムートも頑張ったようだし、今回はこれでいいだろう。空中散歩の目的地を伝え、バハムートが魔石をボリボリ食べるのを眺めていた。しばらくするとバルコニーの下に庭園から犬の鳴き声と、なぜかラティの声が聞こえてきた。


 視線を落とすと人の丈ほどある大きな犬が、ラティにじゃれついている。ラティはすでに風呂を済ませたのか、艶のある髪をなびかせて、新しいワンピースに着替えていた。犬はラティを乗せ、キャッキャウフフと騒いでいる。


 ……犬だろうが竜だろうが人間だろうが、雄が好意を持ってラティに近づくのは非常に不愉快だ。


「あれは……雄だね。バハムート、下に降りるよ」


 慌てたバハムートは残りの魔石をかっ込み、僕を乗せてラティの背後へとゆっくりと降り立った。バハムートの翼によってふわりと風が吹き抜け、犬が動きを止めた。


「ラティ、ずいぶん楽しそうだね?」

「うわっ! フィル様!?」

《……誰だ、お前》


 ラティは僕が現れたことに驚いて、犬から飛び降りた。

 敵意をむき出しにして僕を睨みつける銀色の犬が、人間の言葉を話した。なるほど、銀色の毛並みと瞳——この犬は幻獣だ。それなら僕のやる事はひとつ。


「で、そこの犬。君はなんなの? 雄のくせにラティのそばにいるなら、僕と主従契約は必須だよ」


 幻獣が威嚇してきたけれどサラッと正面から受け止めて、さらに僕の魔力を幻獣に向けて解放する。僕の下僕にならないなら、処分すると殺気を込めた。

 犬はビクッと身体を震わせ、さっきまで立ち上がっていた尻尾は股の間に挟まっている。


《わ、わかった! おおお、お前には勝てねえから、主従契約をむむ、結んでやる!!》

「うん、いい子だ」


 僕は殺気を消して穏やかに微笑み、名を聞いて主従契約を結ぶ。こうして犬は幻獣から神獣フェンリルへと進化を遂げた。主従契約を結んだ証の金色の光が収まると、フィンリルの瞳は僕と同じ青い瞳になっていた。

 その流れを見ていたラティが、納得いかないというふうに声を上げる。


「なんでそうなるの!?」

「それにしても、ラティはすごいね。バハムートに続いてフェンリルも従えるなんて」

「え? いや、怪我を治したら懐かれたみたいです……」


 ああ、そうか。ラティのあの温かくて心地いい魔法を経験したら離れがたくなるのは、僕だけではなかったんだ。そうなると、これから治癒魔法をむやみやたらに使われると、少々面倒だな。


「ふむ、確かに君の治癒魔法は特別効果が高いからね。では、こうしようか」


 誰もがうっとりする微笑みを浮かべて、ラティをまっすぐに見つめた。


「僕以外の人間にこの治癒魔法を使ってはダメだ」

「えっ、どうしてですか?」


 どうしてもなにも、僕がラティを独り占めしたいからに決まっている。だけど、そんな言い方をしても、今のラティは聞いてくれないだろう。


「変に懐かれたら困るだろう?」

「うっ、確かに……」

「だから、これから癒すのは僕だけだ。いいね?」


 これで話を聞いてくれると思っていた。それなのに返ってきた言葉は。


「いいえ、目の前に怪我人や病人がいたら約束できません。これでも治癒士なので」


 決して揺らがない意志を宿す瞳が、僕を射貫く。夜空に煌々と輝く月のような誇り高いラティに、さらに心を奪われた。最初に会ってから日を追うごとに、底なし沼に落ちるようにラティに溺れていく。

 もうどうしようもないほど、僕はラティを愛していると自覚した。


「……そんなラティだから手放したくないんだ」

「っ! いえいえいえ、私では王太子妃など不相応ですから」


 そう言って視線を逸らすラティを見て、今までと反応が違うと気が付く。

 ほんの少し頬が桃色に染まってる? でも視線は合わない。助けを求めるようにチラチラとバハムートやフェンリルに視線を向けている。


「ねえ、まさか僕から逃げられると思ってる?」

「逃げるなんて滅相もない! ただ婚約を解消したいだけです!!」

「ふーん、そう。まあ、今はそれでいいよ。では約束通り、空中散歩に行こうか」

「は、はい……!」


 元の大きさになったバハムートの背中に乗り、あっという間に大空へ飛び上がった。


 太陽はすでに地平線に沈んで、東の空には濃紺のベルベットが敷き詰められたようになっている。うっすらと西の空がピンク色に染まっていて、そのグラデーションは心が震えるほど美しい。

 僕の前に座るラティがこの景色に、感動の声を上げた。


「うわあ! この時間の空中散歩は素敵ですね!」

「そうだね、この景色も美しいけれど、もっといい所があるんだ。バハムート、さっき話した場所へ」

《承知した》


 目的地はコートデール公爵の城から南に十キロメートル下った場所にある、小高い丘だった。

 ここからはコートデール領を見渡せるようになっていて、幻影の森は漆黒の闇となり、城の周りには灯りが集まり民の営みが見て取れる。


「ここからコートデール領の民の暮らしが見えるんだ。あの灯りのひとつひとつに、それぞれ生活があって、家族がいて、笑顔がある」

「そうですね、本当に心温まる絶景です」

「……ラティのおかげで、あの灯りが、民が救われた」


 僕はラティがどれほど大きなものを守ったのか、見せたかった。


「そ、そんな。結局魔物を討伐したのはフィル様です」

「ラティがいなければ、僕はここに来ていない。だから判定試験を受けると決めたラティのおかげだよ」

「それは、こじつけでは——」


 ラティの言葉を遮って、額にキスを落とす。

 僕は先ほどのラティの反応から、ふたりの関係を少し前進させた。ラティは石みたいに固まって動かない。予想通りの反応に笑みがこぼれる。


「ふふっ、そろそろ帰ろうか」

「……はい」


 その後のラティはなにも話さなかったけど、耳まで赤くなっているのが月明かりでわかったので、僕は上機嫌だった。




 ラティを部屋まで送り、バハムートとフェンリルは護衛として残してきた。

 僕の部屋に戻ると、暗闇に紛れて何者かの気配がする。魔力の雰囲気から、僕の手足になる影だとわかった。


「フィルレス様。ご報告にまいりました」


 青い髪の青年が影からするりと姿を現す。僕の影たちは特殊訓練を積んでいて、闇から闇へと移動する影移動という魔法が使える。


 僕はここへ来る前に手配してきた政務の件だと察した。この件を片付ける準備のために、どうしても王都を離れられずラティを先にコートデール領へ送りだしたのだ。


「シアンか。首尾はどうだ?」


 シアンから渡された書類にざっと目を通していく。あまりにも僕の計画通りに運んでいて、笑いが込み上げてきた。


「ははっ、古典的な手を使ったけれど、あっさり引っかかったね。本当に馬鹿で助かる」


 罪を犯しても裁かれることなく、今も好き勝手生きている奴らだ。これでも生ぬるいくらいだけど、やりすぎると僕の愛しいラティが悲しむかもしれない。


「当時書類を処理した役人たちとカールセン伯爵家の家令も証人は十分だ。ナダリー公爵家も僕には逆らわないから問題ない。では、この手紙を届けてくれ」

「御意」


 僕が用意しておいた手紙をシアンに渡すと、また闇に紛れて姿を消した。受け取った書類は、僕の手のひらの上で炎をあげる。魔法を使って灰すら残さず焼き尽くした。


「さあ、王都に戻り、僕のラティを苦しめた害虫どもを駆除しよう」


 僕は月明かりが差し込む部屋で、決してラティには見せない残酷な笑みを浮かべた。


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