19話 コートデール公爵家の判定結果
放たれた魔法は最上級クラスの雷属性の魔法だった。
まるで神の鉄槌が下ったような一撃がゴーレムに直撃し、その動きを止める。ゴーレムは身体中から煙を上げ、壊れたおもちゃのようにぴくりとも反応しなかった。
「ふーん、古代ゴーレムか。なるほど、竜殺しの古代兵器ではバハムートと相性がよくなかったね」
フィル様は氷のような微笑みを浮かべ、ゴーレムを一瞥した後、そっと私の両頬を包み込んで心配そうに覗き込んできた。突然の美形のドアップに心臓が跳ねる。
「ラティ。大丈夫? どこも怪我してない?」
「だ、大丈夫です! でも、助けてくれてありがとうございます」
「……ラティが僕に心からのお礼をするなんて……ふふっ、頑張って駆けつけた甲斐があったな」
うっとりとした顔で微笑まれ、バクバクと脈打つ心臓が壊れそうだ。この生体反応は、危険な目にあったからに違いないと思うことにした。
「で、では、すぐにみなさんを治療しますね!」
「うわ、照れてるラティがかわいすぎる」
いたたまれないのと、倒れているバハムートやフェンリル、騎士たちを治療しなければならないのとで、そそくさと自分の役目に専念した。
幸いにも全員をしっかりと治療することができて、ゴーレムを倒したと知るとワッと喝采が沸き起こる。
「ラティシア様、それにフィルレス殿下、神竜バハムート様。貴方様方のおかげで幻影の森は以前の姿を取り戻すでしょう! 本当にありがとうございます! フェンリル様、これからも何卒この幻影の森をお守りください!」
「いえ、ゴーレムを倒したのはフィルレス殿下ですので……私はまったく役に立っておりません」
「なにをおっしゃいますか! あれほど高度な治癒魔法は初めてでした。それにフィルレス殿下がラティシア様を大切にされているからこそ、こうして助けにきてくれたのではありませんか? それは王太子妃として、なににも得難い要素です」
「そう、ですかねぇ……?」
オリバーが晴れ晴れとした顔で、お礼を述べてくる。治癒魔法を認めてくれたみたいで嬉しかった。それに忙しいはずのフィル様がこうしてコートデール領まで、しかも幻影の森まで来てくれたことに正直驚いた。
フィル様は元婚約者とは違う。根本的に違うのだ。
元婚約者は確かによく褒めてくれたりしたけれど、実際に私のためになにかしてくれたことはなかった。
私が風邪を引くと予定がキャンセルになるだけで、見舞いにきたことはなかった。そういえば、もらった誕生日プレゼントも花束もドレスも、全部彼の好みだった。
どれだけ私の目が節穴だったのか。
でもそのおかげで治癒魔法に磨きがかかったし、治療に関する知識も深まった。それにフィル様の真っ直ぐな想いに気付くことができた。
もう少し、フィル様を信じてみてもいいかもしれないと思い始めていた。
城に戻ってくるとすでに知らせが届いていたのか、拍手喝采で出迎えられた。
フィル様は私をエスコートしてくれて、バハムートは手のひらサイズで私の肩に乗っている。オリバー様を先頭に、コートデール公爵様の執務室へ到着した。
「フィルレス殿下、ラティシア様、此度の魔物討伐見事でございました。オリバーもよくやった」
眉間の深いシワはそのままだけど、最初よりも穏やかな声音でコートデール公爵様が口を開いた。
「いいえ、私はあまりお役に立っていません。周りの皆様に助けられただけです」
「助けを得られるのもまたラティシア様のお力でしょう。人徳というのは容易く手に入るものではない」
「人徳など私にはわかりませんが、ひとつ気になることがあります」
そう言われては返す言葉もない。話の内容を変えたくて、ここに来た時から気になっていたことを解消することにした。
「気になることとは?」
「先に私がコートデール公爵様の御身に触れる許可をいただけますか?」
「それはかまわんが、いったいなにを……?」
私はゆっくりとコートデール公爵に近づき治癒魔法を使った。淡くて白い光がコートデール公爵様を包み込んで、思った通り治癒の手応えを感じる。コートデール公爵様はみるみる穏やかな顔になっていき、眉間の深いシワも消え去った。
「これは……! 痛みがない、古傷が治っている。なぜわかったのだ?」
「お体を動かすたびに動きが止まっていて、おつらくて動けないのではと思ったのです。深い眉間のシワも痛みからくるものかと。コートデール公爵のご活躍を知らない者はおりませんから、もしや過去に怪我をして治りきっていないのではないかと思ったのです」
最初にコートデール公爵様を見て感じたことだった。数年前に元騎士団長で退団したばかりなら、まだまだ身体は動くはずなのに、フィル様が部屋に入っても椅子から立ち上がろうともしていなかった。
忠誠心が強い騎士であるのに違和感を感じて、身体を動かそうとするたびに険しい表情になるのを見て確信に変わった。
「そうか……他の治癒士では治せなかったのに、こんなに穏やかな気分になったのは六年ぶりだ。しかも森の神獣も手懐けた上に神竜までも操っているとは。ラティシア様こそ未来の王妃に相応しい」
「——はい?」
今なにかを通り越して、王妃だとかいうパワーワードが出てこなかった!?
待って、役に立ってないって私は言ったわよね!?
心の叫びも虚しく、完全に健康体になったコートデール公爵様が颯爽と私の前に膝をつく。そして左手を胸に当て頭を下げる。これは……あれだ、よく騎士様が王族とかの前で敬意を示すやつだ。
「ラティシア・カールセン様、文句なしの合格です。貴女様以外に我が国の王太子妃に相応しいお方はおりません。コートデールの名にかけて、ここに忠誠を誓います」
またしても、失敗……!!
しかも忠誠まで誓われてしまったじゃないの!! どうすればいいの!? ねえ、これどうしたらいいの!?
「ラティ、順調だね」
「ううっ、また……!!」
耳元で嬉しそうに囁くフィル様を恨めしげに睨んでやった。少しは信用出るかもしれないが、やはり腹黒王太子の婚約者など一刻も早く辞めたい。
「おめでとうございます、ラティシア様! こんなにもフィルレス殿下の寵愛を受けておられるのだから、この国も安泰ですね」
そうして、オリバー様が私にトドメを刺してコートデール公爵家の判定試験は終わったのだった。