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18話 灰色の子犬だと思ったのですが


 城に戻ってきた私たちは、まずは子犬を回復させようと治癒魔法をかけた。


癒しの光(ルナヒール)!!」


 淡く白い光が子犬を包み込み、どんどん怪我をふさいでいく。全体的に治癒を終えて、子犬の呼吸は安定しているようだ。


「よかった……こんな酷い怪我、魔物にやられたのかしら?」

「そうかもしれませんね。この半年は特に魔物が多くて、私たちの手も回らなくなっていたのです」

「魔物が増えていたのですか?」

「はい、以前はここまで街や村に被害が出ることはありませんでした」


 なにか魔物が増えた原因があるのだろうか?


「バハムート、森で魔物が増える原因ってわかる?」

《さあな、我がいた頃はカールセンの山は平和であったな。今は知らぬが》

「うーん、それって魔物をまとめるボス的存在だったってこと?」

《魔物は強者に逆らえないものだ》


 なるほど。魔物や自然界は弱肉強食だから、自分より強い相手には従うのだろう。それなら半年前からボス的存在がいなくなった可能性がある。


「じゃあ、今、幻影の森にボス的な魔物がいるかどうかわかる?」

《それはそこの駄犬に聞けばよかろう》

「この子犬に? どうして?」


 私が疑問を投げかけると、バハムートは空のように青い瞳を子犬に向けて面倒そうに声をかけた。


《おい、いつまで寝ておる。いい加減起きぬか。ワンコロ》

《誰がワンコロだっ!! ふざけんなよ、デカいだけのトカゲのくせに!!》

「えっ! 犬がしゃべった!?」

《犬じゃねえ!! 幻獣フェンリルだっ!!》


 幻獣フェンリル……この子犬が?


《お前っ! 今、この子犬が?って思っただろう! いいか、これは仮の姿なんだ! 本来のオレは、もっとデカくて勇ましくて、強いんだ!!》

「わかったわ、とにかく汚れを落としましょう。血まみれになっているから」

《お、お前が風呂に入れてくれるなら、オレを洗うのを許可してやる》

「ふふっ、いいわ。その代わり私のことはラティシアと呼んでね」


 オリバー様にお湯の準備を頼んで汚れを落とすと、それはそれは見事な銀色の毛並みとシルバーの瞳が現れた。フェンリルがブルブルと身体を震わせ、風魔法で水気を吹き飛ばしていく。

 バハムートと同じ銀色の色彩で魔法が使える。私と会話もできて、本当に幻獣フェンリルなんだとしみじみ思った。


 すっかり綺麗になったフェンリルに、オリバーとともに森でなにがあったのか尋ねた。


「なるほど……隣国からやってきた魔物が執拗にフェンリル様に襲いかかったのですね」

《ああ、不意打ちを喰らってあの怪我を負って、回復に専念するためこの姿で凌いでいたんだ》

「それで魔物が暴走してしまったのね。でもその隣国の魔物は、森の魔物たちをまとめたりしないのかしら?」

《あの魔物はむしろ暴走させて、破壊を楽しむタイプだ。幻影の森はオレの縄張りだ。必ず取り返す》


 フェンリルのシルバーの瞳には、揺らがない決意の炎が灯っている。


「よし、それでは我らコートデールの騎士たちもともに行こう! 準備があるから三日後でもよろしいか?」

《ラティシアたちの助けなどいらん。オレは幻獣フェンリルだぞ》

「今まで幻影の森を治め、我らの生活に安寧をもたらしてくださったフェンリル様の力になりたいのです。どうか手伝わせてください」

「私もフェンリル様に協力するわ。どんな怪我をしていても、息さえあれば治すから」

《……ふん、勝手にしろ》


 そうして三日後の魔物の討伐のためにそれぞれ準備を進めることになった。




 魔物討伐の朝、私たちは幻影の森の入り口で作戦通りに行動を開始した。


 フェンリルとオリバーたちの精鋭騎士が森の中へ入り、隣国からやってきた魔物を探す。私はバハムートと空中待機で、発煙筒の合図があったら直ちに降りて怪我人を治癒する。


 その他、上空から戦況を見て必要な援助をすることになっていた。バハムートで魔物を倒す案もあったけど、フェンリルのプライドがそれを許さなかったので却下された。


「上空からだと木があるところはよく見えないわね。バハムートはなにか気配を感じる?」

『ふむ。相当強い気配があるのは感じるな』

「そう、何事もなく討伐できるといいけれど」


 しばらくバハムートが上空を旋回していると、突然森から鳥たちが飛び立っていった。その後、すぐに大きな音を立てて、森の中から爆発音が聞こえてくる。

 騎士たちの怒号と、獣の唸り声、それから聞いたこともないような叫び声が上空まで届いた。


「始まったわ! 少し高度を落として!」

《承知した》


 森の木に遮られて、戦闘状況が読めない。ヤキモキしていると、右手に合図の狼煙が上がった。

 バハムートはほんの十秒ほどで現場に降りて、そのまま小さくなり私の肩に乗る。怪我をして動けない騎士が五人ほど木の根元に並べられていた。

 私は症状の重い怪我人から治癒魔法を使っていく。


癒しの光(ルナヒール)!!」


 続けて治癒魔法をかけて、ほんの十分で五人の騎士を全快させた。


「すごい、もう治ったのか!?」

「あんな一瞬で、あの怪我を……!!」

「貴女は月の女神様だ!!」

「もう大丈夫ですね。他に怪我人はいませんか?」


 こうした戦場で怪我を治すと興奮状態の騎士や戦士には特別な存在に映るらしく、大袈裟な褒め言葉をスルーして私の務めを果たしていく。その後も運ばれてきた騎士たちを三人治療して、また上空へと戻った。


 何度か合図があって、降りては治療していった。

 その間も絶えず魔法と魔法がぶつかる衝撃音が聞こえ、魔物が暴れて木々がなぎ倒され地面を揺らしている。私は後方支援しかできないけれど、それでも自分のできることを精一杯こなしていた。


 その時、閃光が森の中を走り目が眩む。

 明るさが戻って目を開くと、辺りの木々は倒されて騎士たちもフェンリルも倒れていた。


「オリバーさん! フェンリル!」


 なぜ私だけ無事なのかと視線を先へ向けると、元の大きさになったバハムートが私の盾になって魔物の攻撃から守ってくれていた。

 対峙する魔物はゴーレムだった。人型の魔物で古代遺跡でよく出現するが、見たのは初めてだった。特徴は圧倒的な防御力と、すべてを破壊するという光線だ。


「バハムート! 待って、治すか——」

《我は大丈夫だ、次が来るぞ!》


 またあの眩い光が走って、目を細める。光が集中して灼熱の光線になり、バハムートの銀翼を貫いた。目の前の光景がやけにゆっくりと見える。

 それでもバハムートは魔物に背を向けたまま、微動だにしない。


 そんな! すぐ治さないと! 神竜になって強くなったのに、どうして……!?


 一瞬遅れて私は身体を動かし、治癒魔法をバハムートにかける。どうしてこんな状況になっているのか。それは単純に相手が強力だから。

 神竜であるバハムートでも防戦一方になるほどの魔物なんて、どうやったら倒せるのか——


 治癒士として修羅場を潜り抜けてきた私の頭は、だんだんと冷えていく。予想外のことに少し取り乱したけど、まだ大丈夫だ。泣き喚くのはすべてが終わってからでいい。


「バハムート、どうやったらあの魔物に攻撃できる!?」

《この状況では無理だ。あの魔物の攻撃速度が早すぎて、反撃に転じるタイミングがない》


 確かにひっきりなしに閃光が走り、木々を焦がし火の手が上がっている。このままでは森で火災が広がり、さらに大きな被害を出してしまう。


「ねえ、あの魔物の動きを鈍らせれば平気?」

《ああ、それなら反撃できる》

「わかったわ、それならこの薬草を使いましょう」


 私は念のため持ってきていた、痺れを治す薬草を取り出しひとつの束にしていく。この薬は大量に摂取すれば力が入らなくなるのだ。そうすれば、動きが緩慢になってチャンスを作れるかもしれない。早くしないと、倒れている騎士やフェンリルを早く治療しないと手遅れになる。


「バハムート、私をあの魔物の口元へ運んで! タイミングを見て放り込むから!」

《それはできぬ。ラティシアを危険に晒せない》

「このままでは、仲間が死ぬのを待つだけよ。絶対に誰も死なせたくないの!」

《……わかった。では少々荒くなるが耐えるのだぞ》

「もちろんよ!」


 バハムートは長い首を曲げて、ドラゴンブレスを吐き出した。防御が甘くなって光線が私の真横を抜けていくが、バハムートへの治癒魔法を止めなかった。

 次の瞬間にはバハムートが大きく羽ばたいて、一旦上空へ飛び立つ。


《覚悟はよいか?》

「当然よ。いつでもいいわ」


 そしてゴーレムの光線を避けながら、真っ直ぐに急降下していく。光線が止んだタイミングを狙い、薬草の束をゴーレムの口へ放り込んだ。


 だけど、一瞬動きが止まっただけで、またすぐに光線を放たれ空へと飛び上がっていたバハムートの翼を撃ち抜いた。


《ぐぁっ……!》

「バハムート!!」


 バランスを崩したバハムートから振り落とされ、私は真っ逆さまに落下していく。バハムートも必死に羽ばたいて私を追いかけるけど、穴の空いた翼ではうまく飛べないようだった。



 もうここまでか、そう思った時だ。



 ふわりと優しい風が私を包み込んで、石鹸の爽やかな香りが鼻先をくすぐる。

 もう慣れしたんだ温もりは私を抱きしめて、空よりも澄んだ青い瞳が目の前にあった。


「まったく、ラティからは目を離せないね」

「フィル様っ!?」


 風魔法を絶妙に操って、ふわりと地面に着地する。


「ラティになにかあったら世界を滅ぼすところだった」

「えっ、えっ、どうして?」

「ふふ、ラティに会いたかったから、頑張って政務を終わらせてきたんだ」

「ええ!?」

「それよりも——」


 チラリと周囲を見渡し、固まって動かないゴーレムで視線を止めた。

 フィル様の感情のない横顔に、背筋が凍る。初めて見るフィル様だった。これはきっと、とてつもなく怒ってる。


「僕のラティに危害を加える敵は、排除しないとね?」


 そう言って、放った魔法はバハムートの比ではないほど、強烈な一撃だった。


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