表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/65

16話 カールセン伯爵家の転落


 私がラティシアを捨ててビオレッタを妻にしてから、カールセン家の運営はうまくいってなかった。


 ラティシアと婚約していた時は儚げだったビオレッタは、婚姻すると湯水のように金を使い必要以上のドレスや装飾品を買って散財ばかりする。

 私が注意をすると、愛してないのか、思いやりがないと逆に責められた。


 屋敷の管理も杜撰になり、トレバーに聞くと使用人がすぐに辞めてしまうという。

 募集をかけて新人がやってきてもまたすぐ辞めてしまって、今では応募すらない。そもそも屋敷の管理はビオレッタの仕事だ。


 もう五年も経つのにビオレッタは、まったく女主人の仕事をする気配はない。私も手が回らないので、そちらはトレバーに任せることにした。


 当主の役目で領地を視察するためにカールセン領へ行くのも、いつも私ひとりだった。

 いくらビオレッタを誘っても、田舎は嫌だと言って妻がついてくることはなかったからだ。


 領地を視察する際は、管理人を任せていた男が案内してくれた。その管理人の娘と特別な関係になったのは、自然の流れだ。

 やがてタウンハウスに戻らず、一年のほとんどを領地で過ごすようになった。


 たまにラティシアとあのまま結婚していたら、どうなっていたかと考える。


 私が当主になることはなかったけれど、ラティシアならちゃんと私を見てくれたのだろうか。あの時、愛と権力の両方を求めたのが間違いだったのか。


 私は公爵家の三男だったが、当主として辣腕を振るいたかった。だが、ラティシアはあくまで期間限定だと言った。


 妻が当主になるのが嫌だったから、前からアプローチを受けていたビオレッタの誘いに乗りラティシアを嵌めたのだ。

 ビオレッタなら私を愛し、私を当主にしてくれる存在だと信じて疑わなかった。


 そんな時に転移の魔道具まで用意したうえで国王から招集がかかり、王城でフィルレス殿下の婚約者が発表された。


 私はラティシアの姿に目を奪われた。

 美しく結い上げられた白金の髪、理知的な紫水晶の瞳、細くしなやかな曲線を描く肢体、所作はスマートで優美。

 学生の時の幼さは消えて、どこを取っても極上の女性になっていた。


 激しい後悔の念が込み上げたが、今更だ。

 フィルレス殿下の婚約者として発表されてしまったし、私はすでにビオレッタを妻にしている。


 側室は国王にしか認められていない。どちらにしても王太子の婚約者に手を出すことなど叶わない。

 やはりあの時に選択を間違えたのだと思い、ビオレッタに対して嫌悪感が増すだけだった。




 後悔の念を振り払い領地へ戻って、いつもの生活に戻った。しかし最近は特に領地経営がうまくいかない。


 先代まではカールセン家の治癒魔法を使って、領地の魔物を討伐したり、鉱山から魔石を採掘して運営していたが、以前と比べると明らかに規模が縮小していた。


 治癒魔法が使える一族がいなくなったからといって、こうも魔石採掘の効率が落ちるとは考えにくい。

 理由はわからないが、採掘量が減ったことで領地の収入が減り年々経営が苦しくなっていた。


「マクシス様、今日のお手紙が届きました」


 そう言って部屋にやってきたのは、僕の愛人であるジャニスだ。神秘的な黒髪が美しい娘で、いつも私に優しい言葉をかけてくれる。

 手紙を受け取り、その中に目当てのものを見つけて急いで封を開けた。


「くそっ……また融資を断られた……!」

「まあ……マクシス様はこんなに懸命に役目をこなされているのに……」

「ああ、これで五社目だ。いったいどうなっている!?」


 届いたばかりの手紙をグシャリと握りつぶした。

 経営難を乗り切るために融資を受けようにも、どこへ頼んでも断られてしまう。王都から戻ってきてから、どこからも融資を受けられなくなってしまった。


 大きなため息を吐いて、ナダリー公爵家へ支援要請の手紙をしたためる。今までも融資を受けられない時は、何度か父に頼んできた。そこでふと、ある疑惑が頭を掠める。


「王都から戻って以来か……まさか」


 ——ラティシアか? 王太子の婚約者になった、あの女の仕業か?


「ジャニス、この手紙は私が直接ナダリー公爵家へ届けにいく。準備をしてくれ」

「そんな! この前も王都に行ったばかりではありませんか!」

「ここで融資を受けないと経営を立て直すのが難しくなるんだ。ジャニス、わかってくれるね?」

「……早く帰ってきてくださいね?」

「ああ、もちろんだとも」


 私は焦る気持ちを抑えて、ナダリー公爵家のある王都まで馬を走らせた。




 ろくに休憩も取らず旅路を急ぎ、一週間かかる道のりを四日で走破した。疲れた身体にむちを打って父の執務室へと向かう。

 それなのに返ってきた言葉は無情なものだった。


「マクシス、これ以上は支援できない。お前が領地経営を上手くやれ」

「そんな! 父上、どうしてですか!? 今までだって支援してくれたのに、これくらいならナダリー公爵家にとって小銭みたいなものでしょう!?」

「金額の問題ではない! 圧力がかかったのだ!」

「やはり……! あの女が、ラティシアの仕業ですね!?」


 父は一瞬なんのことか意味がわかっていない様子だった。


「ラティシアです! 私の元婚約者で、カールセン伯爵家の嫡子だった女です! アイツが手を回したのでしょう!?」

「はあ……なにを寝ぼけたことを言っておる。あんな小娘では我が公爵家に圧力をかけることなどできんわ」

「違うのですか? ではいったい誰が……」


 父の顔色がどんどん悪くなっていくのを見る限り、よほどの相手なのだろうか。そうだとすると、三大公爵家か王族くらいしかいない。


「王族……いや、でもあのフィルレス殿下が?」

「マクシス、私はもうお前に手を貸すことはできん。銀行も金貸しも決して融資しない。自力でなんとかするしかないんだ、わかるな?」


 怒鳴ったところすら見たことがない温厚な王太子が、このような腹黒いことをするのかと疑問に思う。

 しかし父がなにも言わないということは、それが正解なのだろう。とにかく私はもう、融資を受けられない。


 どうやって資金繰りするのか、それだけで頭がいっぱいになる。


 私が部屋を出る時に「すまない、マクシス」と呟いた父の声は、耳に入ってこなかった。




 ナダリー公爵家を出て、私はふらりと大衆酒場に立ち寄った。普段ならこんな場所に入ることはないが、タウンハウスにはビオレッタがいるから戻る気にならなかった。


 今日は酒を飲んで宿屋に泊まろう。ビオレッタの顔など見たくない。

 あの女のせいで、私の人生はめちゃくちゃになってしまった。やはりラティシアとあのまま結婚していればよかったんだ。


 そんなことを考えながら、四杯目の注文をした時だった。


「——だから、この事業に投資すれば、二カ月後には十倍になるんだって!」

「だけどなあ……二億ゴルドだろ?」

「期限が来週なんだよ、新薬の効果は俺が保証するし」

「うーん……確かにな。お前がこうして歩けるのも、その薬のおかげなのはわかるんだけどな」


 斜め前の席で話している男たちの会話が耳に入ってきた。

 どうやら投資の話をしているらしい。ひとりはヨレヨレのシャツを着た青い髪の男で、もうひとりは仕立てのいいスーツを着た商人風の男だ。


「そうなんだ、あの新薬のおかげでこうして歩けるようになったんだ。だけど世話になった開発者の先生が借金まみれでな、利権を差し押さえられるっていうから力になりたくてな」

「開発者はシアン・コスミックといったっけ? わかった、そこまでいうなら五千万ゴルドでよければ投資するよ」

「本当か! ああ、ありがとう! 早速、先生に話をするよ!」


 投資か……そうか、投資で資産を増やせばいいのではないか? 今の話が本当なら、一億ゴルド投資すれば十億ゴルドになる。そうすれば、当面の資金になるのだ。


 私はすぐさまタウンハウスに戻り、早速シアン・コスミックという研究者について調べた。


 酒場の男たちの話の裏が取れたので、研究者に投資をすると連絡をした。

 契約書を隅々まで読み、かき集めた一億ゴルドを預ける。これで二カ月後には十億ゴルドになるのだ。


 私は領地に戻り、ジャニスと祝杯をあげた。




     * * *




 マクシス様が久しぶりにタウンハウスに戻りバタバタとうるさかったけど、珍しくわたしに文句を言わないので気分は悪くなかった。

 なにより今はお気に入りの愛人がいるから、そちらに夢中だ。


「ねえ、今度はいつ会えるの?」

「貴女が望むならいつでも会いにきますよ」

「本当? じゃぁ、また明日会いにきて」

「明日も? 明日も俺と会ってくれるのですか?」


 ベッドの中で甘く囁く彼は、紫紺の髪に吸い込まれそうなシルバーの瞳でわたしを見つめてくる。くっきりした目元、スッと通った鼻筋は高く、薄い唇は冷酷そうなのに、全身で愛を囁いてくれる。わたしよりも四歳も年下だけれど、すっかり大人の雰囲気で優しく甘やかしてくれた。


「ええ、もちろんよ。はあ、グレイが領地経営できれば、夫と離縁してグレイを当主にするのに」

「それは光栄ですが、俺はまだ未熟者ですから」

「もう、そんな謙虚なところがいいのよ。あ、そうだわ、なにか不足していることはない? 援助するわよ?」


 グレイは今年の春に学園を卒業したばかりで、さすがに領地経営までは任せられない。

 だから今は領地経営の勉強を進めてもらって、ゆくゆくはわたしの夫にするつもりだった。


 わたしだって、優しく甘やかしてくれる夫の方がいいのだ。ましてやグレイは、傾国の美青年だ。そばにおいておくだけでも価値がある。


「では——」


 申し訳なさそうに、要望を伝えるグレイがかわいらしい。わたしはグレイのために援助を惜しまなかった。

 カールセン家の運営はマクシス様に任せてあるし、いざという時はナダリー公爵家が助けてくれるからなにも問題ない。


 わたしは傾国の美青年に深く深く溺れていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ