15話 計画は万全に
ラティの活躍により、イライザとジルベルトの結婚も許され、なんならずっと拗れていたアリステル公爵との親子関係も改善したようだ。
うまくいくように手を貸すつもりだったけれど、まったく僕の出番などなかった。予想以上のラティの働きには、目を見張るものがある。
「さすが僕のラティだよ」
「ははは……ソウデスネ。そういえば、あのバ……ドラゴンは大丈夫なのですか?」
「ああ、そうなんだ。みんな騒がせて本当に申し訳ないけれど、あれは魔物ではなく僕と主従契約したバハムートなんだ。なぜかわからないけれど、暴走したようだ。来るのが遅くなってすまない」
あらかじめ用意しておいた言い訳を、眉尻を下げて話せば誰もが僕の言葉を信じる。真っ先に反応したのはアリステル公爵だ。
「なっ! バハムートと契約ですと!? それではこのドラゴ、いえ、バハムートは神竜ではないですか!!」
「うん、そういうことになるね」
「え? 神竜……? え? どういうことですか?」
僕の思惑どおり、神竜という単語を引き出せた。アリステル公爵の言動は本当に予測しやすい。ラティは意味がわからないようで困惑している。
「ほら、僕たち王族は太陽の創世神の末裔だろう? その僕と幻獣バハムートが主従契約を結ぶと、神の使徒になり幻獣から神竜へと変化するんだよね」
「そんなこと、聞いたことない……!」
それはそうだろう。あえてラティには話さなかったのだ。僕はこのタイミングを待っていた。
もっと僕に心乱して、もっと僕のことを考えて。
そんな狂気に近い僕の愛は胸に秘めて、なんでもないように言葉を続ける。
「うーん、これは王族に近しい者しか知らないから、仕方ないよ」
「どおりで最近は肌艶もいいし、瞳の色が変わったのもそのせいだったのね……!」
「だ、大丈夫ですかな? なにか余計なことを申したようで……」
僕たちのやり取りを見ていたアリステル公爵が、いたたまれない様子で声をかけてきた。アリステル公爵は十分いいい仕事をしてくれたので、いつもの笑顔を浮かべて安心させる。
「いや、問題ないよ。遅かれ早かれ伝えるつもりだったしね」
「しかしフィルレス殿下は、どこでこんなに素晴らしいご令嬢を見つけてきたのですか?」
アリステル公爵の言葉に、初めてラティと出会った治癒室を思い浮かべた。
あの日、僕の目に映ったのは柔らかな日が差し込む部屋で、静かに手元の書類に視線を落とすラティだった。
真っ直ぐに背筋を伸ばし、光を受けた白金の髪はラティの魔法みたいに白く清浄な空気をまとっていた。透き通るような肌と、わずかに開く薄桃色の唇があでやかだった。
僕に気付いてこちらを向いた瞳は夜明けの空のように澄んだ紫で、一瞬その美しさに痛みを忘れたほどだ。すぐ気を失ってしまったけど、月の女神の化身だと思ったのを覚えている。
目覚めた後は屈託のないラティに心まで奪われて、もう手放すことなんてできないと思った。
「思ったより近くだったかな」
「ほお、そうでしたか。……ラティシア様、今後はなにかありましたら、存分に頼ってくだされ」
「……ありがとうございます」
納得いかない顔のラティだったけれど、アリステル公爵の言葉にきらりと瞳が光った気がした。
もしかして、アリステル公爵を頼って国外へ逃れようとしている? 唯一逃亡できる可能性があったバハムートには僕の許可なしに国外へ行くことを禁じているし、他の方法と言ったら高位貴族や大商人を頼るくらいだ。
若干そわそわしているラティには悪いけれど、釘を刺しておこう。貴族たちにも再度通告しておくか。
「ラティ、ちなみに国外への移動は僕の許可を取るようになっているからね」
「……! な、なにも言ってませんけど?」
「念のため、ね」
にっこりと微笑んだのに、ものすごく嫌な顔をされてしまった。
まあ、そんな顔も愛しくてたまらないけれどね。
それから一週間後、ラティは次の認定試験のためコートデール公爵家の領地へと旅立った。
僕はどうしても外せない政務があって、あとから追いかける予定だ。そんな中、面会の約束をしていたイライザとジルベルトが執務室へやってきた。
イライザは執務室へ入ってくるなり、僕に強く訴えた。
「本当に、本当ーにフィルレス様はひどいですわ!!」
「イライザ、ごめん。フィルレス殿下ではなく、俺が悪いんだ」
「いいえ! わたくしのみならず、ジルにまで裏で話を持ちかけていたなんて、まっっったく存じませんでしたわ!!」
ああ、そのことか。
実はイライザが審判として判定するように持ちかけたのは僕だ。悪女のふりでラティをしっかり見極めると父親に話し、課題は好きにすればいいと伝えた。僕と同類のイライザはそれで僕の言いたいことを理解したようで、喜んで立候補した。
その後、ジルベルトから内密に会えないかと打診をもらった。
ふたりがすでに恋人同士なのは知っていたから、計画をより確実なものにするためにジルベルトにも協力を仰いだのだ。
「ジルベルトから聞いたんだね。イライザを心配したジルベルトにも、せっかくだから協力してもらおうと思ったんだよね」
「ですが『へえ、イライザと結婚したい? 命をかける覚悟はあるの?』と聞いたそうではございませんの! わたくしのジルになんてことをおっしゃいますの!?」
これはアリステル公爵の目を完全に覚ますための計画だった。
妻を亡くしたアリステル公爵は、イライザを王太子妃にすることで娘が幸せになると思い込んでいた。その思い込みを壊すため、ジルベルトにわざとバハムートの攻撃を受けるように指示していた。
もしジルベルトが大怪我をしても、ラティがいれば治癒できる。身をもって経験したからわかるけど、ラティの腕は間違いないし、その能力の高さも周りにアピールできる。最悪ヤバそうだったら僕が止めるつもりだった。
「イライザ、いいんだ。命をかけても俺はイライザを妻にしたかったんだ」
「ジル……!」
「ああ、イチャつくなら他所で頼むね。今ラティがいなくて余計に気が立っているから」
僕の目の前でいい雰囲気になりそうだったので、先に忠告した。
もう一週間もラティに会っていないから、幸せそうなカップルに目の前でイチャつかれたら本気でキレそうだ。
「フィルレス殿下に、そのようなことを言われたくありませんわ……!」
「イライザ、そろそろ落ち着いて」
ジルベルトがイライザをうまくコントロールして、落ち着かせていく。イライザは何度か深呼吸して、以前の公爵令嬢としての顔を取り戻した。
「でも、さすがフィルレス殿下の計画ですわね、結局のところ思い通りに運びましたわ」
「僕が貴族の内情を把握していないわけがないだろう?」
「こんな腹黒王太子様に捕まってラティシア様が不憫ですね」
すっかりラティのファンになったイライザは、僕よりもラティの方へ肩入れしている。今日だってラティがいないと伝えたら、別の日にしたいと言ってきたくらいだ。裏話をするなら今日しかないと言って約束させた。
「そうかもね、でも誰よりもラティを幸せにする自信はあるよ?」
「まあ……あの溺愛っぷりを見ればわかりますけれど。あのお茶会の時も本気でございましたでしょう?」
「あの時は俺も肝を冷やしました。本当に止めに入る寸前でした。あのような状況はもう勘弁願いたいです」
あれは……イライザの演技に拍車がかかって、思わず本気で止めに入ってしまったんだ。そもそも、あそこまで言わなくても、もっとサラッと嫌味を言うくらいでよかったのに。
「ふふ、それは悪かったね。イライザが悪ノリしなければ、今後そういうことはないよ」
「わたくしが今後あのようなこと口にするわけありませんわ。それと、これが約束のお品物です」
イライザの言葉で、ジルベルトが脇に抱えていた漆黒の布袋を執務机の上に置いた。ガチャッと硬質な音が聞こえる。袋の中を見ると、色とりどりの魔石がぎっちりと詰まっていた。
「うん、いいね。さすがアリステル公爵家だ。今まで見たものの中でも最高品質だよ」
「でもこれほど大量の魔石など、なにに使いますの?」
魔石は魔道具の核として使われるけど、材料の持ち込みをする冒険者でもない限り、一般市民や貴族は出来上がった魔道具を購入するのが一般的だ。だからイライザが疑問に思うのも無理はない。
「バハムートの餌だよ。今回のご褒美だ」
「そうでしたの! では今回の魔石はわたくしからのお礼ということで、代金は不要ですわ」
「そう? では遠慮なく」
さあ、早く政務をこなして愛しいラティのもとへ向かおう。
仲良く帰っていくイライザとジルベルトを見ながら、そう思った。