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14話 アリステル公爵家の判定結果


 ジルベルト様の命が危険な状況に、頭の芯が冷静になっていく。


「イライザ様、私が治療します。息さえあれば、どんな傷でも治せますから」

「ラティシア様……!」


 視界はクリアになり、周囲の雑音は入ってこない。今目の前で消えかかっている命を救うため、全神経を集中させた。


癒しの光(ルナヒール)


 まずは呼吸の確保が必要だから、咽頭から重点的に治癒していく。次に身体に負った七割もの熱傷だ。


 広範囲に及ぶ熱傷はショック状態を引き起こす。炭化しているところは後回しにして、先に全体的に回復させた。最後に炭化してしまった腕や足に癒しの光(ルナヒール)を集約していく。


 庭園を照らす光が収まると、瞳を閉じていたジルベルト様が呻き声を上げた。


「うっ……」

「ジル!!」

「あれ……? 俺は——」


 ジルベルト様の言葉を遮って、イライザ様が激しく叱責する。


「馬鹿っ! わたくしの前でこんな怪我をするなんて、大馬鹿ですわ!!」

「……イライザ?」


 ぼたぼたと大粒の涙を流して、愛しい人をきつく抱きしめるイライザ様の肩は震えていた。


「貴方がいなくなったら、わたくしは、わたくしは……っ!」

「イライザ、ごめん。本当にごめん」

「わたくしにはジルしかいないのよ……」


 か細い声でつぶやかれた言葉に、胸の奥がキュッとなる。

 イライザ様はどんな思いで審判(ジャッジ)を引き受けて、私のもとにやってきたのか。どれほど深くジルベルト様を愛しているのか。


 本当に助かってよかったと胸を撫で下ろした。なのにアリステル公爵様が、大声でイライザ様を怒鳴りつけた。


「イライザ、護衛騎士が怪我をしたくらいで大袈裟だぞ!」

「お父様、ジルはわたくしの愛する人ですわ! 彼以外を夫にするつもりもありません!!」

「護衛騎士が公爵令嬢のお前の夫だと認めるものか! 身分もなにも——」


 護衛騎士が怪我をしたくらいで? 護衛騎士だから夫だと認めない?

 アルステル公爵様の言葉に、私はもう黙っていられなかった。


「アリステル公爵様」

「……なんだ?」


 私の呼びかけに怪訝な表情で振り返る。

 治癒士としてどんな患者にも平等に接してきたお父様。いつも繰り返し言っていたのは。


『命の重さはみんな一緒なんだ。痛いのも苦しいのも、みんな一緒なんだ。そういう人たちを助けるために、月の女神様は私たちに力を授けてくださったんだよ』


 私は父の教えを胸に治癒士をやってきた。だからこそ、許せない言葉がある。

 胸を張り、治癒士としての誇りを掲げ、まっすぐにアリステル公爵様を見据えた。


「護衛騎士だからといって、怪我をしていいということではありませんっ!! ましてや身を挺しておふたりを守った騎士の命を、軽く扱わないでください!!」

「くっ……!」


 それだけじゃない。大切なのは、前を向いて生きていく希望。愛する人とともに歩む未来。

 私は手に入れられなかったけれど、イライザ様は違う。


「それにイライザ様は、心からジルベルト様を愛していらっしゃいます」

「だからなんだというのだ! 政略結婚など貴族の義務ではないか!」

「そうですけれど、愛する人と結婚するのはいけないことですか?」

「…………」


 アリステル公爵様は、八年前に奥様を亡くされて深い悲しみに暮れていた。愛する奥様を亡くした経験があるなら、イライザ様の気持ちだって理解できるはずだ。その後で後妻を迎えたけれど、以前私が診察した際は心から幸せそうに微笑んでいた。


 それにイライザ様にはかなり年上の兄がいて、すでに結婚して幼い子供もいる。だから後継者にも困らないし、なにも問題はないと思われた。


「なによりも、今目の前でイライザ様がどれだけ悲しまれていたか、まだわからないのですか?」

「……私は当主として当然の判断をしている」


 アリステル公爵様は苦虫を噛みつぶしたように、顔をしかめた。


「ですが愛する人を奪われるのが、どれほどの悲しみと絶望を与えるのか、奥様を亡くされたアリステル公爵様ならご存じですよね? イライザ様は確かに公爵家のご令嬢ですが、アリステル公爵様の娘ではないのですか?」


 だって、さっきバハムートに襲われた時、真っ先にイライザ様を庇っていた。その後もイライザ様に被害が及ばないように、ジルベルト様に指示を出していたのだ。裏目に出てしまったけれど、父としての愛情は感じられた。

 アリステル公爵様はイライザ様をちゃんと愛しているのだ。


「…………」

「ここにいらっしゃるのは、貴方が愛してきた娘ではないのですか!?」


 しばし沈黙が流れる。

 これ以上、私から言えることはない。これでイライザ様とジルベルト様の結婚を認めてもらえなかったら、もう打つ手がない。


「はあ……小娘が随分と生意気を言うものだな」

「生意気で申し訳ございません、ですが黙っていられませんでした」

「……ラティシア・カールセン。私の曇った(まなこ)を覚ましてくれて、感謝する。私は妻に託され、娘のためだと考えていたのに、本人の気持ちをまったく考えていなかった」


 アリステル公爵様の意外な言葉に驚いた。イライザ様に視線を向けたアリステル公爵様の横顔は、父親としての愛がにじみ出ていた。


「イライザ、ジルベルトとの結婚を許そう。その代わり、私の目の届くところにいておくれ」


 アリステル公爵様の言葉に、イライザ様は瞠目している。ジルベルト様も、優しく微笑んでイライザ様の手を握った。


「よろしい、のですか? わたくしは、ジルを夫にしてよろしいのですか!?」

「ああ、公爵令嬢の前に、お前は私のかわいい娘だからな」

「ああ……! お父様、ありがとうございます!!」


 今度は両手で顔を覆って泣きはじめてしまった。涙脆いイライザ様は、もともと心根の優しい方なのだろう。ジルベルト様がそっと背中をさすっている。


「だから、もう悪女のふりはやめなさい」

「あら、バレてましたのね」

「ジルベルトから報告されていた。まあ、これだけイライザをうまくコントロールできる男もおらんからな」


 パタリと泣き止んだイライザ様がつまらなそうに呟く。しかも犯人はジルベルト様らしい。どこでバラしたのか、ちょっとだけ気になる。


「ジル!?」

「イライザ、本当にごめん。でも俺はイライザに幸せになってほしいから」

「もう……仕方ありませんわね」


 そう言って、ふたりは本当に幸せそうに微笑んだ。

 とても羨ましかったけれど、みんなが笑顔になってよかった。フィル様に視線を向けると、とても優しい眼差しで私を見つめている。少しだけドキッとした。


「ラティシア様、これもすべて貴女のおかげですわ!」


 瞳を潤ませたままのイライザ様が立ち上がり、白くて細い指で私の両手をそっと包み込む。


「わたくしは審判(ジャッジ)として宣言いたします。ラティシア・カールセン、貴女は合格ですわ!!」

「ああ、そうだな。我がアリステル公爵家はラティシア様を支持すると、ここに宣言しよう!!」


 そうだった。

 そうだった!! うっかりほのぼのしてたけれど、これは判定試験だった——!!


「……ああああ! 合格……! いえ、そうですよねぇ……そうですよねぇぇぇ」


 私はガックリと肩を落とした。


 確かにイライザ様の希望はすべて叶えたし、合格になるのは仕方ないとも言える。わかっていたのに、やると決めたのは私だから誰のせいでもない。

 しかもアリステル公爵様までなにかおかしなことを言い出して、まったく意味がわからない。私を支持しなくても全然大丈夫なんですが。むしろ、そっとしておいてほしいのですが。


「おめでとう、ラティ」


 フィル様がさっきからニコニコと満面の笑みを浮かべている理由が、よくわかった。太陽の下で輝く、神々しいほどの笑顔が憎たらしかった。


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