異世界で魔物をプロデュース
「うん。こんなもんかな」
深夜二時。
オレこと乙田大介は、作業が一段落して、ぐぐっとのびをする。パソコンを前に、今回の出来に少しだけ満足感を覚える。
いつもなら、このあとネットサーフィンとか。ネット小説とか。サブカルをちょいと楽しむところだが――――今日は結構頑張ったし。
「まぁ、今日はそろそろ寝るかねぇ」
ベッドに潜り込もうと、椅子から立ち上がり、電気を切って。
「あれ?」
床の畳がほのかに光っていることに気がついた。
「え? なんだこ――――」
ふっと。唐突に襲われる浮遊感。
重力に導かれ。下へ。下へ。引きずりこむように、下へ。
訳もわからず。悲鳴一つあげる間もなく。
真っ逆さまに落っこちて――――――――したたかに尻を打ち付けた。
「ぐっ……おぉおぉおおぉおおおお」
じわじわとくる痛み。まるでケツが四つにでも割れるような痛み。これ、あれだ。スノーボードでカチカチのアイスバーンの上ですっころんだ時のヤツ。
知らずに目尻に涙がたまる。ぼやける視界の中に。大事な大事なパソコンたちが、オレと同じように転がっているのを見つけて絶叫。
「ぎやぁあああっ!?」
痛い尻を引きずり、駆け寄る。
大丈夫か? 動くか? データがなくなっていたり、壊れていたら、本当に立ち直れない。ガチで死ぬ。せっかく頑張ったのに。今までの苦労が。
電源を入れ、どうにか動くのを確認し、まずはホッとした。ぱっと見、問題はなさそうだ。さっき完成したばかりのアレも無事。
安堵とともに、他の機器の状況を確認しようとして――
「あなたが、勇者さま?」
背後から聞こえた、美しい声。未だかつて、聞いたことがないほどに美しい音。瞬間、脳内が高速で回転する。
突然の出来事。知らない場所。光る床。「勇者様?」と問われる。しかもそれはそれは美しい声で(ここ重要)
オレの二十五年の人生経験とサブカルの知識が、すばやく結論を導き出す。
――――あ、異世界召喚ってヤツですね。(察し)
さらに、思考は巡る。
であれば。重要なのはジャンル。
魔王退治? 王国再建? はたまた奴隷? 王道から邪道。コメディ。ホームドラマ。異世界召喚のパターンは多岐に渡る。お願いだからきっついのは勘弁して。
ここまででなんと五秒。……凡人にしちゃ頑張った方じゃない?
「あの……勇者、さま?」
再度の問いかけに、覚悟を決め振り返る。そこにいたのは十歳にもならないだろう少女。そして少女と同じくらいの背丈の二足歩行の子豚。
……子豚?
「あのね、セイたち勝ちたいの!」
少女は言った。
「ボクたち、勝ちたいんだ!」
子豚も言った。あ、しゃべれるの?
「「学芸会で!!」」
「え? そんな理由?」
***
「あなたたち、一体何をして……」
カツンと。ヒールを鳴らして部屋の扉からこちらを覗く人影。
視線を向けて――――目を奪われる。
まるで人形のような――なんて比喩が本当に脳裏によぎったのは初めてだった。
美しい顔に、抜群のプロポーション。ピンと伸びた背筋に、パリッとしたスーツがよく似合う。ハリウッド女優だって裸足で逃げる美貌である。
これまでの人生で見てきた女性の中で断トツトップ。完全無欠。超絶美人がそこにいた。
その美しすぎる女性は、切れ長の瞳でぐるりと部屋を眺め。最後にピタリと――――オレを見つめた。
ひうっと息が止まる。鼓動が高鳴る。ドクドクと全身に血と熱が巡る。喉がカラカラに渇いていき、何も考えられなくなる。
女性はカツリとヒールを鳴らしながら歩いてくる。
完全に見惚れて。指一本動かせないオレの前で立ち止まると。膝をつき――――
「この度はッ! ご迷惑をおかけしてッ! 大変申し訳ッ!! ございませんでした――――――ッ!!!!」
美しい土下座をかました。
「せんせー。せんせー。いきなり土下座されたら、たぶん勇者さま、こまると思う」
「ほら見ろよ。勇者、完全に固まってるじゃん」
「せんせーって、見た目はとってもカッコイイから、余計にびっくりだと思う」
「そうそう。おっちょこちょいで、めちゃくちゃ気が弱いけど、見た目はカッコイイし」
「あ、あなたたち! あんまりです! ひどいです! そもそも、あなたたちがこんなことをしたから謝っているのでしょう!?」
やいのやいのと騒がしい三人を見ながら、徐々に思考が再起動する。
この三人はどうやら生徒と先生の関係らしい。ということは、ここは学校なのだろう。
どうやらあの美人は先生のようだが……見た目はバリバリのデキる女感があふれているが、見かけ倒しのようだ。すっかり涙目だ。これはこれで……。
さらによくよく観察してみると、異常性に気づく。
二足歩行で服着てしゃべってる子豚はもちろん。少女も腰から翼が生えており、脚は鳥のようだし。美女さんに至っては、ご尊顔とボディーラインにすっかり目を奪われていたが、長い髪の毛がなんだかウネウネと――――え、蛇?
結論――――人間じゃねぇ。
「きっと、混乱されていますよね。突然こんなところに呼び出されてしまって。本当に、すみませんすみませんすみませんすみません……」
お、おおぅ。腰が低い。とんでもなく低い。なんだか、苦労人の気配がプンプンする。しかも頭の蛇たちも、なんだかしょんぼりしている。
「許されることではありませんが、帰れるまでの一年間。あなた様の衣食住は、こちらでちゃんと保証いたしますので」
あ、帰れるんですね。
――で、話をまとめると。
ここは魔物の国のちょっと田舎にあるごくごく普通の学校。
女の子はセイレーン族のセイちゃん。 ……名前、安直すぎない?
子豚くんはオーク族のオーくん。 ……あだ名――――ではないのね? 本名? あ、そう……。
そして美人教師はメデューサ族のメデュ子……え? マジで? やばくない? 許されるのそれ? ほんと……ああ。すみません、泣かんといてください。ディスっているわけでは決して……(ないとは言い切れないけど)。
彼らの言う《学芸会》とはこの学校で毎年年度末に行われるイベント。自分たちの成長を示す競技だ。
クラス単位で発表し、審査員たちの投票によって最優秀クラスが決定する。一年を通し最も重要なイベントで、最優秀となると成績だけでなく、学校の歴史にも刻まれ後世に伝えられる。大変名誉なことだそうだ。
「特に決まりはありませんが、たいていは種族の個性をどれだけ伸ばしたか、といった形で表現しますね。例えばオーガ族なら怪力。エルフ族なら精霊魔法。マーメイド族なら泳ぎ、といった感じですね」
ようするに、武芸の演舞みたいなもんらしい。
「で、それに優勝するために、オレを召喚したと? ……人選ミスじゃね?」
聞いたところ、この召喚によって召喚された者に特別な力が宿ることはない。ないのだ。ないんだよ。くそう。チートしたかった。オレtueeeしたかった。せめて魔法くらいは……才能ない? だめ? しゅん。
「いえ、そんなことはありません。この召喚魔法は、召喚者にとっての勇者――つまり、召喚者の願いを叶えられる者を喚びます。だからオトダさんには、この子たちを《学芸会》で優勝させることができる――――可能性があるはずです」
可能性かよ。
「いや、んなこと言われてもオレ、格闘技どころか喧嘩だってしたことないぜ。しかも多分……」
三人を見る。オークを。セイレーンを。メデューサを。そしてオレはただの人間。
「いや。間違いなくこの中で一番弱いと思うぞ」
「まあ確かに。人族は貧弱だからなあ……」
うーん、とうなり声を上げていると、懐かしい鐘の音が聞こえた。チャイムだ。
「あ、やぺ。次って確か……」
「ああ、もうこんな時間。ほら二人とも、次は合同体育ですよ。すぐに着替えて、グラウンドに行きなさい」
はーい。
イヤそうな顔で二人は部屋を出て行く。オーくんはもちろん、セイちゃんはイヤというより、なんだか悲壮感すら漂っていた。
「私もちょっと行ってきますね。勇者召喚された方へのマニュアルがありますので、確認してきます」
「え、マニュアルあるの?」
そう言って、メデュ子さんも教室を出て行った。
ぽつん、と一人取り残されて。ようやく少し人心地ついた。どうにも思った以上に、自分は混乱していたらしい。まあ、当然か。
魔王退治みたいなきっつい感じではないが、思わぬパターンに今後の予想がつかない。ひとまず情報を整理して、今後どうするか考えないと。
つらつらと今後のことを考えながら、なんとなく窓から外を眺めて――えっと目を見開く。
三階に位置していたらしいその部屋からの景色には、ファンタジーが広がっていた。
空には二つの太陽。浮かぶ島。遠くには雲を突き抜ける巨大な大樹。校庭では、生徒たちが炎を吐き。空を飛び。雷をまとい。
「すげぇな……これ」
まるでマンガやアニメの世界だ。年甲斐もなく、わくわくと胸が高鳴り。
それを見つけて。一気に頭が冷えた。
五人の生徒だ。一人を四人が囲んでいる。はっきりわからないが、囲まれているのはセイちゃんに見えた。
ここからでは何も聞こえないが、あまり穏やかには見えない。
「セイさんは、歌はとても上手なんですがセイレーン族なのに歌に魔力をのせられないんです。だから、人を惑わすことができません」
いつの間にか戻ってきたメデュ子さんが悲しそうに言う。
セイちゃんが一人の魔物に突き飛ばされる。それを他の魔物が笑っている。
「オーくんも、オーク族なのに体が小さく力も弱いです。オーク族で魔法が使えるなんて、とてもすごいことだと思うのですが、周りは認めてくれません……」
いつの間にか、オーくんがセイちゃんの前に立っていた。だが、相手も八人に増えていた。
「私のクラス……H組は、そんな子たちが。……成績の悪い子たちが集められているんです」
オーくんよりも、一回り大きいオークが拳を振り上げ――――オーくんがぶん殴られた。
「いい子たちなんです。みんな。でも、他の子たちとちょっと違うから。ちょっと違うだけで、つまはじきにされていて」
セイちゃんがオーくんに駆け寄る。八人の魔物は笑いながら去って行く。
「何とかしてあげたいのですが何も……力になってあげられなくて……先生なのに」
オレもそうだ。
オレも。就活で失敗して。就職できなくて。そしたら急に、周りの奴らの雰囲気が変わった。
笑われて。見下されて。つまはじきにされた。
オレもオレで焦って。空回りして。やっぱりうまくいかなくて。拗ねて。
気づけば――――ほとんどニートになってた。
「……だめですね。どうせ私も……落ちこぼれなので」
セイちゃんに支えられ、立ち上がるオーくん。その手が堅く握りしめられていたのが、なぜだかよく見えた。
オレの手と、同じように。
「見返してやりましょう」
「え?」
腹は決まった。
願いを叶える者を呼び出す召喚。なるほど。
「人選は、あながち間違ってなかったみたいですね」
***
三日かけた。
メデュ子先生に力を借りて、いろいろ調べた。《学芸会》のルール。過去の映像。会場の見取り図に設備。使える予算。H組の生徒はもちろん、他のクラスの生徒まで。
その上で、悩んで。考えて。そして、計画を立てた。
「あと一ヶ月に迫った今日の《学芸会》の準備時間は、特別講師としてオトダさんにお願いします。よろしくお願いします」
紹介され。導かれて壇上に立つ。
クラスにはオーくんとセイちゃんを含め十八人の子供たち。
ちんちくりんなサキュパス。
気弱なサイクロプス。
精霊と交信できないエルフ。
ドラゴンになれないドラゴニュート。
花が咲かないアルラウネ。
空が飛べないハーピー。
肌の弱いリザードマン。
鼻が利かないワーウルフ。
コウモリになれないヴァンパイア。
脚の遅いケンタウロス。
そもそも種族として虐げられているゴブリン五兄弟。
やる気のない妖狐。
ぐるりとクラスを見渡して――安心した。
みんながみんな、諦めたような目をしている。卑屈な目をしている。いままで散々、周りから貶められ。けなされ。すっかり自信を失って。でも――――腐っちゃいない。
「《学芸会》……優勝する気はあるか?」
ざわりと。瞳に力が宿る。
「……強く……なれるんですか?」
ドラゴニュートの少年の瞳に期待がこもる。
「……残念だけどオレは、全然強くない。おまえらにだって、勝てる気がしない。だから強くなんてしてやれない」
「それじゃあ、無理じゃない!!」
バンっと机をたたく音。エルフの少女に落胆と怒り。
「何で無理なんだよ?」
「強くなれなきゃ、優勝なんて「できるさ」――――っえ?」
かぶせたオレの言葉に、教室がしん――と静まる。
「できるさ。なぜなら《学芸会》は、「強さ」を競うもんじゃないからだ。自分たちがこの一年間で磨き、成長したモノを披露する。それが《学芸会》だ。「強さを示せ」なんてルール、どこにもなかった」
「強さ」でないのなら。「何でもいい」のであれば。
「《学芸会》で、優勝できる!」
生徒の瞳が大きく開いた。
「けどオレが提案できるのは、絶対おまえらが思ってもない方法だ。その上これから本番まで、一分一秒を無駄に出来ないほど練習が必要だ。戸惑ってる暇も、悩んでる暇もない。だから――」
ドンっと、強く自分の胸をたたき。
「オレを信じてついてこい!! そしたら絶対、てっぺんに連れてってやる!! おまえたちを見下しているクソどもを見返してやろうぜっ!!!!」
わっと、クラスが沸いた。
そして俺とH組の、《学芸会》への挑戦が始まった。
「さあ、答えが出たところで。まずは最初の指示だ。いいかてめぇら! オレのことは、「プロデューサー」と呼べっ!! わからなくてもいい!! とりあえず「プロデューサー」ってな! 「プロデューサーくん」や「プロデューサーさん」でもいいからなっ!!」
――――調子に乗ったことは、認めよう。
***
《学芸会》当日。
このイベントは子供たちの成長を見るだけでなく、自国の強さを内外にアピールする場でもある。観客席には生徒や先生、保護者だけでなく。一般市民から魔物の国のお偉いさんまで。千人以上の人々が集まっていた。
屋外に設けられたステージで、生徒たちが思い思いに己が「強さ」を示す。そのたびに客先から歓声と拍手が送られる。
炎のブレスが一瞬で的を燃やし尽くす。
巨大な棍棒が的を叩き潰す。
空気の刃が的を切り裂き。
一瞬で氷山となった的が、粉々に散る。
すげー光景だ。オレには逆立ちしたって無理だし。H組の生徒でも、なかなか難しいだろう。だけど――――想定通りだ。
『素晴らしいステージでした。D組の皆さんありがとうございました。さあ、すっかり暗くなって参りました。いよいよ次が、最後のクラス発表となります』
「プロデューサーさん」
ステージの様子をうかがっていたオレは、声をかけられ振り返る。そこには、H組の生徒が並んでいた。
緊張があった。不安があった。それでも少し前にあった、諦めの目をしているヤツは一人もいなかった。
「よく頑張った。何にも知らないところから、ここまで出来るようになったこと。オレは、おまらのことを誇りに思うよ」
「プロデューサー……」
ぐすぐすと涙を目に浮かべる生徒たち。
「おいおい、泣くのは早いぜ。そいつは、優勝したあとに流す「うれし涙」までとっとけよ。気負う必要はない。練習通りでいい。それだけであいつらの世界はひっくり返るさ」
『さて、《学芸会》もいよいよ最後です。最後はH組。内容は……え? ら、らいぶ?』
司会の戸惑いの声。オレはにやりと笑い。
「さーて、「強さ」しか知らない情弱どもの常識を、ぶっ壊してこいっ!!」
「「「「はい!」」」」
生徒たちが一斉に散らばり、配置につく。オレも魔道マイクを片手に、各方面に指示を出す。
けど、冷や汗が流れる。手が小刻みに震える。
うまくいかなかったら。観客の心を動かせなかったら。不安が体中に広がっていく。
正直、一番自信がないのはオレだった。始めからなかった。
今からやろうとしているのは、この世界でおそらくは初の試みだ。うまくいく確証なんかあるわけがない。
でも、オレが不安になれば、生徒たちも不安になる。それじゃあ、うまくいくものもうまくいかない……って、ネットに書いてあったし。
だから虚勢を張った。生徒だけじゃなく、オレ自身に対して。まあ、相手が子供じゃなきゃ簡単に見抜かれるようなレベルだっただろうけど。
ビビるオレの手を――――暖かい何かが包んでくれた。
「……大丈夫ですよ、きっと」
「メデュ子さん……」
「わたし、見てましたから。オトダさんが、あの子たちのために頑張っているのを。だからきっと、大丈夫です」
彼女の手がぎゅっとオレの手を握りこんでくれる。手だけじゃなく、胸の内がぽっと暖かくなる。
――――そして、H組の挑戦が始まる。
会場中の照明が落ちる。魔導スピーカーから音が消える。突然暗闇に包まれた会場に、ざわりざわりと観客の戸惑いが漏れ聞こえる。
ふわりと。小さな光の玉が観客席から浮かび上がる。
一つではない。あちらこちらから、いくつもの光の玉が浮かんでくる。赤、青、黄、緑。様々な色のそれは、理解が追いつかない観客の頭上を飛び周り。幾千もの光の筋を描く。誰かが思わず「きれい」と言葉を漏らした。
少しずつ大きくなるざわめきを――――ドンっ、という生徒たちの足踏みが切り裂く。
またもや予想外の展開にシンっと静まる会場。そこにもう一度――――ドンっ。
魔導スピーカーから様々な音が響き出す。聞いたこともない音。この世界にはない音。けれど美しい音。
ピアノの。ギターの。ベースの。ドラムの。トランペットの。チューバの。トロンボーンの。バイオリンの。チェロの。
様々な音が。複雑に絡まり。一つになり。曲を紡ぐ。
そこに、生徒たちの足踏みが合わさる。
光の玉が、一斉にステージに向かって行く。
会場中のライトが一斉に点灯し、視界と音が弾け。
少女セイの歌声が、観客の心臓を貫いた。
魔力なんてこもっていない。ただただ、うまいだけの歌。けれど美しすぎるその声が、曲と合わさり、極上の魅力をばらまく。
そこに、サキュパス。エルフ。ヴァンパイア。三人のバックコーラス。
ゴブリン五兄弟の息の合ったダンス。
アラウネは次々に花びらを生み出し。
ケンタウロスとワーウルフが会場中にばらまく。
ドラゴニュートの火の玉が大輪の花火を咲かせ。
巨大な狐となった妖狐が、背に歌姫を乗せ悠然と会場の空を泳ぐ。
リザードマンが作った衣装を着たステージ上の九人を。
少年オーの光魔法がつつみこみ。みんなを。誰よりも歌姫セイを。華々しく。美しく引き立てる。
オレがほんの少しだけ、人に誇れるモノ。中学の頃からやっている曲作り。
歌の才能はなかった。楽器の才能もなかった。それでも音楽が好きで。趣味でずっと続けていた。
ほとんどニートになってから。今まで以上にある時間を費やし。それでもネット上ではほんの少しだけ名が知られる程度ではあるが。
それでも。オレが一番、誇れるモノ。
選曲。パート分け。役割分担に練習方法。この一ヶ月、これまで経験のない作業に、悩み。苦しみ。試行錯誤し。時には涙しながらも、ここまできたのだ。だから――――
「頑張れ、みんなッ!!」
クラス全員で取り組み。たった一つのパフォーマンスのために、全力を注ぐ。
あらゆる方法で、目を。耳を。肌を。脳を。心臓を揺さぶり。楽しませる。夢を魅せる。そんな演出。
それは決して、一人だけでは到達できない。たかがちょっと才能がある程度の演舞など、かなうはずもない。
観客は目を見開いて。口をあんぐりと開け。実に間抜けな顔をさらした。
そして次第に。瞳には煌めきが宿り。顔には笑顔があふれ。
わずか五分後。
ライブを終え、全力でパフォーマンスをしたH組は。
盛大な拍手と歓声に包まれていた。
達成感。感動。喜び。感謝。あらゆる感情できっと心を震わせるH組は。ステージ上で涙を流しながら抱き合っていた。
その姿をオレはにじむ視界で見続けた。
メデュ子さんといっしょに。涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら。ずっとずっと、見ていた。
***
オレが召喚されてから、もうすぐ一年。
H組が《学芸会》で優勝してからも、オレは元の世界に戻るまでの期間限定で、プロデューサー業を続けていた。その結果――
「みんなーッ! 盛り上がってるか――――ッ!!!!」
いやぇえええええええええええええええええいいいいいいッ!!!!!!!
レパートリーを増やし。歌にダンス、演出すべてに磨きをかけ。トップアーティストとなったH組が、国一番のアリーナでライブを繰り広げていた。
多数の魔導カメラに報道陣。
老若男女問わず。一般人からお偉いさん、果ては王族まで。熱狂的な歓声を上げ。火を吐いたり。魔法を空に打ち上げたり。中には魔導サイリウムを振りまわし、オタゲーを披露する剛の者まで。観客の数は十万超えていた。
「強さ」への執着など、すっかり忘れ去った人々の様子見て思う。
「きっと、やり過ぎちゃったんだよな……」
地球ではありきたりな演出。でも異世界では、見たこともない新しいモノ。何をやってもバカウケするので……まあ、ようするに――――調子に乗って文化変えちゃいましたスミマセン。
気がつけば部屋の壁一面には勲章が飾られ。
お偉いさんから山のように「いつまでもいてくれていい」的なことが書かれた強要書が届き。
監視の熱烈な視線は増えるばかり。
新しい文化を持ち込み。それを爆発的に広げ。国中の人々をすっかり虜にした人物がオレである。逃がす訳ない。オレが逆の立場でもそうする。
それに加えて――
「プロデューサー! わたしたちのライブ、どうっだった!?」
一年前じゃ思いもしなかったほどに。
煌めき。活力。希望。何よりも「楽しい」という感情を宿した満面の笑顔で。オレを慕ってくれる。必要としてくれる。求めてくれる。
そんなH組の生徒たちとこれからもいっしょにいたいと。想うなって方が無理な話だろう。
――それに。
「ダイスケさん。今回もとっても素敵なライブでしたね!」
呼びかけられて振り返る。
教員の仕事もあるのに、いつだって。どんなときだって。ずっといっしょにH組を支えてくれた女性。オレを……助けてくれた女性。
超絶美人で。スタイル抜群で。すっごい仕事が出来そうな見た目で。
腰が低くて。おっちょこちょいで。土下座が得意で。まあ……髪の毛が大量の蛇ではあるが。
生徒を誰よりも大事に想っていて。そんなとても優しい人に、とっくの昔に惹かれてしまっている。
「メデュ子さん」
もうすぐ約束の一年。果たしてオレは、彼女と分かれて日本に帰るなんてこと。できるのだろうか。
「……絶対に、逃がしませんからね」
――――え?
おしまい