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豊国の老騎士は王様と対立しているようです

作者: ぽろぽろ

つたない文章ですが楽しんでいただければ幸いです。

 ~プロローグ~

 

 貧しい国があった。

 

 治安も悪く、冬は厳しい寒さに襲われ、夏は猛烈な暑さに川は干上がり、田畑は荒れ果てた荒野のような有り様で飢餓者が絶えないその国は、最果ての国”アルベン”

 こんな状況を憐れんだ王、パルス三世は国全体に呼びかけた。

 【この状況を打破できる功績を上げた者の願いを聞く】と振れを出した――のだが、そんな空手形を信じる者はおらずそんな公布から半年が過ぎた。ある日一人の少年が一振りの剣を手に持ちパルス三世の前に現れる。

 歳の頃は十四。少年は王家に仕える市井上がりの兵士だ。名をウェダ。

 彼はこう口にした。

 「王都より東にある泉の精霊から借り受けた剣です。これを大地に刺せば死んだ土地も甦ると精霊に言われました」とそうパルス三世に話した。

 パルス三世は思案する。

 確かに王都より東、国境の山間に泉が存在する――が、精霊が宿っているなど初耳であった。

 パルス三世はウェダの手にしている剣に目をやる。鞘には納まっておらず、簡単な彫刻の施された両刃の剣がギラリと光を放っていた。

 パルス三世は一目見てみすぼらしい剣。それがパルス三世の感想だった。仮に精霊から借り受けたのなら、精霊文字ないし妖精文字が刻んであるはず、それが見当たらない。

 精霊や妖精は力を言葉や文字に宿して物に力を吹き込むとされている。

 所詮、市井上がりの兵士。パルス三世は試すことに決めた。もしこいつが言っていることがでたらめであり、王である自分を担ごうとしているのであれば、首を刎ねて城の前に晒してしまおうとそう思った。

 パルス三世は玉座から立ち上がり、家臣等とウェダを引き連れて中庭に下りた。

 中庭の隅を指さしながらパルス三世はウェダに声をかける。

 「では、その剣をそこに突き刺して見せよ」

 ウェダは、はいと返事をするとパルス三世の指さしている方向へ掛けていき、持っていた剣を地面へと突き刺した。まばゆい光がウェダをそしてその場に居るすべての人間を包み込んでいく。

 パルス三世は我が目を疑った。何が起こったのか分からなかったからだ。


 そこには緑があった。

 木々は芽吹き、地面は草が生い茂り、花が咲き乱れていた。

 呆けているパルス三世にウェダは告げる。

 「精霊は五十年間。この剣を貸し与えてくださるそうです。それまでに今以上の成果を上げ国を豊かにしなさいと仰っておられました」

 パルス三世はおぼつかない足取りでウェダに歩みより、彼の手を握り涙ながらに言う。

 「わかった! 私はここに誓おう、これまで以上の素晴らしき国を作る。ウェダ、お前の望みは何だ? 私にはお前に報いなけれなならない」

 ウェダはやや悩み、そして望みを口にした。

 「では……僕を将軍にしてください」




 1


 それから歳月は流れ、ウェダは六十四歳になっていた。

 近衛騎士団第一師団団長、ウェダ・ボルトール。

 それが今の彼だ。

 国が豊かになって行くにつれてこの国は他国から狙われるようになってしまった。彼がこの歳になるまでに経験した大きな戦争は七回。国境の小競り合いを入れると八十回。

 三度目の大戦でパルス三世は戦死し、次に王位を継いだのがガウゼン・アルベン・ハルンベラン。

 アルベン国の第四王子でウェダの親友でもあった。

 なぜ市井出のウェダと王子であるガウゼンとの共通点があるのか、それはガウゼンが幼い頃からたびたび城を抜け出しては市井の子供に交じって遊んでいたから。

 そこで二人は出会い意気投合し、つるむようになりいつしか親友と呼べるまでの信頼関係を築いていた。

 


 二人の老人が城の中庭に面した部屋、そのベランダに置かれた椅子にガウゼンが座りウェダはベランダの手すりに背を預け、中庭にある剣に視線をやった。

 あの剣は錆び朽ちる事無く当時のままそこに在る。ただ、悲しいことに何度か剣を盗み出そうとする愚か者が少なからずいたが、触れた途端、全身から血が噴出しその尽くが怪死するという事件が後を立たなかった。

 「ガウゼン。あと一カ月で【アスティア】との約束の期日だな」

 ウェダはしみじみとこの五十年の事を思い出して、そんな言葉が口を突いて出ていた。

 ガウゼンはワインを煽るとウェダの問いかけに答えた。

 「なんじゃ。あんな約束まだ守る気でおったのか?」

 不敵にそして不快に笑うガウゼン。その返答に固まるウェダ。

 暫しの沈黙がベランダを支配した。沈黙を破ったのはガウゼンだった。

 「あれだけ力を持った剣だぞ? どれほど役に立つ? あれは使いようによってはこの大陸――いや、世界を総べて平らげることさえ可能な程の力……。父上殿がそれを了解していたとしてなぜ余がその約束をまもらねばならん?」

 確かにアルベンの国土は五十年前とは比べ物にならないほどに広がっている。

 戦争を仕掛けてきた国をことごとく攻め落とし大小合わせて八つの国を併合、五つの国に割譲させその国力は西の帝国と呼ばれるほどに高まっており、東の帝国・ホグラムと比べても特色ないほどになっていた。

 ガウゼンが大陸を平定したのち世界を征服。そんな野望を思い描くことも無理はないのかもしれないが、ウェダは違った。

 「何を言っている。お前の野望は結構だが、お前の野望は民を顧みてはいない。戦争で一番に犠牲になるのは力を持たない民だ! この国はもう嫌と言うほどに苦しんだ。これからは内政に力を入れ、民の生活向上を目指さなければ成らないのに、何が戦争だ! 国はお前の玩具ではない! 民あっての国だ!!」

 ガウゼンは、はぁ……始まった。そう小声で漏らした。

 ウェダは戦争を嫌っている。憎んですらいる。戦争で妻を家族を失っているのも知っている。だが、それとこれ(余の野望)とは話が違うだよ……。そう腹の内で愚痴った。

 「まったく、お前は口を開けば民、民、民と。耳にタコが出来て落ちてしまいそうだ」

 「それはお前が自分勝手な事を言い出すからだ」

 「余が自分勝手だと?」

 「自覚がないならもう一度言おうか?」

 「ふん。お前の指図は受けんお前はいつからオレに意見できるほど偉くなったのだ?」

 ガウゼンが自分を“余”ではなく“オレ”と言う時は大概が腹に据えかねている時。

 だがウェダは気にしない。彼は気にもかけない。

 「俺は間違った事は言ってはいないし、指図もしていない。それに俺は偉くはないが、お前の親友として、苦言を呈して言っているつもりですよ陛下?」

 恭しく頭を垂れるウェダ。

 ガウゼンは不快に眉をひそめた。コイツのそんな姿は見たくわない。それに、二人の間に身分は関係ない、必要ない。そう決めた。そう何年、何十年と変わらない。これからも……

 「よせ。気味が悪い」

 「そうか、分かったよ。ではガウゼン。やはりこの国に戦争は要らないし、精霊の剣も返すべきだ」

 「おいおい、ウェダ何を言っている! お前正気か? あの頃に(五十年前)逆戻りする気か!?」

 「いや。そうはならないさ。この国は五十年でこれだけ大きく、そして強くなった。飢餓で死ぬものもあの頃よりもかなり減った。子供達が夢を持って生きられる程の国になった。それにあの剣は今やこの国を滅ぼす猛毒になりかねない」

 「猛毒だと? あのすばらしき力を持った剣がか?」

 「そうだ。これをあの頃を知らない子や孫に残してしまえば、その力に魅せられ憑りつかれる。これは俺達がやらないといけない事だ」

 ガウゼンはウェダの目には強い意志が宿っているのを感じ取った。

 真っ直ぐで一本気な性格で、揺るがない強い意志を持った人間。そして何より約束を重んじる男。子供の約束でさえ守る男だ。例え俺が何と言おうとあの剣をウェダは泉に返すだろう。

 だがそれはダメだ。それは叶えてやれない。例えウェダが危惧している事に成ろうとも、あの剣は手放せない。

 「そうか。わかったウェダ。今日はもう帰れ」

 「おいおい。なんだよガウゼン」

 「剣は返す方向で話を進める。返す役はお前に頼む。それでいいだろうウェダ?」

 「ようやくわかってくれたか! 俺は友としてこんなに嬉しい事はないぞ!!」

 ウェダは座っているガウゼンの両肩をバシバシと叩きながら嬉しそうな声を上げる。

 ガウゼンはウェダの能天気さそして人を疑う事を未だにしない彼に半ば呆れかえった。

 約束は守られるもの。それがウェダの中の定義。だが、約束は破るためにある。と言うのが世の常だ。もちろんガウゼンは後者だが。

 「じゃあ指切りしようぜガウゼン」

 「おいおい。いい大人でジジイのオレ達が指切りかよ!」

 「良いからほれ」

 無理やりガウゼンの小指をウェダは絡め歌い始めた。

 ♪~指切りげんまん、うそついたらサーバ折り、首チョンパ!~♪

 「物騒すぎるだろ!」

 ガウゼンはウェダの絡まっている指を振りほどく。

 「こうでもしないと大抵の奴が『約束? そんなもん破るためにあるんだろうが!!』っとかいいやがるからこれでまもらせてるんだ」

 「ああそうかよ。じゃあもう帰れ」

 「じゃあそうするよ。また明日な」

 ウェダは意気揚々と部屋を退室した。

 ガウゼンはウェダが出て行ったのを確認すると深くため息をついた。

 「誓約の悪魔め」

 誓約の悪魔。契約の魔神。約束の番人。これらはウェダがいつしかそう呼ばれ始めた彼を現す言葉たち。

 降伏を持ちかけそれに応じた敵国の兵との約束。だったが敵国の大将は約束を破りウェダの連れていた部下を斬り捨てウェダに斬りかかった。ウェダは約束はどうした? そう囁くように口にしたと言う。

 『約束? そんな物破るためにあるのだろうが!!』

 ウェダはそうか。ともらし、敵大将を斬り捨て、砦の降伏の約束を反故にしたと言う理由で砦にいた敵兵五百人を切り捨てた。

 それも一人でだ。その光景はあまりに過激すぎた。

 敵からも味方からも恐れられ今でもこの話は語り草だ。

 「さてどうするか……」

 ウェダを殺す? 

 あり得ない。そもそも実行するだけの実力者が居ない。

それにあの光景を見ていた者達が今や隊長や副団長と言った幹部だ。

 あの惨劇をまた見たいのかと言われるのがおちである。

 ウェダがダメなら剣をどうにかするしかないな。

 複製でもするか。

 あのどこにでもある剣なら似た物を渡してそれを返還させる。もちろん精霊は怒るだろう。約束を反故にしたウェダに。

 ウェダは死に剣は残る。

 「おい。直ぐに鍛冶師を呼べ。この国有数の鍛冶師だ」



2



 夜の帳が王都におり始めた頃、ウェダは所有している屋敷の自室で短い手紙といくつかの書類仕事を終えて時間を見た。

 そろそろ、夕食の時間である事に気付いたウェダは、机の上を片付け始める。

 三回のノックにウェダは「どうぞ」と声をかける。直ぐに扉が開き老執事が頭を下げる。

 「旦那様、夕食の準備がととのいましてございます」 

 低音の低い声が部屋にいるウェダに声をかける。

 「わかった。ガゼル、もう全員そろっているか?」

 「はい」

 「では行こうか」

 ウェダは立ち上がり食堂へとガゼルを引き連れて向かった。

 

 食堂にはすでに彼の五人の男女がが席に着きウェダが来るのを待っていた。

 食堂の中央に置かれた長テーブルには扉側を下座に年少者、上座に年長者が座わっている。

 ウェダはその上座、全員を見渡す位置に座る。いつもの様に左側の席に男が二人、右側に女性が三人ウェダを見ていた。彼らはウェダの養子達こどもである。

 「では食事にしよう」

 メイドや執事が給仕を始める。全員の前に料理が置かれていく。

 その光景を見ながらウェダは思った。五十年前ならあり得なかった事だ。

 まさか自分が多くの使用人を抱え責任ある立場になるなんて思ってもいなかった。

 ウェダ・ボルトールには将軍職の他に貴族としての階級も国から貰っている。

 騎士爵から始まった彼は今、西側にある国との国境を守る辺境伯爵にまでなり上がっていた。

 将軍職との兼用は難しいため、領地の経営は信頼できる家令にまかせ近衛将軍としての任を難なくこなしている。

 「どうかなされましたか父上?」

 右側の上座に座る初老の金髪の髪を撫でつけた男が食事の手を止めてウェダを気遣う。

 名はアムス・ボルトール

 性格は真面目で実直。ウェダに憧れ騎士に成ろうとしたが、足を負傷し文官となった。今ではこの国の財務大臣となっている。

 「ああ、少し考え事をな」

 「オヤジが考え事とは……明日はきっと雨だな」

 アルスの隣に座る赤い髪を短く刈り上げた男が真顔でそんな事を呟く。

 彼の名はガムド・ボルトール 

 物怖じしない性格で本能で生きている様な男。思った事をはっきり言うため上司に嫌われ、出世が遅れたが兄貴肌の為、部下には厚い信頼がある。先の大戦で昇進し、アルベン国第五師団団長となった。

 「ガムド! 貴方、お父様になんて口を叩くの!」

 ガムドの物言いにウェダの左側に座る栗毛でセミロングの女性が声を上げた。

 彼女はマチルダ・ボルトール

 正義感と責任感が強く、ウェダに強い憧れを持つ女性。ウェダをかげながら支えるために文官になり、目論み通りウェダの秘書官になる。

 「もう、ガムド兄さん。お父さんにそんなこと言っちゃいけません」

 ガムドの向かって左側に座る亜麻色の髪を肩辺りで切りそろえた。まだあどけなさの残る少女。

 ライラ・ボルトール

 幼い頃から利に聡く、時に残酷な判断であろうと断行する。決断力にウェダが目をつけ、とある商会に奉公に行かせた。三か月後、その商会はこの国から無くなった。ウェダが行わせたのは賄賂や横流し加え脱税の調査だった。その後さらにあくどい商売をしていた商会をもう何十店舗か潰し、三年目に彼女は商会を開く。そして現在、この国有数の大商会【ライラのお店】の会頭となっている。

 「うるせぇ。腹黒ライラ」

 「聞き捨て成りません! わたくしライラはガムド兄さんに先程の言葉の撤回を求めます!!」

 「いやだね」

 「もうもうもうもう! クレアお姉様、ガムド兄さんがわたくしを虐めます!」

 「それより父上。今日はどういった用向なのでしょう?」

 「それよりって! そんなことよりって!? あんまりです!!」

 女性陣の真ん中に座る赤い髪を頭の後ろで纏めた女性が口を拭きながら、ウェダを見つめる。

 「よもや家族で食事がしたかったから。と言う理由ではありますまい?」

 少し口調がキツイ彼女は、クレア・ボルトール

 幼い頃は、おとなしい性格であまり我儘を言わなかったクレアだが、剣と魔術の腕はそれなりにあった。なのでアムスとガムド、ライラと共に訓練しこの国の兵士になった。ウェダと共に小競り合いの戦争に何度も駆り出され始めた頃から彼女の性格がガラリと変わり始め……今のキツイ性格になった。

 三つの大戦にも参戦しており、その異常な功績により彼女はこの国始まって以来の女将軍となる。

 「そうだな。それだと気が楽だったんだけど……今日集まって貰ったのは俺がそろそろ家督をアムスに譲ろうと思ったからだ」

 緊張感の欠片もなく放たれた言葉に、アムスはウェダの顔を見て固まり、隣に座るガムドは我関せずを決め込み食事を継続して、マチルダは今にも泣きそう、クレアは目を瞑り腕を組みコクコク頷き、ライラはガムドを見習ってか食事を続けていた。

 暫しの沈黙が食堂を支配する。

 「ちょ、ちょっと待ってください。父上! 私にボルトール家を継げと言うのですか?!」

 沈黙を破ったのはアムスだった。ようやく化石化が溶けたようだ。

 「ん? なにか問題でも?」

 「問題大ありです父上」

 「なんだ。あれか、実子じゃないから継げませんとか言うのか?」

 「ーーーーっ」

 反論に使おうとしていた言葉を先にウェダに言われてしまい、言葉を飲み込んだアムス。

 「アムス兄上。父上の考えを先に聞きませんか? それから決めても遅くは無いでしょう。それに、アムス兄上が継がないのであれば私がボルトール家を継いでも良いですよ」

 更なる爆弾をクレアが叩き込む。それに意をとなえたのはガムドであった。

 「どうしてお前になるんだよ。普通オレだろ!」

 眩しい笑顔に白い歯を輝かせ、親指を立ててドヤ顔のガムド。

 「「お前にボルトール家を任せられるか! 引っ込んでろ!!」」

 アムスとクレアに一括され小さくなるガムド。

 バンと机を叩く音と共にマチルダが声を上げる。その顔には不安の色が出ていた。

 「失礼を承知で申し上げます! お父様。なぜ家督を譲る決断をなさったのです?」

 「ははは、クレアそんなに怒ってやるな。マチルダ今からそれを話そうと思っていた所だ。皆聞いてくれ。別に俺が一代で立ち上げた家名だその後潰そうが落ちぶれようがかまわないさ。ただ、俺が死んだ後跡目争いに成ったりしたら領民に迷惑がかかるだろ? だから早めに跡目を決めておこうと思ったわけだ」

 「……オヤジが死ぬとか、冗談やめてくれよ。殺しても死なないだろアンタ」

 「ほお、お前と意見があるとは珍しい事もあるものだなガムド」

 「それには同意だな。父上が死ぬなどありえん」

 「話の腰を折らないでガムド。まあでも殺しても死なないには同意するけど」

 「お父さんは無敵なのです! きっと心臓が十個くらいあります」

 「おいおい。なんだその評価は、俺だって人間だぞお前達と同じ心臓一個、頭一個の人間だ。毒を盛られりゃ死ぬし、心臓を抉られりゃ死ぬし、頭を吹き飛ばされりゃ死ぬ。脆く儚い人間だ。なぜ俺が跡目の事を気にしているかだが、俺が今月末に死ぬからだ。正確には殺されるだろう。だから今決めておこうと思ったのさ」

 ウェダの腹を決めた一言が只ならない事だと、肌で感じた五人の顔が強張る。再び黙ってしまった五人をウェダは眺めた。彼らの眼に不安の色が見て取れた。

 「……父上、一体誰がそんな事をしでかそうとしているですか?」

 厳しい顔つきになったアムスが意を決したように口を開く。

 「ガウゼンだ」

 「なぜ、ガウゼン王が大恩ある父上を殺すのです!?」

 ガウゼンとは長い付き合いのウェダ。命を助けた事もあり、負け戦では殿を務めあげ、更に劣勢の状態を覆し勝利した事もある。今の王国が領土を広げ西の大国とまでに呼ばれるまでになった背景には必ずウェダの存在があった。

 周辺諸国ではこの国の王はガウゼン・アルベン・ハルンベランではなくウェダ・ボルトールであると言う者もいる。

 「あー、アニキ。オレは思い当たる節が一つある」

 「私もよ」

 「今日もガウゼン王と口論になっていましたものね」

 「精霊の剣ですか」

 「そうだ。ガウゼンは精霊の剣を泉に返す事を渋っているんだ。説得はしてみたがあれは良からぬ事を考えている時の顔だった。アイツは自分が切れ者だと思っている節がある。まあ、毎回のこだが……アイツは要らぬ手を打って窮地に陥る愚か者だ。その一歩として俺を殺すのさ。正直に生きていればアイツも征服王として名は残っただろうに」

 「何と愚かな……」

 「ガウゼンのおっさん詰んだな。今までオヤジをのけ者にしようとしてすっ転んだ事が何度あったか」

 「少なくとも私は、五回以上はあると記憶しているな」

 「その度にお父様が機転を利かして立ち回っていなければこの国も今の生活は無かったでしょうね」

 「お兄様方もお姉様方もおじちゃんの悪口話ダメだよ。お父さんの国を一時預かってくれてるんだから。ねえ、お父さん。いつおじちゃん追い落とすの?」

 その言葉に全員が固まる。そして全員が思った。やっぱりライラは腹黒だ。

 この空気を変えたくてウェダは咳払いをして、言葉を続ける。


 「まあ、俺も死ぬ気はない。まだ孫も抱いてないしな。お前達も知っているだろう? この国は八つの国を併合、五つの国に割譲させている……そして最もこの国に恨みを持っている国を……そう、かの国は俺が死んだと成れば、直ぐに本性を現し削いだ牙で、接している我が家の土地に食らいつくだろう――いや、確実に食らいついてくる。更に他の国もそれに習い、国境に面している領はことごとく攻め落とされ王都へと進軍してくる。そうなれば今の国軍では、対処しきれぬ。故に出鼻を挫く! ガムドお前は三日以内に領に戻り軍備の手配、その二日後にクレアとライラ、ガムドはクレアが到着し次第、指揮権を渡しその補佐に着け、ライラは商人の伝手を使い食料の用意と武器の調達を開始しろ。最後にアムスとマチルダが領に戻り戦に備えよ……約定を反故にし、我の逆鱗に触れた愚か者に情け容赦は無用! 攻め入ることごとくを殲滅、蹂躙し我が家名、ボルトールの名を国中に轟かせよ!!」

 「「「「「はっ!!」」」」」



3


 ウェダが家督を譲り、大部分の引き継ぎを終わらせた彼は精霊との約束を果たすために近衛騎士団第一師団を率いて東の泉に向かうべく王都を発った。王都から泉までは大体八日の道のりである。

 

 精霊の森へと続く道を赤い鎧を纏う騎士の1団がさっそうと進む。

 空高く掲げられ風によりは揺らめく軍旗。

 赤地に黒装束の死神が剣と天秤を持ち微笑を浮かべる禍々しき紋章こそ、ウェダ・ボルト-ルの軍旗である。

 この旗には二つの意味がある、それは降伏か殲滅か。単純だが絶大な効果をもたらす旗であった。俗に殲滅旗と呼ばれ諸外国並びに王国内でも恐れられている旗である。

 「ウェダ将軍」

 「どうした? アクラ」

 アクラ・ベイルネ 歳の頃は五十。 ウェダが率いる騎士団の副団長、騎士団の中でも古参の騎士である。ウェダの子供達とも幾度となく戦場で肩を並べ、時には背中を預け、時にはその身を体してまで彼らを守ってきた。ウェダの右腕的な存在であり歴戦の戦友である。

 「いえ大したことではないのですが……」

 「言いたいことは大体わかる。王があっさり送り出した事だろ?」

 「はい。あんなにも精霊の剣を返すことを拒んでおられた。それが約束の日になってみたら……」

 

 『精霊の剣はウェダ将軍の申し出通り、精霊に返すとしよう。我も血を見たいわけではない』


 「まあ、十中八九何かしら企んでいるのだろうよ」

 「ええ、気を引き締めて掛からせていただきます」

 だが、二人の予想はいい方に外れる。ウェダの率いる一団は何事もないまま七日目の夜を迎えた。


 ウェダは一人空を見上げた。行く億万の星が闇夜を彩り、大きく丸い月が二つ仲良く夜空を照らす。

 明日には精霊の森に入り、精霊の泉に剣を返せばウェダの役目は終わる。

 「思えば、長い道のであった。多くの人を殺し、私自身も多くを失いすぎた。もう、潮時であろう。老兵は死なずただ去るのみ――か、お前の言っていた軍人の言葉を思い出したよ。ツカモト」

 星がキラリと流れ落ちる。関を切ったかのように数えきれない程大量の星が落ちていく。

 「これが、お前が言っていた流星群とかいう現象か。うむ、なんとも美しいではないか。お前にも……見せてやりたかったな」

 ウェダは旧友であり異世界からやってきたと嘯いていた男を思い出していた。髪は黒く土色の瞳をしており平たい顔に太っており少しおかしな口調。軟弱物ですぐ落ち込むのがたまに傷だがそれでもアイツはこの軍の最高の軍師であった。

 「お前と目指していた平和な世とはいまだ程遠い。だがな、確かに前進しているよ。だから――」

 

 グザリ!! 

 

 ウェダは焼ける痛みの原因を目視で確認すると、胸から血に染まった剣が生えていた。彼の生きている証が絶え間なく流れ出している。

 背後から刺されたのだとウェダは理解した。ゆっくりと彼は振り返えった。そこには体格の良い体を小刻みに震わせ青い顔をして泣いているアクラがいた。

 ウェダは吐血しながらアクラに尋ねる。

 「家族を人質に取られたか?」

 「……はい」

 「クハハハ、ならばしかない。俺はお前の家族のために……ここで果てよう……」

 ウェダは二カッと笑い。大地に沈む。

 「……アクラ。俺の頼みを聞いてくれるか?」

 「――は、ウェダ将軍」

 「うん……では……俺の遺体は泉に沈めてくれ……精霊との約束を守れなかった者としての――けじめをつけたい」

 「ウェダ将軍!」

 「俺の命、無駄にはするなよ」

 「――――」

 アクラは剣を抜き放ち、倒れているウェダの首を目がけて、その剣を振り下ろした。

 


 4


 アクラは遺言に伴い彼の遺体を泉に沈め、その首と精霊の剣を手に来た道を近衛騎士団第一師団を引き返していった。

 泉に沈められたウェダの遺体はそう時間をかけることなく、この泉の水底に到達する。

 太陽の光さえ当たらないそれほどに、水深のある泉の底にまばゆい光が覆いつくし、暫くしてその光が収まると今まで水底に在ったウェダの遺体はもうその泉の底には存在しなかった。




 白。

 視界に入るすべてがその色しか見えなかった。

 だが恐怖も不安はない。

 ここは、そうだ。昔に来たことがある――


 『ウェダ・ボルトール。もし、神という存在がいたとして、お前が死んだとしよう。神はお前に、お前はもう一度同じ人生を歩めと言われたならばどうする?』

 『そうだな。喜んでお受けするだろうな』

 『ほう、それはなぜだ?』

 『一回目はダメだった。でも二回目、三回目はどうだ? やればやるだけ打開策と打破できる選択肢が増えるであろう? ならば俺は自分が納得がいくまでやり直す』

 『ならばやってみせよ』 




 『殿……今、戦場はどうなっているのでしょうか』

 『お前はそんな事を気にするな! おい! 衛生兵! 誰かいないのか!!』

 『某はもうだめでございます』

 『良助、何弱気になっているのだ。お前を元居た世界に返すって約束しただろ!!』

 『そういえば約束しました……ね。ですが、某も歳を重ねこの世界に骨を埋めてもいいと思えるだけこの世界に情が沸いてしまったのですよ』

 『それでもだ! それでも、俺は!』

 『右も左もわからない世間知らずな高校生だった某を殿は助けてくれた。赤の他人の某を温かく迎えてくれた。某は返しきれない恩義が殿にあるのに、殿は某を重用してくれた。某は、殿の軍師として生きた。それが何よりの誉れでございます』


 

 『この者、ウェダ・ボルトールは大恩厚き国王陛下に弓を引き、国王陛下を亡き者にしようと企てた悪逆の徒である! よって大罪人! ウェダ・ボルトールを市中引き回しの上、中央広場にて磔刑の後に火炙りの刑に処す!』

 『――――』

 『処刑は本日、正午より執り行う!』

 『ウェダよ。我が友よ。なぜおまえは私を裏切りさらには我を殺そうとまでしたのだ! 答えよ!』

 『――――』

 『言葉もないか。そうか。おい! 連れていけ。それと、刑の執行はこの後すぐに執り行う! この反逆者の最後を刮目してみよ!』



 『くそ! なんでだ! なんで、俺はまた間違った!?』


 『次こそは放さない』


 『約束は守る。必ず俺はお前を見放したりしない』


 『俺は、諦めない。何度殺されようと何度間違おうと俺は――――』

 





 「お帰り。今回は長かったね」

 目を開けると青い髪をツインテールに結い、白のワンピースに素足の少女は宙に浮き俺を上から見下ろしていた。

 いや、そもそもここには上も下もない。左右でさえない。

 そんな何もない白一色の世界だ。

 「ああ、またダメだった。また救えなかった。約束を守れなかった」

 「そうなんだね。ねえ、ウェダ。今回で何回目のやり直しになるかわかっている?」

 「二十回くらいになるだろうな」

 「今回で一〇〇〇回目だよ」

 「そうなのか? まあいいや、それじゃ、俺をもう一度やり直しさせてくれ」

 「はぁ。ウェダは気づいていないだろうから言うけど、もうアナタの魂はやり直しに耐え切れなくなってきているの。これ以上、やり直しを選択し続けたら――」

 「俺の魂が消滅してしまうか?」

 「そうだよ。わかっているのなら、素直に輪廻の流れに従って」

 「それでも、それでもだよ」

 「はぁ、わかったわよ。もうどうなっても知らないから」

 「ありがとうアリス」

 「ウェダが次に死んだらもうさよならなんだから、これくらいはさせてよね」

 

 ・記憶継承(一〇〇〇回分)

 ・経験値引継ぎ(一〇〇〇回分)

 ・身体能力熟練度引継ぎ(一〇〇〇回分)

 ・セーブ&ロード(セーブセットしたところからのやり直しが可能。セーブしたポイントがなくならない限りロードが可能)


 「これなら、大丈夫でしょう」

 「なんだよ! こんなことができるなら早めにしてくれればよかったじゃないか!?」

 「はいはい。でも私だってウェダがここまで一つの人生に執着するとは思っていなかったんだもの。それに、この特典は一〇〇回を超えた時点で付加するつもりだったのに、ウェダが話をさせてくれなかったから今になったの!!」

 「……なんかごめんな」

 「まあいいけどね。で、もう行くの?」

 「ああ、次こそは必ず全てを拾って見せるさ」

 「自分の納得のいく人生を送ってね」

 「当たり前だ! 今回も一生懸命に生きて生き抜いてやる」

 「うん。じゃあね。ウェダ、行ってらっしゃい」




 徐々に全てが霞んでいく。



 そこに何もなかったかのように。


 白の世界はだんだんと色あせていく。



 そして――――

 




 そこには緑があった。

 木々は芽吹き、地面は草が生い茂り、花が咲き乱れていた。

 呆けているパルス三世にウェダは告げる。

 「精霊は五十年間。この剣を貸し与えてくださるそうです。それまでに今以上の成果を上げ国を豊かにしなさいと仰っておられました」

 パルス三世はおぼつかない足取りでウェダに歩みより、彼の手を握り涙ながらに言う。

 「わかった! 私はここに誓おう、これまで以上の素晴らしき国を作る。ウェダ、お前の望みは何だ? 私にはお前に報いなけれなならない」

 ウェダはやや悩み、そして望みを口にした。

 「では……僕を王様にしてください」

 

 

 

 

少しでも面白いと思っていただけたなら幸いでございます。

続きなどは反響があれば考えたいと思っております。


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