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エルリアルドの剣 ~勇者未満英雄以下の冒険譚~   作者: たまり
第二章 ~エテルネル砦の攻防戦~
9/63

剣式(ソード・ロジック)

 ◇


 正面から三体のゴブリンが向かってくる。

『ギョハァッ!』

『ギヒイッ!』

『イギッ!』

 知性の欠片も無い叫び声に、欲望を(たぎ)らせた濁った眼。こん棒(・・・)や錆びた剣を持ち、威嚇するように振り回している。


「アルド、剣式(ソード・ロジック)を意識!」

「はい、師匠!」


 背後から冷静なジラールの指示が飛ぶ。

 後ろ10メルの位置には馬車が停まっている。馬車の荷台にはエルリアと傷ついた黒山羊のペーター君、その家族たちが乗っている。

 一夜明け、僕たちは森の番人こと『木こりギルド』の拠点へ向かう途中だった。

 馬車が足止めされたのは森の中のすこし開けた場所。東西を貫く林道へ向かうため、近道を選んだ事が仇となり魔物に遭遇した。

 御者を務めるジラールは手綱を握ったまま、戦いの推移を見守っている。


 今は前衛(・・)である僕が絶対阻止ライン。ここは死守しなきゃならない。


 ――剣式、ソード・ロジック。


 正式には『剣術理論から導かれる戦闘術式』という。


 それは騎士や戦士が学ぶ「剣術」の枠に囚われない戦闘理論。

 剣式(ソード・ロジック)という呼び方は、「勝利への方程式」の意味が込められているらしい。

 野戦や市街戦など状況に応じた剣による戦い方の極意。考え方は、味方の有無、敵の数、敵の能力、魔法の有無。それに天候や地面の状態、さらには己の力量や疲労具合など、ありとあらゆる状況を考えに入れて瞬時に戦術を編む(・・)ことだ。


 けれど僕にはまだ使いこなせない。知識も経験も足りないからだ。


 ただ、ジラールが剣術の修行の後、聞かせてくれたことがある。戦闘経験から得られた戦いの極意。最適な剣の振り方、戦いの進め方。敵の行動を予見し、リズムを見極めることなどなどだ。

 一番大切な事は、常に冷静であること。勝利に対する謙虚で前向きな姿勢、負けないという強い意志を持つこと。そうした心構えが大切だと。

 初めは単なる昔話か思い出話かと思っていた。けれど違っていた。来たるべき実戦(・・)を見据えた秘伝――剣式(ソード・ロジック)の伝授だったんだ。


「敵をすべて斬り倒そうと思うな」

「わかりました!」


 呼吸を整え、ジラールから託された短剣(ショートソード)を両手で構える。


 状況を整理する。

 許された時間はせいぜい瞬き一回分。


 時刻は朝の9時、東から昇った太陽を背負っている事は、此方に有利。

 敵は三体、いまのところ狙いは僕。

 足下は(くるぶし)を覆い隠す高さの草が生い茂り、朝露で湿っている。気を抜くと滑ってしまう。

 朝露を蹴散らしながら迫るゴブリンとの距離はおよそ10メル。左手から来る個体が僅かに速い。

 ゴブリンは昨夜とは色が違う。灰色が一体、緑色が二体。おそらく銀貨(・・)銅貨(・・)の魔物だ。

 ここまで来る途中、何度か遭遇した魔物との戦いを経て、倒すコツはつかめた。


 銅貨の魔物――スライムや大ナメクジなら中心核(コア)、体の中心部分でぼんやり光る部位を突き刺す。

 小鬼(ゴブリン)大鬼(オーガ)だとそれは無い。

 頭を狙わなきゃ倒せない。

 僕が狙うのは急所であるゴブリンの頭部。

 斧に比べて短剣(ショートソード)は握りやすくて振り回しやすい。反面、軽くて相手を叩き斬るには重さが足りない。

 ジラールは重い長剣(ロングソード)を軽々と振り回し、まさに一刀両断。真っ二つにして倒してしまった。


 刃先の重量で「叩き割る」ことが出来る斧と違って、短剣(ショートソード)では「斬る」か「突く」のが基本となる。慣れるまではこれで苦戦した。

 頭部を叩き潰すには、素早い振りによる加速で威力を倍加するしかない。


『ギッシャアア!』

 まず一体目、ゴブリンが振り下ろしたこん棒の軌道を見極め、最小限の動作で避ける。

「とっ……!」

 操作に連続性を持たせ、身体をひねる。そして両腕で加速させた短剣(ショートソード)の刃先を、側頭部に叩きつける。

 ゴリッ……! という嫌な手応えとともに、ゴブリンの左側頭部から紫色の泡が噴出する。

『ギョノレェ!』

 灰色の身体が頭からドロドロと崩れ落ちるのを横目で確認しつつ、間近に迫る二体目を迎撃する動作へ移行。


 左側に振り抜いた剣先を、流れるような動作で腕を回しながら頭上を経て右後ろへ、そして右手に剣を持ち替える。この時、絶対に相手から目を離さない。

 二匹目のこん棒は簡単に避けられた。空振りしてドスンと地面をえぐる。

「はあッ」

『……ッ!』

 タイミングを見計らい、右腕のリーチを活かし剣を振る。がら空きになっていたゴブリンの(くび)を切断すると、剣は抵抗もなく抜けた。

 声を上げる事も無く、二体目のゴブリンも泡となって消えた。


 相手は魔物、人間じゃない。

 けれど頭部が弱点という事は同じ。

 でも胸に在るはずの心臓を狙うのは危険だと、ジラールは言った。連中は硬貨から生まれた魔物。生き物の形を成していても、心臓や肺がその位置にあるとは限らない。だけど頭部は別。硬貨の実体(・・)が脳の中心にあるからだ。

 眉間の奥、こめかみの真横。そこに衝撃を与えることでダメージを与え、魔女の呪法で囚われた硬貨を開放することが出来る。


 残るは一体!

 

 ――あれ、消えた?


「アル、対空戦!」

 ジラールが叫んだ。


「上!?」

『キッショァアアア!』

 三体目は上から襲ってきた。錆びたボロボロの剣を高く振り上げている。二匹目の背後から忍び寄り、倒れた背中を踏み台(・・・)にして跳んだのか。


 落下軌道は変えられない。予測は簡単だ。突き刺すか、切り伏せるか――。

 どちらでも確実に仕留められる。


 いや、ダメだ!

 上から飛びかかってくる勢いを、まともに相手にするのは危険。防具らしい防具を着けていない今の僕は、怪我を負う可能背がある。

 剣式(ソード・ロジック)を変更、ここは「まともにやり合わない」。


「はっ……!」

 僕はサイドステップを踏んで真横に避けた。落下予想地点から距離を取りゴブリンの落下を待つ。

『ギョッ!?』

 獲物を見失ったゴブリンは、下手に勢いをつけて飛んだのが裏目に出た。着地した途端に足を滑らせ体勢を崩す。

 ――ここだ!

『ゲヒッ』

 僕は踵を返すようにして地面を蹴った。駆け抜けざまに側頭部へ一撃を入れる。

 振り向くと、ゴブリンは紫色の泡に包まれ崩れていた。


「ふぅ、剣式ソード・ロジック終了」


「よくやった、アル」

 馬車がゆっくりと動き、近くまで来たジラールが及第点だと褒めてくれた。


 怪我をしないのが基本。

 無理をしなかったのが良かったみたい。


「うん、今回はまぁまぁの出来だったと思う」

「だが三匹目から目を離したな。動きを目で追わず視界のすみで認識するだけでもいい」

「難しいなぁ……」

「だが大分よくなってきた」

「はいっ」

 倒した三体のゴブリンたちは、紫色の泡から銀貨、銅貨へと戻っていく。剣先で弾いて地面から拾い上げ、革袋に入れる。

 ジャラジャラと振ってみると、結構貯まった感じだ。

 でも、これは僕のじゃない。あとで王国に返さないといけない大切なお金だ。


「……ひやひや、心配」

「そう? 結構上手く出来たと思うけど」

「……次はエルも戦う」

「だめだよ、エルは黒山羊たちのお守りをしてて」

「……ぶぅ」

 エルリアは頬を膨らませた。さっきも僕の戦っぷりを心配そうに見ていた。イザというときに助太刀出来るようにと万能武器(・・・・)のフライパンを握りながら。

 鉄製のフライパンは殴ってよし、守ってよし。女の子には扱いやすい武器だと、ジラールのお墨付きらしい。


「さぁ進むぞ、あと半刻も進めば木こりギルドの砦だ」


 何度か魔物に遭遇しながらも馬車は西へ進み、やがて森の入り口付近までやって来た。王都の方からは灰色の煙がたち昇り、上空の空をどんよりと漂っている。


「王都は大丈夫かな」

「大勢の兵士や騎士たちがいる。一方的にやられるはずも……」


 御者席でジラールの横に座り会話を交わしていると、師匠が森の入り口の方に険しい視線を向けた。


「……アル、戦いの準備を。嫌な臭いがする」

「は、はいっ」


<つづく>


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