幕間 ~魔女の眷属『ダウス・ジュエリア』~
◆
無垢な緑色の瞳に、燃えるナルリスタの街が映る。
眼下に望む城下町は、あちこちで火の手が上がっている。魔物――硬貨モンスターが派手に暴れているからだ。
逃げ惑う人々を追う魔物は全て『金杯の魔女』メイヴが生み出した眷属だ。そして、自分も宝石級の魔物であり、駒である事を自覚している。
宝石、エメラルドから生み出された仮りそめの肉体。
美しい青年のような見た目に、端正な顔立ち。グリーンの瞳と髪。皮膚も緑がかり、全てに宝石のような光沢がある。
白い腰みのだけを巻き、手足と耳には金色の装飾品があしらわれている。
装身具、金の腕輪に埋め込まれていたエメラルドから生まれた宝石級の眷属。
右手を握り力を込める。溢れんばかりの力があることが理解できる。慣れない身体だが、見た目は人間と変わらない。
突然、世界に放り出されたことに戸惑いを覚えつつも、ただ一つの使命、命令が脳裏に焼き付いている。
――エルリエルドの剣を探し出し破壊せよ。
それは何だ? なぜ破壊するのか?
疑問は解けない。考えることもできない。
自我を持った最初から、おそらく最期まで。
創造主たるメイヴ様の命に忠実であることだけを求められている。
「エメロードっ、調子はどう?」
「……アメジスト……か?」
場にそぐわないほど、軽やかな少女の声が背後から響いた。振り返ると紫水晶色の瞳の少女が立っていた。
「そうだよ、あたし紫水晶のアメジスト。宝物庫でずっと一緒だったじゃん?」
華奢な身体に纏うのは紫色のワンピース。かなり高い城の屋根の上を歩きながら、城下を見下ろしている。
風に揺れる髪が薄紫色に輝く。
彼女は紫水晶から実体化した宝石級だ。
「埃を被っていたのでよくわからない」
「あはは、あたしとちがって出歩く事もなかったものねぇ」
城の宝物庫から溢れ出した魔物の数はおよそ3万。ほとんどが金貨、銀貨、銅貨から生み出された魔物たちだ。
なかでも貴重な宝石から13体、特別に生み出された存在が宝石級だ。
無数の魔物たちは手当たりしだいに人々を襲っている。
城の中にエルリアルドの剣は無かった。
魔女メイヴは城の中に隠されていると踏んでいたからそこ奇襲したのに。
つまり剣はすでに外に持ち出されたか、あるいはどこかに隠されている。それに、人間たちは抵抗しつづけている。たやすく蹂躙できると思っていた城でさえ完全に落ちていない。
――夜明けが近い。
城と周囲は圧倒的な数と密集戦法で一方的に蹂躙できた。だが、戦線が広がるに連れ人間たちの抵抗が激しくなった。
衛兵に兵士、王国の騎士たち。それに街に棲み着いていた魔女までも。街の人々が力を合わせ抵抗しているのだ。
混乱の中でも情報が伝達され、時間とともに抵抗が組織化されつつある。これでは王都を壊滅させるに至らない。
「……人間は強い」
「強いかなぁ? 弱いじゃん。あたしが殺してあげるよ」
意に介するふうも無くあっけらかんと言い放つアメジストに、エメロードが鋭い視線を向ける。
「我らの目的は、剣を見つけ出して破壊すること。人間を皆殺しにすることではない」
「そうだけど剣を持っている人間がいたら殺すしか無いじゃん」
だから皆殺しが手っ取り早い。
剣を持っている人間が抵抗してくるはずだから。
「ディアマンテ様のお考えに従うべきだ」
「ん? なんだっけ?」
「……抵抗する人間を見極めよ。それがエルリアルドの剣を見つける近道だとディアマンテ様がおっしゃった」
ディアマンテ、宝石の最高位。ダイヤモンドから生み出された最強の宝石級。
『ダウス・ジュエリア』と呼ばれる十三体の眷属たる「魔女のダース」のリーダー格でもある。
「エメロード、すごい。よく覚えてたねぇ? じゃぁあたしは、えぇと……城下街で抵抗している人間相手には、他の子が向かってるし。あたしは王都の外にいこうかな」
「それはいい考えだ。私も郊外の抵抗拠点にいくつもりだ」
魔物たちの動向は『ダウス・ジュエリア』内で共有されている。ディアマンテ様が統括し情報を頭の奥に伝えてくる。
――王都内、抵抗拠点56箇所。郊外拠点7箇所。
すでに人間たちは街の各所、逃げ出した郊外で数名のグループを作り抵抗していた。その中で特に抵抗が激しいところにエルリアルドの剣があると踏んでいる。
「私は西の河原へ向かう」
王都郊外へ逃げ出した人々を守る一団が各所にいる。特に水辺である西の河原付近でその動きは顕著だ。
「じゃぁあたしは、東の方」
東の森、森の入口で組織的に抵抗している連中もいるが、小規模だ。アメジストはそこ向かうつもりらしい。
「忘れるなアメジスト。我らの目的は……」
「あーはいはい、剣を見つけて殺すことね」
「違う、剣を破壊することだ」
エメロードが訂正する暇もなく、アメジストは屋根から消えていた。
◆