作戦会議 ~毛糸の魔女と洗濯の魔女
店の看板には『洗濯の魔女アブクーラ』と書かれていた。
魔法の洗濯でしつこい汚れも繊維の奥から洗い流します、と可愛いポップが貼り付けてある。
お向かいは毛糸や布を売る店で『ケイトンの赤い糸』というらしい。それぞれ『洗濯の魔女』と『毛糸の魔女』のお店で、『野菜の魔女』ヴェシータの古くからの知り合いらしい。
改心した『野菜の魔女』ヴェシータと二人の魔女は、はじめはギクシャクしていたけれど、あれやこれやと会話を交わしているうちに和解し、手を取り合った。
実は前日、『金杯の魔女』の側につくかつかないかを巡り口論となり、やがて取っ組み合いに発展。喧嘩別れしていたのだとか。
「君らがジラールの亡き姉君の忘れ形見かい。まだ若いんだ、無茶なことは考えなさるな」
開口一番、僕らを心配してくれたのは白髪の老剣士だ。
「僕にはここに来た理由が、戦う理由があるんです」
「ふむ? 真っ直ぐな、いい目をしておるの」
店の中には他にもジラールの仲間たちが居た。
他にも若い戦士、背の高い紳士みたいな人、細身の女剣士にゴツゴツした体つきのおじさん。そしてジラールをいれて全部で六人。彼ら彼女らが僕が「未来の記憶」として知っている反抗同盟、レジスタンスたちだ。
「皆さん、突然すみません。僕はアルド。こっちは妹のエルリア。で、そっちが友達のロリシュとメリア」
それぞれ挨拶を交わし、自己紹介をする。
ペータ君は流石に店の外。逃げないとは思うけれど、連れていかれないように首輪をつけて繋いでおいた。
「ジラール、この子たちが例の……?」
「現国王の……落とし」
事情を知っているのか、背の高い紳士と細身の女剣士が、顔を見合わせた。
「そうだ。二人は安全な場所に預けたつもりだったが」
はぁ、とジラールがため息交じりに僕らを見つめる。
「まだガキじゃねーか、帰んな帰んな。ここはお子さまのくるところじゃねぇ」
筋肉質のおじさんには歓迎されていないみたいだ。
「話は聞いたよ。君たちが東の砦で、魔女の手下を倒したんだって?」
「えぇ、まぁ」
若い戦士はニコニコと話しかけてきたけれど、僕らに対する反応はさまざまだ。
「まぁいいじゃなーい。可愛い子たちでも、味方は多いほうがいいわん」
ピンク色の髪、もこもこした衣装を身に着けているのは『毛糸の魔女』ケイトンさん。道化のような姿だけど魔法の毛糸でメイヴを縛り付けた人だ。
「双子の兄妹に、森のエルフに魔女見習い。確か君はリヒテロッタのとこの子ね。それに……妙に魔力をお腹に溜め込んだ黒山羊まで……。なんだかバラエティ豊かな面子だこと」
青と白のストライプ模様が眩しい衣装を身に着けているのは『洗濯の魔女』ことアブクーラさんだ。青っぽい巻き毛がふわふわと揺れている。
「あの、とにかくアルドの話を聞いてあげて!」
ロリシュが真剣な声をあげると大人たちは耳を傾けてくれた。僕はとり急ぎ、ここまでの経緯を説明した。
野菜の魔女の襲撃のこと、エルリアの魔法の儀式のこと。そして今から始まるであろう恐ろしい出来事、魔女の行軍の事を。
「魔女には今までとは別格の、とても強い宝石級がいて、まともにやりあってもダメなんだ。みんな殺されてしまう!」
僕は必死で訴えた。
「ま、まちなよアルド君とやら。まるで見てきたような物言いだが、その情報を何処で?」
「魔女が魔物軍勢を率いて行進するって、いったいどうやって知ったのかな?」
「アルド、どういうことなんだ?」
ジラールも店の中に居た仲間たちも、俄には信じられない様子だった。困惑し、呆れ、中には怒り出す人もいた。それは当然だし無理もない。
いきなり現れた僕みたいな子供が、ワケのわからないことをいい出したのだから。
「信じてくれなくてもいい。でも、戦うなら作戦を聞いてほしいんだ。情報は多いほうがいいはずでしょ」
「嘘をついているようにも思えぬがのぅ……」
老剣士も困り顔で白い眉を持ち上げた。
「きいてください」
凛としたエルリアの声に、皆が静まり返った。
いつも大人しくて皆の前ではあまり話さないのに、意を決したように部屋の真ん中に進み出る。
「エル……?」
「説明します。これを見て下さい」
ケープを外し、薄桃色のウロコに覆われた腕を見せた。
「なっ? 鱗……!?」
「背中にも羽が、尻尾もあるなんて!」
「お嬢さん、半竜なのかい?」
「エル! その鱗、どうしてそんな……!?」
悲鳴じみた声を上げて駆け寄ったのはジラールだった。今までよりも鱗が体を覆う範囲が広がっている事に気がついたからだ。
「平気よ、すこし可愛くないだけ」
やがてエルリアは話し始めた。
兄に対してだけ「少しだけ未来の記憶を上書きできる」魔法について。
魔法をわかりやすく説明すると、突然『洗濯の魔女』アブクーラさんが顔色を変え、エルリアに近づいてゆく。
「あなた、それはまるで……ドラグマギカ……竜の魔法じゃないの!?」
「竜の……魔法?」
「伝説の魔法系統。時間を越えた記憶の操作なんて、大昔の魔導書に記されているだけ。そんなものが使えるなんて……信じられないわ」
魔女は震える指先でエルリアの鱗に触れ、目を閉じる。やがて皆の方を振り返ると、熱のこもった眼差しを皆に向ける。
「確かに、この娘から人ならざる、魔力の波動を感じるわ……! この子の中に竜の力が宿っている」
「なんじゃと……!?」
「じゃぁ、本当だってのかい。その……少し先にヤバイ事がおこるってのは」
「未来を予知できるに等しい、ってことか」
ざわめきと驚きの空気が広がる。
「竜の魔法があれば、未来の予見ぐらい出来ると伝承にはあるわ。私が保証する。竜の力が大きければ、やがて時間や因果律さえ捻じ曲げるとも云われているの! すごいわ、これなら勝てる。『金杯の魔女』にだって」
興奮した様子のアブクーラさんの横で、エルリアはぎゅっと自分の手を胸の前で握りしめた。
もうこれ以上、竜の力を、魔法を使えばエルリアはもとに戻れなくなる。
「これ以上、エルリアには魔法を使わせない」
僕の言葉に「なんでだよ!」とゴツゴツしたおじさんが抗議の声をあげる。
「その娘の魔法を使えば、どんな攻撃も作戦も、事前にわかるだろうがよ!」
「ごめんなさい。無理なんだ、これ以上使うとエルは……」
僕が言いかけるとエルリアが背中をぎゅっと掴んだ。いまジラールに心配をかけたくない。皆にも同情されたくないとその目は訴えてた。
「でも! いま、僕がもっている『未来の記憶』があれば、きっと良い策がみつかる。だから皆さんにお願いしているんです。魔女に負けないために、知恵を貸してほしいんです。お願い!」
僕は頭を下げて必死に訴えた。
「皆の衆、アルド君の言うとおりじゃ。子供達の声、未来からの報せは福音じゃ。闇を照らす微かな明かり。希望じゃ」
「おじいさん……」
希望、という言葉にエルリアははっとした様子で顔をあげた。
「光が微かであろうとも、灯火は闇を進む道しるべとなるじゃろう。この子らが必死で報せてくれた事を、どうつかうかは、ワシら次第。反抗軍として戦うのは大人の仕事じゃ」
「確かに、その通りですね」
「異議なし。必死に教えてくれた情報、使わせてもらうよ」
若い真面目そうな戦士と、細身の女剣士さんが賛同すると、他の面々も押し黙って頷いた。同意が形成された瞬間だった。
「みんな……!」
「リフルド兵長、感謝します」
反論したい衝動を抑えていたらしいジラールが、老剣士に礼を言った。
「いやいや、兄妹の互いを思いやる気持ちは本物じゃ。良い子に育てたのジラール」
「って、私の子供じゃないと何度言えば……」
「運命は変えられるんだよ、きっと」
「うん」
少し切ない表情のエルリアの傍らに立って、励ますことしかできない。
皆はエルリアの魔法を信じ、僕の「未来の記憶」に耳を傾ける気になってくれた。
ジラールはエルリアの肌に広がってしまった竜のうろこをケープでかくすと、涙を浮かべ、ぎゅっと抱きしめた。
「よく頑張ったなエル。こんな……辛いよね」
「平気……ジラール。うっ、ぅあああん……」
エルリアもこらえきれずに泣いた。
僕も悲しくなったけど、すぐにジラールにひっぱたかれた。
「痛い」
「お前がしっかりしないからだ! アルはお兄ちゃんだろう」
「それはそうだけど、……えぇ?」
ジラールとエルリアのやり場のない気持ちを受け止めるのは僕の役目らしい。
僕はテーブルに置かれた紙に、魔女の百鬼夜行の配置、魔女の位置、そして恐ろしい宝石級たちの特徴や弱点を書き出していった。
思い出せる限り、すべての情報を伝える。
ディアマンテという宝石級の太刀筋は見えないこと。剣は鋭く人体をいとも容易く切り裂くこと。他にも確か「血肉だから斬れる」とも言っていた。
「それに魔法の毛糸! 切るのを躊躇ったんだ」
「妙ね。もしかして魔法の糸が苦手なのかしら」
「なら、あたしの自慢の洗濯ノリたっぷりの、魔法の布でぐるぐる巻きにしちゃおうか」
ケイトンさんとアブクーラさんも協力してくれる。
ヴェシータもとっておきの野菜の魔法で、魔女の行軍を邪魔するつもりだという。
あまり時間は残されていなかった。皆で対抗策と作戦を考え、フォーメーションと戦術を編む。
時間がない。
なんとか形になり始めたとき、そとが騒がしくなった。
「――来た……!」
<つづく>




