ジラールと僕の剣術修行
◇
「アルド、太刀筋がブレているぞ!」
「んなこと、言ったって……ッ」
ガァンッ! と、ジラールに打ち込んだ木刀が弾き返された。
衝撃で持ち上がった右手が痺れ、木刀を握っているだけで精一杯。
「しっかり剣を握れ!」
「わっ」
がら空きになった胴体めがけて、向かって左から横薙ぎの一撃がくる。背後に軽くステップを踏んで避けるか、受け止めるか一瞬の判断が必要だ。
けれど――
『ミメェエエェェ……ッ!』
迫りくる木刀の反対側から黒山羊のペーター君が突進してきた。
「ちょっ!?」
黒い体にぐるぐる巻の角。凶暴な家畜山羊のリーダーは僕が何故か気に入らないらしい。いつも山羊の乳搾りをしているのを根に持っているのか……。
全力で腰めがけて角で突進してくる。
これをくらうと3メル(※1メル=約1メートル)はふっとばされてしまう。
木刀と魔獣のような黒山羊、二方向からの同時攻撃。
今まではこれを避けきれず、ぶっ飛ばされて終わっていた。けれど今日こそは!
迫りくるジラールの剣は速い。しかも受け止めるには重すぎる。
――だからこうだッ!
「うぉあっ!」
身体を右に半回転させジラールの剣先をかわし、同時に跳ね上げられていた腕を振り下ろす。
「――ぉ!?」
ジラールの木刀の勢いは受け止めない。方向をずらすだけ。
カッと音を立てながら木刀が交錯する。
よし、うまくいった! 次は黒山羊のペーター君の突進だ。
『メェエエッ!』
黒い一撃が1メルまで迫っていた。ここで身体を半回転させた動きを活かす。自然に、回転する力を利用して更に右回転ッ!
黒山羊の角が腰に触れる感触を感じつつ、回転しながらこれをやり過ごす。
「っしぁっ!」
かわせた……!
突進そのままの勢いで通り過ぎてゆく黒山羊を見届けつつ、一回転。
木刀を強く握り直し、目が回る前に軸足と反対側の足で地面を蹴る。
「だぁッ!」
剣先に回転の勢いを乗せてジラールめがけて、叩き込む。
――届けッ!
「えっ?」
けれど、視界からジーラルが消えた。
「いい動きだった。だが遅い」
「痛い!?」
ばしん、と頭に激痛を感じて試合終了。気がつくとジラールが真横に立っていた。
「……あれ? おかしいなぁ」
いけると思ったんだけどなぁ。
「甘い。回転して避けるところはいい。剣の捌きもまぁいい。だが! 相手に背を向けるんじゃぁない。視線を外すな。視線は相手から絶対に外さないことだ」
木刀で肩をトントンしながらジラールが言う。
回転しすぎて相手との位置を見誤ったみたいだ。傍から見たら、僕が黒山羊に体当りされてぐるぐる回転して倒れたみたいに見えただろう。間抜けだなぁ……。
僕はその場にへたり込んだ。
「はぁ……」
「まぁ今までよりは良いがな」
「ほんと?」
「あぁ」
日課である薪割りを終えると、僕はジラールから剣術稽古をうける。
まずは斧で素振り百本。上段の構えから背筋を伸ばして振り、ピタリと止める。
これだけでも身体が悲鳴を上げるのだけれど、そこから木刀による実戦形式の稽古が始まる。
ちなみに木刀といっても鉄のように重くて堅い「樫の木」だ。だから斬れないだけで当たるとすごく痛い。
「だけど回転しながら相手を見ていたら、首がねじ切れるよ」
「アホか。視界だけで捉えようとするからだ」
「そんな事言われても……」
元騎士だったジラールみたいに上手くは出来ないよ。
「目だけで相手を追うんじゃない。気配、音、匂い。全てを相手との位置把握に利用すればいい。戦闘空間すべてを、『鷹の目』のように眺めて把握するんだ」
「鷹の目……。むずかしいよ」
「弱音を吐くな。エルリアの呪いを解くんだろう? そのためには旅をして魔女を探さなきゃならん。その時頼りになるのは自分の腕だ」
「……うん!」
そうだった。
僕は妹のエルリアにかけられた呪い。半竜の呪いをいつか解くと約束したんだ。
だから辛くても苦しくても、諦めたりしないと誓った。
「剣術を極めれば、魔法にも対処できる」
「魔法にも……?」
魔法に剣で勝てるなんて初めて聞いた。
魔法は魔女が使う恐ろしい超常の力。
もちろん、街には沢山の魔女たちが暮らしている。
傷を癒やす『癒やしの魔女』や、病気を魔法の薬で治す『薬草の魔女』だ。
それに便利な魔法道具、水晶が光るランプなどを作る『技工の魔女』がいる。
彼女たちは生まれながらにして世界に満ちる魔素と呼ばれるものを身体に取り込んで、いろいろな効果を顕現させることが出来るすごい人達だ。
けれど中には悪い魔女もいる。
呪いをかけて人を傷つけたり苦しめたりする。時には殺したりするという。
妹のエルリアをこんなふうにしたのも『天秤の魔女』と呼ばれる悪しき魔女だ。
見上げると夕日が濃い夕焼けに染まっていた。
いつもよりも何か不穏な色……。灰色と赤に千切れた雲が塗り分けられている。
悪しき魔女――。
視線だけで人の動きを止め、幻惑わし、時には心臓さえ凍りつかせるという。
そんな恐ろしい力を行使できるのは悪魔と契約した悪しき魔女。
それと、太古から受けつ継がれる「大いなる知恵」を持つ本物の竜だけという。
「アルドも少しはマシになったな」
「ありがとうございます……師匠」
「よし」
ぽん、とジラールが僕の頭に手を乗せた。
「……ごはん、できたよー」
ぐぅ、とお腹が鳴ったところでエルリアの声がした。
小屋の中から曇ったガラスの窓越しに、僕らの様子を見ていたようだ。
小屋の中から美味しそうなシチューの香りがする。今夜はライ麦のパンとチーズ。それと腸詰肉と野菜のトマトシチューらしい。
「家に入ろう、アルド」
ジラールの温かい手が僕の腕を掴む。
こころなしか声色が緊張している。まるで嵐が来る気配を感じたときのよう。気がつくと、黒山羊のペーター君が仲間たちを山羊の小屋へ誘導していた。
それに、さっきまで心地よく吹き抜けていた風が凪いでいる。
「……うん」
不気味に染まった西の空に視線を向けると、何だか妙な胸騒ぎがした。
<つづく>