瞬間、心重ねて
「ちっぽけで、弱い人間のくせにッ!」
戦闘を楽しみ余裕の笑みさえ浮かべていたアメシストの眉間に、ビキシ……と亀裂が入る。
「ゴチャゴチャうるさいっ!」
退くわけにはいかない。
僕はジラールとエルリアを守る……!
心の中に感じた光は更に強くなる。それは全身を満たし、腕を通じ、剣先まで伝わってゆく。
「消えろッ!」
アメシストスは右手に禍々しい魔法の光を纏わせた。離れた位置で身体をひねると、大振りなフォームで拳を繰り出す。紫色の火球が生じ目の前の空気が揺らいだ。
――遠距離攻撃!?
とっさに地面を蹴って真横に跳躍する。
立っていた地面を抉るよう暴風が通過してゆく。避けたはずなのに、左腕が千切れそうになる。
「ぐっ……!?」
バランスを崩しつつ地面を転がり受け身を取り、勢いを相殺する。
左腕に激痛が走った。
気がつくと、かすっただけなのに皮膚が破け、血が滴っていた。直撃していたら全身の肉が裂け、骨が砕かれていたに違いない。
「アハハ、無駄、無駄なのに……! 離れていてもこうして攻撃できる……! どうせ弱いおまえの剣も通用しない、アハハ」
首の傷が修復するにつれて、自信に満ちた口調に再び変わってゆく。まるで、自分の力を試し、使いこなせたことが嬉しいみたいに。
「くっ……!」
立ち上がり、右手で短剣を構え直す。
考えろ、考えるんだ。
次はもうハッタリは通じない。
目の前の敵に集中、動きを予測して技を避け、攻撃に転じるしかない。
右の拳の一撃は、新しい技だった。
魔法の拳――『晶砕魔拳』は、直接触れて発動させるだけじゃない。離れている相手にも放つことができるということだ。
拳から放たれた衝撃波は、円錐状に広がりながら向かってくるのが見えた。でも、僕の立っていた場所から後ろ、建物や壺にはダメージが無い。つまり技の間合い、有効射程はおよそ5メル。放つ前だってノーモーションじゃない。
つまり、技を放つ方向とタイミングは読め――
「人間て、内臓が柔らかいんだよねぇ?」
アメシストスが地面を蹴って踏み込んできた。
一瞬で7、8メルほどあった間合いを飛び越え、2メルほどの位置で右足を接地、左の拳を背後に引いた。
狙いは僕の腹。
――来る……!
「ブチまけなッ!」
拳を繰り出すまでの速度は。黒山羊ペーター君の突きと大差ない。
アメシストスが、拳を左下からアッパー気味に繰り出す瞬間が。
見えた!
黒山羊のペータ君との修行は無駄じゃない。
爆裂のタイミングの直前で身体を屈め、左の拳をギリギリで避けた。
ドギャッ! と耳元で左の拳で爆発し耳がバカになる。
「たッ……!」
上半身をひねり右回転、右手で短剣を振り上げる。
狙うのは、伸びっきたアメシストスの左腕。
「なっ!?」
「ずッりゃぁあああッ!」
ガッ……と刃が二の腕に食い込んだ。
全身をバネにして渾身の力で地面を蹴ると、真下から食い込んだ腕からメリメリッと軋む音がした。そのまま短剣の柄に両手を添えて、渾身の力を叩き込む。
バリィン! とアメシストスの左腕が砕けた。
「なっ、にぃいィイイッ!?」
宙を舞う左腕。驚愕に見開かれるアメシストスの紫色の瞳。
――やった!?
けれど次の瞬間、僕の身体もまた真横に吹き飛ばされた。数メル先の壁に積んであった薪の山に激突し、目の前が暗くなる。
「がっッ…‥はッ!?」
肺の中の空気が失せ、血の気が引く。
意識だけは保とうと必死にまぶたを持ち上げると、世界が横倒しになっていた。視線を巡らせて、ようやく何が起こったか理解する。
アメシストスが右の拳で、咄嗟に『晶砕魔拳』を放ったのだ。
視界の隅に左腕が落下、粉々に砕けた。
「あァ!? アタシの……アタシの腕がぁああッ!」
アメシストスが取り乱し、無くした左腕の根本を押さえている。僕の方には目もくれず、砕けた左腕の破片を見て声を震わせる。
今だ、今のうちに立たなければ……!
でも身体に力が入らない。気づかれれば次は確実に避けられない。焦りの中、鼻から深く、深く息を吸い込んで、肺腑を満たす。燃える臭い、皆が戦ってる怒号と気配、触れた冷たい地面の感覚が戻ってきた。肺も心臓も内臓もまだ無事だ。手も腕も……脚だってまだ繋がっている。
右手がピクリと、動く。全身の感覚が戻ってきたところで痛みが襲ってきた。
「ぐっ、うっ……!」
思わず漏れた苦痛の呻きに、アメシストスが気づいた。
美しい彫刻のような顔はひび割れ、憎しみと怒りで満ちていた。
「何を……何をしたァアアーッ!? 何故……再生しないっ……!? 小僧、貴様ぁ……!」
見ると、僕が斬り落とした左腕の付け根が紫色の水晶で覆われ始めていた。しかしそれは腕を再び形成することもなく、まるで血のようにサラサラと流れ出してゆく。
――再生出来……ない?
何故? 傷が深いから? 再生に限界があった? それとも僕の放った渾身の剣に何か、コツのようなものが……?
でも考えるのは後だ、立たなければ。
アメシストスがゆっくり近づいてくる。右手の感覚が戻ってきた。でも剣が2メル先の地面に落ちていることに気がついた。這ってでも掴まなければ……!
その時、背後の建物のドアが開き、誰かが飛び出してきた。
力強く僕を引っ張り上げて抱き起こされる。
「アル……!」
「エル……リア? なんで、戻って……」
「私達は一緒、絶対に」
エルリアは僕を抱え起こすと、今度は自分の番だとばかりにフライパンを構えた。
「エル、ダメだっ! 逃げて……!」
「は――? 何だ、オマエはぁああッ!」
アメシストスが足を止め、怒気で頭髪を逆立てる。
「私が相手……! アルはやらせない」
「また……またなのか!? オマエも同じか……、弱いくせに、どうすることもできないくせに、そうして」
苛立たしげに肩を震わせて、紫色の右腕に『晶砕魔拳』の炎を纏わせる。
渾身の一撃を放とうとしているのがわかった。
次で僕らを消滅させるつもりなのだ。
でも、もう踏み込むことも、剣を振り、アイツを斬ることも出来そうもない。地面に落ちていた剣を諦め、エルリアの傍らに立つ。全身が激痛で悲鳴をあげていた。
「……はは? 戦うことを諦めたか、弱きものに相応しい最期を……くれてやる!」
でも、守らなきゃ、エルリアを。
絶対に、なんとしても……!
ただその一念で勇気を、力を振り絞る。
最後は僕が、せめてもの盾にでもなればいい。
エルリアがフライパンを持つ右手と反対、左手を添えた。
小さく震えている妹の手をぎゅっと握る。すると手を強く握り返してきた。
「エル」
「アル」
温かくて柔らかい小さな手。
そこから強い意志が流れ込んできた。
僕は気がついた。
守りたいと思っていたのは、僕たちだけじゃない。
エルも僕を、ジラールを、皆を……守りたいと思っていることに。
「消えろ、不快な人間どもがぁああッ!」
爆発とともに、アメシストスの右腕全体が砕けた。魔法を、すべてのパワーを右腕に乗せたのか。
「『極裂晶砕魔拳』ァアアッ!」
すべてを飲み込む黒と紫の破壊的な爆風が押し寄せる。
でも僕たちの想いは一つだった。
心の中にあったあの温かい光が、共鳴し輝きが増すのを感じる。
――僕が
――私が
「「守るから」」
音の消えた世界で、光が――僕らの手の中から溢れ出した。
握っていた手と手の間から、真っ白な輝きであたりを照らす。そしてエルリアの右手に持っていたフライパンが、真っ白で鮮烈な輝きを放つ。
――これは……!?
――護りのフライパン。アルドが私の盾になってくれようとした必死の想いに、共鳴したの。
――エル……どうして
――話せるよ、今までそうだったように、これからも
心と心で通じ合う。
言葉をかわさずとも解る。
――だから、今ここで
――うん、負けるわけには
「「いかないん、だあああッ!」」
僕たちは瞬間、心と心を重ね、輝くフライパンを振り抜いた。
パァアアアアアア……ンッ!
無音の世界を打ち砕いたのは、鋭い反射音。
地面や建物を破砕しながら殺到する破壊の渦、『極裂晶砕魔拳』を、僕らのフライパンは打ち返した。
「ばっ、馬鹿……な、そん――――――!?」
反射した破壊の衝撃波に、アメシストスは飲み込まれた。
<つづく>




