ジラールの教え、番外
「手を放せっ!」
「うおっ!?」
エルリアの尻尾を掴んでいた男を突き飛ばし、羽に触っていたもう一人に体当たり。
「なんだ、このガキ……!」
背後に隠すようにエルリアを引き寄せて、男たちと距離を取った。
「……アル!」
「大丈夫?」
「うん……」
怪我は無いみたいでホッとする。
確かに、エルリアと街を歩いていると、ドラゴンとのハーフかと尋ねられたり、容姿をからかわれたりすることがある。けれど尻尾や羽を掴むなんて、失礼で酷いことはされたことはない。
外の状況が異常なせいなのか、この人達も普通じゃない。
ぎゅっと僕の腕を掴むエルリア。怖い思いをさせてしまったことが悔まれる。砦に着いて安心して油断した僕が悪いんだ。
ここは馬小屋の横で人気のない場所。
少し離れた場所で羊たちの世話をしにきたおばさんが、こちらの異変に気がついたのか、慌てて離れていった。
「こいつ……、さっき馬車で逃げ込んできた、女戦士と一緒だったガキだ」
「へへ、ナイトさまの登場ってかぁ?」
僕が睨んでも悪びれる風もない。子供だからと馬鹿にしたような視線を向けてくる。
二人は街でフラフラしているような、チャラついた感じの若い男たちだった。一人は背が高くて派手な服装でタレ目の男。もうひとりは背が低くて横幅の広い目の細い男だ。
魔物騒ぎで街から逃げてきたのか、隣の町に向かう途中だったのかはわからない。けれど砦の中ではみんな必死で戦っているというのに、この人達は何もしてない。物陰にこそこそ隠れて、こんなくだらないことをしている。
「……いこう、エル」
本当は謝らせたかったけれど、相手にするだけ無駄だ。
僕は男たちを無視し、エルリアの手を掴んで歩き出そうとした。
「まてよお前、気に食わねぇな」
けれど背の高い男が回り込んでしつこく絡んできた。
「その剣はオモチャかぁ?」
「どいてください」
「抜いてみせろよ、なぁ?」
「剣は抜けません」
男たちは剣を持っていない。つまり丸腰。そんな相手に剣は抜けない。これはジラールの教えであり、剣を持つ者の基本十カ条の一つ。
「その剣で砦の外の魔物を蹴散らしてきてくれよ、なぁおねがいだからさぁ、ぎゃはは」
「怖いのか? とんだ腰抜けのナイトさまだ。化け物のお姫様を守れんのかぁ?」
――!
「今、なんて言った……!」
僕をバカにするのは構わない。
けれど妹を、エルリアを侮辱するのは許せない。
「おほっ、やるのか?」
「ガキのくせに、生意気だぜ」
思わず剣の柄に手をかけた。けれど踏みとどまる。
「……お兄さんたち、馬……盗ろうとしていた」
不意に、エルリアが後ろから囁いた。
僕はハッとした。こんな人目につかない馬小屋の陰に居た理由。この人達はまさか、馬を盗んで逃げようとしていたっていうのか……!?
「馬を……盗もうとしていたんですか?」
「な、何を証拠に……」
『ブフュルル……!』
馬小屋に繋いだばかりのエクリプスが、嘶きながら蹄で地面を叩いた。馬小屋には他に四頭の馬が繋がれていたけれど、よく見るとそのうちの二頭に不自然な、鞍が掛けられている。
「……私、このひとたちが、馬でズラかろうって、言ってたのを聞いた」
エルリアがはっきりとした口調で告げて、二人を指差した。普段は口数が少なくて、ぽわんとした感じなのに、頭の中はしっかりと物事を考えて判断している。
「こいつ、見てやがったか……!」
「こんな時に、あなたたちは何をしているんですか!?」
僕は二人に向き直り、詰問する。
「うるせぇぞクソガキが!」
タレ目の男がキレた。けれどその声に壁の上にいた木こり達も何事かと、こちらを窺う。
「オレらは善良な市民だ! こんなクソみてぇな場所から逃げて何が悪い!?」
細目の男は拳に金属製のナックルをはめた。
「そんなの理由にならないでしょう!」
「生意気なんだよガキが、てめぇ……シュッ」
細目の男は、背が低くて横幅が広い。そんな見た目からは想像もできない速さでステップを踏むと、間合いをつめてきた。
シュッシュッと口で言いながら、身を低くかがめて殴りかかってきた。
エルリアは僕が男達に怒る理由を、瞬時に置き換えてくれたんだ。じゃなきゃこっちが先に剣を抜いていた。
相手はもう丸腰じゃ、ない。
――ジラールの教え、番外!
「ふっ!」
顔面めがけて放たれた拳を、僕はひょいっと避けた。
遅い。ゴブリンの棍棒のほうが速いくらいだ。
避けつつ、腰にくくりつけていた剣を鞘ごと引き抜く。そして、パンチを外されてよろめく男の側頭部を、思い切り殴りつけた。
ゴキンという鈍い音が響く。
「ガッ……!?」
「剣は抜かなきゃ、ただの棒だ!」
ジラールは誇り高き騎士。だから剣を持たない丸腰の相手に剣は抜かない。けれど誇りを傷つけられたり、大切な人を侮辱されたりしたときは別だ。その時は剣を収める鞘を使えばいいのだと、ニヤリとしながら教えてくれたっけ。
「んなっ……てめぇ!?」
残った背の高いタレ目男が光るものを抜いた。
白目をひん剥いて倒れる細目男の背中を踏みつけて、そのままダッシュ。背の高いチャラ男のみぞおちに、剣の柄を一発叩き込んだ。
「ぐほッ……おゲェ」
確かな手応え。胃袋の上に深々とめり込ませる。
すると、カランと隠し持っていたナイフが転がり落ちた。
背の高い男も悶絶し、前のめりに倒れ込んだ。
「ふぅ」
「……アル、おみごと」
「えへへ、まぁね」
エルリアと軽くハイタッチ。
正直、すっきりだ。
本当はエルを侮辱した分だ! とさらに顔を蹴飛ばしてやりたいけれど、剣士としてそれはやっちゃいけないのでぐっとがまん。
すると向こうから人の気配が近付いてきた。家畜の世話をしていたオバさんが、誰かを呼んできてくれたみたいだった。
「はやくきておくれよ、あそこだよ」
「アルド、エル……どうしたんだい!?」
「あいつら! 店でも問題ばかり起こしていたクソ野郎どもじゃねぇか!?」
顔なじみの雑貨屋のおばさんとおじさん、それに食堂のご主人だった。
「……馬どろぼう、退治……!」
エルリアが倒れている二人を誇らしげに指差すと、二人の男たちはあっというまに縛り上げられた。
<つづく>




