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マヨネーズにナニカケル  作者: レド
1/1

前編

卵黄暦224年現在、パン大陸を三分する国家あり。

ニュウ』『』『しょく

後の世に言う三国時代である。


この時期、大陸の政治は乱れ、相次ぐ戦による貧困と官吏による抑圧。

それにより民は不満を募らせ「黄巾の乱」が大陸各地で勃発した。


そこに三国構想の発端である一つのバターが立ち上がる。

その名を劉備りゅうび

そして劉備と同じく黄巾の乱に心を痛め同調する二つの調味料。

その名を関羽かんう張飛ちょうひ

劉備と意気投合した二つは『桃園の義』と呼ばれる義兄弟の契りを結ぶ。

官軍に義勇軍として参戦した劉備は「黄巾の乱」を納めるべく各地を駆け巡り、結果として乱は首謀者の病死により潰えたのだった。


南の『食』が治安を整える最中、追いやられた野党や脱走兵は『乳』の国を目指す。

大陸の七割はバターが占め、少数民族であるマーガリンは『乳』の国境沿いに住まい慎ましい生活を営んでいた。

平和を重んじ武器を持たず、大豆と稲作を中心としマーガリンライスを主食とする。

そんな彼らに対し、南から逃れてきたラードの残党は悪逆の限りを尽くしていた。

大戦の影に紛れ、マーガリンの村は山賊に略奪された。


「いやああああ、お母さああああん!!」


バターナイフで抉られ、塗られ、放ったらかしにされて黄色く変色する。

そして目の前で母親を火刑に処された一つのマーガリンがいる。

その名をアリス。

歌舞伎町の源氏名のような、とても平凡な名前である。


その傍らでマヨネーズのカケルは強く拳を握る。

彼は少数民族の中でも更に稀少なマヨネーズの一族。

本当に牛乳から進化した同種属なのかと、その起源に疑問を持つ学者も少なくはない。

不気味がっても良い筈の彼を、家族のように受け入れてくれた村人達。

そして優しかったおばさん。

幼馴染のアリスの母がこんがりと焼かれゆく様から、カケルは目が離せない。

許せねぇ、許せねぇ。

カケルは自分の胸の中で油分が震えるような気がした。

バターはそれを勇気と呼ぶ。


「次は娘の番だ。せいぜい溶け落ちないように踏ん張るんだなぁ。ひゃっはっは!! こんがり焼いてやるぜぇ、母娘仲良くよぉ!!!!」

「うるせえええええええええええ!!」


少年は叫んだ。

略奪した品々の上に乗り、踏ん反り返る山賊の頭領。

彼はカケルの瞳から強い意志を感じる。

それは義憤。


意外であった、頭領は曲がりなりにもラードである。

大陸に住む一般的なバターとは違う。

豚が起源だというだけで迫害された日々、祖先は細かく刻まれ豚骨醤油拉麺に掛けられたことさえある。

酒池肉林や背脂チャッチャ系の語源ともなった残虐な行為である。

少年の頃、その理不尽な歴史を長老達に聞かされ怒りを覚えたことは今でも覚えている。

いや今でも憎んでいるのだ。


しかしマヨネーズの彼が滾らせる怒りは根本的に質が異なる。

乱世に対する理不尽、不条理に立ち向かうような高潔な怒り。

俺はどこで間違えたのか。


「やめだ、やめだ! まったく興が醒めちまったぜ。次の村を襲うぞ」

「で、でも親分……」


ラードの頭領がザブトンを翻すと手下達も撤退の準備を始める。

頭領はカケルの元へ、歩を進める。


「カケル……っ!」


幼馴染のアリスは彼を庇う為に駆け出したかったが腰が抜けて動けない。

己のトランス脂肪酸が言うことを聞かないのだ。


「ふん、カケルってのか。見逃してやったのは理解してるな?」

「……」


マヨネーズのカケルは堂々と佇み、視線を外さない。


「だからよ、オメエがどれだけやれんのか、これから見せてみろよ」

「うるせえええええええええええ!!」


それはカケル自身を鼓舞する叫びだったのだろう。

その決意に満ちた叫びを聞き終えると山賊の頭領はチャーシューに跨り、刻みキャベツの山へと走り去って行った。


そして朝日が昇る。

炭と煤。

平和だった村は焼け跡となってしまった。

アリスは母の亡骸に寄り添い、涙を流していた。

しかしカケルは膝をつかない、四つん這いになってオイオイと泣いたりはしない。

昨夜がどれ程の惨事であっても、カケルが見つめる太陽はその色を変えたりはしないのだ。

その太陽の色と同じ、黄身のように決意を固めたカケル。

煤の付いた腕で目元を拭うと旅立ちを決めた。


「本当に行っちゃうの?」


アリスは本心ではそう聞きたかった。

しかし口を衝いて出たのは、


「負けんじゃねえぞっ!」


その一言だった。

少女の拳が、少年の背中に活を入れる。


「頼む、大陸の在り方を変えてくれ」

「もう戦乱はウンザリなんだ」

「大国の政に新たなる風を」


大人達は口々に希望を託した。

マヨネーズのカケルは乳酸菌飲料のヤックルに跨ると一目散に駆け出す。

そして地平線に消える間際、大きく叫んだ。


「うるせえええええええええええ!!」


大人達は、その叫びに気付かされた。

焼け出されたからなんだ。

家族を失ったからこそ、俺たちは進まなければならない。

自分の無力さに傍観を決め込むなんてまだ早い。

たとえゼロカロリーからだろうと村を興せるさ。

マーガリン達のプライドは奮い起こされ、村人は立ち上がり朝日を見つめる。

種族の違いがなんだ。俺たち同じ油分じゃないか。

少年の旅立ちが大陸変革の第一歩であったことは確かであった。


乳酸菌飲料のヤックルに乗り、カケルは荒野を突き進む。

決意を胸に旅立つ少年は、決して闇雲に飛び出した訳ではない。

官吏になるための難関試験、科挙に挑もうとしていたのだ。

この時代、平民であっても立身することができた。

選択肢の一つとして民兵として戦に参加し功績を挙げるというものもあるが。

しかし名のある強者か、敵将の首ぐらいは取らねばならない。

幼馴染であるアリスの為にも命は粗末にできない。

加えて戦で全てが決するような社会体制は、カケルが変えるべき理不尽の一つである。


出立前、村一番の物知りであるシャオロクは言った。

東に黄山という村があり、そこには宮廷の官吏だった男がいる。

宮廷に努める程の人物であれば、英傑であるに違いない。

カケルは師事を受けるべく、ヤックルを飛ばす。


黄山は金鉱が近く裕福な町であったが、金が掘り尽くされると名ばかりが残った寂れた町である。

門は雨風に荒れ果て、修繕もされず日輪の国の鳥居のようになっていた。

この町にそのような英傑が本当にいるのか、カケルは不安になってきた。


通りで見かけるのは物乞いや野党、売春宿の女達ばかり。

カケルは村を出るまで知りもしなかった。

彼は貧しくあっても死ぬほどではなく、新鮮な実りと何よりも心の豊かさを村から与えられていた。

この町には村よりも貨幣が巡っていることは確かである。

しかし金銭で得られる豊かさがない。

貨幣は酒場と賭博と売春だけを巡り、性病と廃人を量産している。

ここに薬物が加われば、もう国は終わりである。

大陸は終焉に向かっているのではないか、余所者だからこそ分かることがある。

すると目の前で、酒場から紹興酒が叩き出される。


「二度と来るんじゃねぇ!」

「本当だってよぉ、間違いねぇ、これは金に違えねぇんだって!」


その紹興酒は何やら光るものを差し出すが、店主のバターは歯牙にも掛けない。遂には雑巾を投げつける始末だ。


「クッソぉ、そんなにバター様が偉いかよ」


そんな男にカケルは手を差し伸べる。


「これは誰にも渡さねぇ! 失せろっ、たかり屋が!」


勿論、そんなつもりは無かった。

男は腹を抱えるように路地裏へと駆けていく。

これがこの国の現状だ。

だからこそ宮廷の官吏だった男に会わなければならない。


しかし誰に尋ねようか思い悩む。

偽の情報ではなく、過剰な金銭がかからず、ある程度、信頼できる相手。

しかし全く思いつかなかったので、客寄せしている子連れの売春婦から話を聞く。


「若くして物好きってわけじゃないのね。いいわ、そのくらい教えてあげる。町の奥に見える山、坑道跡地に道場を開いて住み着いてるって噂よ。同僚が出張したから確かな情報だと思う」


礼として持ち前の食料の大半を分ける。

嘘の情報だとしても後悔はしない選択肢をカケルは選んだのだったが、そもそも後悔しないだろう。

その情報の信頼性は高い。

後悔し始めたのは師事を受ける相手の選択である。

もっと世間離れした仙人のような人物を期待していたが、鉱山跡地に性的なデリバリーを呼ぶとはロクな人物ではない可能性も高い。

その場合は民兵にでも志願するか、いったん村に戻ってシャオロクを殴ろう。

食料の大半を分けたのもその為だ。

目的を達成してもしなくとも、いずれにせよ今回の旅は終わる。


草木も生えぬ山道を進むと、鉱山跡地が見えてくる。

川沿いの谷には、土を掘る為の古い道具が投げ捨てられ人影も見えない。

こんな危険な場所に売春婦を呼ぶとは、まだ会ってもいないがカケルの中での元官吏の評価は下がる一方である。

今ちょうど、カマドウマと同列。


鉱山自体の標高が高い為か、霧が烟ってくる。

道を見失わぬよう足元に注視するが、突如霧から建造物が顔を出す。

その大きさたるや、滑車を吊るす木の骨組みが鳥居のように連なっていた。

潜った先には、岩壁に突き刺さったような廃道場。

ここで間違いない。


正面の入り口に立ち、戸を叩くと広い空間に音が反響する。

すると建物の中から、軋むような足音が近付く。


「誰だ! 借金なら返さねぇぞ!」


勢いよく飛び出てきたのは、先程の紹興酒。

まさかコイツが?

という感情が顔に出ていたのだろう。

不機嫌そうな紹興酒の顔は酒気で赤らんでいた。


「お前は通りで見た……そうか弟子入りにでも来たか。だが遅かったな。数年前なら学問を教えてやってもいたが、もうやってねぇ」


しかしカケルの内心、とうに師事を受ける気は失せ。

民兵として結果を残すべく、如何に良質な武具を揃えようかの算段へと移っていた。


「そもそも固形物でもないお前が厳しい修行に耐えられるものか! 加えてこの世は数よ。大陸を支配してるのがバター様で、過半数にしか回せぬ物事がこの世にはある。他に代替の利かぬ事柄がな」


だが、その算段も失せた。

彼が宮廷でどのような扱いを受けたのかは知らぬ。

同じ少数民族として苦労したことは分かる。

鉱山で働く人々の為、学問施設も開いたが上手くいかなかったのだろう。

だが、それがなんだ。

彼の口から出るのは言い訳ばかりではないか。


「うるせえええええええええええ!!」


決意を秘めた少年の瞳は語るように雄弁だった。

コイツのやる気は本物だ。

そう理解するのに時間は掛からなかった。


「仕方ねぇ……」


男はバツが悪そうに頭を掻く。

かつて落としたもの、忘れていたものが胸に溢れ返った。

その感覚を言葉にすることは出来ない。

しかし全ての大人が渇望するものがここにある。


「一週間! まずは一週間だ、それから決める。月が終わる頃には科挙に合格できる程にならなければ、きっとお前の望みも叶わんからな」


男は道場の中へとカケルを招き、カケルは一礼するとその門戸に入った。

室内にも関わらず木床は刺さるように冷え切っている。

しかし踏み出した一歩には、村を出た時よりも確かな手応えがあった。


「あっ、それとお前さんよ。食いモンとか持ってる?」

「うるせぇ」

「あと持ち合わせがあったらよ、ちとだけ貸して欲しいんだけどよ」

「うるせぇ」

「オネェちゃんの店のツケが貯まってんのよ」

「うるせえええええええええええ!!」


——村の皆んな、カケルは元気です。


乱世は少年を待ち侘びる。

血を欲するか、はたまた変革を望むか。

しかし、いずれかは支払わなければならない。

その時、少年は世界を知ることになるだろう。


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