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疾走

作者: 柳 大知

 秋の京都競馬場、今年の牡馬三冠レースの最終戦、菊花賞の発走時刻が迫っていた。

 俺は自室のTVでゲート裏を周回する馬の姿を確認しながら買った馬券の最終オッズを傍らのパソコンで確認していた。

 今年の菊花賞には単勝オッズ1.1倍の不動の大本命がいた。あのディープインパクト以来、史上三頭目の無敗の三冠馬を目指すパーフェクトコンボという鹿毛馬だ。前哨戦のトライアルレースも完勝し、血統的にも3000Mという長丁場が向きそうなこの馬には何の不安材料も無かった。ただ一つ、鞍上の前原騎手の二十歳という若さを不安視する声があった。三冠がかかるレースで圧倒的一番人気となれば、経験豊富なベテラン騎手でも相当なプレッシャーを受ける、例えそれが二十歳でダービーを勝った騎手でも同じだろう。

 俺は、それに賭けた。

 俗に長距離レースは騎手の差が出ると言われる、じっくりとスタミナを温存しながら長い距離を走らせる技術が必要なのだ。前原は俺と同い年、だからどうなんだと言われても困るが、若さゆえに足元をすくわれてもおかしくない。そこで俺はベテランの竹岡騎手が乗るコロンブスという栗毛の追い込み馬に夢を託した。

 コロンブスはクラシック第一戦の皐月賞でパーフェクトコンボに半馬身まで迫った馬だ。ゴール前で今年の二冠馬の影を踏んだのはこいつだけ。皐月賞の直後に骨折が判明してダービーには出られず、この菊花賞がぶっつけ本番の復帰戦。その分調教の動きはピリッとせず穴人気にとどまっているが、もし負かすならこの馬だろう、そう、そんな気がする。それに俺の勘は結構当たる。大体が馬券を買ってないときだけど…

 兎に角勝ってくれ…俺はこのコロンブス絡みの馬券にバイト代をつぎ込んでいるんだ。

 大観衆の盛り上がりがピークに達し、TVからGIのファンファーレが流れてくる。いよいよスタートだ。

 何頭かゲートに収まった所で、俺はふと考えた、前原はどうやって乗るのだろう…俺だったら… 


 ん?

 え?

 気付いた時には馬上の人。

 騎手の目線ってこんなに高いのか…いやいや、感心してる場合じゃない。

 有り得ないけど、どうやらここはTVの中、いや本物の京都競馬場なのだろう。

 で俺は?と自分の着ている勝負服を見る、まさか…

 係員が俺の乗ってる馬を引いて8番ゲートへ入っていく、何これ…

「よ〜い」

 ガッコン!

 前扉が一斉に開き各々理想のポジションを狙い飛び出していく。

 俺の乗るパーフェクトコンボは何の合図も送っていないのに自らゲートを飛び出していった。

 おいおい…

 俺は馬に跨ったことすら無いのに、体験したことの無い高さとスピードの中でも何故か落ちることなく手綱をつかんでいた。おまけに、知らない間に尻を浮かしてモンキー乗りの体制を取っている。こんな体制でも筋肉が悲鳴を上げないのは、この体が鍛えられた前原のものだからか、だがその体は馬の走るリズムに合わせ激しく上下し、他の騎手に比べれば明らかに馬に負担をかけ走っていた。

 何だか知らんが、おそらく前原の頭の中に俺がいるんだろう…こんな騎乗でも落ちないのは前原の潜在意識が残っているからだ…と都合よく解釈する。

 馬から落ちることはなさそうなので冷静に前を見る。さっきからわかってはいたが、俺は18頭中18番目を走ってる、しかも前の馬から10馬身くらい離された完全な最後方。これが短距離戦だったらすでにレースは終わってるだろう。だがこのレースはまだ2000M以上ある。

 縦長の馬列は一週目の4コーナーにさしかかりスタンド前を通過していく、断然人気のパーフェクトコンボは離された最後方、スタンドからはどよめきが起こった。それもそのはず、パーフェクトコンボはこれまでの全てのレースで先行して勝っていた。

『何やってんだ前原〜』

 そんな野次が俺の耳に届くことは無かったが、隊列の先頭がゴール板を過ぎる頃、俺はラチ沿いを走る最後方の馬の上で相変わらず体を上下させながらも、何故か冷静に横のターフビジョンを見ていた。1000M通過1分ジャスト、完全なハイペースだ。このままのペースなら確実に前の馬はバテる。

 何冷静に判断してんだ俺…

 信じられない事だが現在俺は騎手の頭の中にいる。

 なんというか、もの凄いリアルな騎手ゲームをやっているような感覚。手綱を掴み、鞭を握る手の感覚がある一方で、騎乗フォームを保っている体の持ち主の意識らしい不思議な感覚も残っている。

 だが実は俺、騎手という職業に憧れていた。こんな舞台に立てるなんて夢のよう。もしかしたらこのまま前原として過ごすことになるかも知れないし、こうなりゃ勝ってやるという気持ちになった。先頭でゴールして派手にガッツポーズでも決めりゃ、そりゃあ気持ちが良いだろう。

 勝つために…俺はゲームで培った知識をもとに、作戦を考える。

 1コーナーを過ぎて残り1800M、前が速いと言っても流石にこの位置は後ろ過ぎだ。

 俺はとりあえず目の前の馬に追いつく為、馬に指示を出そうと考えた。兎に角手綱を動かせばスピードが上がるはずだが、どうやって…

 前に行きたい…そんな思いに応えるかのように前原の体が動き、馬のスピードが若干上がる。どうやら俺の意思が前原の体のコントローラーになっているようだ。

 そうして何とか馬群の最後尾を走る馬に並んだ。隣に並んだのは黒い帽子に黄色の勝負服、コロンブスと竹岡だ。

 竹岡は俺をチラッと見てから言った。

「あ〜俺のもうダメ、手ごたえね〜わ」

 騎手がレース中に会話をするのは知っていたので驚くことはなかった。それに竹岡は前原の師匠なのだ。普段からこういう会話をしているのだろう。

 休み明けが応えコロンブスの走りは本物では無いようだ…

 だが、俺は声を出す余裕は無い…無言のまま併走した。

 残り1200M、相変わらず俺は最後方のコロンブスと併走中。

 さて何処かで仕掛けないと、話にならない…

 早すぎるとゴール前で脚が止まる可能性もあるし、遅くなれば前を捕らえられない。

 俺は最良のタイミングを考える。

 残り1000Mのハロン棒を通過、俺はそこで残り800M過ぎまで我慢しようと思っていた。勝負はそこからだ。だがそう考えた直後、

「前原、ソロソロ捲らんと間にあわんぞ」

 隣の竹岡が再び声をかけてきた。

 師匠からのアドバイス、ありがとうございます竹岡さん…じゃあ僕は行ってきます!と言わんばかりに俺は手綱を動かし、パーフェクトコンボに一気の進出を促す。だが、待った。とてもじゃないが内の馬群密集地帯に突っ込む気にはなれんそれに進路が塞がる可能性もある、俺は安全な外々へ、最外の馬からさらに2頭分空けた隊列の一番外へ馬を向けた。

 そこから追い出すとパーフェクトコンボは俺に応え、ものすごい加速力でスピードを上げていく、残り800M付近、京都競馬場名物の下り坂を利用しさらに加速、体にすごい風を受けながらも最終コーナー手前でついに俺は先頭に立った。同時に起こる場内からの大歓声。

 あっという間に残り200M、手応えが抜群なのか?他の馬の背中を知らないので比べようが無いが、とにかくもう止まる気配がない。だがそのとき、急に前原の意識がぶっ飛んで、全てが俺になった感じが…まずい落ちる…


 相変わらずパーフェクトコンボは気持ちよさそうに走っている、だが前原の意識を失った今の俺には落ちないように手綱を掴んでいるのが精一杯、こんな速さのなか片手を離して鞭を打つことなど想像もできん。

 残り100M、後続を引き離しているのは分かっている。このまま手綱に掴まっていれば俺の勝ちだ。そう安心しかけたとき、地響きと共に内側から何かが接近する気配が、思わず俺は後ろを振り返る。黒帽に黄色の勝負服、コロンブス!竹岡のさっきの発言は俺に早仕掛けさせるための罠か…

 馬体が合い二頭が併走する、気付けば俺も無我夢中で必死に手を動かした。

 そこで頭が真っ白に…

 気付いた時にはゴール板を過ぎて1コーナー、竹岡が馬を寄せ声をかけてきた。

「あ〜惜しかった…やっぱ強いな、おめでとう」

 各馬スローダウンしていく中、俺の横を通過していく騎手は祝福の言葉をかけていく…

 そうか、勝ったのか…

 だが、まだ確定ではない、この後は検量室に戻って後検量をしなくてはいけない。

 さて、どうやって並足で走らせるのか…

 そんな俺の心配をよそに三冠馬は自分から目的地に向かってくれた。

 

 流石、賢い馬だ…


 スタンドから巻き起こる前原コール、それに答えるように俺は腕を天に突き上げる、するとさらに大歓声、なんて気持ちいいんだ…

 とそんな事をしながら検量室前に着き、何とか馬から降りた。

 すると待っていたのはパーフェクトコンボの調教師から「何してんねん!ボケ!」との怒号。

 まぁ、こんな大事なレースで作戦を無視し、あんな危なっかしいレースをしたんだからそれも当然か…

 俺は鞍を渡され、見様見真似で体重計の上に。

 57.0キロ、ほっ…入れ変わったのが意識だけでよかった。もしここに俺の体重が表示されてたら失格処分だ。 

 

 あっという間にレースは確定し俺はTVの勝利騎手インタビューに呼ばれる。

「放送席、菊花賞を勝ちまして無敗の三冠騎手となりました、前原翔騎手ですおめでとうございます!」

「あ、ありがとうございます…」

「どうでしょう今の率直なお気持ちは?」

「…いえ、僕は跨っていただけなんで…全部馬のおかげです」

「そして驚いたのは最後方からの競馬となりました、これはレース前から考えていたのでしょうか?」

「はい…まあそうですね、ペースが速くなるかなと思って…」

「ゴール前、コロンブスが迫ってきましたが、手ごたえはどうでした?」

「ええ、まぁ、必死に追いました…」

「最後に、ファンの方に一言お願いします」

 その質問を耳にした瞬間、俺の目の前にTV画面が、


「……え?…ああ、すいません……頭の中が真っ白で…」

 そこには放心状態でそう答える前原騎手が映っていた。


 俺は部屋に戻ってきたようだ。

 あのまま騎手として生活してみたかったけど…

 だがそこで映し出された菊花賞の配当画面を見て驚いた。

 一着の欄にいるパーフェクトコンボが消えていたら、コロンブスの単勝だけでなく、二着、三着、四着で三連単が的中していた。おそらく百万じゃすまない超万馬券…


 何これ?勝たないほうが良かったじゃん…


 でも、待てよ、俺は前原の意識を乗っ取ったんだ。

 もう一回同じような事が出来ないか…

 そう思いながら俺は壁のポスターを眺めてから眼を閉じ、念じた。

 もし俺が…

 そして次に俺が見たのは鏡に映る風呂に入る前で素っ裸のグラビアアイドル。

 おおぅ、この能力やべー、と思いながらも手は自然とFカップの胸に…

 

 ん…偽乳…

 


 (終)

 

競馬が好きなんで、一度競馬を題材に書いてみたかったのですが、中盤のレースシーンを書くのに一番時間がかかってしまった;;よく見ているものなのに表現、描写が難しい。己の能力が乏しいからか…


オチのグラビアアイドルは主人公の特殊能力を明確にするため急遽書き足したのでいらなかったかも…


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