第94話 なにわ亭
「いらっしゃいませ、なにわ亭へようこそ」
宿の中へ入ると、奥から女性があいさつをしてくれる。
そして、すぐに暖簾をくぐって姿を見せたのは人族の女性。どこにでもいるような普通の女性だ。
「お客様、お泊りですか?」
宿の中をキョロキョロと見渡していたため、女性に不審がられたようだ。
とりあえず、用件を言っておこう。
「いえ、僕たちは泊まりじゃないんです」
「お客様?ここは宿屋ですよ?」
「実は、ここにいるある人に会いに来たんです」
「……あの、この宿は小さな宿です。だから私一人でやっているんですが……。
もしかして、宿をお間違えでは……」
「いえ、間違えてませんよ『トリニティ』さん。魔法で変装しているんですか?」
女性は、少し後ろに下がるとおびえた様子で僕の問いに答える。
「……誰から、お聞きになったのですか?」
「イザベラさんです、お知り合いでしょ?エルフのイザベラさん」
その名前を聞いて女性の態度が柔らかくなる。緊張が解けたようだ。
「イザベラって、まだ生きていたのね・・・・・。
ええ、知っているわ。あの女のおかげで、私が今こうして苦労しているのよ……」
「あの、差し支えなければどういうことなのか理由を聞いても?」
「いいわ、実を言えば本当は勇者に付いて魔王討伐に行くのはイザベラだったのよ。それがエルフの長老から命を受けた次の日に失踪。
どこを探しても見つからず、イザベラの代理として私が魔王討伐に行くことになったのよ」
「……あ~、イザベラさんって自由エルフな性格ですからね」
「そうなのよ!気に入らないやりたくないことは絶対やらないのよ!
そのくせ、興味持ったことにはとことんまで知りたがるから私嫌いなのよ」
そのイザベラさんが、宇宙についてまじめに勉強しているのって興味を持ったからだけなのかな?
……ほんと、自由人だね……。
「……でも、イザベラさん、何故トリニティさんのいる場所を知っていたのでしょうか?」
「え?」
「先ほども言ったとおり、この場所はイザベラさんに教えてもらったんです」
「イザベラが、私の居場所を?」
「はい、必ず助けてやってくれと」
「そう……」
少しうれしそうに俯いちゃったな、トリニティさん……。
「お名前、聞いていいかしら?」
「僕はレオンといいます。こっちはアルです」
「レオン君、アルさん、すぐに逃げなさい!ここは、この宿は監視されているわ」
僕はアルと見合わせると、すぐにトリニティさんを見て…。
「ええ、この宿が監視されていることは分かっていました」
「だったら、相手の狙いも……」
「勇者ナオミ、ですよね?」
トリニティさんは、下唇を噛んで悔しがっているようだ。
「おそらく、この宿の名前も勇者ナオミをおびき寄せるためですね。
しかも、こんな路地裏に宿屋を開かせたのも……」
「……そうよ、宰相のガルザ・ニッケンバングって奴よ。
私は、奴隷にされた後ガルザ宰相に買われたわ。
勇者ナオミ・サカミヤをおびき寄せるエサとしてね……。
悔しかった、こんな連中のために私たちは戦ってきたんじゃない!
私たちパーティーメンバー全員が、奴隷に落とされ、いい様に使われているのよ……」
直美さんからお願いされて、この国のことを調べたけど時期王位継承をめぐって結構汚いこととかしているみたいなんだよね。
特に宰相と宮廷魔導士、さらに貴族の伯爵に辺境伯が対立しているみたい。
今は第一王子が王太子になったからおとなしくなったけど、隙あらばって感じみたいなんだよね。
政治に詳しい第一王子を推す、ガルザ宰相派。
操りやすい神輿の第二王子を推す、宮廷魔導士のオースティン魔導士派。
本当は第一王女であるはずのヴィクトリアを推す、メイソン伯爵派。
そして最後は、現国王の妹であるマドレーヌを推す、辺境伯ジェイス。
この四つで睨みあっている状態だった。
でも、最後の国王の妹を推しているのは、辺境伯一人なんだけど……。
もしかして、お互いがつぶれて最後に辺境伯が推す国王の妹が残る。そういうことを望んでいるのかな?
「他のメンバーが今どうしているか、ご存知ですか?」
「……ええ、戦士のアレクは『黒き深淵の狼』という冒険者パーティーに買われていったから、今もダンジョンに潜っていると思うわよ。
斥候のルークも『白い悪魔の翼』という冒険者パーティーに買われているから、同じようにダンジョンに潜っていると思うわ」
……冒険者のパーティー名って、現実でも中二病的な名前なんだね。
聞いてて、恥ずかしい……。
「後、ヴィクトリアは貴族のメイソン・ウィンブル伯爵に買われたそうだけど、今どんな状態なのかは分からないわね。
こういう貴族が女性奴隷を買う場合は、大抵が性奴隷とするためらしいけど、どうもメイソン伯爵は目的が違うみたいなのよね……」
「となると、すぐに救出した方がいいのはヴィクトリアさんということですね……」
『ん~、策はあるのか?レオンよ』
「……とりあえず、向こうから来るのを待つしかないです。
というわけで、10日ほど泊めてくれませんか?」
トリニティさんは、戸惑いながら部屋の鍵を渡してくれた。
「この王都で何が起こっても自己責任ってことになるけど、本当にいいのね?」
今の自分にはどうすることもできないって、悔しそうな顔で聞いてくる。
大丈夫ですよトリニティさん、僕たちは準備してきましたから。
「はい、大丈夫ですよ」
『うむ』
受付そばの階段から二階の部屋へ上がっていく。
この宿、本当に狭く客が止まれる部屋が二部屋しかない。
しかも路地裏での営業だから、トリニティさん一人でまかなえているんだろうね。
さて、向こうからどんな接触があるかな……。
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