第180話 絶望と希望
アーリー枢機卿は、心の底から喜びをかみしめていた。
ついに、ついに念願がかなうと。
そして、光がさらに激しく輝き、その場にいたすべての視界を一瞬奪い元に戻った時、透明な柱は無くなり、そこには一人の女性が浮かんでいた。
その姿は全身がぼんやりと光っていて、目を瞑っているのにもかかわらず、威圧感が半端なかった。
さらに、服は着ているような着ていないような姿で、その場にいる者たちには認識できないのだ。
顔や髪形も、見た者たちでそれぞれ違うようで、統一感が無かった。
そのことに恐ろしさを感じたのか、その場にいた者たちが後ずさりする中、ただ一人、アーリー枢機卿だけが一歩前へ進み出た。
そして、その女性の正面に立つと、すぐに跪く。
「初めまして、よくこの世に顕現されました、女神様!」
「「「女神様?!」」」
驚く騎士たちとグロウ司教。
そして、グロウ司教が、女神とアーリー枢機卿を交互に見た時、声が響いた。
『私をここに呼んだのは、あなたなのですか?アーリー』
「はい、その通りでございます。女神ハーメス様……」
女神の名前をアーリー枢機卿が当てた時、女神は目を瞑ったまま、怪訝な顔つきになる。
そして、ゆっくりとしゃべりだす。
『……どうやら、私はあなたの企みに利用されるために呼ばれたようですね?』
「そのようなことはございません。
……ただ、私の願いを1つだけ、叶えてもらえれば……」
『……それを企むというのですよ?』
そう言いながら、女神ハーテスはここにない視線を感じ取っていた。
どうやら、ここにはいない者たちがここを見ていると。
そう、女神ハーテスは、レオンたちに気付いていたのだ。
女神の言葉を聞きながら、跪き、頭を下げた顔は笑みを浮かべているアーリー枢機卿。
そして、表情を戻し顔を上げると、願いを口にする。
「女神ハーテス様、どうぞ私の小さな願いを叶えてくださいませ……」
『……どのような願いなのですか……』
ため息をつくように、言葉を吐き出した女神ハーテス。
そのやり取りを、呆然と見つめる騎士たちとグロウ司教。
「簡単な願いでございます、ただ、私にすべてを癒す力をお与えください」
「アーリー様?!」
『……すべてを癒す力とは……傲慢ですね……』
グロウ司教は驚き、女神ハーテスは呆れる。
騎士たちは、何も言葉が出なかった……。
すべてを癒す力、それは、聖女と同等の力であり、考えようによっては、死すらも癒す恐ろしい力となる。
すべての傷は癒される。それは、物理的傷も精神的傷も癒してしまうのだ。
人々は、アーリーのもとに跪くことになるだろう。
そして、最後は老化すらも癒し、永遠の寿命を手に入れる……。
だからこそ、傲慢と女神は呆れたのだ。
どこが、小さな願いなのか。
……だが、願いは叶えなければならない。
「願いは叶えなければならない……」
アーリー枢機卿は立ち上がり、女神ハーテスに歪んだ笑みを浮かべた顔を向ける。
願いを聞かせるまで、儀式にそってやる必要があるが、願いを理解させれば、後の儀式は必要ない。
後は女神ハーテスが願いを叶えてくれる。
なにせ、そう契約で縛られているのだから……。
「女神ハーテス様を、契約で縛ることができる古代技術の恐ろしさ。
恐ろしくもあり、有り難くもありますね……」
アーリー枢機卿は、この装置の正体に気付いていた。
かつて、この装置を使って世界を支配した古代王国があった。
また、この装置を使い、勇者召喚陣を得た者たちがいた……。
『ク、クック………』
女神ハーテスは、自分の意志に逆らって動き出す体に何とか抗おうとするが体は勝手に動き、自らの力を行使する。
アーリー枢機卿の願いを叶えるために……。
「フフフ……これで、これで私は………」
女神ハーテスの向けた両掌から、眩しいほどの青白い光が放たれると、その光はアーリーに直撃し再び眩しい光が輝いた。
しばらくして、光が収まると、その場に倒れるように荒い息遣いの女神ハーテスが睨むように見つめる先には、若返ったアーリー枢機卿が、ぼんやりと光っている。
「……アーリー様、そのお姿は……」
「自分の老いを癒してみましたが……これはいいですね……」
若返り、永遠の美貌を手に入れたアーリー枢機卿は、驚くグロウ司教たちをそのままに、精魂尽き果てたような姿の女神ハーテスに向き直る。
アーリー枢機卿は、女神ハーテスを見下し笑みを浮かべる。
「フフフ、あなたは再び封印されるのです。
そして、再び召喚され誰かの願いを叶える道具となるのですよ」
『……め、女神にする仕打ちではありません!
今も昔も、人族とはこれほど欲深い生き物なのですか!?』
さらに笑みを深くし、アーリー枢機卿は答える。
「そうです、私たちは欲深い生き物なのですよ。
それは、あなたたち神が望んで欲深く造ったのではないですか?
私たちは、それにこたえているだけですよ……」
女神ハーテスは、両眼から涙を流すと、両こぶしをぐっと握り込み何かに耐えていた。
それはおそらく、悔しさだったのではないだろうか。
その昔、自分はこのような装置に掴まり無理やり契約で縛られ閉じ込められた。
女神を自由にしようとするものは現れず、女神ハーテスの前に現れたのはすべて人族で、自らの欲望を叶えることしか考えてなかった。
勇者召喚陣も、その欲望の一つだったのだ。
そんなことを思い出し、女神は絶望する。
そして、一筋の希望に縋りつくのだ……。
ここを見ている、空の上の存在へ……。
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