第156話 逃げ出す人々
宇宙歴4264年3月22日、『ロストール王国』の王都『ペガン』にある南地区。
この地区にある薬屋ベルナンでは、一家で逃げ出す準備に追われていた。
「父さん、無限袋、もう無い?!」
「ほれ、これで最後だ!」
「ありがとう~」
娘に父親が、側にあった無限袋を渡してやる。
無限袋とは、所謂アイテムボックスを付与した袋のこと。
時空魔法の魔道具を使い、袋にアイテムボックスを付与して『ロストール王国』でのみ、売り出していた。
そのため、他国では無限袋を知らないところもあったし、国が国外に持ち出すことを禁止していたため、他国で使用されることもあまりなかった。
「まったく、女の荷物の多さには、呆れてくるな……」
「何言ってんの!あんたの持っていこうとしている薬草類の多さに、私が呆れそうだよ!」
「しょうがねぇだろ?ポーションや薬を作るのに必要なんだからよ……」
「ほら、早く荷物をまとめるよ!」
「おう!」
王都から逃げる。
俺たち家族は決断した。
きっかけは、ギルドに降ろしているポーションを届けに行った時だ。
昨日、届けたポーションの受け取り手続きをしてもらっている時、突然ギルドマスターがロビーに出てきて叫んだんだ。
「帝国が、『ロスト―ル王国』に宣戦布告したぞ!」ってな。
その後は、ギルド内は大騒ぎだ。
傭兵ギルドだったが、今ごろは緊急の要請が入って大変だろう……。
▽ ▽
「おい、準備できたか?!」
「準備できたよお父さん、荷物は全部このカバンの何に!」
「こっちも、準備できたわ!」
「それじゃあ、行くぞ!」
こうして、俺たち家族は、王都『ペガン』を逃げ出した。
行き先は、『ロストール王国』の南の端の港町『ノービス』。
この港町には、王国の軍所属の船は一切泊まっていない。
だからこの港町が、帝国軍に襲われることはないと思って、俺たちは目指すことにしたんだ。
店の裏口から外へ出れば、ざわざわと段々騒がしくなっている。
帝国が宣戦布告したことが、広まり始めているんだろう。
何人かが、俺たちと同じように荷物をまとめて逃げ出すようだ。
王都南の大門にある、乗合馬車の停留所にも長蛇の列ができていた。
俺たち家族は、俺が仕事で王都の外に出るときに使っていた馬車があるから、それに乗って南を目指す。
馬車置き場に使っている広場には、他にもいろんな馬車が止まっているが、そのほとんどの馬車で荷物の運び入れがおこなわれていた。
どうやら、考えることは、みんな一緒のようだな。
「なあ、これあんたとこの馬車か?」
自分が泊めていた馬車に近づくと、後ろから男に声をかけられた。
その男の後ろには、娘ぐらいの女の子が三人と奥さんだろう女性が寄り添って立っている。
「ああ、仕事で使っている馬車だが……」
「なあ、その荷物、あんたもこの王都から逃げるんだろ?
どうだ?俺たち家族もいっしょに乗せて行ってくれねぇか?」
俺は、馬車の大きさとその男の家族を見比べる。
俺の家族は2人、荷物を入れても十分空きがある。
その秋に、男の家族を入れても大丈夫そうだ……。
「ああ、構わねぇぞ。行き先は南の『ノービス』になるがいいか?」
「港町か?構わねぇ、戦場になる王都から離れられれば文句はねぇ!」
「なら、乗りな」
そう言うと、男の家族は馬車の荷台に乗り、男には御者台に乗るようにしてもらった。
荷台が女ばかりの中に、男を1人で乗せたんじゃあ居心地が悪いだろう。
そう言うと、荷台に乗り込んだ俺の家族と男の家族を見て苦笑いを浮かべてた。
御者台に男と俺が乗ると、馬を叩いて出発する。
そして、南の大門に並んでいる人々の側を、俺たちの馬車はゆっくり通って王都の外へ出た。
▽ ▽
馬車が南に向かってのんびり走っていると、男が話しかけてきた。
「そういえば自己紹介がまだだったな、俺はカレブ。
王都じゃ宿屋を経営していたんだ。よろしくな」
「俺はユアンだ。薬屋をしていた。こっちこそ、よろしく」
「ユアンはどこで聞いたんだ?帝国が攻めてくるってことを」
「俺はポーションを下ろしている、傭兵ギルドでだよ。
ギルドマスターが部屋から飛び出してロビーで叫んでいたんだよ、それを聞いてな」
「傭兵ギルドか……今ごろ王国からの要請が行っていることだな」
「カレブはいつ知ったんだ?」
「俺は、宿に泊まっていた客が外から戻ってきたときに慌ててよ。
そんで食堂にいた仲間に大声で、帝国のこと話していたのを聞いてな……」
「いいのか?客がまだいたんじゃねぇのか?」
「それがよぉ、その客の男が大声で帝国が!とか叫ぶものだから、他の泊り客にまで聞こえてな、それから大騒ぎだ。
すぐに王都から逃げないと、戦闘に巻き込まれるとかで一刻かからず、みんな逃げちまった……」
「客がいなくなって、自分たちも、か……」
「ああ、宿閉めて南の大門を目指したんだけな?
あの行列を見てよ、馬車に乗せてくれる奴はいねぇか探してたんだ」
「それで………」
その時、俺たちの上空を『飛行戦艦』が何隻も通過していった。
俺たちの会話を遮るほど大きな音をたてながら……。
デカい船体、その側面には『ジルバ帝国』の旗が描かれていた。
帝国の宣戦布告が人々に知られて騒ぎになってから、わずか一日で帝国の『飛行戦艦』はここまで侵攻していた。
「この国も、終わりか……?」
隣で俺と同じように上空の『飛行戦艦』を見ながら、呟いた言葉が俺の耳に残る。
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