昼寝日和
一人称小説で『私』視点になります。
登場人物は、
『私』 ・・・主人公
青城 悠真 ・・・私の幼馴染 (マイペース)
笹木 要 ・・・悠真の部活の後輩(真面目)
斎藤 成人 ・・・悠真の友達 (眼鏡)
朱鷺 朔弥 ・・・部長 (気まぐれ)
になっております。
楽しんで貰えたら幸いです。
今日も屋上の定位置に彼はいた。
日当たりがよく、ご丁寧に日干し中の体操部のマットの上でブランケットを掛けて眠っている。
昼休みから放課後の今まで眠っていた彼を起こすのは、いつも幼馴染みの私と決まっている。
これは小学校時代からの定例行事になりつつあった。
「悠真、起きて~」
声を掛け、身体を揺さぶってもウンともスンとも言ってくれない。
これはいつものこと。
彼の肩に掛かってあるブランケットを外してみると、掛け布団代わりが無くなり寒くなったのか、流石の悠真も、手の甲で瞼を擦り、欠伸を噛み締めながら顔を上げた。
「あ~~、あんたか。何? おれ眠いんだけど?」
「眠いって、またゲームでもしてたの?」
「いんや、春はあけぼの。ねむねむでねむねむだからねむねむなんだよ」
訳がわからない。
「ん~~。つまりね、夜更かししようがしまいが眠いものは眠いんだ。・・・そうだ、あんたも横になりなよ。そうすれば、ここの寝心地の良さが分かるさ」
「へ? ちょっ、待っ・・・!?」
悠真の申し出を断る前に、私は彼に腕を掴まれ彼の横に俯せに倒れてしまった。
その隙を見逃さず、悠真はブランケットを奪い返し、自分と私の上にかけ直した。
計らずとも添い寝の格好になってしまった。
(・・・うわぁ。は、恥ずかしいけど、これは確かに眠くなるかも)
ふかふかになった体操部のマットに、柔らかなブランケット。
このまま意識をどこかに連れて行かれそうだ。
「ね? 気持ちいいでしょ?」
「うん」
「そう言えばさ、前に言ってたよね?」
「ん?」
「おれの抱き枕になるって」
「・・・は?」
「あれ、覚えてないの? 前の誕生日に何が欲しいってあんたが聞いてきたからさ、おれは枕が欲しいって言ったのに、結局はボールペンとノートだったじゃん。あの時、おれすっごく悲しかったんだけどなぁ」
「う・・・、だけどそれは」
「で、悲しんでいるおれに向かってあんたはこう言った。『枕は高いから今度代用品を持ってきて上げる』ってね。それで、今ちょうど、目の前にあるんだよねぇ。あんたって言う名の抱き枕が・・・」
ニッと意地の悪い笑みを浮かべる悠真を前に、私はタラリと汗を流した。
マズい。
あの時はバイトもしていなかったし、金欠であまり良いものを渡せなかった。だから、来年の誕生日はちゃんとした枕を渡して、もしその前に欲しがったらバスタオルとかの代用品を手渡そうと思っていたのだ。
だが、意外にもそんな機会は訪れず、バスタオルを常に持ち歩くのも面倒臭くなり家に置いてきてしまった頃に、あの時の会話を掘り起こされるとは思っていなかった。
(うたた寝しそうになっていたのに、目が覚めちゃったじゃん!)
気持ちのいい夢心地から、冷や汗を掻くはめになるなんてーー。
ジリジリと後退して距離を取ろうとしたが、その前に、腰に腕を回され一気に引き寄せられた。
私は彼の胸元に額を押し付け、当の悠真は私の頭の上に自分の顎を乗せ、短く息を吐く。
「あぁ~~、柔らかくて気持ちいい」
脳天に頬擦りをする悠真に、恥ずかしさと「私はぬいぐるみかい!」と言うツッコミが入り交じり不思議な感覚がする。
このままではいけないと思いつつも、不覚にも悠真の鼓動の音が耳元に届き睡魔を誘った。
暖かく、柔らかくなはないが落ち着く感じは確かに気持ちがいい。
体勢がいまいちだったのか、悠真は彼女の腰から彼女の腕に抱きつき、そこが気に入ったのか彼はそのまま寝に入ろうとした。
「な、何をしているんですか! 青城先輩!!」
バンッと屋上の扉が開き、私は瞼を押し上げ、そちらに視線を送った。
「・・・あ」
屋上の出入口にいたのは、後輩の要くんと、悠真の友達の成人くんだった。
要くんは礼儀正しく品行方正を絵に描いたような好青少年で、いつも身嗜みには気を付けている。
成人くんは悠真のように制服を多少着崩しているが、だらしなく見えない。色素の薄い灰色染みた髪に、色の付いた眼鏡を常に付けていた。
2人は、悠真の部活仲間で私とも面識があった。
知り合いにあらぬ姿を見られ、顔を青ざめる私とは対照的に、近付いてくる要くんの顔は真っ赤に染められ、要くんの後からやって来る成人くんはニコニコと笑みを浮かべていた。
「二人の若い男女が、一つの布団に入るなんてハレンチ極まりません! 青城先輩、離れてください!!」
要くんはブランケットを掴み、悠真を引きずり出そうとするが、逆に悠真に腕を掴まれた。
「え・・・?」
「かなくんも一緒に寝よう♪」
「えぇっ!!」
悠真は要くんの腕を思いっきり引っ張り、私の反対側に要くんを寝かし付けた。
「ちょっ、ちょっと待ってください! 青城先輩、私は昼寝なんてしたくありま」
「おやすみ~~」
「人の話を聞いて下さい!」
怒鳴る要くんを無視して、悠真は左手に私、右手に要くんの腕を掴み眠りに入ってしまった。
「おやおや、悠真はおねむの時間だったみたいだね」
「感心してないで、助けて下さい! 斎藤先輩!」
「ん~~、そうだねぇ」
成人くんは腕を組んだままゆっくりと布団に近付き、
「では、ご相伴に預かりましょう」
「はぁ!?」
成人くんは要くんの横に寝転がった。
「ちょっ、何、入ってきてるんですか!」
「おやおや? 僕があちら側に入ったら彼女の横で寝ることになってしまうじゃあないか。流石の僕でもそこは自重はするよ」
「そ、そういうことではなく、私が言いたいのは、どうして斎藤先輩まで入ってくるかということです」
「ダメなのかい?」
「いけません。元々、私たちは青城先輩を迎えに来たのであって、昼間っから布団に入るなど、体調を崩した時以外は考えられま……」
その時、バタンと扉の開閉音が聞こえた。
視線を上げる前に、要くんの元に影が落ち、地面を踏み締める音が聞こえた。
「お前たち、何、面白いことをしてるんだ?」
「・・・朱鷺先輩」
暁色の髪を無造作に伸ばし肩の辺りで1つで括り、いたずらっ子の笑みを浮かべるのは朱鷺先輩。名目上は部長だ。
名目上というのは、最高学年が朱鷺先輩しかいないから、部長の役職に就いているだけで、実際に部長としての責務をしているのは成人くんだった。
朱鷺先輩はというと、文字通り自由気ままな人だ。
真面目に物事に取り組めば、大抵のことはハードルを飛ぶよりも簡単に行い、国立大学だって余裕で受かってしまう天才なのに、真面目に授業を受けない、好き放題にエスケープする、規律なんてあってないものの態度を通しているため、先生や要くんからの印象はかなり悪い。
今もムスッと頬を膨らます要の心情など露程にも気に掛けず、朱鷺はニコニコと笑みを浮かべながら寝転んでいる四人を見下ろしていた。
「おまえたち、凄く楽しそうだな~」
「楽しくありません。そもそもどこをどうやったらそう思えるんですか?」
「皆で悠真の真似事か?」
「違いま」
「はい、今日はお昼寝日和です。朱鷺先輩も入りますか?」
要くんの否定の言葉を成人くんは掻き消し、自分の横の掛け布団を少し捲った。
朱鷺はニッと目を細めて笑い、「入る、入る!」と喜々として布団の中へ入った。成人くんとは真逆の位置にいる私の横にーー。
「なっ!! 何をしているんですか、朱鷺先輩!」
「何って、布団に入っただけだぞ?」
「そうではなく、何故、そっち側なんですか! 斎藤先輩が布団を捲っているのだから、普通はこっち側でしょう!」
「そっちだと身体の半分以上、布団からはみ出るし、それに成人の横になるくらいなら、こいつの横の方が良いに決まってるだろ?」
「狡いですよ! 私だって斎藤先輩や青城先輩の横になるくらいなら、先輩と一緒に寝たいです! 狡いです!」
「知らん」
「うぅ~~っ!!」
「・・・然り気無くディスられている気がするが、そんなに僕の隣は嫌なんだろうか?」
「あ、あははは」
私は空笑いで、成人くんの言葉を流すしかできなかった。
短く息を吐き、「きっと今日は何もできないんだろうなぁ」と内心、思っていた。
朱鷺先輩と要くんの言い争いは、朱鷺先輩の大あくびによって阻まれた。
「ふわぁ~~、眠くなって来たなぁ。そろそ、お休み~」
「ちょっ、朱鷺先輩! 話はまだ終わってませんよ!」
「いいから寝るぞ、寝るぞ。寝る子は育つんだ、たまには皆で悠真になりきるぞ!」
「意味分からないんですけど・・・」
朱鷺先輩は再び欠伸をすると、すぐに寝息を立ててしまった。
彼の寝顔をこっそり見ると、目の下にうっすらと隈が出来ているのが分かる。
天才だ、何だと言われても、彼だって決して楽して生きている訳ではない。常人と同じかそれ以上に努力しているのだ。
私は他のみんなには見えないように、布団の中で彼の手を握ると握り返してくれた。
ーー狸だったようだ。
私は短く息を吐き、体勢を変えて仰向けになった。
悠真は本気で寝入っているのか、うんともすんとも言わない。
時間だけが流れて、青い空の中を白い雲たちが横切っていく。
しばらくすると、悠真の横でブツブツと文句を言っていた要くんも、それに相槌を打ってあげていた成人くんからも寝息が聞こえてきた。
暖かくて、日差しが気持ちいい午後の一時。
本当にお昼寝日和だ。
私が首を少しだけ横に倒すと、悠真が私の腕に頬を寄せて眠っていた。
幼い子供のような寝顔を見せる悠真の頭を優しく撫でてあげたい衝動に駆られるが、反対の腕は残念ながら朱鷺先輩に貸してしまっている。
ならば、起こさないようにしてあげるだけだ。
「・・・むにゃ、幸せだなぁ」
悠真の寝言に同意だ。
そう、幸せなのだ。
皆で同じ布団に入り、横になっていると不思議と落ち着いた気持ちになれる。
(ずっと、このままでいたいなぁ)
いつかは来る別れの時。
それまではこの5人で仲良く過ごしていたい。
私はそう想いながら目を閉じて眠りに入った。
END