最大のスパイスは笑顔にて
1,000文字小説第四弾です。今回は「味」に関する小話を作りました。
味覚を通じて物語との距離を測ってみました。
甚兵衛は突発的に生まれたマスコットキャラでしたが、今となると妙な愛着があります。
「知ってるもん、どうせ甚兵衛の中にも人が入ってるんでしょ?」
迷子センターで親を待つ女の子は涙目で、しかし着ぐるみの甚兵衛の手をしっかりと握っていた。
(子供は苦手なのよねえー……)
なら何故このバイトを選んだのか。大学生北見あさ子は蒸し暑い着ぐるみの中で困り果てていた。
着ている着ぐるみの名は「甚兵衛あ(じんべえ)」。クマのマスコットで仁義と情に厚いいぶし銀キャラである。手にしたフォークは好物のパスタを食べるため。ハイカラ過ぎる設定だ。
「うう……」
でも、泣いてる子供は放っておけない。今親から連絡が入り、もうすぐ駆けつけてくるだろう。このままぐずりっぱなしでお別れするのは、ひどくあと味が悪い。あさ子は思いきって女の子の前に回り、しゃがんで頭をなでた。
「俺は甚兵衛だぜ。友だちを放っておけねえのが性分でな」
声はボイスチェンジャーで渋い親父声に変わっている。
女の子はまだ不信感が残る目でこちらを見上げていた。
「今初めて会ったのに?」
迷子になって親とはぐれ、心も寂しくなっているのだろう。心細さが不安に震える足と声に出ていた。それを止めようと、もう片方の手を肩においてあさ子は続けた。
「友だちに条件なんていらねえ。ただ目の前にいる。それだけで充分じゃねえか」
このテーマパークの設定でもある言葉だが、あさ子はそれに付け足した。
「今度一緒にパスタ食べに行こうぜ。お父さんたちも一緒にな」
「……本当?」
「おうとも。好きな食べ物は笑顔で食べた方が美味いんだぜ」
その後無事両親と合流出来た女の子は泣きつきながらテーマパークを後にした。こちらを振り返ることなく泣きじゃくっていた。
(うーん……怖いイメージ残っちゃったかな)
テーマパークの近所にあるファミレスで、好物のペペロンチーノにフォークを刺しながらあさ子は暗い顔をしていた。店内はテーマパークから食事に移る家族客でいっぱいだった。
「おねえちゃん、お腹いたいの?」
深くうつむいていた隣から幼い声がかかった。
「え……?」
意外な声の主だった。先ほどの女の子だ。ジュースの入ったコップを持ち、心配そうにこちらを見てくれている。
「ちょっと食欲なくてね……あなたはちゃんとご飯食べた?」
そいうと少女は満面の笑みで返してくれた。
「うん! だって好きなものは笑顔で食べ方がおいしいんだよ! 友だちが言ってたの!」
「……友だち」
「お姉さんも笑って食べよう!」
女の子は両親の待つテーブルに歩いて行った。両親がぺこりと会釈してくれた。それにあさ子は口元をほころばせ一礼する。
「……友だち、になってくれたか」
自然と湧き出てきた気力に答えるかのように、胃が空腹を告げた。
「甚兵衛の仁義、ここに貫いたり!」
いただきますと改めてあさ子はパスタを口に運んだ。
冷めかけていたはずのペペロンチーノは、妙に温かく感じた。多分かじりついた唐辛子のせいかもしれない。そのせいだろうか、目の端に生まれた温かいものがこぼれでた。
あさ子はそれを指で乱暴に拭うと、もう一口とパスタをほおばった。