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情熱の武装少年パシオン2

遅くなりました。すいません。

少しずつ元の様に書けるようになってきたので次回はもう少し早く更新できると思います。

 時計の針が頂点を過ぎた頃。

 私は足に力をこめて別の建物の屋上へと跳ぶ。だが、今日は魔力で身体能力が強化されておらず、何度も落ちそうになった。

 今の私の再生能力は一般人よりも少し傷の直りが早い程度だ。建物の高さは2、3階ほどとそれほど高くない建物ではあるが、落ちれば簡単に命を落とすであろう。

 そんな危険な行為をしている私を呼び止めようとする声があった。


『乃梨花! 止めるんだ。もう君にまともに戦う力は残っていない。それに多分やばいやつが近くに来ている可能性がある。そうでなくとも魔法少女としての力を失った君は本当に死んでしまうよ』


 クロはずっと何かを言ってくるがそれを無視する。

 確かに死ぬかもしれないが今まで散々死にたいと言ってきたのだ、それが私の行動を止める理由にはならなかった。

 いや、違う。

 ただ私は怖いのだ。

 今まで絶望してきた私は幸福になることが怖い。変化が怖い。そして、必要とされなくなるのが怖い。

 魔法少女として必要とされてきた。

 魔法少女になることによって親友を殺したことの償いをしようとしてきた。

 それらの思いが私を焦らせる。


「居たわね。絶望」


 泥のような絶望を発見し、思考を現実へと戻す。

 絶望そのものであるアレと対峙すれば、アレに殺されれば、再び絶望することができるだろう。そうでなければならない。

 だから大丈夫だ。私はまだ人類に必要とされているはずだ。魔法少女になれるはずだ。

 そして、再び親友の死の免罪符を手に入れることができる。


「さぁ、来なさい」


 私の言葉に反応したのか、偶々なのかは分からない。しかし絶望がこちらに気づいたのは好都合だった。

 ただの人間が勝てる相手ではない事は変わらない。つまり、このままならばあっさり死ぬだろう。しかし、死の恐怖によって私が絶望することが出来れば魔法少女となり、やつを倒すことが出来るようになるかもしれない。


『君は力を取り戻すことに希望を持ってしまってる。だから今の君には絶対に魔法少女になれないよ!』


 クロはこちらを追いかけ続けながら焦りが滲み出した声色でそのように言った。

 しかし、その忠告はすでに遅い。

 絶望は泥のようなその体を収縮させると、元に戻る反動によってこちらに飛び移ってくる。

 1秒もしないうちに私はアレに殺されるはずだ。


「燃え上がりな!」


 だが、絶望は私を貪る前に、突如として現れた炎の波に飲み込まれた。

 流石にこれだけの炎で倒せるはずもないが、それでも絶望が足を止めるには十分な力はある。

 その足を止めた隙を狙い、変な男――情熱の武装少年パシオンは私の前に立ち、絶望と向かい合う。そして自分の存在を誇示するように堂々と声を張り上げた。


「俺が来たぜ!」


 私は目の前のパシオンを見る。

 すると、すでにパシオンは何度も戦闘をこなしたのか全身に傷がついていた。


『なんや、ここんところ絶望が増えとるの』


 彼の肩から聞こえる声、赤い蜥蜴が疲れた様にそう言う。だが、パシオンは私を見たが何も言わなかった。

 それどころか彼が私を見る目はとても冷たく感じさせ、前見た時のような暖かさはなかった。

 そして、彼のその目は私の心を見透かしているようで居心地を悪くさせる。


「ドラ、アイツを見張っといてくれ」


『まかせちょきや』


 彼はそう言った後、ドラと呼ばれた赤い蜥蜴を置いて絶望の方へと跳んでいく。


『助かったよ』


『なにがあったかはしゃねぇが荒れとるの』


『まぁね。色々とあってそれで変身すら出来なくなってる始末さ』


『絶望は晴れるに越したことは無いがの』


 勝手な事を言ってくれる。

 私はまだ戦える。

 そう思って私が立ち上がろうとしたときクロが声をかけてきた。


『止めときな。君が行けばきっと彼は死ぬよ』


 それでも私は戦わなければならない。

 人のために戦う。それが私に許された唯一の生きる意味だから。


「変身」


 だから私は以前のようにそう唱える。前は何度唱えても反応すらなかったが今回は弱々しく、変身するための指輪から反応があった。

 前のようなどす黒さはなく、薄い灰色が私の右手を包み込む。

 どうにか右腕は変身できたようだ。最も右腕以外は生身のままだが。

 変身できたといってもとても不安定であった。それも、気を抜けば今にも変身が解けそうな程。だが、それでも生身よりはマシだと心の中で言って歩を進める。


『変身できない事実が君に少しだけ絶望を与えたんだね。いや、それならば前と同じだから焦りとかかな? それとも彼女がいないから? だけど結局のところその中途半端な変身じゃなにもできないよ。寧ろ足を引っ張るだろうね』


「うるさい……! 分かってるわよ! ねぇクロ、今の私の気持ちが分かる?」


『……』


「あなたは人じゃないものね。人の心も分からないのは当たり前。そんなあなたが一個人の感情を深く理解するなんて余計に無理よ」


『……今の君は間違いなく人だね』


 クロのその言葉にどんな意味が込められていたのかは分からない。私もクロではないのだ。アレの感情を理解することなど出来ないだろう。

 私はクロの方を見ることなく、いや、見ることが出来ないままに駆けだした。

 目の前では絶望とパシオンが戦いを繰り広げている。

 絶望の強さは今まで見てきた奴らの平均以下。それでも戦いが長引いているのはパシオンに疲労が溜まっているからだろう。とは言え、戦いはパシオン有利に進んでいる。間もなく絶望は倒れるだろう。

 だが、それではダメだ。

 私も戦わなければならない。


『嬢ちゃんどこへ行くつもりだ?』


 そう赤い蜥蜴が聞いてくる。

 私はそれも無視して駆け続けるつもりだったが、それは出来なかった。


「なら、しゃあないな……」


 赤い蜥蜴の体が膨れ上がる。

 口には牙が生え、荒い息とともに炎が漏れた。

 背中を何かが突き破る。血は噴き出さず、元からそこからあったかのように翼を振るわせた。

 尻尾は丸太のように膨れ、軽く一振りするとコンクリートの屋上が削れる。

 その姿は私みたいな者でも分かるほどに有名だった。


「ドラゴン……」


『別に儂等は戦えへん訳じゃないんやで、ただ普段の姿よりも大幅に蓄えた感情を使うんで、この姿で戦えば直ぐに感情を使い切り、お陀仏って訳や。ほんだからよっぽどじゃないかぎりこの姿にはならへん。だが、パシオンにお嬢ちゃんの事を任されたからなぁ。本日は大サービスや。ただ、正直この姿で居るのきついからお嬢ちゃんが素直に引いてくれるとありがたいんやけどな?』


「ねぇ、ドラゴンなんて伝説の中の伝説じゃない。ならばそれとほぼ生身で挑むなんて絶望的じゃない?」


『……言葉が通じへん。ダメみたいやな。仕方がない、多少の怪我は覚悟しいや』


 そして私はドラゴンに向かって走り出す。これで再び戦えるようになるのではないかという期待を込めて。

 しかし、ドラゴンの姿がブレたと認識したと同時に脇腹に強烈な衝撃を感じ、視界が暗転した。

 私はこれほどの攻撃を受けても少しも絶望しないんだなとどこか他人事のように考えながら……。







「ここは……」


 まず最初に目に飛び込んできたのは満天の星々であった。

 その星達は天高く輝いていて、どこか私を嘲笑っているように感じる。


「ドラがやりすぎたみたいですまないな」

 

 屋上の縁に座ったパシオンがこちらに話しかけてくる。

 未だに変身を解いていないが、他にも屋上に寝転がるサラリーマン風の男がいるのを見る限り既に絶望を倒した後のようであった。


「別に問題はないわ」


 改めてわき腹を意識すると、鈍い痛みが走る。

 軽く触ってみた感じではあばら骨が折れているようだ。

 魔法少女となる以前も骨など何度も折れていたし、ほとんど失われているとは言え魔法少女の再生能力があるのならパシオンに言った通り問題ないであろう。


「そっか……」


 夜空に風の音だけが響く。

 パシオンも、私も、クロですら一言も喋らない。

 そんな長い沈黙の後、ゆっくりとパシオンが見えない口を開く。


「なぁ、何があった? 今日のお前はまったく熱くなかったからな」


「熱くなかったって私は元より淡白な人間だと思うわよ。何かに熱を燃やす余裕なんてなかったからね」


「違うんだよ。そう言う意味じゃなくって……。なんだかなぁ」


 彼は頭を掻く。

 その行為は直接頭が掻けない今の状態では頭の中を整理する意味合いが強いのだろう。


「ちょっと俺の昔話に付き合ってくれよ」


 やがて彼はそのように切り出した。

 何故熱い、熱くないの話からそんな話になったのかは分からない。

 だが彼の声は何時になく真剣なものであった。だから――。


「構わないわ。どうせ絶望を狩れなくなった私にはやることがないしね」


 私は私らしくなく、そのように口にしていた。


「俺は小さい頃からテニスをやっていてな、自然にプロになることを夢見ていた。何度も挫けそうになったが尊敬するある人の言葉を聞いて何度も立ち上がってきた。そんな俺の努力が実ったのか中学では全国大会で優勝した事もあった。ようやく本当に小さい頃から夢見たプロになることが現実味を帯びてきたと思ったよ」


「へぇ、それはすごいわね。で?」


「たく、微塵も興味もなしか。まぁ、ここは話をするための前置きだからそれでいいんだが……。それでだ、高校でもテニスを続けてた。ある日までな」


 そう言うと彼は私の前で初めて変身を解いた。そして、直後に私は驚く事となった。

 彼はいかにもスポーツ少年というような短い単発の男で、顔もそこそこよいのだろう。鍛え抜かれた体は逞しく、さぞかし女性にもモテていた(・・)だろう。

 そう過去形である。彼にはあるべき場所にあるものがなかった。


「高校の頃にね、同じ部活のやつに背中を突き飛ばされてそのまま赤信号となってる横断歩道へと投げ出されたよ。突然のことに俺は何も対処できずにそのまま転んだ。そして運が良かったのか、悪かったのか俺の上半身は真ん中の車が来ないところまで吹き飛ばされた。そして車は俺の上半身を潰すことなく、そして命に関わることなく俺の脚を磨り潰した」


 彼はそのように言いながら苦笑するが、苦笑とは言え笑って言うことではなかった。

 なぜなら足を失ったということは同時に長年の夢であるプロテニスプレイヤーになることも諦めざるを得ないのだから。それどころかまともな生活に戻ることすら難しいだろう。


「クロ……」


『君の言いたいことは分かるが無理だと言わざるを得ない。確かに武装少年にも魔法少女には劣るが再生能力がある。これは長い時間が必要だが部位欠損しても元に戻る。が、それは武将少年となってからの話だ。武装少年となる前に受けた傷は再生しない。君の手首のリストカットの跡と同じようにね』


「そう言うことだ。俺の脚は事故によって切断。その頃はまだ武装少年にはなってなかったから脚も元に戻らない。俺は絶望しかけていたよ。何だって人生を捧げたプロのテニスプレイヤーになることが不可能になったんだからな。だが俺は絶望しきることがなく、夢を諦めることなく時間が過ぎていった」


『補足すると一度絶望に飲み込まれた人間は魔法少女や武装少年になることは出来ない。つまり彼は絶望的な状況においても絶望で心が折れることなく、乗り越えた訳だね。だからこそ絶望したのではなく、絶望しかけたと言ったのかな?』


「その通りだな。それは置いておいて、ある日のことだ。ニュースで見たんだよ。ある世界的テニスプレイヤーがパラリンピックで活躍する日本のテニスプレイヤーの存在について語ってたんだ。それから少し調べれば車椅子テニスの存在を知った。それから俺も車椅子テニスを始めたんだがそれは今はどうでもいい話だ」


 パシオンは再び変身する。

 そして自らの足を確かめるように何度か足踏みをした。


「この通り変身した状態なら歩いたり走ったり出来るのだだから俺は恵まれたほうだよ」


 表情は見えないがきっと彼は笑っていることだろう。

 他の人なら自殺をするような絶望を味わっていてもそれを己で乗り越え、そして受け入れた形で夢を再び目指した。

 目の前に佇む彼はなんと強いことだろう。それに比べて自分はどうだ? 現実を受け入れられない。は酷く矮小で醜い事だろうか。それこそ私が自殺をしたくなるほどに。


「それだ、その目だ。俺が許せないのはな。前にあったときのお前の目は確かに絶望に満ち溢れていた。だが、それでも何か芯が見えていた。俺のテニスのように何か譲れないものが見えていた。だが、今のお前の目は絶望はないがその芯も感じない。まったく熱くない。俺が一番嫌いな目をしているんだよ、今のお前はな」


「ならば私はいったいどうすればいいのよ? 私の芯だったものって何? 私は元から熱くなかった。愛を知らなかった。孤独だった。ようやく手に入れた友も自分で壊した。そしてまた孤独に戻った。それでまた絶望した。世界に、自分に。また私は孤独から戻れるかもしれない。それになのに貴方は再び私に孤独になれって言うの? 貴方は私に絶望しろと言うの? 貴方を私に押し付けないで、貴方に私の何が分かるって言うの?」


 彼の勝手な物言いに私は溢れ出る憤りを口の奥に押し留める事が出来なかった。

 次から次に出てくる言葉。自分でもどこからこんなに憤りを感じているのか分からない。しかし、その全ての言葉は魔法少女に戻りたい、絶望と戦いたいという言葉ではなかった。

 どれも今を肯定し、その今を肯定する言葉を拒絶していた。

 確かに私は再び魔法少女になりたい、戦いたいと思っていたはずなのに。


「知るかよ」


 だが、私の感情は彼にその一言で切り捨てられた。

 あぁ、その通りである。

 クロに人間ではないくせに人間の気持ちなど分かるかなどと言ったが、人間だとしても他の人間の気持ちなど分かるはずもない。この気持ちが分かるのは私自身しかいないのだ。


「自分ひとりでゆっくり考えてみな。お前の中の芯だったものは何か、今やりたいこと、やらなきゃいけないことを。じゃあな。俺が言いたい事はそれで全てだ。今度は再び熱を内に宿したあんたに会える事を祈ってるぜ」


 彼は無言でこちらで見ていた赤い蜥蜴を肩に乗せると夜が作り出す闇の中に消えていった。

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