希望の魔法少女ホープリリィ
この日も私は悪夢にうなされ、飛び起きる。
睡眠時間は1時間弱。よく眠れた方だろう。
今日は土曜日で、学校は無い。
だからと言ってやることも無いのだが。
『今時の女子高生はカラオケとか合コンとか友達とわちゃわちゃするべき何じゃないの?』
「私にはそれに一緒にいくような友人はいないわ。それにそんなの表面だけ、実際は裏で陰口ばかりよ。私が仲良くしてあげてるからってあの子生意気だとかあの子ブスなのに可愛っ子ぶって気持ち悪いとかね。それを少しトイレで居なくなった時に言うからすごいわよね」
『そうかもしれないけど、それがすべてって訳でもないはずだ。自分の知る限りでは中には正直で、真っ直ぐな子も多くいるんだから』
「昔のあなたの契約者ね。魔法少女になる素質があるほど感情が強い女の子だから普通の女子学生では無かったはずよ。生憎普通の女子はそんな純真でもないし、男が思うほど清楚でもない。下ネタ好きで、人の不幸や他人を蔑まないと自分を維持できない変態のクズばかりよ」
『君の考えはマイナスに凝り固まってるね……』
自分でもそう思う。
だからこそ私はこんな性格で、こんなことになってるのだから。
「さて、シャワーを浴びるわ。出て行きなさい」
『まったく、君は犯されてもいいとか言う割には羞恥心もあるし、貞操観念がしっかりしている。ちぐはぐだね』
「そうね。その通りだわ」
クロが部屋から出て行ったのを確認し、服を脱ぐ。
いつも通りに手首を斬り、シャワーを浴びた。
『で、何処に行くんだい? やることが無いとか言ってたけど約束は無くともやりたいことはあったのかい?』
「そんなわけない。ただ私がやらなければいけないことをやるだけよ。絶望の所に案内して。夜に絶望が現れやすいからと言って昼に絶望が現れないわけではないのでしょう? どのみちすでに生まれてしまってる絶望には夜も昼も関係ないのだから」
クロは深くため息をつくと振り返り、『こっちだ』と言って案内する。
私が望むそれはクロにとっても都合のいい事だ。私の心配をして色々と言うが結局は私の意見を強く否定しない。
私はそれを分かっていてクロの心配を受け入れない。
全く酷い話だ。
『どうやら先約が居たみたいだね。君にとっては初めての会う他の魔法少女になるのかな?』
クロが見ている先、そこでは白いふりふりの服を着た女の子が樹のような化け物と闘っていた。
「あぁ、もうしつこいったら」
そう言って周りから迫りくる樹の触手を魔法で出来た弾で打ち落としていく。
どちらかと言えば押されているというのにその姿は元気に満ち溢れていた。
「……変身」
念のため私は変身する。
光と共に私の姿は漆黒のドレスに変わった。
『あなたは?』
その声は上空から聞こえた。
白いフクロクが私たちの事を見ている。
だが、その目つきはどこか険しかった。
『久しぶりだね。あの子は君の担当する子かい?』
『そう言うあなたの担当してるのはその子? 凄い絶望ね、あなたはちゃんと精神面を管理してるの? この子達は今にも絶望になりそうよ。それもあの子が今戦ってるあれとは比べもにならないくらい強さの絶望に』
『勿論さ。と言いたいところだけどこの子自身が自ら絶望に向かって行こうとしてるからね。精神管理は自分じゃどうにもならないさ。まぁ、だけど絶望になることは無いと自分は断言しよう。それにこの子は絶望の魔法少女だからね、絶望は大きい方が良いのさ』
『……あなた、見損なったわ。いくら強い感情を持つ者に絶望を狩らせるのが良いからってマイナス方面の感情を使うなんて。それもよりによって絶望そのものとは』
白いフクロウはクロを睨みつける。
正義感に溢れていて、人を大切に扱う。
自分たちは人間の感情は分からないとクロは言っていたが、このフクロウは少なくとも私のような人よりも人間らしかった。
それにしてもクロは何故あのことを言わないのか。
クロは自分で提案しながらも、絶望の感情で魔法少女となることをちゃんと渋っていた。だが、あの時はああしなければならない状況で、仕方なかったのだ。
そんな話をしているうちに白い魔法少女の方は決着がつきそうだった。
最後は一点突破を図り、相手の体を打ち抜く。それによって核も大きくヒビが入ったようだった。
だが、これはまずい。
中途半端に追いつめるのは相手を決死の覚悟を決めさせてしまう。
この絶望も最後の力を振り絞り、自爆をしようとしていた。
私だけなら兎も角、彼女やクロは死なせるわけにはいかないだろう。いや、死ぬことはないだろうが、それでも結構なダメージは受けるはずだ。
だから私は即座に魔力を使い、女を象った鋼鉄の固まりを作りだし、絶望をその中に格納する。
爆音が起こるが衝撃はその鋼鉄の中にだけ納まり、被害は一切出なかった。
「えっ……?」
白い魔法少女が庇っていた顔を上げ、待っていてもこない衝撃に疑問を覚え、状況を確認しようとする。
そしてビルの上に立つ私に気づいた。
どうやら衝撃が無かったのは私のおかげだと認識したらしくお礼を述べる。
「助けてくださりありがとうございます」
その声は明るく優しいものであった。
実際の所、私が爆発を押さえなくとも魔法少女の頑丈さなら大きな問題は無かったはずだ。それをあそこまでに曇りの無いお礼を言われると罪悪感に満たされ、自殺したくなる。
私は流石にあの少女の前で自殺なんてショッキングなものを見せる勇気もなく、ただあの絶望が居た場所を見た。
そこではすでに役目を終えた鋼鉄はは消えさり、元の魔力となって消えている。代わりに残され得たのは白骨化した死体だけだった。
おそらくは絶望となり、何十年も過ごした人のものだ。
生き地獄を味わいながら何も栄養を取ることなく、衰弱しする。そしてそのまま何年も過ごしている内に肉体は腐り、骨だけとなったのだ。
それからは死して行く中で発した絶望や、周囲に漂う絶望を吸収しながら世界の裏に潜んで居たのだろう。
何も珍しい光景ではない。
すでに私も魔法少女になったときから同じようになった者を何人も殺してきた。
中にはまだ救えたはずの者も……。
むしろ絶望になったばかりで、救い出せる人数は多くない。
私の気など知らずに白い魔法少女は骨を布で包み、そのまま抱え上げる。そして空を飛び、ビルの屋上に立つ私の方へ飛んできた。
「改めまして、先ほど絶望が自爆した時に助けてくださってありがとうございます。最初のお礼が遠くからですいませんでした」
「いいのよ。それよりそれはどうするの?」
私は彼女が大事そうな抱えてる死体を指して私はそう聞く。
いや、何となく察しては居る。それが事実だとしたら彼女はどれだけ底抜けの善人なのだろうか?
死体なんてただ気持ち悪いだけなのに。
「きちんと埋葬しなくちゃいけませんから。流石にちゃんとしたお墓の中には入れられませんが、それでも出来る限り埋葬して上げたいのです」
「そう。けど、死体なんてすでに考えることもない、何も思うことが無いものよ。死したら何もないのだし、特に私たちはそれを何度も見ることになる。そんなことしてたらキリがないわよ」
「暗い、すっごい暗いです。もっと夢を、希望を持ちましょうよ! 確かにそうかもしれませんが天国だってあるかもしれないじゃないですか。埋葬した事で未練無くあの世に行ける。そう思いませんか?」
彼女は汚れを知らないかの様に純粋な目でこちらを見る。だが、魔法少女をやっている以上絶望の嘆きを知ってるはずなのに。
なのに彼女は純真さを忘れていない。
彼女は強かった。力や能力で言うのなら私の絶望の力の方が強いだろう。
だが、それほどまでに心が強く、それが私には眩しく見えた。
「そうかもね」
だから私は彼女の言葉を否定できない。何にも思っていないことでも私は肯定する。少しでも彼女を傷つけるような事が怖いから。
「あ、自己紹介がまだでしたよね。望月李里です。自分で言うのは恥ずかしいですけど希望の魔法少女やってます。まだ魔法少女の成り立てですから他の魔法少女や武装少年には会ったことが無くって、こうして会えた事がうれしいです。えへへ」
彼女は可愛らしく首を傾け、頭を掻いた。
「私も他の魔法少女に会うのは初めてね。九能乃梨花よ」
「そっか。乃梨花さんこれからよろしくね!」
差し出された手を私は掴めなかった。
これ以上親しくなるのが怖いから、こんな純粋な少女を私が汚すことになりそうだから。
私の葛藤など知らずに何時までも手を出さない私を見て、莉里は疑問符を浮かべながら顔を傾けた。
『莉里。行くわよ、友達を待たせてるんだから早く行かないと駄目じゃない』
「あ、そうだった。シンフ行くよ。それじゃあ乃梨花さんまたね」
そう言って彼女は飛び去っていく。
だが、シンフと呼ばれた白いフクロウはまだ残って居てこちらを睨みつけていた。
『あの子には近づかないで。あなたのような深い絶望を抱えた人と莉里が一緒にいれば莉里は壊れることになるわ。それとあなたには失望したわよ』
最後の台詞はクロを見て言った。
『失望とは酷いね。自分はただ最適だと思うことをしたまでだよ。今まで少年少女の強い感情で契約してきたけど未だに絶望は無くならない。ならば何時もと違うやり方を試さなきゃ駄目じゃないか』
『それがこの子って訳? 本当に最低になったわね、あなた』
そう言い残してシンフも莉里を追いかけるように飛んでいく。
「良いの? まともに事情を話してないけど」
『良いんだよ。あの時はとっさの判断だったけど、自分は君を魔法少女としたことに後悔は無いし、これからもしないと思う。それにまともに話したところで僕がしたことは変わらない。ならばあれで良いんだよ。まぁ、自分の判断が正しかったと認めさせればこれ以上怒られることも無いさ。だから期待してるよ、乃梨花』
全てに絶望している私に期待とは笑わせてくれる。
ただ、その期待に答えたいと思う感情はすごく心地よかった。
あれからはできる限り莉里と会わないようにした。
それが私の最善で、クロの為でもあると思ったからだ。
絶望が居れば向かうが、高速で動き回ってたり、逆に全く動いてなかったりなどと少しでも戦闘の可能性があるのなら近づかずに他の絶望を狩る。
そして再び他の絶望を狩る。
『大丈夫かい? 疲れてるようだけど』
「大丈夫よ。また、新たな絶望がいないか探しましょう」
私は息を整え、ビルや家の屋根を駆けた。
クロは私に何か言いたそうにしていたが結局何も言わずに絶望の香りを探す。
『乃梨花さんまたね』
『乃梨花、また明日』
頭にちらつく莉里の声。
その後ろには何時も親友の影があった。
見た目は全く違う二人だが、優しさという所では同じように感じる。
だからこそ私はあの日をの事を思い出した。
そして莉里も同じようになるような気がして私は忘れるためにただひたすらに戦い続けた。
学校が帰り、げた箱を開けようとしたら扉が接着剤の様なもので固定されていた。
私は筆箱からカッターナイフを取り出して切りながら周りを外していく。
そんな労力を割きながら取り出した靴を履くと画鋲が足の裏に突き刺さった。
予想もしてなかった衝撃に私は顔をしかめる。
いくら死ぬようなダメージに慣れてるからって、自分で自殺のような事をしているからって不意の痛みにはなれてなかった。
私は人目が無いところに行くと足の裏に刺さった画鋲を引き抜く。しばらくすればこの傷も魔法少女の力によって消えるだろう。
ただ、そのまま正面から帰るにはまた何かされそうな気がして普段生徒が使わないような業者用の門を飛び越え、道路に出た。
『まったく、何時もと違う出口から出るのならそう言ってほしいね。自分と契約した者の居場所はだいたい分かるとは言え、なんかあったのかと戸惑うじゃないか」
「ただ気分の問題。気にしないで」
『はぁ……。まぁ、何にもないのならよかったよ』
ここからは何時も通りにクロが隣に来て、帰路につく。
だが、そこでも簡単に帰ることが出来なかった。
「黒い猫と喋ってる?」
不意に後ろから声がかけられる。
まぁ、とはいえ基本的にクロ達が喋るのは思念でだ。聞かせたい相手にしか聞こえない。
だからいくらでも言い訳のしようがあった。
「気にしないで。ただ野良猫に愚痴を言ってただけだから」
私は予め決めてあった言葉で話を終わらせようとした。だがーー。
「もしかして乃梨花さん?」
私の思い通りになるはずが無かったのだ。
振り返るとそこには見知らぬ中学生がいた。ただ、その中学生の声は知っている者のだった。
この子とは関わらないようにしていたのに、つくづく運命に嫌われてるようだ。
けど、彼女と会うのは止めた方がいい。まだごまかしはきくのに反射敵にその子の名前を言ってしまった。
「莉里ちゃん?」
こうして私は再び希望の魔法少女と再会することになった。