表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

絶望の魔法少女デスペアのりか

 私に向かって伸ばされる手。

 その伸びてきた手を私は叩き落とした。


 その手の持ち主は顔を絶望に染め、そしてすぐに怒りへと変わった。


「どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして私を拒絶するの?」


 私を掴もうと彼女の背中から身の丈ほどもある手が生まれる。次の瞬間には口が裂け、足が巨大化し、髪が伸び、舌が異常なほど伸び、蛇の舌が巨大化したようなものになっていた。

 その後も変化は続く。

 体は徐々に人間味が消えうせ、最終的には人間の面影は無くなった。


「私たち友達でしょ? ねぇ――」


 人の面影を無くしても彼女は私にそう語りかけてきた。

 彼女、いや。その化け物は口を大きく開き、人のものではない声を上げて飛びかかる。


「のりかああぁぁぁぁぁ!!!」


 私は抵抗もすることなく、その化け物の口の中に呑みこまれた。






「ハァッハァハァ……ハァ……ハァ…………」


 私の朝は荒い息と共に始まった。

 正確には今日『も』だ。

 ここ3ヶ月間、毎日同じ夢を見ていた。

 私はただいつも通りに胸を強く握りしめ、呼吸が落ち着くのを待つ。


『やぁ? 気分は如何だい』


 二人部屋だが、自分一人しかいないこの部屋の中でそのような声がした。

 だが、これも何時もの光景。

 驚くこともなく、ただ冷静に返す。


「最悪よ……」


『そう。それはよかった』


 最悪な気分と言って帰ってくる返答がそれである。

 それは皮肉でも何でもなく、本心からの言葉であると私は知っている。

 これがもし最高だとでも言えば声の主は残念がるか、私に失望するだろう。いや、もしかしたら私が絶望から抜け出したとして喜ぶかもしれない。


「心拍数の上がりすぎで死ねばよかったのに……」


『残念だが君の体じゃ心拍数がいくら上がった所で死ねないよ』


 知っている。

 あの日を境に私の体は自然治癒力や頑丈さが桁違いにまで上がっている。

 今の私はリストカットしたところで10分もしないうちに治るだろう。そしてそれが致死ダメージなら一瞬で直るだろう。

 傷口をお湯につけた所で出血多量で死ぬことは無い。それはすでに実証済みだと左手首の無数の傷が証明していた。


 私は悪夢を見たせいで汗だくになった下着やパジャマを脱ぎ、お風呂場に向かう。

 そして汗を流すと同時に、お風呂場に置いてあったカッターナイフで手首を切った。

 静脈だからだろうか? 黒ずんだ赤が排水溝に流れていくのをじっと見つめる。


『無駄だってば。君の体はすでにその程度じゃ死ねない』


「知ってる。毎日繰り返してるのだから。さぁ、出るわ。洗面所から出ていきなさい。あなたは人間じゃないとしても男でしょ」


『まぁね。ただ自分は人の体を見た所で興奮しないのに』


 その声が去るのと同時に扉が閉じる音が聞こえる。

 言葉ではそう言ったものの素直に出て行ったようだ。私は安心して風呂場から出た。


『君にまだ羞恥心が残っていて安心したよ』


 余計なお世話だ。





 私は制服に着替え、学校へと向かう。

 その時黒猫に似た『何か』が私の肩に飛び乗る。

 断じてこれは猫などという可愛らしいものではないし、新種の動物というわけでもない。

 どちらかと言えば妖怪とか化物と言った類のものだ。

 この化け物を私はクロと呼んでいる。


『化物とは酷いね。僕は人類と契約を結び、人類を守るための守護獣とでも言うべき存在なのに』


「よく言うわ。人の絶望を糧に生きてるくせに」


『何を言うか。自分達が絶望を食べるから君たち人類は絶望に負けないんじゃないか。そもそも自分は絶望が好きなんじゃなくって人間の放つ強い感情が好きなんだよ。その証拠に昔は愛や勇気を食べていたさ。まぁ、敵は絶望で生み出されてるから絶望を食べる回数が多いのは認めるけどさ』


「そのせいで人の最も強い感情が絶望に変わったんじゃないの?」


『それはあるまい。自分らはそんなに数がいないし、繁殖もしない。どれだけ食べた所で人の感情が増えるスピードの方が速いよ。それにその理屈なら絶望の方が先に少なくなるはずさ』


「ふぅん。そう」


 自分で言っておいて人の感情から希望が、勇気が、愛が消えた所で興味はない。

 なぜならば自分と無関係だから。

 私は一生を絶望と共に生きることを強いられているのだからすでに希望などない。

 すでに心が折れているので私には何かを成す勇気などない。

 人に絶望してる私が誰かを愛することなど出来ないし、愛されることなどない。

 私と深く関われば死ぬことになるのだから。


『はぁ……。君と話していたらまともに会話をしようとしている自分が馬鹿らしくなってくるよ』


「ならば会話しなければいい」


『そうもいかないし、君ももうちょっと会話しようとする努力をだね……。将来社会に出るためにも人とのかかわりをもうちょっとだね――』


「ねぇ。私って餓死するのかしら?」


『また会話が飛んだ……。餓死はしないよ。体は栄養を求めて脂肪や骨を溶かすだろうけどすぐにそれは体の傷だとみなして君の魔力、絶望を糧に再生を……ってまさかね?』


「死なないのなら社会に出る必要もないわね。食べ物が必要なければ、住むところや衣服も必須じゃない。ならばお金が必要になることもないわ。いっそのこと餓死できればそれでも良かったんだけどね」


『まったく君は……。いくら餓死しないからってお腹は空くし、住居や衣服も無くとも生きていけると言っても現代日本で服が無ければ警察に捕まるし、住居が無ければどこで休むのさ……。娯楽もないのにまともに生きていけるとは思えない。そのうち強姦されても知らないからね』


「強姦ね……。それでもいいのかもね。私の体が性欲発散の糧になるのなら私に意味が出てくるんじゃない?」


 私はこのまま道路に出れば車に轢かれて死なないか、あの人が通り魔で私を殺してくれないかなどと考えながら強姦されるのも本気でいいかもしれないと思った。

 そもそもこの傷だらけで、中身を穢れきっている私を抱こうなどと考える強姦魔が居るのかと疑問に思うが……。


『良いわけないし、君の意味なら自分が与えてやったろ? 絶望を狩れと。危険に晒している自分には言う資格がないかもしれないけど君はもっと自分を大切にだねぇ』


 クロは『全く、昔は人の心を知れと契約者に言われ続けてた自分が人の常識を説くとは思わなかったよ』などと愚痴を零すとまた顔を私に向ける。


「学校に着いたわね。どうせ近くにはいるのでしょうけど肩に乗ってると目立つから降りなさい」


 その言葉を素直に聞き、クロは近くの塀へと飛び移っていった。


『社会生活をまともに送るつもりは無いくせに学校にはちゃんと行くんだね。全く、君って存在が分からないよ』


 そんな言葉を聞き流しつつ、私は校門をくぐった。





 廊下では何もない。

 何かアクシデントは勿論、教師なども含めて誰も私に話しかけない。見ようとさえしなかった。

 だから私は淡々とただひたすら廊下を歩く。

 チャイムと同時に教室に入る。

 開けた視界の中に入ったのは睨みつけるか、可哀想な目で私を見るか、そもそも関心が無いかの3種類の目線であった。


「っち、今日も来たのかよ。この殺人鬼が」


 露骨な舌打ちと共に私のことを咎める様な口調で、こちらを向かずに向けられた嫌みが込められた言葉。

 隣の女子がその言葉を諌めようとするが、それはその言葉遣いに対してであって、私に向けた言葉に対してではなかった。

 私は何時もの事だとそれを無視し、自らの席に座ろうとする。そのときにひとつ前の席に飾られた花が目に入る。

 だが、感傷に浸る事も、座ろうとするその行為さえ満足にさせてもらえなかった。

 体重をかけた瞬間にその椅子は崩れ落ち、私は無防備に後ろにある机の角に頭を打つ。その時頭蓋骨が割れたような音がした。

 この時に本当に死ねたなら殺人鬼と罵るこいつらが人を殺した殺人鬼になるところが見れたのかもしれない。と、考えたが、死ねば結局そんな顔が見れるはずもなく、仮に死ねたところで事故として処理され、彼らは数年後には綺麗さっぱり忘れてのうのうと生きていくだろう。

 死ぬことですら何も変えられない私の役立たずさには呆れを通り越して笑えてくる。

 最も私はこの程度では死ねないが。

 割れた頭蓋骨は一瞬のうちに元に戻った。ただ、頭蓋骨が割れたことなど私以外誰もこのことに気づかないし、敢えて言うつもりもない。

 床に倒れた私に対するクラスメイトの表情は先ほどと同じ無関心に、哀れみ、怒り。それに新たらしく驚きが増えたぐらいで誰も私に心配し、話しかける者はいない。それどころかあざ笑う声すら聞こえなかった。

 元々このクラスで私に話しかけてくるのは一人しかいなかった。その少女ももういない。

 私が私に伸ばしてきた手を拒否し、蹴落としたから。

 そんなことを思っているとこのクラスの担当教師が入ってきた。


「先生。椅子が壊れたので代わりの椅子はありませんか?」


「あ、あぁ。倉庫にあるから取りに行ってきなさい」


 教師は私の状況を知っている。知っていて何もしない。

 それもいいだろう。

 皆我が身が大事だ。

 この教師も例外ではなく、自分のクラスでイジメなんて行われてるとしたら自分のイメージが悪くなる。

 ならばイジメなどさ一緒から存在してない。知らないことにしてやり過ごすのが一番だ。

 生徒と言っても所詮は赤の他人なのだから。

 だからなにもしない。自分の担任する時に問題が起きなければ良いのだから。

 私は知っている。

 人間の汚さを、醜悪さを、赤の他人を蹴落としてまで生き残ろうとする生き汚さを。

 だから私にはこの教師に一切文句を言う筋合いも権利も何もない。

 自分だって他人を蹴落としてここに居るのだから。

 そんなことを言う私をクロが見たならこんなことを言っただろう。


『人間社会は生存競争だ。他人を蹴落として自らが上に上がる。そうすることによって誰もが蹴落とされないように努力する。それによって社会全体の向上が見込まれるんだ。ただ君は他人を蹴落とそうとすることに恐怖を、絶望を覚えてしまった。君は一生他人を蹴落とせないだろうね。そしてそれは優しさなんかじゃない。ただのエゴさ。蹴落としたことで人は屈辱を糧に頑張れるし、ダメな部分が分かって上に上がることができる。でも君のは自分が下に下がって人に踏んでもらおうとしてるだけさ。何が何でも役に立ちたい。生きてる意味を見い出したい。けど君が下がっただけで君を踏んだ人物は上に上がることは出来ない。君は何にも役に立たないことを知っている。なのにその生き方、死に方を変えられない。それは人間として絶望的なまでに終わってる。だからこそ自分は君を選んだんだけどね』


 余計なお世話だと言うしかない。

 人外に人間が終わってるなどと言われ、何も言い返せない事こそ一番人間が終わっていると言う事かもしれない。

 まぁ、それもいいだろう。死にたくとも死ねないという呪いを背負った時点ですでに人間などではないのだから。いや、実際の所は呪いなどではなく、どちらかと言えば祝福の類なのだが私にとっては呪いでしかなかった。






 夜。

 私たちの活動はここからが本番だ。

 家を出た私はクロを伴って人気のない街を歩く。


『居たよ。絶望の匂いだ』


「そう……」


 絶望。それは望みが絶えること。

 希望も欲望も願望無い。只々全てが断絶することだ。

 人の多くはこれで心が折れる。

 折れない人間が居るとすれば人として終わっている。

 私のように――。


「彼はもういない。あの男に殺された。ねぇ、なんであの人はなにも悪くないのに死んで、あの飲酒運転で殺した奴はまだ生きてるの? あの人は私の全てだったのに……ねぇ、神様答えてよ!」


 目の前にあるビルの屋上。

 そこで神を恨む女が、天に向かって叫んでいた。


『まずいね、末期だ。出てくるよ』


 彼女の体からドス黒い何かが出てくる。

 それは彼女の身体を多い、変化させていた。

 そしてそれはこちらに気づいたのか、身体をこっちに向け、絶望に染まった巨大な声をあげる。

 その大声をまともに聞いたため強制的に身体が硬直する。その隙に化け物は腕を獣のように変化させ、飛びかかってきた。

 獣の手はその爪で私の身体を捉え、4つに別れさせる。

 濃厚に感じさせる死。

 臓物は飛び散り、血はどんどんと漏れ出す。

 だが、私はそれまでしても死ねなかった。

 傷口から筋肉が生え、それぞれの身体を結ぶ。次の瞬間には皮膚が内蔵が、血が、骨が再生する。

 だが、化け物は再生しきる前に再び爪を振るう。

 身体は今度は縦に切られ、両手は、両足は、脳は半分にそれぞれバラバラになる。

 それでも、終わらない。

 再生する間もなく、何回も、何回も身体を切られ、千切られる、穿たれる。

 それでも何度も何度も再生し、死ぬことを許されない。


「やっぱりあなたの絶望は私の絶望を越えられないのね。……変身」


 私がそう唱えた直後に私の持つ指輪から先ほど彼女から出てきたそれよりも更にドス黒い光が私を飲み込む。

 その間は光が爪をはじき、再生も完了する。

 そして光は私の身体に纏わりつき、喪服のような漆黒のドレスとなる。

 化け物がその爪で私を再び、いや何十度目の死を与えようと降り下ろされる。

 だが私はそれを左手の人差し指で受け止める。そのまま右手の人差し指に黒いエネルギー、絶望の魔力が集まる。

 魔力は形が変わり、鎖と化す。その鎖は怪人に巻き付き、拘束する。

 私は手を横に振る。

 怪人の上空に魔力が集まり大きな刃となった。

 その刃は重力に従って怪物の首を切断し、そのまま怪物の中に存在した黒い球体を破壊した。

 黒い球体が破壊され、核を失った黒い何かは彼女から離る。そのまま上空に集まり、そして再び彼女を操ろうと再び黒い球体を作り出そうとするが、クロが口を広げ、その黒い何かを食べてしまった。


『ごちそうさま』


 クロは行儀良くそう言う。


『まったく、君はわざと殺されるなんて何度言ったら止めてくれるんだ。普通だったらあんな風に何度も殺されれば全ての魔力を使い、廃人となるか、本当に死ぬよ。まぁ、あれだけの回数殺されても魔力が減らないのは流石だが、それでも文字通り死ぬほどの苦痛があるはずだ。魔力が残っていても廃人となるかもしれないよ』


 魔力が減らないのはそうだろう。

 感情から魔力は生み出される。

 希望や勇気は状況によって上下するが絶望はすでに底辺だ。そこから上がることもなく、下がることもないそれは生み出される魔力が減ることはない。

 まぁ、人の感情など数値化なんてできないがイメージ的にはそんな感じだろう。

 故に私は選ばれた。

 普通なら私はあの人のように絶望に纏わり憑かれ、そのまま感情のままに暴れ出すだろう。しかし私は最後の一歩。心が折れることはなかった。

 心が折れないなら絶望は表れない。だからこそ絶望を戦いの魔力として使える。

 それが私、魔法少女デスペアのりか。九能乃梨花のが絶望と成らない訳であった。

 少女と言うには年を取りすぎた様にも感じるが……。クロと契約した以上例えババアとなっても魔法少女なのだ。


「次はどこに行けばいい?」


『君は休むべきだよ。基本的に疲れてないと感じても連戦は避けるべきだ。って言っても君は聞いてくれないか……。仕方がない、ついてきてくれ』


 この日は朝日が昇り始めるまで絶望を狩り続けた。

 寝たのは6時ちょっと前の事だった。


次回は明日

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ