散歩でぼたもち
むかしある村におじいさんとおばあさんが住んでいました。たいそう仲良く暮らしていました。朝はいっしょに起きて散歩をするのが日課です。今朝はあいにく小雨が降っていましたが、二人は頭巾をかぶり嬉しそうに散歩に出かけて行きました。
「おじいさん、私は最近雨の日はなんだかワクワクするんですよ」
「え? ばあさんもかい? 実は僕もそうなんだよ」
「あらまあ、おじいさんもですか?」
おじいさんとおばあさんはぬかるんだ足下に気をつけながら、いつもの道をゆっくりと歩いて行きました。しばらく行くとお城のような立派なお屋敷が現れました。
「おや? ばあさん、こんな大きな屋敷、前からあったかい?」
「いえ、初めて見ましたよ」
二人はお屋敷の門の前で立ち止まりました。黒塗りの木で出来た立派な門でした。すると、ギギギーと門が開いたのです。
「どうぞ、お入り下さい」
低くて太い声が聞こえました。
「ば、ばあさん! 聞こえたかい?」
「……え、ええ」
「さあ、濡れますから早くお入り下さい」
おじいさんとおばあさんは言われるままに門の奥へと入ってしまいました。
そこは広い庭園になっていました。なぜか雨は降っていません。おじいさんとおばあさんは目をこらしました。何かがぽんぽん跳ねています。十数個、匹!? はいるでしょうか。それは不思議な生き物でした。黒くてふっくらして楕円形のまるで、たとえるなら”ぼたもち”のようです。大きさは両手の平に乗るぐらい。キョロっとした目のようなものがあり、とても可愛らしくみえました。
「おじいさん、これはどうしたことでしょう。まるで夢を見ているようです」
「ああ、長年夢を見てきたけれど、ぼたもちが跳ねている夢は初めてだよ」
おじいさんがそう言うと、二人に気付いたのか、ぼたもちのような生き物は一斉にピタリと動きを止め、ふわふわと宙に浮いていました。そしてじーっとおじいさんとおばあさんの様子をうかがっているようでした。
ガラガラガラー、大きな音がしました。おじいさんとおばあさんが音のする方を見ると、お屋敷の入り口なのか引き戸があり、半分くらい開いていました。ぼたもちのような生き物たちはまた、ぽんぽん跳ね始めました。そして引き戸から順番にお屋敷の中に入っていきました。
おじいさんとおばあさんは、ぽかんとしてその様子を眺めていました。すると、最後に一つ残ったぼたもちのような生き物が、おじいさんとおばあさんの方を見てニッと笑ったような気がしました。そして黒いカラダからニョキっと白い腕を出したのです。まるで柔らかなお餅のようです。
「やっぱりぼたもちだよ、ばあさんの作るぼたもちに似ている」
「おじいさん、何を言い出すんですか」
おばあさんがそう言ったとたん、なんとその腕はビヨーンと二人のところまで伸びてきました。そして、おいで、おいでと手招きしたのです。
二人は顔を見合わせました。そして導かれるようにぼたもちのような生き物の後をついて行ってしまいました。
半分開いた引き戸からお屋敷の中に足を踏み入れると、そこは土間のようになっていて、そこからすぐ畳のある部屋が見えました。履物を脱いで畳に上がった二人はその広さにビックリしました。いったい何畳あるのでしょう。おじいさんとおばあさんの家が何軒も入ってしまうような広さでした。先ほどのぼたもちのような生き物の姿は見当たらず、しーんと静まりかえっていました。おじいさんとおばあさんはキョロキョロあたりを見回していました。と、その時、ドン!! という音とともに、おじいさんとおばあさんの立っていた畳が抜け落ちたのです。
「ひゃぁぁぁーーーー」
二人は畳と一緒にストン!! と下に落ちてしまいました。真っ暗闇で何も見えませんが、ずっと二人は落ち続けていきます。底は大変深いようです。とっさにおじいさんとおばあさんは手をつないでいました。
「おじいさん、私たちは地獄に行くのですかね」
「いや、僕はまだしも、ばあさんは地獄になんて行くはずないじゃないか。悪いことなんて何もしていない。いつも僕のために尽くしてくれた」
二人は落ちながらしみじみと会話をしていました。
「おじいさんだって、毎日休まず仕事をして今まで私のために頑張ってくれて、人助けも進んでしていたのに、地獄に堕ちるはずはないです。子どもは授からなかったけれど、私たちは十分幸せでしたね」
「ありがとう、ばあさん。そうだね」
二人はつないだ手をいっそう強く握りしめました。
と、その時です。ぶにょ!! 何かの上に二人は受けとめられたように止まりました。それは、ぼたもちのような生き物のお餅のような白い腕でした。たくさんの腕が二人を支えてくれていました。
「おじいさん、大丈夫ですか? 痛いところはないですか?」
「ああ、大丈夫だ、ばあさんこそ平気かい? 僕たちは、ぼたもちに助けられたみたいだな」
「私もどこも何ともないですよ。ええ、ぼたもちさんのおかげですね」
でも安心してはいられません。二人はこのままどうなってしまうのでしょう。
「×○×××××○×××○××☆×××」「××××☆×××○××☆×××☆××」
ぼたもちのような生き物が騒ぎ始めました。何か喋っているようですが、意味不明な言語です。
「××○×××☆×××××●××☆×××××」「××☆×××●×××○×××××○××××」
すると「✖✖✖✖✖✖✖✖!!」
低い太い声がしました。このお屋敷の門の前で聞いた声です。ぼたもちのような生き物は一斉に静かになりました。
「✖×✖×〇〇……………言 語 変 換----おじいさん、おばあさん、ようこそ我々の宇宙船へおいで下さいました。このようなご無礼をお許し下さい」
その声がゆっくりと話し始めました。おじいさんとおばあさんはびっくりして辺りを見渡しましたがぼたもちのような生き物以外何も見えません。
「どうか聞いて欲しいのです」
低い太い声は声色を強めました。
「我々は遠い宇宙の向こうから来ました。我々は旅を続けているのです。我々は定住地を持ちません。しかし、宇宙船の不具合でこの地に不時着したのです」
おじいさんとおばあさんは何が何だかわかりません。けれど、低い太い声は話しを続けました。
「無事修理も終わり、旅を続けようと思ったのですが、無論この宇宙船は我々以外には見えない仕組みになっているのです……のはずなのです。ところが、この雨のせいなのでしょうか、脆くも効果が薄れてしまったのです。そして、いつの間にか茶色いキッキーと叫ぶものたちが入りこみ、居座られてしまったのです。備蓄している食糧も食べられてしまっています。そんな時あなた方が現れた。私たちの調査結果によると、あの茶色いキッキーと叫ぶものたちはサルと言い、あなた方より格下ということがわかりました。どうか、どうか、あのサルを追い払って頂きたいのです」
「ふむ……」
おじいさんが口を開きました。
「よく分からん、よく分からんが……もしかして、あなたは神様の遣いなのか?」
「おじいさん、天から降りて来るなんて、そうに違いありません。おじいさん、お猿さんとは昔から仲良くやって来ましたよね。ちゃんと言い聞かせれば、山へ帰ってくれますよ」
「そうだなぁ。やってみよう」
二人は猿に会いに行くことにしました。
するとぼたもちのような生き物の腕がびよーんと伸び始めて、二人を上へ上へと押し上げていきました。あっと言う間におじいさんとおばあさんは大広間に戻ることが出来ました。
「サルは廊下に出て左へ真っ直ぐ進んで突き当たりの部屋にいます。武器は使いますか?」
低い声が言いました。
「いや、武器などいらない」
「サルはかなり凶暴ですよ」
「ふふふ、大丈夫ですよ。おじいさんはお猿さんの扱いには慣れていますから」
「そうですか。では、何卒よろしくお願いします」
おじいさんとおばあさんはお座敷から廊下に出ました。長い廊下でした。行けども行けども突き当たりが見えてきません。両側はずっと灰色の壁です。
「ばあさん、僕は散歩は好きだが、景色が変わらない道はつまらないなぁ」
「そうですね、風景が見えるからこそ歩くのが楽しいのですね」
その時、一匹の子猿が二人の前に飛び出してきました。
「おおー、久次郎じゃないか」
おじいさんは目を細めて子猿に手を差し伸べました。
「どうした? みんなとはぐれてしまったのか?」
おじいさんは子猿を肩に乗せて歩き出しました。実はおじいさんはこの村で有名な猿使いだったのです。山には猿がたくさん住んでいますが、サルのココロを読み取れるおじいさんはサルの間でも大変慕われています。
「長太はどうしたんだ?」
(父ちゃんはあっちにいるよ)
長太と言うのは今のボス猿で、久次郎は長太の九番目の子どもです。
ふと、おじいさんが目を凝らすとぼんやりと突き当たりの部屋が見えてきました。
「おじいさん、もうすぐですね」
「そうだな」
すると、久次郎がおじいさんの肩からピョンと降りるとものすごい速さで部屋へ走っていきました。
「久次郎のやつ……」
おじいさんはぼそっと呟きました。
そして、とうとう二人は部屋の前に着きました。部屋には戸はなく、小判のようにぴかぴかの床まで垂れ下がった暖簾のようなものが掛かっていました。おじいさんは、意を決したようにそれをめくりました。すると、驚いたことに三十匹ほどの猿たちが並んで正座をしていました。真ん中には長太がいました。そして深く頭を下げて一礼をしました。
(おじいさん、ご無沙汰しております)
「長太、久しぶりだなぁ。元気でやっていたか?」
(はい、これから冬を迎えるために準備をしております。居心地の良い住処を見つけたのでここで冬を越そうと思っているのです)
「おじいさん、お猿さんは何て言ってるのですか?」
おばあさんが尋ねました。
「ここで暮らすそうだよ」
「あら、それは困りましたね」
「うーむ……」
しばらく、沈黙が続きました。すると久次郎がピョンと飛んでおじいさんの肩に乗りました。おじいさんが優しく聞きました。
「なあ、久次郎はどうしたいんだ?」
(ぼくはお山にかえりたい!)
「そうかぁー」
おじいさんがうなずきました。
(こら、久次郎何を言うのだ。ここに居れば食糧は十分にあるし、寒さも防げる、夜も安心して眠れるんだぞ)
長太がすかさず久次郎をたしなめました。
久次郎はおじいさんの背中に回ってぴたんと張り付き、固まってしまいました。
「おやおや、何だか穏やかではなさそうですね」
おばあさんが心配そうに久次郎の背中をなでました。
おじいさんは長太の前に座り、じっと目を見て言いました。
「長太、それは違うぞ。お前たちの居場所は山だ。自分の体を見てごらん。柔らかい冬毛が生え揃っているだろう。冬山の寒さに耐えられるようにだ。器用に枝につかまれる足があるだろう。冬が来る前に高木に登ってたくさんの木の実を食べるために。そうしてみんなで肩寄せあって寒さを耐えていけば、暖かい春が必ず来る。長太、そうやってお前も何度となく冬を乗り越えて来たんだろう」
長太はしばらく目を伏せて考えるような仕草をしていました。すると、久次郎が長太のところへ行き、こう言ったのです。
(お山のお風呂に入りたい、父ちゃん!)
ハッと目を開けた長太はみんなに言いました。
(よし、山へ帰るぞ!)
猿たちは一斉に立ち上がろうとしましたが、足が痺れてなかなか立てません。みんな渋い顔をしていました。おばあさんはそれを見て微笑みました。
こうして猿たちは一匹残らずお屋敷からいなくなりました。おじいさんとおばあさんはまた、大広間に戻ることにしました。
不思議なことに帰り道はあっという間に大広間に着きました。すると今度はぼたもちのような生き物がびっしりと畳一面を埋め尽くすように跳ねていました。そしてまた低い太い声が聞こえてきました。
「おじいさん、おばあさん、サルを追い払って下さりありがとうございました。これで無事、旅立つことが出来ます。でもその前にお二方にお礼を差し上げたいと思いますが、何か欲しいものを仰って下さい。ご用意致します」
「いや、僕は久しぶりに友達に会えたようで楽しかった。欲しいものなんて何もないよ。なあ、ばあさん」
おばあさんはニッコリうなずきました。
「でも、それでは我々の気がすみません。何かないでしょうか」
すると、おばあさんが口を開きました。
「それでは、お猿さんたちの住む山が、私たちみんなが暮らすところが、いつまでも美しく実り豊かでありますように」
「そうか。僕もそれをお願いしたい」
「わかりました。それでは本当にありがとうございました。どうかお元気で」
「×××××……sayounara……」「サヨウナラ」
ぼたもちのような生き物が白い腕を伸ばしておじいさんとおばあさんに手を振りました。
「さようなら」
「さようなら」
※
あれから、何度目かの冬が巡って来ました。今日はとても良い天気です。太陽の日差しは、冷たい空気を和らげるとともに心身を研ぎ澄まさせてくれるようです。おじいさんとおばあさんは今日も散歩をしています。いつからか、おじいさんは杖をつくようになり、おばあさんの背中は丸くなりました。山は色を変えて四季の移り変わりを楽しませてくれます。二人は時折立ち止まり、村の風景を眺めるのでした。
「長太は元気でやっているかな」
「ええ、大丈夫ですよ、おじいさん」
ーお猿さんたちの住む山が、私たちみんなが暮らすところが、いつまでも美しく実り豊かでありますようにー。二人の願いがずっと未来へと受け継がれていけますように。
「なあ、ばあさん、久しぶりにぼたもちが食べたいなぁ」
「そうですか。では帰ったらさっそく作りましょう」
二人はしっかりと手をつなぎ、ゆっくりと歩き出しました。
(おわり)