5話
「混浴なんて聞いてねえですよ!!」
「当然の流れ、かと」
保長に『猿マニア』壊滅の報を入れた後、すぐに爆弾が取り除かれ、配湯は無事再開した。爆弾処理班は温泉街雄志とのことだったが、元協会メンバーらしく腕は信用できるとのこと。そういえば、以前潰した協会に、そんな怪人が居た気がする。
そうして、部屋に戻ると、壇ノ浦が唇を尖らせて、文句を言い始めたというわけだ。
園村真由子に聞いたところでは、俺が『猿マニア』を相手にしている間、何のアプローチもしていなかったらしい。
どこまでヘタレなのか。
このままでは、何の進展もないまま、旅行が終わってしまう。
「……多少恥ずかしい気はするが。湯浴み着もある。温水プールと思えばな」
「折角温泉に来たんだから、裸の付き合いしなきゃ駄目よん」
「でで、でもですね……」
「デモも、ストも。壇ノ浦、さん。少し顔を」
「またスか」
「忙しいな、柳生」
「遺憾に、思う」
廊下に出た俺と壇ノ浦と園村真由子は、
「なぜ、あなたが、ついてくる?」
「協力するって言ったでしょう。仲間外れは嫌よ」
「良い心がけ、しかし、少々、生々しい話に、なるので」
「気にしない気にしない。いいってことよん」
「生々しい話になるんスか? まさか、混浴な上に、何かしろって言いやがりますか?」
「なにをしたら、良いだろうか? 園村真由子」
「手を繋ぐとか」
「学校帰りの、シチュエーションなら。しかし、今は、温泉」
「……恥ずかしいスね」
「弱気に、なるな。背中を流す、程度では、まだ弱い」
「たっ、辰也の背中……スか」
こんな調子では、また何もせず、終わってしまいそうだ。
かくなる上は、直接イベントを作るしかない。
「俺が、影から、支援する」
「またわたしを仲間はずれにしようとしてないかしらん?」
「と、園村真由子で」
「わたしの身体が目当てだったのん?」
「せめて、話の邪魔を、しない」
「なにを企んでやがりますか?」
「それは、秘密、ということに」
頭の中でプランを練り直す。
五日辰也の視界に園村真由子が入るのを避けつつ、壇ノ浦の防御力が、極限まで低くなるシチュエーションをいかに演出するべきか。
「……なにをされて、なにを」
「取って、付けたように、興奮されても」
俺たちは温泉へ向かった。
「どうして、わたしは岩の影で隠れる役なの?」
「邪魔なので」
夜。
ライト照らされた湯気が、白く煙る。
露天風呂は貸し切りでありながら、なかなかの広さを持っていた。
湯船の脇に大岩が据えられ、丁度隠れるのに適していた。
あまり長く入っていると、園村真由子がのぼせそうだが。
「……ちゃんと役に立つのになぁ」
「邪魔なので」
「うえーい、胸、押しつけちゃうぞ」
「それ以上は、妨害行為と判断し、排除するが?」
「岬。もしかして、異性は駄目な人?」
「駄目では、ない」
「じゃあロリ?」
「ロリではない。が、この問答に、何の意味が?」
「なんかプライド傷ついたの。反応ないんだもん」
「悪意は、ない」
「不思議よねー。そんなんで、なんで人の恋の応援なんてできるの?」
「できるか否か、ではなく。やるか否か、なので」
「じゃあさ、私と恋愛してみる? 見方が変わるかも?」
「その予定は、無い。ところで、なぜ水着? 湯浴み着を、貸し出していたはず」
「貸し切り露天風呂って聞いて、用意してきたの。いいでしょ」
「いいんじゃ、ないか?」
「見てないし! テキトーだし!」
壇ノ浦たちが遅い。一体何をしているのか。
園村の身体が少し離れ。水面が音を立てた。
「……でもさ、岬はホントに、よくやってくれたわー」
のんびりとした声で。
「秘密協会をたった十分で壊滅? なんて一騎当千?」
「っ?」
「協会から、スカウト来ちゃうわよん?」
「それは何度か、拒否った」
「だからーってか、来ちゃったわよん。わたしが」
湯の中で腕を掴まれた。
俺の懸念は部分的に合っていたようだ。
この脳天気そうな人間は、少なくとも協会と関係している。
「俺はどこにも、所属する気は、ないので」
「そーは、いかないでしょ。統括協会の改造人間を保護するチームって知ってる?」
「社会的弱者の、寄り合い所帯。そのマイナー組合ごときが、保護、とは?」
「他にも何体か目を付けてるのはいたけどね。大戦期の遺産で、しかも電子技術の最高峰だった『迷子の狼さん』に最改造なんて大物、見逃せないわー」
「つまり、園村真由子はストーカー?」
「いや……わたしは情報もらってるだけだし。そういう趣味ないから」
「つまり、監視には違いない、と。では……統括協会が、『猿マニア』を、唆した?」
「アレらには不幸だったかな。でも岬のスペックが知れてよかったわん」
「そんなことのために、か」
「たーまたまよ。三日前に『猿マニア』が温泉街の混乱を計画してるとは聞いてたけど。岬が旅行行くってこと、上に報告したら、こうなっちゃった」
「これでも、腹は立つので。後でその腕、雑巾絞り」
「うひゃあ」
「スカウトを拒否ったら?」
「第二第三の刺客が、やってくるかも」
「直接? その誠実さは、非常に迷惑」
「まーね、『壇ノ浦と五日が、どうなってもいいのかー』なんて。わたし無理だし。そーゆー修羅場が嫌だからサークル抜けたって話、したっけ?」
「では、拒否る」
「無念!」
「あと、保険ということで。俺の、洗脳装置、わざと受けた?」
「……どうかしらん? どう思う?」
「質問を、質問で返すのは、卑怯な手。が、まだ俺は、園村真由子の味方、なので。色々忘れて、今まで通りに過ごせば、いいんじゃないか?」
「……ねえ。上に何て報告したらいいかな」
「夢の中で、考えると、良い」
俺は一つ指を鳴らす。
洗脳装置で植え付けた、特定の記憶を無くす暗示を起動するキー。
園村真由子の身体から力が抜けた。
湯気の向こうに人影が二つ。脱衣場から、静かにこちらに歩いてくる。
背の高い方が五日辰也。スポーツマンらしい、引き締まった上半身。これで写真集を出したら、それなりに売れそうだ。
低い方が壇ノ浦だろう。
袖を切った浴衣のような湯浴み着。ミニスカート並に短い裾から、白い太ももが覗いている。
ずっと俯きっぱなしだ。
「おや? 園村さんと柳生くんは?」
「…………」
「先に行ったのではなかったか……まあ、その内来るか」
「…………」
五日辰也の独り言ばかりで、会話になっていない。
「た、辰也!」
「おおっ? なんだ……大声出すなよ」
真っ赤になって、地面を向いて、それでも言葉を続けようとする。
「背中……せな、せなか、なが……」
「なんだ? 背中が長い?」
「背中! 流すんで! そこ座って!」
喧嘩腰で叫びつつ、五日辰也の腕を掴んで、無理矢理木の椅子に座らせた。
やり方はまずいが、先ず一歩だ。
「いや、自分でやるが?」
「だ、黙ってて……」
何度かスポンジを落としながらも、なんとか泡立てることに成功する。
そして背中に、
「いっ、痛っ、だっ、ど、どうか手加減してくれ!」
「ああ……あっ、ごめん」
甲斐甲斐しく、とはいかない。しかし、五日辰也の世話をする壇ノ浦を見て、少し安心した。
偉い。
ちゃんと背中を流してるじゃないか。
もう影からの支援など、必要なかったのだ。
一度出来たのだから、次もなんとかなるだろう。これからもっと距離を詰めていけばいい。
高級温泉一泊の料金と、秘密協会一つ潰すだけの労力。
それを合わせて天秤にかけても、今の光景の方が、俺にとっては充分重い。
旅行の成果が一つ。
今はそれで満足だ。
仰げば、星空。
俺の口から、クハハハ、と声が漏れた。
<了>