表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

3話

「すっごーい! ねえ! ここ本当に泊まっていいの!?」

  飛び上がってはしゃいでいるのは、園村真由子。

  この人を喜ばせるために、来たではないのだが……。

「柳生くん、本当にここなのか?」

  さすがの五日辰也も、雰囲気に圧倒されたか、及び腰だ。

「見た目も中身も、一流なので。心配はいらない」

  残る一人は、俺の背中に張り付いて震えている。

「……ああああ……あとで……どんな要求を……されるんですかね? それはもうとんでもないことを要求されるに違いないですよ。……ふわぁん」

  一応、醜態を隠すだけの理性は残っているようだ。

「岬、岬っ! 君もしかして、いいとこの、お坊ちゃんだったりする!?」

「いや、特には。恐らく、友人に恵まれただけ」

「だってここ、ものすっごく高いんでしょ!?」

「料金のことでしたら、ご安心ください。既に柳生様からいただいております」

「保長、不気味だな」

「…………」

「クハハハ……良い目だ。さあ保長よ、我々を、案内せよ」

「…………岬、後で顔貸せ」

「言われずとも」

  保長の先導で、玄関をくぐると、

「「「服部旅館へ、ようこそ」」」

  和装の従業員が五人。横一列に並んでいた。

  ほどほどの広さに、年経た木の香り。以前保長に聞いた話では、建物自体は何度か改装しつつも、建材の殆どをそのまま使い続けているらしい。

  くつろぎの空間、と言いたいところだが、連れの三人には逆効果のようだ。

「……柳生くん。私たちは場違いではないか?」

  及び腰継続中なのが、一名。

「仲居さんのレベルたかーい!」

  テンションの針が振り切っているのが、一名。

「……もうもう、力が入りやがりませんんん」

  相変わらず背中に掴まっているのが、一名。

「少なくとも、五日先輩はルックス上、問題ない」

  堂々としていれば、某国の王子様だから。

「三人とも、先に部屋に。俺は保長と、話があるので」

「む? 柳生くんは一緒に行くのではないのか?」

「岬も行こうよー」

「おおお、置いてきやがるつもりですか……」

「後で、合流する。五日先輩、頼む」

「部屋に行くだけだろう?」

「壇ノ浦……さんが、気分が悪い、と。肩を貸して、やって欲しい」

「ぶ」

「ああ、そういことか。それなら任されよう」

  快諾する爽やか王子。実に分かりやすくて、よろしい。

  そして俺の背中で真っ赤になっている壇ノ浦に、軽く耳打ち。

「……自然に、肉体的接触を。しっかりと押しつけると、良い」

「ぶぶっ」

  抵抗らしい抵抗もなく、五日辰也の手に渡る壇ノ浦。

  肩の荷が一つ下りた。

「膝枕などすると、彼女は、喜ぶかと」

  びくりと身体をを震わせる壇ノ浦。

「冗談。そんなことしたら殴られるよ」

  それこそ冗談だろう。

  マゾの変態が、人を殴るとでもいうのか。殴られて喜ぶのではないのか。

「では、後で」

「うむ」

「じゃーねー、岬-」

「…………」

  仲居に先導される三人を見送る。

  園村真弓は角を曲がるまで手を振り続けていた。あの態度は、単なる感謝からなのだろうか。

  玄関に残ったのは、俺と保長の二人。

「顔を、貸そう。話の出来るところへ」

「分かった。こっちだ」

  厄介なことに、なったものだ。

  高級旅館にタダで泊まろうというのが、虫の良い話ではあるのだが。


 旅館の事務所、応接用のスペースに通された。

  青白い蛍光灯の明かりに、スチールの事務机。上には数台のパソコンと、乱雑に広げられた書類。

  壁に掛けられた連絡用のホワイトボードには『緊急』と赤い文字が踊っている。

  表と比べると、いかにも舞台裏といった風だった。普通のオフィスと変わらない。

「早速だが……ユガワラの温泉が、悪の秘密協会『猿マニア』に乗っ取られた」

「ユガワラの温泉とは? 具体的に」

「つまり、乗っ取られたのは、ユガワラの源泉を管理する組合だ。旅館とか、温泉施設に配る湯量を管理してんだ。みんなが勝手に温泉引いてたら問題だろう?」

「大本を乗っ取られた、と」

「奴らが使った手は多分、協会の洗脳装置ってやつだな。大手ホテルの幹部が殆ど取り込まれてる。組合の八割は掌握されてるぜ」

「発覚した経緯を」

「洗脳装置の効きが悪かったやつがいてな。ウチの旅館に密告してきた。どうやら、あの装置は完璧じゃないみたいだな」

「それは使い方を、誤っているから」

  そもそも用途が違う。心理操作の補助的な装置として、内部から組織を破壊するために使う。信頼関係の破壊を誘うことはできても、乗っ取りには適さない。

「事実を公表しようと思った矢先に、『猿マニア』から脅迫の電話がかかってきたんだ。奴ら源泉、配湯施設を盾にしやがった」

「公表すれば破壊する、と?」

「ああ。それに今朝がた、まだ奴らに取り込まれていない温泉施設の配湯が止められた。デモンストレーションのつもりらしいな……」

「止められた?」

「あ?」

「ここも取り込まれて、いない?」

「もちろん、そうだ」

「つまり今日は、温泉は、営業できない?」

「ああ、無理だな」

「保長。それは話が、違う」

「だから俺も困ってるんだって。突然、配湯を止められたんだから。親父とお袋はあちこち走り回って、なんとかしようとしてるみたいだけどよ。とにかく、今日温泉に入るのは諦めた方がいい」

  なんの冗談だ。

  園村真由子だけでなく、悪の秘密協会までもが邪魔してくるのか。

  壇ノ浦の恋愛成就をここで諦めろと。

  俺の秘策『混浴ドッキンランデブー』を諦めろと言うのか。

「『猿マニア』、潰す」

「おいおいおいおい!」

「駅前で見かけた、即刻、根こそぎに」

「待てー! 確かに助けてくれって言った! けどよ! んなことしたら、源泉やら配湯施設やら、ぶっ壊されるんだっての!」

「構うものか。その様な、些末事」

「落ち着けよ! ぶっ壊されたら、復旧にどんだけ時間がかかると思ってるんだ!」

「……だからどうした」

「今日温泉に入れなくなるどころじゃねえだろ!?」

「……それは……それは、困る」

「親父もお袋も、ただユガワラに居たわけじゃねえ。昔の知人を当たって、『猿マニア』のアジトを突き止めようとしてんだ」

「ならば、俺も、手伝おう」

「岬は……駄目だ」

「なにもさせない、と? ではなぜ、俺に助け、を?」

「お前はそういうのに向いてねえんだろ。だから、その時まで待ってくれ」

「壊すことしか、能がない、と」

「そうは、いわねえけどよ」

「間違いでは、ない。取り乱して、すまない」

「ありがとうな。怒ってくれたのは嬉しいぜ」

「ところで、俺は、正義の味方では、ない。もしもの時は、覚悟を」

「……なるべく堪えてくれよ」

「正義の味方では、ないが、とりあえず、保長の味方では、ある。いかに?」

「岬が女だったら、今すぐ抱いた」

「男で、良かった」

「中学の時さ、修学旅行の夜に、クラスの男子の中で、誰か一人選べって話があったろ。俺、岬しかいないと思ってたぜ」

「クハハハ……それは、最高だ。覚えておこう」

  何の因果か、俺が味方をする人間は、揃って変態ばかりだ。

  愛すべき人間たちめ。

  その笑顔のためなら、協会の一つや二つ、片手で壊してやろう。


 保長からの指示は待機だ。本来の目的、壇ノ浦の援護に専念できる。

  仲居に案内された部屋は、和風の十畳、角部屋だった。グレードは中の上といったところ。

  そして俺は……部屋に入れなかった。

「またぐのは、失礼なので、退いてもらえると」

  足下に園村真弓が俯せで伸びていた。入り口を塞ぐように、べったりと畳に倒れている。

「あ、岬。おかエロス」

「どうも」

  テンションが一気に下がった。年上の女性の筈だが、小学生を相手にしている気になる。

  目を上げると、五日辰也と壇ノ浦が座卓に付いていた。

「五日先輩、膝枕は?」

「本気だったのか? 壇ノ浦は、もう大丈夫みたいだぞ」

  湯飲みを両手で持って、ちびちびと飲む姿は、拗ねているのか、凹んでいるのか。

「少し早く、着いてしまったので、時間が余っている。しばらく、自由時間」

  その言葉に、いち早く反応したのは、足下の人間だった。

「じゃあさじゃあさ、旅館の中を探検しない?」

  きらきらと期待した目で見つめられても。

「あなたは、一応、保護者では?」

  一番の年長者が、しかし一番精神年齢が低い気がする。

「こんな立派な旅館に来る事なんて、もう一生無い気がするわ!」

「真由子さん。……頼むから、もう少し落ち着きを持ってくれ」

「では、五日先輩と壇ノ浦、さんは、ゆっくり休む、と」

「あ、ああ。そのつもりだ」

「ええ、勝手に動いて、うっかり何か壊したりしたらと思うと……」

  その表情は不安ではなく、期待という。

「園村さん。俺が案内するので、探検にはならないが。いかに?」

「もちろん行くわ! 二人とも留守番よろしくねー」

  素早く立ち上がり俺の手を取ろうとする。

「や、柳生くん!」

「なにか」

「……な、なんでもない」

「そうですか」

「早くっ、はーやーくー!」

  引率役は、俺かもしれない。

「壇ノ浦、さん。ここで一発、キメると良い」

「ぶっ」

  お茶を吹き出す音を背中に聞いて、俺は部屋を後にした。


 俺は咀嚼しつつ、適当に旅館内を散策していた。

  横を歩く園村真由子は、どこから取り出したのか、俺の口にビーフジャーキーを放り込み続けている。

「岬は、部活何かやってるの?」

「昔、バスケ部を。今は、やっていない」

「おおっ、かっこいい。でも勿体ないわね。どうして止めちゃったの?」

「足を怪我した、ので。激しい運動は、できない」

「……悪いこと聞いちゃった?」

「リハビリ中、なので。いつか復帰できる、かもしれない」

「あ、ああ……そうなんだ。よかった」

  彼女が馴れ馴れしく構うことに、そろそろ何か意味を見いだすべきだろうか。

  例えば、俺の行動を監視する役。

  悪の秘密協会『猿マニア』と繋がっているとしたら、二重に邪魔な存在だ。

  その場合、早めに退場を願うことになるが。

  例えば、俺とお笑いコンビを結成しようと企んでいる。

  どうもこうもない。興味がないし、笑いが狭すぎるので、拒否だ。

「俺の方からも、一つ質問しても?」

「どーぞ、答えられる範囲なら、答えて上げるわよん」

「下ネタは、禁止だろうか?」

「それは質問一?」

「撤回する、質問は複数」

「ま、いーけど。下ネタは、あんまり好きじゃないわね」

「おかエロス、は」

「生々しいのは駄目ね」

「そうか」

  小学生レベルの会話になる理由。

「五日辰也の好意には、気付いているか?」

「ま、ね。おねーさん、これでも大学生だもの」

「では、それに応える気は?」

「無理よ」

「しかし今は、断る気も無い、と」

「告白されたら断るけど。今のまま諦めてくれたら、それでもいいと思ってるわよん。卑怯だと思う?」

「見守る立場は、順当。年上の余裕?」

「恋愛対象として見てないから」

「割り切っている、と」

「無邪気でいいじゃない」

「では、園村真由子は、俺の敵?」

「その予定はないわよん」

「では、腹を割って話せる。今回の旅行、本当の目的を明かそう、と思う」

  ビーフジャーキーを持つ手が止まった。

「……ただの思いで作りってわけじゃないのよね?」

「壇ノ浦の恋を、成就させるため。相手は、五日辰也」

「……壇ノ浦さんて、岬の彼女じゃないの?」

「誤解を解いておくと、園村真由子が五日辰也の、彼女ではないのと、同じ」

「ああ、そういうこと」

「五日辰也を誘った理由を、理解した?」

「そうよね。もし彼女なら彼は余計だもん」

「協力してくれる、だろうか?」

「そうしたら、岬は何をしてくれるの?」

「俺は、園村真由子の、味方になろう」

「是非協力させてもらうわ」

「なぜ、即答?」

「うふふふ……」

  深く考えない方が良い気がした。

「……とりあえず、良かった。正直に言えば、園村真由子は、邪魔だった。流れ次第では、排除の予定も」

「邪魔って……分かるけど、その言い方は傷つくー。んー、でもいい機会かもね。わたしも五日くんの気持ちが宙ぶらりんのままじゃ心苦しいし」

  毛ほども『心苦しい』など、思ってない口振りだった。

「もう一つ、無礼を承知で尋ねるが、構わないか?」

「この際、なんでもどうぞん」

「下着の色」「ブルー」

  その笑顔は晴れやかではなく、にやけていた。

「……生々しいのは、駄目では?」

「そんなもん、可愛い可愛い」

「ところで、この時期、大学生に、スケジュールの、空きが?」

「えっと?」

「空きがあれば、サークルか友人と、過ごすものでは?」

「そりゃ、五日くんから連絡があったから、空けといたんだけど」

「三日前に、都合良く?」

「どうしても聞くの?」

「嫌なら、別に」

「やー……まあ、はっきり言っちゃうとね。サークルはもう随分行ってないの。もう人間関係、どろっどろで、ヤになって。部室がラブホ代わりなんて、マンガかよーってね。で、友達関係も、ばっさりよん」

「友達、少ないのか」

「人に言われると、ぐさっとくる」

「俺も、少ない。気にする必要は、ない」

「見た目通りね」

「この旅行に参加する前、五日辰也から、ユガワラに行くと聞いた?」

「そりゃあ、相談されたからねえ」

「俺が発案とは?」

「一通り、聞いたと思うわよ。えと、まとめると……幼馴染みの子が、柳生って男の子と、旅行計画を立てたらしくて、自分も誘われたんだけど、保護者の同伴が条件で困ってる、って感じかしら」

「園村真由子は、何故、俺に構う?」

「よくわからないけど……」

「理由もなく、そうしなければ、いけないと?」

「うん、そう」

「分かった」

  俺は銀色のボールペンを取り出して、園村真由子に見せた。

「最後の質問。これに、見覚えは?」

「……なにそれ?」

「協会が、使う洗脳装置、と」

「また冗談?」

  笑いが引きつっていた。

  先端から漏れる青白い光が、園村の瞳を捕らえて放さない。

  徐々に消えていく表情を見て、胸が少しだけ痛む。

「俺は、誰の味方かという、冗談みたいな、そんな話」

  そして役に立たなければいい、保険。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ