ここどこ?天国?地獄?いいえ神隠しです
堅苦しい言葉使いはまだ取れませんが脳内は普通の青年なのです
(・・・・・・眩しい)
ゆっくりと目を開ける。体をゆっくりと起こす。見渡すと草原のようだった。
(敵艦に特攻したはずなんだがな・・・死に損なったか)
陰惨な気持ちになりかけて気付く。外傷がないのだ。
(どういうことだ?それにここは・・・?)
沖縄沖にいたはずなのにこの風景はない。運良く(運悪く?)どこかの島に流れ着いたとしてもこのようなだだっ広い草原などあの周辺にあるはずがない。戸惑いがピークに達したとき、不意に地響きのような音がする。振り向くと馬影が見えた。こちらに近づいてくる。武器を探る。自決用の拳銃に軍刀を確かめるがインテリの佐藤である。海軍士官とは言え銃術も剣術もからっきしだった。
(どうせ死を覚悟した身だ、どうとでもなれ)
早々にあきらめたせいか相手を観察する余裕が出る。どうも子供みたいだ、せいぜい15歳くらいか。髪や肌や目は欧米人っぽいな。男の子が2人と女の子が1人。武器は弓を持ってるな。馬を巧みに操るとか騎馬民族か?
混乱しかける俺に馬上の3人が声をかける。
「にーちゃんなにしてんの?」
「変わった服やな、どこの人?」
「ここにいたら危ないよー盗賊とか最近出るしね」
え?なぜに日本語?ますますわからん。しかも一部ニセ関西弁っぽいし。混乱の極みに陥る俺に畳み掛ける子供3人。
「言葉話せる?」
「怪我してるのか?」
「お腹すいてるの?」
(とにかく情報を聞き出さねばな)
そう考えて立ち上がり敬礼する。
「小官は大日本帝国海軍少尉、佐藤秋夫と申します。道に迷ってしまったようで途方に暮れておりました。ここはどこでしょうか?」
目をパチクリさせて顔を見合わせる3人。そして・・・
「「「あはははははははっ!」」」
「なにかおかしなことでも?」
失礼な連中だな・・・ここまで礼を尽くしてるのに・・・
「だっておかしなしゃべり方だもん~」
黒髪に緑色の瞳をした少女が大笑いしながら答える。
「どこかの騎士団長さんでもそんな話し方しないってば」
腹を抱えて茶髪の男の子が指を指してくる。他人に指を指しちゃダメって教わってないのか、こいつ。
「でもキリっとしていてなんかかっこいいかもね」
ふんわり笑いながらぽっちゃりした金髪の男の子が視線を向ける。
「む・・・」
そうか、文化が違うのか、難しいな。
「おにーさん・・・えっとサトーだっけ?道に迷ってんだよね?」
「はいそうですが・・・よろしければご教授頂きたい」
「にーちゃん固っ苦しいな~もっと普通でいいぜ、俺の名前はコルツってんだ、なんでも聞いてくれ」
黒髪の男の子が馬上で胸を張る。無駄に偉そうだなこいつ。
「僕はバトゥです。よろしくね」
金髪の男の子がやはりふんわりと笑いかける、うんなんかこの子見てたら癒される。
「私はイリヤ。おにーさん、よかったら村に来てみない?村長さんに話したらきっとなんとかなるよ!」
思わずドキっとした。辰子に似てると思った。目の色は違うけどそれ以外は結構似てる、いやそっくりだ。
そういや皇国はどうなるのかね。宇垣閣下はどうなっただろうか?それも心配だがまずは自分の心配をしてみよう。え?覚悟?もちろん覚悟してますよ?自暴自棄ですがなにか?もうどうにでもな~れ。
「それでは村に案内してもらえますか?」
「「「おっけー」」」
道すがら色々と聞いてみた。この国はウルスという国らしい。聞いたことがないな。と言っても全世界の国名を言えるか?と聞かれると自信がない。そしてこの子らの村は開拓村で名も無いらしい。人口は50人くらいで10世帯とのこと。村の外れには森が広がり、放牧と狩りが主な産業とのこと。一体どこの未開地域だ?
もしかして俺は今際の際に見る「胡蝶の夢」でも見てるのだろうか?でも夢で腹が減るのかね?
と思ったら腹減ってきた・・・ぐーっ
3時間ほど歩いてやっと村が見えてきた。彼らは馬だから俺がいたところまであっという間だったんだね。
すまんね、帰りは徒歩に付きあわせちゃって。
「「「ただいまー」」」
村の守衛らしき人に3人が声を掛ける。
「おう今日は早いんだな、ところであの妙な奴は誰だ?」
胡散臭そうな視線を俺に向けてくる。まあわからんでもないが。
「西の草原に座り込んでいたんだよ。道に迷ったんだってー」
「だから村長さんに相談に来たの」
「悪い人じゃないぜーたぶん」
おい、そこは多分じゃなくて断言してくれよ。
「そうか、じゃあおまえら村長の家に案内してやってくれ」
「「「あいさー!」」」
欧米か!ちっ鬼畜米英が・・・それはそうと少しは疑うってことを覚えたほうがいいぞ、守衛さん。まあありがたいけど。一応愛想笑いして会釈しとくか、日本人だし。
愛想笑いしたら怪訝な顔をされた。不本意だ。
村長宅に案内され村長さんに話を聞く。60歳くらいの筋骨逞しい爺さんだ。
ウルス国は小国らしくしかも辺境に位置するらしい。騎馬民族の一部族がいくつかの部族を吸収して国王として君臨してるとのこと。国王のことをカカンと言ってたな。「可汗」か?騎馬民族の癖に東方に海がありカンドという都市は港もあるってさ。国の北部は国土の3分の1を占める大森林があり、この村はそれを開拓するために作られたそうだ。
「お客人の服装は変わってますなあ、どこの方ですかな?」
「申し遅れました、小官は大日本帝国海軍、佐藤秋夫少尉と申します」
「大日本帝国?海軍?聞いたことがありませんな」
おいおい・・・世界に冠たる皇国を知らないなんて・・・ほんとに田舎なんだな・・・いや待て待て。そもそもウルスなんて知らない、そして相手も皇国を知らない。しかも俺が出撃したのは沖縄沖。こんな大陸っぽいところではない。
もしかして狐につままれたのか?それとも神隠しにでもあったか・・・とりあえず情報が出揃うまでおとなしくしておくべきだろう
「はあ・・・とにかく途方に暮れております・・・」
「それは難儀なことですな。どうでしょう?無粋な申し出かもしれませんがしばらくこの村に腰を据えられては?」
「恐縮です、恥ずかしながらお言葉に甘えさせて頂きます」
なんかこの村いいな。日本の田舎だとよそ者はなかなか入り辛いものだ。開拓村だからそのあたりは開放的なのかね。
そして村の外れにある小屋を間借りしてしばらくこの村に滞在することになった。