プロローグ~終戦
シリアス回は最初だけ・・・
「閣下、お供致します」
昭和20年8月15日大分航空基地、海軍士官23名と彗星艦上爆撃機11機が将官を出迎える。
「参ったなあ・・・5機と言ったじゃないかね」
迎えられた将官が無表情で言い放つ。
「佐藤君、あれほど私を批判した貴様までいるとはね」
話しかけられた士官が畏まったように敬礼し返答する。
「閣下、お言葉ですがあれは閣下のみに向けて書いたわけではありません」
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佐藤秋夫海軍少尉 二十歳
大学から海軍に志願したエリートである。歴史学を専攻し、東洋西洋問わず歴史を追求してきた。人類の歴史とは戦争と戦争の合間のわずかな平和の繰り返しであると誰かが言った通り、学べば学ぶほど戦争について突き詰めていくことになる。その佐藤秋夫が提出したレポートに軍は敏感に反応した。
「大東亜聖戦における大日本帝国の敗因について」
佐藤は入ってくる情報の不正確さ、誇大表現、さらに周知の事実であった陸軍、海軍の連携の無さや日を追って悪くなる生活水準、また、度重なる徴兵による労働人口の減少、そしてなにより敵国である米国の強大さ、消耗戦に持ち込む強かさを鑑みて遅かれ早かれ敗戦するであろうと分析した。
一学生のレポートながらも大日本帝国最高学府の学徒が書いたことを軍部は問題視し、佐藤は逮捕されることになったが逮捕される直前に海軍に志願していたため憲兵は手を出せなくなった。しかしながら海軍上層部は佐藤に持論を展開されては士気が落ちることを憂慮して志願早々査問に掛けられたのだった。
そのときの査問会の長が山本五十六司令長官と同時に撃墜され負傷のため内地に戻っていた宇垣中将だった。佐藤のレポートを一読した宇垣は顔を内心舌打ちした。思い当たることが多かったのである。特に【希望的観測で相手を過少評価する】の一文に宇垣は打ちのめされた。ミッドウェー海戦の敗戦の際、机上演習で宇垣はそれをやらかしていたのである。
鉄面皮と呼ばれる宇垣はそれを表情に出さず、怒りを抑えて説明を求めた。それについて佐藤は涼しい顔で回答した。あくまで一般論を追求していくと皇国の勝利が見えなくなったと。だが刀尽き矢折れ、敗戦の憂き目にあったとしても少しでも不利な講和条件を和らげるために海軍に志願したと言い切った。
会場は敗戦の言葉に騒然となるが宇垣の一存で不問にされた。
不問と宣言したときの宇垣の表情は鉄面皮と呼ぶには無理があるほど苦虫を噛み潰したような表情になっていた。
その後、宇垣は佐藤を五航艦隊の参謀として迎え入れ、ほぼ毎日のように苦言を聞くことになった。特に特攻を有為な人材を浪費する無益な作戦だと徹底して反対したがそれを推進する大西中将らから黙殺された。
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「それはそうと・・・」
宇垣はいじわるそうな顔で話を続ける。
「特攻は貴様の目からは無駄の極致であるとの考えのはずだがなぜ本日志願したのだ?」
「それは閣下と同じ考えであるからであります」
佐藤は即答する。
「米帝は意気揚々と皇国を料理するつもりで高をくくって参るでしょう。それでは侮りを受けます。我ら、大和の男子は決して軽くないと見せつけねば国体護持は成されぬでありましょう。それに・・・」
佐藤が目を瞑る。瞼に映るには故郷の家族のことである。
「私の妹が幸せな結婚をするために少しでも米帝に譲歩させたい・・・自己満足でありますが」
「そうか、ならばなにも言うまい」
宇垣は無表情で頷き、他の特攻志願者を見渡す。
「5機という命令だったはずだがなぜ23名もいるのだ?貴様ら、誰か辞退しろ」
彗星は通常2人乗りである。あきらかに多い。
中都留大尉が大声で宇垣に迫った。
「閣下!命令を変更してください!変更されないのなら命令違反をしてでも我らは出撃します!」
「はぁ・・・馬鹿者どもが・・・今死ぬるよりも生きるほうが御国のためなのだがな」
宇垣がため息をつく。
「閣下、あきらめてください。ここにいる者は皆熟慮の末の行動です。それに終戦の後始末から逃げる閣下がそれを言いますか?」
「貴様は最後まで辛辣だな。このまま生き恥を晒して政治家にでもなったらどうだ?」
「御冗談を。小官ごときが国の舵取りなど。地獄でこれまで通り閣下に苦言を申し上げるほうが楽です」
「ふんっ、勝手にしろ。」
宇垣と佐藤の小気味良いやり取りに志願兵の頬も緩む。
---------正午
玉音放送が流れる。終戦の詔書を脱帽拝礼して聖聴し、志願兵皆一同に慟哭する。そして全員東へ向き万歳三唱をする。
「総員搭乗!」
宇垣の命令により全員が彗星に乗り込む、人数の関係で宇垣機は無理やり3人乗りになった。
彗星11機が南へ針路を取る。目標は沖縄沖の米機動艦隊。
「敵艦隊視認!方位2時方向!」
一斉に米艦隊に突入する。終戦だと思って警戒をしていなかった米艦隊は狼狽しながらも対空砲火を浴びせてくる。あっという間に3機が撃墜されるが佐藤機は米水上機母艦の正面に躍り出た。目の前に迫る敵艦、ふと機体がバランスを崩す。被弾したようだ。しかし進路変わらず敵艦へと吸い込まれる。
「父さん!母さん!辰子!」
佐藤は最後の声を残してこの世から消えた。