第七話
「はぁ…………」
シュウはこの日何度目になるかわからない溜息を吐いた。いや―
「一七回目」
らしい………
「わざわざどうも」
わざわざ数えるなんてなんて暇人なんだ―という気持ちを声音と視線に込めて隣を歩く赤髪の友人に向ける。
「どういたしまして。……ま、気持ちはわかるがね…………」
「そいつはどうも」
どうしても返事がぶっきらぼうになってしまう。
小隊編成発表翌日。登校したシュウを待っていたのは様々な意味を持つ視線。ねたみ、嫉妬、侮蔑、そして…………
「よお、シュウ君。いったいどんな手を使ったんだ?」
「少女王の靴でもなめたか?それとも…」
「せっかくだから教えてくれよ、参考にさぁ」
にやにや笑いながら声をかけてきたのは同じ組の男子三人組。しかしその瞳に浮かぶのは憎悪。
入学から二月、個人個人の実力、成長の差。それらが学生同士で認識され始める時期。それまでは優秀だと持てはやされ、意気揚々と入学を果たしたが、そこには自分よりもはるかに才能を持つ者がたくさんいたという現実に直面した者。あるいは成長著しい友人を持ち、故に自分はあまり成長していないのではないかとの錯覚を覚えた者。そうした者たちは毎年多かれ少なかれ発生する。そしてある者はこの学校を去り、ある者は時間と共にそれを克服し前に進む。毎年繰り返されてきたこと。中には迷う後輩に過去の自分の姿を重ねアドバイスし、導く先輩もいる。しかしこの年に関しては少し違っていた。なぜならシュウがいたから。
あいつに比べたら……
あいつよりは俺のほうが……
才能がある―
優秀だ―
そうやって自身の精神を安定させてきた者も決して少なくはない。その者たちにとってシュウはそこにいるだけでいい存在だった。だからこそ過度な接触はせず、ただ見守ってきた。ある者は優越感を持って。またある者は憐みを感じて。シュウを守るべき対象として自尊心を満たす者もいた。だからこそシュウはこの二月比較的静かに、穏やかに過ごすことができた。むろんレオナルドのような一部の例外もいたわけだが…………
しかし、それも昨日の出来事で一変した。
シュウがアリシアの小隊に入る。それは多くの者に衝撃を与え、混乱をもたらした。中でもシュウを格下に見ることで精神的な安定を図ってきた者たちが受けた衝撃は計り知れない。シュウに対する見方が変わるわけではない。けれど、その背後にアリシアが付き、常勝小隊に所属する。シュウがじぶん達より高い評価を受けるかもしれない…それはその者らにとって到底受け入れられるものではなく、彼らはすぐさま担当教員のもとへ直訴した。曰く―
彼はアリシアの小隊にはふさわしくない―
もっと有望な者をアリシアの元にはつけるべきだ―
などなど……彼らは言葉を駆使し、様々な手段を持って反意を促そうとした。けれど彼らの主張が受け入れられることはなかった。アリシア当人が頑としてそれを受け入れなかったからだ。小隊編成に変更はない。それを知った彼らの矛先は当然のごとくシュウへと向かう。その結果が先ほどシュウに声をかけた三人だ。そしてそれは昨日、今日の二日間、繰り返し行われた。場所を変え、人を変え次々と…………
さすがにシュウも限界だった。声をかけてきた三人に思わず剣呑な目を向けてしまう。
「な…なんだその目は!」
「無能者の癖に生意気なんだよ!」
「そうだ、無能者が調子に乗るな!」
それだけのことで激怒する三人組。彼ら三人はシュウの態度を増長と受けとった。
しまった、出遅れた―
フレアはこの時自分の失敗を悟っていた。実は、フレアは周りが思っているほど気が短くはない。彼はこれまで、自分が怒って "見せる" ことで場を収めてきた。シュウが何か反応を示せば相手はさらに過剰に反応する。その前に自分が怒って見せることで場をうやむやにする。そうして大きな騒ぎになる前に場を収め、シュウに対する敵対心など悪感情をそらす。新たにできた友人の為にフレアが密かに自身に課していた役割だった。そしてもう一人の友人である少女は今この場にいない。―どうする……フレハは自問自答を繰り返す。
「立場をわからせてやる…」
「そうだな……それがいい…」
「無能者が俺たちに逆らうとどうなるのか…」
「体に教え込んでやる!」
しかしその間にも事態はさらに悪化する。
「ああ、もう……お前ら。ちょっと―」
「それなら私が立ち会い、見届けましょう」
フレアが何とか場を収めようと口を開きかけた時、涼やかな声がそれを遮った。
「アリシア…ルイス先輩……」
誰かがそうつぶやくのが聞こえた。
昨日同様場を収めたのはアリシア・ルイス。昨日からフレアの直属の先輩となった人物だった。
「隊長!」
フレアは非難を込めてその名を呼んだ。だがアリシアはフレアに微笑み返すだけで何も言わない。そしてシュウの元へと歩み寄ると、その耳元に口を寄せ何事かを呟く。シュウは驚いたような表情を見せ、その言葉に耳を傾ける。フレアとしては非常に面白くない。
「では、明日の講義終了後第一訓練棟で模擬戦闘を行います。よろしいですね?」
アリシアがそう問いかけ、周りの者がそれにうなずきを返しその日の騒動は収まった。
いつのまにか集まっていた野次馬たちが次々と場を離れていく。おそらく知人、友人にこのことを報告するためだろう。そして最後に騒動の発端を作った三人組が離れていく。
「明日が楽しみだな」
そう最後に言い残して。
「不愉快そうだね?」
「エンジュ先輩…」
フレアに問いかけてきたのはエンジュ・ルイスだった。
「別にそういうわけでは…」
ごまかそうとするフレア。しかし、
「過保護はあまりよくないよ」
笑いながらそう言われてしまった。何処か面白がるような口調で。さらに憮然としてしまうフレア。しかしエンジュは急に真剣な表情を見せる。
「それに…君も知っておいたほうがいいだろう」
「……何をです?」
「明日になればわかるさ」
エンジュはそれだけ伝えるとシュウ、アリシアのいる方へと離れていった。
フレアの知らない何かをアリシアとエンジュは知っているということだろうか。だが何故だ?シュウとアリシア達は昨日が初対面だったはず。そして昨日はあの場に自分もアオイもいた。特に変わった話はなかったはずだ。「先輩たちは何を知っている?」
まったくもって面白くない。フレアアますます不機嫌になっていくのであった。
翌日第一訓練棟はたくさんの人でにぎわっていた。話は瞬く間に広がり、今日の講義がすべて終了するころには学校中がこの話題で盛り上がっていた。
「すんごい人だね~」
そう言ってあたりを見回すのはフレアの横に座るアオイだ。昨日は何か用事があるとかで別行動をとっていたアオイだが今日はいつも通り近くにいる。少し離れたところではシュウとアリシアが何かを話している。彼らが今いる場所は、第一訓練棟内の模擬戦闘場に接する小隊控室。反対側の控室には昨日の三人組もいる筈だ。その三人組も一つの小隊に所属する者達だったということで、今日は小隊対小隊の個人戦という形がとられていた。
「さみしい?」
シュウ達を見ていたフレアにアオイが問いかける。
「そういうわけでは…」
そう言いかけて、しかし思い直す。どうも昨日から調子が狂う。でもアオイに対してなら……フレアはそう考え、少しだけ素直になることにした。
「少しだけ…な」
「うん。…僕も…」
どうやらアオイもまたさみしさを覚えていたようだ。
「今までは、僕たちが一番近くにいた気がしてた。けど……」
「アリシア先輩たち、何か俺たちが知らないこと………知ってるみたいだしな」
「うん」
昨日の騒動の後、シュウとアリシアは二人でずっと話し込んでいた。たまにエンジュもそれに加わっていたようだがフレアは結局加わることができなかった。フレアから直接シュウに何かを聞けば答えてくれたかもしれない。けれどフレアはそれをしなかった。そしてシュウも自分からは何も話してはくれなかった。それらも含めてアオイには昨日の出来事は全て伝えてある。
「なんだか急にシュウが遠くに行ったみたいな感じするね…」
アオイに言われ、フレアはただ静かにうなずいた。
「気になる?」
一方シュウもまたアリシアと話しつつもアオイとフレアへと意識が向いていた。急に彼らとの距離感がつかみづらくなった気がしていた。
「遅かれ早かれ、彼らも知ることになっていたはずでしょ?」
アリシアにそう問いかけられ、シュウは答えに詰まる。
「それともずっと隠し通すつもりだった?小隊試合も全部含めて?それは今あなたを本気で心配しているあの二人に対しても失礼なことではないかしら?」
「それは……」
「…隠し事はね、大きくなればなるほど、そして長くなればなるほど相手と自分を傷つける。いずれ取り返しのつかないことにもなりかねない。でも今なら、まだ今なら何とでもなる。あなた達はまだ出会たばかりだもの。これから長い時間をかけてお互いを知っていき、絆を深めていける。まずはあなたが自分をさらけ出してみてはどうかしら?」
「自分を…さらけ出す……」
彼女のその言葉はシュウの心の奥深くまで響いた。なぜこんなにも響くのか、それは彼女の声が痛みを伴っていたからではないだろうか。彼女が今泣きそうな顔をしているからではないだろうか。シュウは少しだけ理解したような気がした。彼女は間に合わなかった。そして失った。そして自分もこのままではいずれ失ってしまう。アオイを、フレアを……。でも今ならまだ間に合う。
シュウの表情の変化を読み取ったのだろう。アリシアが笑みを浮かべる。
「あなたはただ守られるだけの存在ではない。あなたの力は誰かを守ることもできる」
本当に美しいと感じた。そして強いとも。それらは彼女の内から来るものなのだろう。シュウは自分より年上で、しかし自分のはるかに下にある顔を見つめる。
「あなたは、どこまで知っているのです?」
自然とその言葉は出てきた。それは昨日から抱き続けてきた疑問。そして同時に警戒。何を知られているのか。どこまで知られているのか。知られているとするなら、何処で誰から……。
「さぁ、どこまででしょうね?」
そう言って彼女は微笑む。その笑みを見て、シュウはこの人を信じてみようかと思った。理由はな
い。ただ、そう感じた。そして彼女は言う。昨日彼に言った言葉を。
「力を示しなさい。あなたの持つあなた本来の力を。それはあなた自身を、そしてあなたのことを信じ、大切に思ってくれる者たちを守る力となる。あなた自身を信じて。そしてあの二人を信じてあげて」
昨日はただ驚き、警戒した言葉。けれども今日は何故か心地よい。シュウはフレアとアオイのほうへと目を向ける。2人はただただシュウの身を案じているようだ。そのことに心が熱くなる。そして彼は一つ目の扉を開ける。彼が持つ一つ目の秘密へと続く扉を。
小隊同士の戦闘訓練にも使用される広大な訓練場に、爆音を伴い炎が舞い、岩の塊が激突し、氷が刃となって飛ぶ。三人が並び立ち、神霊術を放ち続ける。次から次へと赤、青、黄色の光が咲き乱れ爆音と破壊をもたらす。一見すると一方的な戦闘に見えた。彼らだけが攻撃し相手側からは一切の反撃がない。しかし余裕を失っているのは彼らのほうだった。神霊術の着弾点。そこではだれもが目を疑う光景が繰り広げられていた。
三人組は最初一人ずつシュウを嬲るつもりだった。最初の一人が遠距離からシュウめがけて神霊術を放った。すると氷が鋭い刃となってシュウに襲い掛かる。一部から悲鳴が上がるが、しかし氷はシュウに当たる寸前で突如砕け散った。シュウが素手で氷を砕いたのだ。
「ばか…な…」
その光景に驚愕を隠せない術者。その他の者も同様だったらしく口から言葉が漏れる。
「そんな…神霊術で作った氷だぞ!」
「それを……素手で…だと?」
嬲るのが目的だったため力はだいぶ押さえてあった。けれども、それでも素手でどうこうできるような代物ではなかったはずだ。
「くそ!!」
そう叫び、先ほどよりもはるかに巨大な氷の刃を作り出す男。
「お、おいちょっと」
一人が止めようとする。そんなものをくらえば確実に死んでしまう。さすがにそれはまずい。しかし男は止まらない。そしてついに氷がシュウめがけて襲い掛かる。
シュウは下げていた剣を手にすると、おもむろに走り出した。そして走りながら氷を観察する。氷はシュウのすぐ目の前にまで迫っていた。しかしシュウは慌てない。氷のある一点を見極め、そして―
「ふっ!」
短い呼気と共に、剣を抜きざまに切り裂く。するとまたもや氷は砕け散った。そしてその勢いのままシュウは走り出す。そして走りながら徐々に少しずつ力を全身へと解き放っていく。足に力が伝わると、足は地面をより強く踏みしめ加速度的に脚力が高まる。手に力が伝わると、その腕力もまた加速度的に高まる。目に力が宿ると視界が一気に広がりを見せる。それだけではない。細かな砂粒一つ一つさえもその目に捉えられるようになる。耳はどんな小さな音も聞き逃さない。これこそが彼の持つ力。一つ目の秘密。自身に対する身体強化。非常に特異な珍しい能力だった。
相手があわてて次の術を放つ。けれども強化されたシュウの瞳はその術のほころび、最も脆弱な部分をはっきりと見抜く。そしてその足は剣を扱うのに最適な場所で地面を固く踏みしめ、その力は足から腰と伝わりやがて腕へと伝わる。強化された腕は狙い通りの軌跡を描いて寸分たがわず一点を切り裂く。その結果は先ほどまでよりもさらに劇的だった。氷は跡形もなく一瞬で木端微塵に吹き飛ぶ。
そして彼の強化された耳は遠く離れた相手の悲鳴を聞き取る。
「くそぅ、なんなんだあれは!」
「ふざけんな、無能者が無能者が無能者が………」
「はぁ、はぁ、はぁ」
最後の一つは先ほどから術を打ち続けていた者の息遣い。彼はもはや言葉を発することさえもできない。そして三人がかりの神霊術がシュウに襲い掛かる。炎、氷、岩。
シュウは走る速さを変えることなくそれらすべてに対処する。氷と岩は切り裂き、炎はその神速の剣技によって風をおこし吹き散らす。吹き散らされた炎の一部が軌道を変え地面へと落ちる。切り裂かれた岩もまた地面へと激突する。そうして地面にはいくつもの巨大な穴が出来上がる。それでもシュウは傷一つ負わない。そしてついに一人が力尽きて倒れこむ。シュウはその隙を見逃さない。全身への身体強化から足一点の部分的強化へと移行する。そしてこの瞬間すべての人がシュウの姿を見失う。次に人々がシュウの姿をとらえた時、戦いは終わっていた。訓練場に立つのはシュウただ一人。そして、
「勝者、第二小隊シュウ・アカツキ!」
訓練場にアリシアの声が響き渡る。だが歓声は起こらない。誰もが驚愕を隠せず押し黙っていた。
「やった、勝った!! すごいよ、すごいよシュウ!!」
訓練場の静けさとは対照的に、小隊控室ではアオイが大騒ぎしていた。そしてその横ではフレアがほっとしたような、しかしどこか苛立ったような、複雑な表情を見せていた。
「? フレアうれしくないの?」
そのフレアの表情に気づいたアオイが声をかける。
「うれしいさ。でも…あいつあんなに強かったんだなって思ってさ……」
「フレア……」
アオイの表情からも笑みが消える。
「いつの間にか俺らが守らなきゃって思ってた。シュウは……俺よりも弱いからって…」
「うん。……僕も似たようなこと…感じてた。シュウは神霊術使えないからって…」
「でも実際は、神霊術なんてなくてもあいつは遥かに強かった。たぶん俺よりも…」
「知ってたはずなのにね、僕たち。シュウが入学試験でA 取ったってこと…信じて…なかったってことなのかなぁ」
「………」
黙り込むフレア。確かにシュウは言っていた。修学試験での彼の評価を。自分たちは信じていなかったのか?彼の…友人の言葉を。
衝撃を受ける二人。そこにエンジュが声をかける。
「君たちはそんな顔で彼を迎えるつもりかな?」
エンジュが指し示す先にはこちらに向かってるいてくるシュウの姿があった。その隣にはアリシアがいて、二人は笑顔で何か話をしていた。
「まぁ、君らが何を考えていたか、わからなくもないけどね。彼は守られる側の人間ではなかった。そういったところかな?」
「それは…」
「まぁ…」
あいまいにうなずく二人。
「それは事実かもしれない。でもね、彼がこの二月あまりその力を振るう必要がなかったというのもまた事実なんだよ。そして彼がそう過ごせたのは君たち二人がそばにいたから。何より彼自身はその力を振るうことを望んではいなかったはずだよ」
「なぜ…そう言いきれるんですか?」
思わずといった風にアオイが問いかける。
それはシュウ本人にしかわからないことだ。本当は不快に思っていたのかもしれない。自分よりも弱いものに守られることを。アオイやフレアが勝手にシュウのことを自分たちより弱いと決めつけたしまっていたことを。それは今回シュウと戦った者たちと同じではないだろうか。
「そもそもの今回の騒動の発端、原因は彼らがシュウ君は自分たちより劣る立場、弱い立場にいなけば
ならないと決めつけたことだよね?だからシュウ君がうちの小隊に来ることで自分たちより上になるんじゃないかと恐れた」
アオイとフレアはうなずきを返す。それは自分たちとどれほどの違いがあるだろうか。そんな思いを抱きながら。エンジュはさらに続ける。
「残念なことだけどね、この国では同じように考えるものがたくさんいる。黒髪は自分たちより劣らなければならないとね。隣国なんてもっとひどい。そんな中で実は黒髪は強かったなんて話が広がったらどうなると思う?」
「あ…」
「それは…確かに」
「ね?黒髪でも神霊術に対抗できるものがいる。このことは世間に混乱をもたらす可能性がある。だからシュウ君はあまり強さを見せたくはなかったはずだ」
確かにそうかもしれない。でもだったらなぜ…アオイがそう考えた時、フレアもまた同じ疑問を覚え口にする。
「だったらなぜ…先輩たちはシュウを戦わせるようなことを?」
「姉さんがどんなことを考えているのか。正確には僕にもわからない。でもたぶん姉さんはシュウ君にいつまでも秘密を抱えさせたくなかったんじゃないかな。それにそれは小隊にとっても大きなマイナスだしね」
そう言ってエンジュは微笑む。
「それに今回のことは軍学校内部での出来事。シュウ君の強さはシュウ君個人が身に着けた鍛錬によるもの。そう処理するように手は回してある。問題はないよ」
そして最後にエンジュはこう締めくくる。
「君たちは知り合ってまだ二月だろ?お互い知らないことがあって当然だよ。これから互いに知っていけばいい。大丈夫、時間はたっぷりある」
エンジュが話し終わるのとシュウ達が控室に入ってくるのはほとんど同時だった。そして自然と皆が集まり。シュウの健闘をたたえる。その後いつの間にかエンジュとアリシアが席を外し部屋には三人の笑い声だけが響いていた。
「まったく、世話の焼ける後輩たちだこと」
「そうだね」
そう言ってアリシアとエンジュの姉弟は微笑みあう。部屋の中からはあの三人の笑い声が聞こえてくる。とそこへ一人の女性が歩み寄ってくる。
「どうやらうまくいったみたいね」
緑の髪を持つ大人びた雰囲気の女性だ。
「なんとかね」
アリシアが答える。エンジュは無言で静かにその場に立つ。
「シュウ・アカツキ…彼がまさか私たちの在学中にこの学校へ入学してくるとはね。正直驚いたけれど、これは幸運とみるべきでしょう」
「確かに。……実力、性格ともに特に問題もないみたいだしね」
女性がそう口にし、アリシアも同意を返す。
シュウは一昨日がアリシア達との初対面だと思っているだろう。けれど、アリシアはまだ幼いころにシュウと会っている。シュウのことはその時から知っていた。だから自分の小隊に入れた。そして仲の良い二人も付けた。周りはアオイがアリシアの本命だと思っていただろう。残りの二人はアオイのおまけだとも。それは正しくない。アリシアの本命は入学式の日から常にシュウただ一人だった。
「彼から目を離さないで。そしてもしもの時には…」
女性はそう言って、アリシアの瞳を見つめる。
「ええ、わかっているわ」
アリシアも彼女の瞳を見ながら力強く答ええるのだった。